道の駅 東谷 木戸

 トランシーバーを机に置くと、木戸は「ふうっ」と大きく息を吐いた。


 ご苦労様と言うかわりに、東谷は大きく頷いた。


 「信じるのか? Kという奴の言うことを」


 木戸が訊いてきた。


 「全面的に信じるというわけにはいかないでしょう。だが、少なくとも40分待つというのは信じてもいいのでは、と思います。敵だって、争うことで痛手を負うのを恐れているはずです。こっちが従うかもしれないと思えば考えもするでしょうし、あるいは、その40分の間に何か別の手を考えてくるかもしれない。いずれにしても、しばらく時間は稼げたと思います」


 ふむ、と頷く木戸。「じゃあ、その間にどうすべきか、こっちも考えておこう」


 東谷は、もう一度レストランの方を見てから、木戸に視線を戻した。


 「まさか、敵の言うとおりにしようとは言わないだろうね?」


 木戸が真剣な目を向けてくる。


 「私の意見は、さっきと同じようなものです。40分経ったら、敵に従うことを伝えます。しかし、警察官と民間人は、この場を出て行くとも言う。どこに行くかは言わない。危険から遠ざかるために出て行くと言うんです。犯罪者に対して何をするかは関知するつもりはない。だから、追うな、と」


 難しそうな顔で聞き入る木戸。「敵がその通りにしてくれるかな?」


 「私は犯罪者達と一緒に残ります。敵の動きを認めたら、こちらから攻撃に出ます。敵を引きつける」


 「やっぱり、君は残るのか?」


 「ええ。そして、犯罪者達にも武器をとらせ、戦わせます。敵の狙いは犯罪者達の誰かだ。こっちに集中して攻撃をかけてくるでしょう。みんなを追うとしても、目的を達成してからと考えるのではないかと思います。だが、必ず逆に殲滅します」


 強い口調で言う東谷に、木戸は一瞬目を見開いた。「俺も残る」と言いたそうだったので、先まわって東谷が続ける。






 「木戸さんは、他の警察官達を指揮して、みんなを守ってください。さっき話した博物館へ向かうんです。場所は篠山さんや角田さん達、道の駅の従業員が知っているでしょう。いや、牧田分署長や藤間君もわかるはずです」


 「そこに身を潜め、しばらく待つというのか?」


 「いえ。私が30分経っても合流しない場合は、山越えを始めて下さい」


 「何だと?」


 「私は必ず敵を倒すつもりですが、確実とは言えない。それに、敵を倒したとしても、沢崎や遠藤が次に敵になることも充分考えられます。どうなるかはわからない。だから、私が行かなかったら、とにかく逃げて下さい」


 「しかし、山越えとは……」


 「困難な道行きになるとは思います」それはわかっていた。老人も小さな子供もいる。夜の闇の中、ちゃんとした道はない。「しかし、それしかありません。みんなを救うためには」


 木戸は目を瞑って考えている。


 「どの方角へ行けばいいか、どこを目指せばいいかなどは、これから牧田分署長や篠山さん達に検討してもらいます。小川さんも山の知識があるかもしれないし、案外西田さんや大岡さん、小笠原さんの様な御老人の方がどこかへ通じる道を知っているかもしれない」


 木戸が目を開ける。反対はしてこない。それしかないということを認めているのだろう。


 「角田さん達に、早急に食料や飲料水を携帯できるようにしてもらいましょう。なに、森とは言っても、南米のジャングルとは違う。抜けるのに何日もかかるということはない」


 「さっきの死体のことが気になるんだが」顔を顰めながら言う木戸。「あれをやったのが敵でない場合、我々と敵以外に、もう一つの勢力があることになる」


 東谷は、牧田が言っていた怪物のことを思い出し、首を振った。






 「それが何で、どんな目的を持っているのかわからないが、少なくとも味方ではない。それにも注意しなければならないな」


 木戸が言いながら腕を組む。「それ」という言い方が気になったが、あえて質問はしなかった。


 「木戸さん、自動小銃を扱った経験は?」


 「あるわけないだろう」


 「使う自信は?」


 「はっきり言ってない。だが、素人よりは多少マシかもしれない。だいたいそんなものだろう」


 「なら、持って行ってください。こっちは、俺と沢崎の分があればいい。他の連中は使いこなせないでしょう。拳銃で充分だ。木戸さんと板谷さん、あとの三人のうちの誰かが持ち、何かあったら使用してください」


 納得していない表情ではあったが、木戸は立ち上がった。時計を確かめる。


 「四十分なんて短い。みんなに説明し、準備を進めよう」


 頷く。しかし、気が重くなった。


 木戸と自分の間では話が何とかまとまったが、他の人々はどう考えるだろう? 説明し、従ってもらうのが一番大きな壁のように感じられる。


 二人してレストランへ向かおうとしたところ、逆に、牧田が血相を変えてやって来た。


 「どうしました?」


 「西田さんがいなくなった」


 「え?」顔を見合わせた後、東谷と木戸はレストランを見つめた。


 「さっきトイレに行くと言って裏の方へまわったんだが、小窓から抜け出したようだ」


 「何でまた?」


 木戸が険しい表情で怒鳴った。


 「おそらく、怪物を探しに行ったんだと思う」


 「怪物?」怪訝な表情になる木戸。


 まさか、と東谷は頭を抱えた。あの老人は、一体何を考え、何をしようとしているのか?

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