森の中の休憩所 逃げる人々③

 「君たち、どうかしたのか?」


 何かとても大きな過ちを犯したような彼ら4人に、東谷は訊いた。


 「ごめんなさい」絵里香が頭を下げた。


 「僕です。僕が悪いんです」


 小さな声だがはっきりと阿田川が言った。しかし、その後すぐ跪きガックリと肩を落とす。自分の顔を両手で覆い「僕の所為で、大勢の人が殺された」と言って泣き始めた。


 絵里香が説明する。ハイキングコースの入口にあった小さな祠から石像を持ち去ったこと。おそらくそれこそがMを封じ込めるための結界を作るものだったということを――。


 「なんてこった。おまえらが原因だったのか」


 遠藤が怒りを込めて言う。しかしすぐに溜息をついた。ここで責任を追及しても無為なことだと悟ったのだろう。


 「その石像は、今どこにある?」沢崎が絵里香に訊いた。


 「阿田川君の車のトランクの中です」


 「駐車場か……」溜息とともに首を振る木戸。


 月が雲に隠れた。同時に静寂が包む。誰も、何かを話すことができなくなった。


 この場所にいつまでもいるわけにはいかない。一刻も早く移動し、とりあえず西田の小屋へ行く。そこで、心許なくなってきた武器を補充する。自動小銃はないだろうが、ダイナマイトというのは魅力的だった。急がないと、いつ黒崎達が追いついてくるかわからない。


 だが、東谷は迷った。おそらく木戸や沢崎もそうだろう。黒崎達よりも驚異であるM。そのMの力を抑える方法が見つかった。


 しかし、それを実施するには、道の駅に一旦戻らなければならない――。


 東谷はようやく口を開いた。「俺が石像を戻す」


 「え?」他の者達が立ち上がった東谷を見上げる。


 「ちょっと待て。君にはみんなを守ってもらわなければならない。私が行ってこよう」


 木戸がそう言うと、沢崎が手で制する。


 「あんた達は警察官だ。民間人を守る義務がある。行くとしたら俺が適任じゃないか?」






 「戻すって、どうやって? 敵が追ってきているんでしょう? 見つからずに戻ることができるんですか?」


 絵里香が訊いた。必死そうな表情だ。


 「黒崎達は、今、おそらく十人ちょっとの人数だと思う。たぶん15人もいない。我々を見つけても反撃されるということと、Mの驚異を考えると、別れて行動はしていないと思う。しているとしてもせいぜい2つのグループまでだ。地の利がないから、ハイキングコースとその周辺あたりを移動していると思われる。こっちが女性など体力的に劣る者がいるため、険しいルートはとれないと見ている可能性も高い。だから、この斜面を降り、険しいしアップダウンがきついが、とにかく南を目指す。そうすれば、一人でなら見つかる可能性は低いと思う」


 東谷が説明した。


 「それなら、私が行きます」絵里香が決然として言った。


 「何だって?」


 木戸と遠藤が一緒に声をあげ、絵里香を見据えた。


 大久保、阿田川、梨沙も驚いて見つめる。絵里香はみんなを順番に見てから、微かに笑みを浮かべた。


 「Mのせいで大勢の人が死んでしまいました。その責任の一端は私達にある。だから、代表して私が石像を直してきます」


 言い終わると、絵里香は沢崎を見た。


 沢崎は、まっすぐに彼女を見つめていたが、何も言わなかった。ただ、一度だけ頷いてみせた。






 「危険だ。行かせるわけにはいかない」


 東谷が言うが、見つめ返してくる絵里香の目には、強い意志が感じられた。


 「東谷さんや木戸さんは、みんなを守らなければならないでしょう。沢崎さんもMや敵に対抗するためには必要な人です。それに、これは、責任をとる意味でも私がやらなきゃいけないんです」


 東谷は息を呑んだ。ただの女子大生だと見ていた女性が、これほどまでに力強く変わっていくとは驚きだった。もし生きのびたなら、自分や沢崎以上の強者になるかもしれない。


 「俺も行くよ」大久保が立ち上がった。すると、阿田川と梨沙がお互いの顔を見合わせ、続いて立ち上がる。


 「ダメよ」キッパリと言う絵里香。「もう、友達同士で仲良く行動するというわけにはいかないの。わかっているでしょう?」


 「わかってる」大久保が絵里香に負けずに声を強めた。「一人で行って、失敗したらどうする? 二人なら、どちらかが倒れてもどちらかが続けられる。敵に見つかって攻撃されたとき、一人が引きつけている間にもう一人が逃げることだってできるだろう? 石像を戻してMを封じ込めるのは、絶対に失敗しちゃいけないことなんだ。そのためには、一人だけで行くより二人の方がいい。もし俺が途中で倒れたら、見捨てていけばいい」


 彼も絵里香に触発されたのか、強い意志を目に宿していた。


 「だったら三人の方がなおいいだろう?」阿田川が必死になって言う。「一番責任を感じなきゃいけないのは俺なんだから。捨て石になっても構わない。もし行かなければ、俺は、たとえ生き残ったとしても後悔する」


 絵里香は二人の男友達を見ながら深刻な表情をし、溜息をついた。何か言おうとしたのを止めたのは梨沙だった。


 「私も行く。連れて行ってとは言わない。行く。お願い、行かせて。足手まといになったら置いていけばいい。私だけ残っているなんていや」


 「これは、遊びに行く訳じゃないんだよ」


 「わかってる。馬鹿にしないで」


 絵里香の咎める言葉に、梨沙は強く反発した。絵里香が少し驚いた表情をする。






 「私はいつも、絵里香ちゃんに守ってもらってばっかりだったから、きっと妹みたいに思っているんでしょ? でも、責任って言うなら四人とも一緒だよ。絵里香ちゃんが成功するように、力になりたい。途中で私がダメになったりしたら、本当に、遠慮無く置いていって」


 梨沙は絵里香を見て、そして阿田川を見た。


 「俺のせいで、ごめん。本当なら、俺一人で行くべきなんだけど」


 「四人で行けば、誰か一人だけでも生き残って成功させればいい。そう思って行こう」


 大久保が言った。


 「本当に、その覚悟で行くわよ」絵里香が念を押すように言う。


 東谷は木戸と顔を見合わせ溜息をついた。本来なら止めなければならない。だが、絵里香の決意は変わらないだろうし、他の三人もこうなってしまったら同様だろう。


 「何だか知らねえが」遠藤が四人を見ながら言った。「若いのにいい根性だよ。生きのびることができたら、俺を訪ねてこい。悪いようにはしねえ」


 「ヤクザになるのは嫌ですよ」大久保が顔を顰めながら言った。


 「それに、おまえは生きのびても刑務所暮らしだ」


 木戸が遠藤を小突く。遠藤が苦笑した。


 絵里香達四人は、小川からダイナマイトを一本ずつ受け取った。ライターも小川が西田からたくさん貰い受けてきたので、一つずつ持つ。


 「気をつけて。必ずまた後で会いましょう」


 小川が、絵里香に例の笛を渡した。


 「はい。みなさんも、絶対無事でいて下さい。必ずMの動きを止めてみせます」


 力強く言う絵里香。最後にもう一度、沢崎を見た。彼は、再び強く頷いた。


 方位磁針で方角を確認し、四人の若者達は斜面を下って行く。


 「我々も行こう」


 東谷達一行も動き始めた。月にかかっていた雲が移動した。月明かりが必要以上に明るく感じられた。

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