道の駅 警官 犯罪者 関係者 客 ②
「モスというのは『蛾』のことだ。つまり、直訳すると蛾男ということになる。でも、蛾とは似ても似つかない。単に羽があるからそう呼ばれたと言った方がいい。テレビ局の人間が、バットマンにヒントを得て命名したらしい」
まるで講義をしているような表情で話す國府田。ようやく自分の説が発表できるので、状況を忘れてしまった様にさえ見えた。
「特徴は、二メートルを超す巨体。黒か濃いグレーの毛むくじゃら、大きな羽があり腕はない、空を飛ぶけれど羽ばたかない、目は赤くてとても大きい、頭は肩にめり込んでいるようになっている、といったところです。1966年から1967年にかけて、アメリカのウエスト・バージニア州・ポイントプレザント周辺で多数目撃された。この期間、その辺りでUFOの目撃も多発したことから、宇宙人の連れてきたエイリアンアニマルではないか、と言われたこともあります。また、このモスマンは、ポイントプレザントにあるシルバー橋が渋滞中に崩壊して、数十台の車がオハイオ川に沈むという惨劇があった後にぱたりと目撃されなくなった。人々は、モスマンがこの惨劇を予知していたんじゃないかとも言い始めた。実際、ポイントプレザント地区だけでなく1985年にメキシコでもモスマンは目撃され、そしてメキシコ大地震が起こった。翌86年にはロシアのチェルノブイリで目撃され、そして原発事故があった。だから、モスマンのことを神とか死神と呼ぶ人もいる。あるいは、惨事や災いを察知する能力があって、それに惹きつけられていく生物ではないかという人もいます」
「人もいるって、俺はそんなの聞いたことねえぞ」
大熊が口を挟む。だが、邪魔するつもりはないらしい。むしろ、國府田の話をもっと聞きたがっているようでもある。
「モスマンというのは、アメリカでは有名な未確認生物なんだ。日本で言う河童や鬼のように。でも、日本ではあまり知名度はない」
「そのモスマンが、この天童地区にもいて、今活動を始めたというのか?」
木戸が訊いた。
「僕は、モスマンと呼んでいいのはポイントプレザント地区で目撃されたものだけだと思ってます。他の場所でもいわゆる未知で大型の飛行生物は目撃されていますが、それぞれ違うか、あるいは同じ種類であっても別の個体だと思う。そういう意味で、天童地区にいる未確認生物は、モスマンに似ているか同種の大型飛行生物の可能性があると思います」
「小難しいことはいい」遠藤が面倒くさそうに言った。「つまり、アメリカで名の知れたモスマンってのと同じ種類の怪物が現れて、俺達に脅しをかけてるっていうんだな?」
國府田は頷いた。
「馬鹿らしい」再び笑う遠藤。「怪物が現れただ? ただでさえ訳のわからねえ連中に攻撃されているっていうのに、この上怪物がどうとか、混乱させるんじゃねえよ。さっきの死体は、敵が俺達を怯えさせるために投げ込んだんだ。そう考えるのが一番現実的ってもんだろうが。なあ、おい」
遠藤が大熊を小突くようにした。大熊は國府田の方をチラチラ見ながらも「え、ええ」と応える。
「こいつの言うことと一緒なのは嫌だが」板谷が溜息混じりに言う。「俺もそう思う。怪物なんて考えすぎだ」
「でも、さっき、赤い目を目撃した人がいる」
「何だって?」
國府田が言うと、木戸と遠藤が同時に声をあげた。
民間人達の視線が、戸沢梨沙と岡谷に向けられる。二人は顔を見合わせ、おどおどとしながらも口を開く。
「さっき、まだ雨が降る前だけど、ハイキングコースの入口あたりで赤い目みたいなのを見ました。こっちを見ているみたいだった」
消え入りそうな声だが、何とか皆に聞こえたようだ。そこここで息を漏らす音がする。
「俺は、売店の奥の窓から見た。森の方に、赤い目があったんだ。あれは確かに何かの目だった。かなり大きい。見間違えなんかじゃない」
岡谷が続けて言う。
「それは、さっきも言ったように他の生き物の目の可能性がある。それだけで怪物がいるなどという証拠にはならない」
鎌田が言った。遠藤や板谷が頷く。
「さっき死体が投げ込まれた時のことを思い出してください」國府田が訴えかけるように言う。「あの時は、誰かが近づいてきた形跡はなかった。牧田さんや藤間さんは警戒していたし、窓の外を眺めていた人は他にもいるでしょう? でも、誰も何かが近づいてくるのに気づかなかった。空からやって来たと考えるのが妥当じゃないですか?」
「モスマンっていうのが死体を抱えて飛んできて、投げ込んでいったというのか?」
「そうです」
木戸の質問に、國府田はしっかりと頷いた。
東谷は木戸が難しそうに腕を組むのを見て「実は、俺もさっき、森の方をチラッと見た時に赤い光を二つ見た。何かの見間違いだと思ったが……」と告白した。そして牧田に視線を向ける。
牧田はごくりと唾を飲み込んだ。そして、やっと胸のつかえが吐き出せるからか、幾分吹っ切れた表情になった。ゆっくり話し始める。
「実は私は、さっき、死体が投げ込まれた後、外に出て行った西田さんを連れ戻そうとして彼と同じように空を見上げた。そうしたら、大きな、とても大きな鳥のようなものが森の方へ飛んでいくのが一瞬だけだが見えたんだ」
全員が同時に息を呑んだ。
「やっぱり、モスマンに似た飛行生物か……」國府田が呟く。
「まだはっきりと決まった訳じゃない。鷲か何かを見間違えたのかもしれないだろう。即断をするな」
鎌田が諫める。だが、すでに國府田は聞く耳をなくしているようだった。
「おい、あんた達学者らしいが、今は妙な武装集団に襲われていて、俺は信じていねえが怪物も狙ってるんだぜ。新しい論文を書く前に、あんたらも殺されるかもしれねえってことを忘れるな」
遠藤が言うと、國府田は顔を顰めた。確かにそうだ。未知の生物に出会えても、生きて帰ることができなかったら意味がない。
「ねえ」長尾美由紀が血相を変えた。「敵は40分待ってくれるのかもしれないけど、怪物は待ってくれないんでしょ?」
言っている意味はわかった。木戸も顔色を変える。
「藤間君達を呼び戻そう。すぐに」
「おい、本当に信じてるのか? 怪物なんて。いい加減にしろよ。あんた刑事だろ」
遠藤が怒鳴る。さらに立ち上がりかけた。
「動くな」板谷が遠藤に向かって怒鳴る。そして、木戸を見据えた。「私も怪物など信じていないが、仮にそのモスマンとやらが出たとしても、藤間君は銃を持っている。それに、15分で戻ってくるんだ。待てばいいだろう。それよりも、もっと現実的な話に戻そう。敵が提示してきた条件を説明してくれないか。木戸さんと東谷君の立てた対策もだ。時間がないんだ、早くしよう」
板谷の言うとおりだ。40分と言われてからもうかなり経っている。急ぐべきだった。怪物のことは置いておくしかない。
東谷は木戸と目配せして頷き合った。そして、沢崎を見る。彼もこっちを見ていた。目が合うと、薄笑いを浮かべて見せた。
その時、森の方から銃声が聞こえてきた。
「――!」
戦慄が奔る。
突然真空状態に陥ったかのような沈黙が起こる。それは、さながらかまいたちが皆の間を駆けめぐったかのようだ。
自動小銃らしい。乱れ撃っているという感じだ。
戸惑いを消化できないまま、皆、しばらく聞き入る。
唐突に、銃声は止んだ。
「奴らが急かしているんだ。ふざけやがって」遠藤が言った。「さっさと話を始めようじゃねえか」
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