分署 刑事達 囚人達 ②

 「何かあったのか?」


 東谷が訊くと、飛田は深刻な表情のまま、一旦息を吸い込んだ。


 「上で話を聞いていました。もう、いいじゃないですか」


 思い切って言った、という感じだった。言い終わった途端、飛田の顔から何かが剥がれ落ちたような気がした。言い始めたからには最後まで言う、と決意したかのようだ。


 「いいとは、何だ?」


 木戸と板谷が顔を見合わせてから訊く。


 「こいつらに、武器を渡しましょう」


 驚いて飛田の顔を見る東谷。


 「馬鹿なことを言うな」板谷が飛田の腕を掴んで強引に自分の方に顔を向かせる。「おまえ、どうかしちまったのか?」


 沢崎が微かに笑みを浮かべながら視線をよこした。


 大熊の顔に赤みがさした。佐久間は目を見張り、遠藤は「ほうっ」という表情になる。


 飛田は板谷の手を振り払い、続ける。


 「何者かわからないが、襲ってきている連中の狙いはこいつらの中の誰かです。だったら、戦い合わせればいいじゃないですか。こいつらはここに残し、我々は、道の駅の民間人を守りながら、何とか脱出しましょう、この地区から」


 ついに壊れたか、と東谷は思った。飛田の顔つきは至って真面目だ。そう、真面目すぎる。目はしっかりと見開かれ、一点の曇りもない。


 「落ち着け。そんな真似はできないことくらい、おまえにもわかっているだろう」


 木戸が諭すように言った。


 「今は普通の状況じゃありません。ここで襲われるのを待っていても仕方がないじゃないですか。このままでは、こっちは全滅だ。道の駅にいる民間人にも犠牲者が出るかもしれない。そうなる前に、何とかしましょう。こいつらに一丁ずつ銃を渡し、我々はここを離れるんです。民間人を守るのが、我々の責務だと思います」






 「この犯罪者達を護送するのが、今与えられた俺たちの仕事だ」


 木戸が粘り強く言う。だが、東谷には、今の飛田には何を言っても無駄だと感じられた。


 「緊急事態です。任務のうちいくつかが不可能になった場合、何を優先すべきか考え、行動に移すのはけして間違いじゃないと思います。道の駅にいる民間人を守り、安全な場所に移すのがまず最優先すべき事じゃないですか。こいつらは残していきましょう」


 「冷静になれ」板谷がまた腕を掴みながら言う。


 「おまえ、自分が何を言っているのかわかっているのか?」木戸が飛田の耳元まで口を近づけて言った。


 「やだっ!」突然、三国が叫んだ。「僕は武器を持っても残るのは嫌だ。助けてください」這うようにして、東谷の方へ来ようとする。さっきの再現だが、今度三国の移動を防いだのは大熊だった。


 「てめえは黙ってろ」立ち上がり、三国の尻のあたりを蹴り飛ばした。ギャウ、という犬のような声を出して転がる三国。顔を上げると、涙と鼻水でグシャグシャだった。


 大熊は、そんな三国を見て鬼のような形相になり、踏みつぶそうとした。だが、意外にもそれを止めたのは遠藤だった。


 「いいから、放っとけ。それより、そこの警官は気にいらねえが、言ったことには同意してもいいぜ。武器はよこせ。その代わり、見捨てていってくれてかまわねえ。俺たちは極悪人だ。自分の身は自分で守る。なあ、沢崎よ、異存はねえよな?」


 遠藤が沢崎に鋭い視線を送った。沢崎は何も言わず、ただ肩を竦めるだけだった。


 「ちょっと待ってくれ」佐久間が立ち上がった。「一緒に戦うんじゃねえのか? 俺たちだけって、そんなの無理だ。そこのSATのダンナだけでも残れよ」


 「ほざくな、小悪党」遠藤が怒鳴りつけた。「覚悟を決めやがれ」


 「しかし……」佐久間は落ち着きなく視線を泳がせた。「俺は狙われちゃいない。狙われる程のもんじゃねえ。誰が狙われてんだよ? そいつだけ残せばいいじゃねえか」


 「今更何を言ってる。てめえ、仲間の仇を討つんじゃなかったのか?」


 更に遠藤が怒鳴ると、佐久間は言葉を失って下を向いた。






 「決まりだ」大熊が手錠で不自由なはずだが拍手をした。「さあ、手錠を外して、武器をくれ」


 大熊が差し出す手を、木戸がはたき落とした。


 「黙れ。そんなことはできないと言っているだろう」


 「強がるんじゃねえよ。あんただって怖いだろう? だからってあんたを見損なったりしねえよ。こんな状況だ。むしろ、その判断を褒めてやる。俺たち極悪人を見捨てて、民間人を守れよ」


 遠藤が立ち上がって木戸に迫る。


 「駄目だ。おまえ達には、きっちりと法の裁きを受けてもらう。そのために護送するんだ。それが俺たちの役目だ」


 「この期におよんできれい事かい?」


 木戸と遠藤が睨み合った。


 「僕は嫌だよ。絶対に嫌だよ」三国の泣き声が響く。


 「だったら最初に殺してやる。てめえはいるだけで目障りだ」


 大熊が三国に迫る。


 「静かにしろっ!」


 たまりかねて、ようやく東谷は声をあげた。肩にかけていた小銃を構え、まず大熊に向ける。そして遠藤、佐久間、と睨みつけていった。最後に飛田を見て、もう一度「静かにしろ」と小さく言う。


 「東谷君」木戸が心配そうな表情で声をかけてきた。


 東谷は頷くと、厳しい声で続ける。


 「誰も喋るな。今は何も決めない。何もだ。しばらく様子を見る。俺が指示を出すまで、何もしない。いいな」


 そう言ってまた全員を順番に見ていった。不満そうな顔、不安をあらわにする顔、様々あった。


 沢崎だけが、例の短い笑みを見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る