森の中 小川 藤間 篠山 角田 ②

 「ち、ちきしょう」藤間はやっと銃を撃った。だが、怪物には当たらなかった。


 目の前で二人も殺された。


 角田は何をされたのかわからないが、あの叫び、あの骨の砕ける音を聞けば、命を失ったことは明らかだ。


 頑強そうな身体を持っていた小川も、巨木に叩きつけられ、あの高さから頭を下にして落ちていった。常人なら命はない。


 畜生、畜生、畜生――。


 悔しさ、そして、次は自分が殺されるかもしれないという恐怖で、藤間は理性を失った。


 これまで持ったことさえなかった自動小銃を、怪物に向かって撃つ。


 当たらない。それでも撃つ。まだ当たらない――。


 いつの間にか泣いていた。子供に戻ったようだった。怖い、悔しい、情けない。その場にへたり込んでしまっていた。


 「藤間君、助けてくれ」


 篠山の叫びを聞いて我にかえった。見ると、怪物が羽らしいもので篠山を包み込むように抱きかかえ、5メートルも上に浮かんでいた。そう、浮かんでいる。まったく羽ばたいていない。


 慌てて小銃を構え直す。だが、篠山がいるので撃てない。


 怪物の赤く大きな目が、一瞬光を増したように見えた。


 笑っている? そんな、こいつ、俺達を馬鹿にしているのか?


 怪物が羽を広げた。抱きかかえられていた篠山が、「うわぁっ」という声をあげ、落ちていく。


 その恐怖がこびりついた表情を、藤間はしっかりと見た。


 次の瞬間、ドサッという落下音と、ボギャという人の体が潰れるような音が聞こえ、それが脳裏に焼きついた。


 篠山の身体は、壊れた人形のように不自然な格好になっていた。死んでいるのは一目見ればわかる。これで、自分一人になった。


 怪物が舞い降りた。藤間の真正面に立つ。赤い目が、じっとこちらを見つめている。


 「うわぁぁぁ!」藤間は小銃を撃った。弾き金を引き続けた。


 怪物がよろめく。当たっている。真正面にいる巨大な生物。素人でも命中させることはできる。自動小銃の音が響く。怪物は何も声を発していないが、明らかによろめき後退る。


 やった。やったぞ。死ね。死ね。


 ドカッと仰向けに倒れた。ピクリとも動かなくなる。赤く輝いていた目が、暗くなった。それでも、藤間は弾が尽きるまで弾き金を引き続けた。


 静寂が戻った。しばらく呆然として倒れた怪物を見つめていた藤間は、乱れた息が治まると、数回深呼吸をして理性をとり戻した。






 やった。怪物は、死んだ――。


 ホッとしながら、それでもゆっくりと、倒れた怪物に近づいて行く。恐怖は治まっていなかったが、死んでいるのをきちんと確かめたかった。


 不意に、怪物が動いた。


 え? 驚きとともに、奥底に押し込めていた恐怖がまた吹き上がった。


 そんな馬鹿な――。


 ゆっくりと立ち上がる怪物。目の赤い輝きがさっきより増していた。大きな羽を広げると、バラバラバラ、と雨のように何かが落ちた。銃弾であることはすぐにわかった。


 自動小銃の弾は当たっていたが、皮膚にめり込んだだけだったのだ。怪物の肉体を少しも傷つけていない。


 そんな……。声にならない声を漏らしながら、後退る藤間。


 ゆっくりとついてくる。目が輝いては消え、また輝いては消える。怪物にも感情があるのだ。今、こいつはおもしろがっている。


 殺される――。叫び出したくてもできなかった。泣きたくてもできなかった。藤間の中にあるのは恐怖だけだった。ついに、体も動かなくなった。


 怪物が近づいてくる。大きな羽を広げる。これに包まれて、体中の骨をへし折られ、そして……。


 道の駅に投げ込まれた死体を思い出した。俺もあんなふうにされてしまうのか?


 不意に、怪物が立ち止まる。目の光が心なしか薄くなったようだ。藤間ではなく、別の方を見た。 


 藤間も怪物の視線を追った。誰のかわからないが、落ちたサーチライトの照らす光の中に、何と西田が立っていた。


 西田さん! 声は出せなかった。心で叫んだ。






 怪物は、なぜか動かなくなった。しばらくして、後退り始める。


 全身に冷水を浴びたような気がしながら、藤間は動きを追った。


 怪物が飛んだ。そして、森の奥へと去っていった。その素早さは、藤間がこれまで見たことのある動物とはレベルが違った。


 遠くへ消えたのを確認すると、藤間はその場にへたり込んだ。両手で自動小銃を持つことにより、倒れるのを抑えている状態だった。


 ガサガサという音。西田が歩いている。声をかけたかったが、まだそんな力も出せない。西田は倒れている篠山を見て、残念そうに首を振る。その口に笛のような物がくわえられていた。


 「篠山さん、すまんのう。助けられなかった」呟くように言い、西田は頭を下げた。


 「角田さんも小川さんも殺されました」やっと、絞り出すように言う藤間。


 西田はまた首を振り、篠山の死体に向けて合掌した。「必ず敵はとってやるけんな」西田は歩き出した。道の駅とは逆方向だ。


 「どこへ行くんです? 西田さん」


 藤間が声をかけると彼は立ち止まり、振り返る。


 「奴を退治する。それが、俺の人生における使命だ。藤間君、君は戻れ。もし万が一、また奴と遭遇してしまったら、とりあえず口笛を吹いてみろ。それで一応、奴は少しだけでも怯む。だが、あくまでも少しだけだ。奴が怒ったら、それも通じない。隙をつくって逃げることだけを考えろ。いいな」


 そう言って、足早に去っていく西田。


 「待って下さい」


 声を出すものの、体は動かなかった。何度か深呼吸をくり返し、やっと立ちあがった時には、西田の気配は感じ取れなくなっていた。

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