第83話 背後にいるモノ

翌朝、ハーディは早くから起き出し、周囲を散策していた。

昨日の魔物の死骸や他に危険がないか、念のためチェックするためだ。

夜営地に戻るとタルトから朝、起こしてほしいとお願いされていたのを思い出した。

朝食を準備するから早めに起こして欲しいらしい。

夜営地では見張り以外、まだ起き出していない。


「聖女様、失礼します」


タルトの寝ているテントの入り口で一声掛けて中に入る。

そこにはタルト含め、子供達が寝ていた。

タルトはリーシャを抱き枕のようにぎゅっとして寝ている。

タルトの背中にミミがピッタリくっついていて、その尻尾にリリーが抱きついている。

仲の良い四姉妹のようで微笑ましい光景だった。


ハーディは考える。

寝ている姿を見ると普通の少女に見える。

とても昨日、目撃した大魔法を使用したり聖女と呼ばれるような人物には見えない。

腕も細く肌は白く指が綺麗なので、戦闘とは程遠く平和で苦労を知らないような上流階級の娘に思えた。

実際にはそんなことはなく、様々な偉業を成したのを知っている。

聖女様がいなければ獣人は只の敵であり、ここにいるハーフの二人の少女も迫害してしまったかもしれない。

戦場では相手を殺すことしか考えず、和解や共存するなど微塵も考えた事はなかった。

そんな自分が恥ずかしく感じた。

人間と獣人が愛し合って生まれたこの娘達は、ある意味何よりの証拠なのかもしれない。

我らは分かち合えることの。

それを自分の娘よりも幼い少女に教えられたのだ。

その微笑みと誰にも平等に接する態度に惹かれる自分がいる。

この少女の見据える将来に何があるか見たくなっていた。


「聖女様、お目覚めください。

朝でございます」

「ん…ぅん…ふぁ…んんー」


目を擦りながら起き上がるタルト。


「おはよう…ございます、ハーディさん。

着替えて…すぐに…いきますねぇ」


半分、寝ている状態だったが着替えの邪魔になるので、テントを出た。

昔、自分の娘を起こしたときと同じだったのを思い出して、つい頬が緩んだ。

その笑みを見た兵士達は恐怖を感じたらしい。

いつも眉間にシワを寄せて強面の将軍が怪しい笑みを浮かべたのだから、どんな過酷な命令が下されるか分かったもんじゃないと。

そんな事も露知らずのタルト達はテントから出てきて朝食の準備が始まる。

ハーディは素振りを始めていた。

バーニシア最強の戦士は才能だけではなく、日々のたゆまぬ努力と鍛練で築いた地位である。

その肉体だけではなく精神も強靭に鍛えられているのであった。


朝食後にタルトはハーディに呼ばれて、ゼノンの元へ向かった。

既に二人は集まっており、何やら真剣な顔で話し合っている。


「すいませーん、遅くなりましたー。

真剣な顔で何話してるんですか?」

「聖女様、お待ちしておりました。

ハーディ将軍がお話ししたいことがあるそうです」

「今日の予定についてとかですか?」

「それが昨日の魔物の襲撃についてなのです。

今朝は早くから周囲の見回りをしましたら気になるモノを発見しまして。

そもそもリザードマンとハイオークという組み合わせも気になっていたので、足跡を辿っていったのですが、ある地点で途切れておりました」

「途切れてたって…空からでも降ってきた訳でも無いのに」

「おっしゃる通り、そんな事はありませんのでよく調べてみると、人間や馬車の跡が残っておりました。

しかも行きは重い何か載せていたのに帰りは軽くなったような跡なのです」

「ハーディ将軍、何故それが分かるのだ?」

「轍の重なりかたで行きと帰りが判別可能です。

また、この辺は湿地も多く土が水分を含んで柔らかくなっているから、重さで沈み方が変わってくるのです」

「ハーディさんは昨日の襲撃が人為的なものだと思ってるんですか?

そうだとしても何のために…」

「人為的だというのは間違いございません。

馬車で魔物を乗せてきて、近くで放った痕跡だったのでしょう。

理由については不明ですが…。

ゼノン様は心当たりはありますでしょうか?」

「そうですね…推測になりますが聖女様を狙ったものだと思われます。

先日もお話しした通り、聖女様を良く思わない勢力が魔物の襲撃に見せかけたものでしょう。

そして、大きな声では言えませんが主催したディアラ王国の可能性もあります…」

「何と卑劣な!

魔物なら捕らえても口を割らないのは明白だし、何とズル賢いのだ」

「ここにはバーニシア王もおられるのだ。

他国で人間によって王が襲撃を受けたとなると、その国の治安維持が疑われます。

その点、魔物の襲撃はいつ起こっても不思議ではなく不幸だったという事で片付けられてしまいます」

「うぅーん…今日の夜も警戒を怠らないようにして、早く王都へ向かいましょう。

自国の都で魔物の襲撃はしないでしょう。

あと、どれくらいですか?」

「早ければ明日の夜には王都に着くと思います。

では、出発準備を急がせましょうか」


ハーディの指示により、テントの撤収や荷物の積み込みなど特急で準備が進められる。

途中に通過した町で物資を補給し、ほとんど休みなく歩みを進めた。

あと半日で王都に着くところで日が暮れたので野営の準備を始めた。

念のため、見張りの数を倍にして警戒は怠らないようにする。

こうして、往路の最後の夜が更けていった。

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