森の中 絵里香達  飛田  佐久間

 「うわぁっ」という声をあげ、飛田が転倒した。足を滑らせたのだ。


 佐久間は舌打ちし一旦止まる。飛田の所まで戻ると「大丈夫か?」と手を差し出した。


 心配など微塵もしていないが一人で逃げるよりはましだ。こんな奴でもいないよりいい。


 「気が急いているのはわかるが、落ち着いて行こう。こいつがあれば、Mはとりあえず襲ってこない」


 飛田は口にくわえた笛をつまみながら言う。


 「ああ。わかったよ。だが、のんびりもしてられねえ。黒崎達に見つかったら面倒だ」


 たとえ見つかったとしても、沢崎達の動向を教えたり、Mの情報、特にMが苦手としているこの笛などをちらつかせて、何とかとり入ることを考えていた。もちろん、見つからずに逃げ果せるのが一番理想的だが。


 ハイキングコースを戻るような安易な真似はしなかった。斜面を降り、道の駅を目指している。方位磁針があるのは頼もしかった。


 なるべく音を立てないように注意しながら進んだ。斜面はいきなり角度がきつくなったりするので歩きにくいことこの上ない。月明かりがあるとはいえ、足下まで照らしてくれるわけではないし、木々の影で目の前がほとんど見えなくなる場所もある。むしろそちらの方が多い。


 比較的平坦な場所に来て、一旦小休止した。


 佐久間が「交代しよう」と笛をよこすよう手を出したが、飛田は首を振る。


 この臆病者め――。一瞬殺意を覚えたが、思いとどまる。


 二人とも黙り込み、あたりの静けさに身を預ける。少しすると、がさごそと小さな音が聞こえてきた。何者かが近づいてくる。






 緊張し、佐久間は拳銃を取り出した。飛田もそうしながら、笛を更に強く吹いた。


 草をかき分けて現れたのは、絵里香達四人の大学生だった。


 「あっ!」


 「おまえら――」


 絵里香と佐久間が同時に声をあげたが、すぐに呑み込む。


 斜面の途中にできた、狭い平坦な場所に、六人が集まることとなる。


 「何やってるんだ、おまえら?」佐久間が小声で訊いた。


 「あなたたちこそ、どうしたんですか?」


 「黒崎という奴の狙いは沢崎だ。俺達は関係ねえ。勝手に逃げさせてもらうことにした。連中が沢崎を追っている間に、逃げられる。Mの苦手な笛もあるしな」


 佐久間が言うと、飛田も頷いた。


 「君たちもそうすることにしたのか?」


 飛田の質問に、絵里香は首を振った。


 「じゃあ、何なんだよ」


 「説明している暇はありません。あなたたちが二人で逃げるなら、勝手にしてください。私達は行きます」


 絵里香が進もうとすると、その前に佐久間が立ちふさがる。


 「誤魔化すなよ。仲良し四人組だけで逃げようと思っているんだろ? 丁度いいじゃねえか。多い方が心強いだろう。一緒に行ってやるぜ」


 佐久間の目が、絵里香と梨沙を行ったり来たりしていた。下卑た笑みが浮かんでいる。


 「お断りします」キッパリと言う絵里香。


 佐久間は明らかに苛ついた。銃を絵里香に突きつける。


 「あんたみたいな、お高くとまったような女は好きだぜ。俺みたいな男のことは見下しているんだろ? いいぜ。そういう女を無理矢理やるのが俺の流儀だ」


 残忍そうな笑みを浮かべる佐久間。その顔を、絵里香に思い切り近づける。


 絵里香が顔を顰めた。






 「絵里香ちゃん」梨沙が叫びにも似た声を出す。


 「やめろ」


 大久保と阿田川が詰め寄ろうとするが、佐久間が銃口を絵里香の頬に突き立てたので、止まらざるを得なかった。


 「おい、こんな時に何をしている?」


 飛田が止めようとするが、佐久間の一睨みで動かなくなる。


 「てめえはどっちの味方だ? 今更警官ヅラすんなよ。俺みたいな犯罪者を逃がした時点で、おめえは警官じゃなくなった」


 息を呑む飛田。


 「今ならまだ間に合う」大久保が言った。「そんな男の言いなりになっちゃだめだ」


 「死にてえか、小僧」


 大久保を睨みつける佐久間。次の瞬間、表情が凍り付いた。絵里香が拳銃を出し、佐久間に突きつけていたのだ。


 「あなたを殺す事なんて、今更何とも思わないわ。これ以上邪魔をするなら本当に撃つ」


 目を見張る佐久間。「俺が先に撃つかもしれねえぞ」


 「やってみれば?」


 絵里香の表情に迷いはなかった。


 佐久間は後悔していた。自分より一まわりり以上も若い女に怯えていることに気づく。


 「もういい加減にしろ」飛田が銃を手にした。その先を向けたのは絵里香だった。


 「あんた、それでも警察官か?」


 大久保や阿田川が身構えると、そちらに銃口を向ける飛田。


 「黙れ。みんな僕を馬鹿にしやがって。言うことを聞けよ。佐久間、おまえもだ」


 目つきが尋常ではなくなっている。その場にいる全員に、順番に銃口を向ける。






 「おい、落ち着け」慌てる佐久間。


 「もう、ここから先は僕に従ってもらう。さもなければ撃つぞ」


 「だから、勝手にしなさいって言ってるでしょ。あなたは好きに逃げればいいじゃない」


 梨沙が叫ぶように言う。


 「うるさい。何で誰も、僕の意見を聞かないんだ」


 飛田の銃口が、全員の目の前で揺れている。


 「ここで銃を撃ったら、その音は敵やMに聞こえるかもしれないわよ。そうやって叫んでいる声も。覚悟はできているの?」


 絵里香が言うと、飛田は一瞬息を呑んだ。


 「チッ」と佐久間が舌打ちした。「もういい。もうやめだ。お互い勝手に進もうじゃねえか」


 佐久間が銃をしまうのを見て、絵里香も腕を下げた。


 だが、収まりのつかない飛田は、その無意味な怒りを持て余していた。どうして良いかわからずにキョロキョロする。


 そして、それに気づいた――。


 斜面の下に広がる暗がりから、赤い大きな目がこちらを見つめていた。


 「ひっ、ひいぃぃ!」


 叫ぶ飛田。他の全員の視線が飛田が見つめる先に向く。


 Mがいた――。ゆっくりと、しかし滑るように斜面を登ってくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます