道の駅 レストラン 沙也香と犯罪者達

 「はい。どうぞ」


 目の前に差し出されたトレーを見て、沢崎は最初意味がわからずキョトンとしてしまった。


 邪気のない二つの小さな瞳が、自分にまっすぐ向けられている。


 「ジュースです」


 「俺にくれるのか?」


 つい微笑みながら応えた。こんな柔らかい表情をしたのはいつ以来だろうか?


 少女はコクリと頷いた。沢崎が手を出すと、そこに手錠がはめられているのを見て、一瞬不思議そうな顔をした。


 少女の後ろから、慌てて二人の男達が近づいてきた。国広と小川だった。


 更に離れたところから、警察官達が警戒心を隠さずに沢崎を睨んでいる。


 「フッ」と沢崎は笑った。いつもの冷笑ではない。オレンジジュースを取ると「怖くないのかい?」と少女に訊いた。


 少女は少し首を傾げてから「ちょっとだけ。でも、すぐに帰れるよね?」と応える。


 鈴が鳴るような声だな、と沢崎は思った。


 「そうだといいね」


 沢崎はオレンジジュースを一気に飲み干した。美味かった。水分と糖分が強張った身体に浸透し、解していく。大げさではなく、エネルギーをもらった気がする。


 もう一度少女を見ると、すでに遠藤の方へ行っていた。


 沢崎は、声に出さず「ありがとう」と胸の奥で言った。






 「お父さんと一緒に配ろう」


 国広がそう言うと、沙也香は不満そうに頬を膨らませた。一人でできるのに、と目で言っている。


 小川が「まあ、沙也香ちゃんに任せましょう」と穏やかに言う。


 国広も彼が一緒にいてくれる心強さから、自然と頷いた。


 「どうぞ」と遠藤にトレーを差し出す沙也香。


 「俺にもくれるのか」遠藤がじっと沙也香を見つめる。


 「ジュースじゃイヤですか?」


 「とんでもない。ありがとよ」遠藤は受け取ると国広を見上げた。「いい子だな」


 何と応えて良いかわからず、国広は少しだけ頭を下げた。


 「その男達のことは気にしなくていいよ」


 離れたところから板谷が言った。自動小銃を抱えている。


 「そりゃあねえだろうよ」と大きな声を上げたのは大熊だった。


 国広はヒグマが吠えたかと思って身が竦んでしまう。


 沙也香もビクリとしたが、大熊がジュースを手に取ると「どうぞ」と小声で言った。


 「ありがとよ。おじちゃんは子供には優しいから安心しな」


 大熊がそう言うと、沙也香はコクリと頷いた。


 佐久間はジュースを差し出されても「いらない」と首を振った。


 最後に三国――。彼は、ジュースを手にしたまま、しばらく沙也香を見つめた。


 「さあ、行こう、沙也香」国広が促す。


 足早に、犯罪者達のいるスペースから立ち去った。


 いつまでも三国の視線を感じていた。


 しばらく沈黙が戻ったが、それを打ち消したのは、意外にもその三国だった。


 「あの、沙也香ちゃん」


 不意に呼ばれて、沙也香が立ち上がる。国広が腕をとり、歩き出そうとするのを止めた。


 「お代わりもらってもいいかな?」


 三国の笑顔が、何故かこちらに迫ってくるように感じられた。


 沙也香が、どうしようか? という表情になっていた。


 みどりが首を振りながら彼女の肩を抱く。






 「私が行ってくるよ」


 長尾美由紀がジュースを手に三国の方へ行った。途中で板谷がそれを受け取り「これで終わりだ」と三国に渡す。


 「チッ」という舌打ちが聞こえた。三国が発したものだ。相変わらず、視線は沙也香に向けられている。


 それを遮るように、みどりが沙也香を抱き、国広が前に立ちふさがった。


 ここまで怯えてばかりだった三国の変貌に、さすがの大熊や遠藤もうす気味悪さを感じている。


 刑事達の間にも、今の危険な状況とは別の緊張感が漂った。


 またしばらく、BGMだけが虚しく響いていた。最新のヒット曲だ。リズミカルなのがやたらと違和感を大きくし、不快に聴こえてきた。


 小川が立ち上がり、店の隅に行く。どうやらチャンネルを変えたらしい。


 落ち着いたクラッシックが流れはじめた。これはこれで違和感は拭えないのだが、少しはマシだった。


 「テレビかラジオでニュースでも見ねえか? 俺達のことやってるかもしれねえぜ」


 大熊が沈黙を嫌って言った。突然の声にビクリとした人も数名いる。


 彼はそれをおもしろがっているようでもあった。ニヤリと笑う大熊を見て、国広はその神経を疑った。


 こんな状況なのに……。


 「妨害電波が流れているらしい。さっきからテレビもラジオも駄目だ」


 小川が応えた。


 「ちっ。陰気くせえなあ」手錠をジャラジャラ鳴らしながら、頭をかく。「じゃあ、何か食う物はねえか? 腹が減ったよ」


 国広は、恐ろしいというより呆れてしまった。


 こんな時に食欲があるのか? この男は、さっきの死体を見ていないのだろうか?


 見ていれば、何か食べたいとは思わないだろう。いや、そんな神経はないのか? だからこそ凶悪な犯罪を起こせるのだ。この男は人間ではない。やっぱりヒグマだ。


 角田とウエイトレス達が目を見合わせていた。






 「放っておいていい。まともに取り合わないでください」板谷が角田に向かって言った。そして大熊を睨む。「おまえは何か喋らなきゃ生きていけないのか? でかい図体して騒がしすぎだぞ」


 「でかい図体だから腹が減るんじゃねえか。何か食っとかなきゃ、いざというとき身体が動かねえだろう」


 二人のやりとりを見ていた国広の元から、サッと沙也香が動いた。テーブルに置かれたクッキーのバケットを持ち、大熊の方へ行く。


 「沙也香」慌てて国広とみどりが後を追う。


 「どうぞ」とクッキーを差し出す沙也香。


 その姿を見て、国広はこの上なく不憫に感じた。


 この小さな身体で、さっきから恐怖と緊張を強いられてきたのだ。こうやって動くのは、子供なりの対応なのだ。そうしていなければ、どんどん恐怖感が膨らんでしまう。だから、一生懸命大人の手伝いをしているのだろう。


 「おじちゃんが欲しいのは、こういうのじゃないんだよ」


 苦笑しながら、大熊が言った。


 「僕がもらうよ」いつの間にか、三国が近づいてくる。その表情は、まるで何かに取り憑かれたかのようになっていた。恍惚としているようにも見える。


 国広の全身に悪寒が奔る。何かを感じたのか、沙也香も身体を強張らせた。


 ふと、三国の前に誰かが立ちふさがった。


 「俺にくれるかな」沢崎だった。優しそうな笑顔で沙也香の手からクッキーを受け取ると、一枚口に含む。そして三国を振り返り「おまえも欲しいのか?」


 沙也香や国広には見えなかったが、その時の沢崎の表情は、敵に向けられているかのように険しかった。


 三国は竦み上がり、何も言うことができずに後退った。


 その隙に、国広達は沙也香を連れて元の位置に戻っていく。


 何故か、あの映画俳優のような犯罪者の存在が、心強く感じられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます