分署 刑事達 囚人達

 東谷が分署に戻ると、「きさま、ふざけんじゃねえぞ」という遠藤の怒鳴り声が聞こえてきた。


 見ると、彼がまた沢崎に詰め寄ろうとしている。板谷がそれを抑えていた。


 「何をしている?」


 東谷が言うと、遠藤は一旦動きを止めた。


 「また、こいつらが、自由にして武器を貸せと言ってきたんだ」


 板谷が顎をしゃくって遠藤や大熊を指した。


 「それに対して、沢崎が、おまえらじゃあ敵の餌食になるだけだ、と言ったもんでね」


 木戸が顔を顰めながら言う。


 「俺はてめえをいつか殺してやろうと思ってたんだ」遠藤が沢崎を睨みながら言う。「あの妙な連中を片付けたら、てめえの番だ。覚悟しとけよ」


 凄む遠藤。


 刑事達を目の前にして沢崎を殺すと断言しているのだから、すでに遠藤の頭は何かが欠けていると言えた。


 大熊や佐久間の表情も張り詰めた胸の内を現して余りあった。


 三国は最初から壊れている。今の状態では限界が近い。


 「無理だと言っている」


 沢崎が鼻で嗤うように言った。


 「何だと?」再び勢いを増す遠藤の怒り。


 「おまえは、さっきの連中の仲間に殺される」


 「武器さえありゃあ、やられやしねえ」


 「おまえは所詮、弱い者虐めしかできない。暴力団なんてそんなものだ。昔気質の弱きを助け強きをくじく任侠なんてほとんどいない。おまえら暴力団は、弱い人間を食い物にするか人の弱みにつけ込むことしかできない。所詮卑怯者の集まりだ。そんな連中が武器を手にしたところで、あんな本格的な武装集団に勝てるわけがない」


 冷徹に言い放つ沢崎。


 大熊と佐久間が息を呑んだ。空気が刃物のように痛さを増す。






 遠藤の顔は真っ赤になった。そして吠える。


 「てめえは何だ? てめえだって似たようなもんじゃねえか。所詮人殺しだろう。俺たちとどんな違いがあるってんだ」


 「俺は弱い者虐めはしない」あくまで冷静に応える沢崎。「弱みにつけ込んだりもしない。俺がマトにするのは、いわゆる権力や財力、裏の力などのある、社会的な強者だけだ。それに、おまえ達のように群れたりしない。いつも一人でやってきた。おまえにそれができるか?」


 冷たい、氷の刃のような視線を遠藤に向ける沢崎。


 遠藤は「くっ」と唸って増悪の表情を強めたが、何も言い返せなかった。


 「もういい」東谷が口を挟む。これ以上乱れるのは防ぎたかった。「何であれ、おまえも人殺しであるのに変わりはない。俺たちから見れば、おまえ達5人は、犯罪者であるというだけだ。それ以上ではない」


 木戸や板谷が「ほうっ」と息を吐いた。


 遠藤は何かを吐き出したそうなもどかしい顔をしながらも座る。


 沢崎は、これまで何度か見せたように「フッ」と冷徹な笑いを浮かべ、そっぽを向いた。


 東谷は沢崎の罪状を思い出す。確かにこの男は、これまで善良な市民を餌食にしたことはない。暴力団組織、悪質な政治家や企業家等を、誰かの依頼によって殺害してきた。


 しかし、だからといって、この場でつけあがらせるわけにはいかない。


 「沢崎さん、あんたが凄腕なのはわかってる」大熊が珍しく静かな口調で言った。「だが、手錠をつけられてちゃあ、襲われたら餌食になることに変わりないだろう」


 沢崎がチラリと視線を向けると、大熊は慌てて手を振った。大柄な身体が一回りも二回りも小さくなったように感じられた。


 「別にあんたのことをどうこう言ってるんじゃねえ。もったいないって話なんだよ。なあ、刑事さん」東谷に向けて言う大熊。「もういいじゃねえか。こんな状態だ。緊急事態だ。武器を俺たちに貸してくれ。一緒に戦わせてくれ。沢崎さんが戦えれば、連中にだって対抗できるだろう」






 「おい、俺だってやれるぜ。なめるんじゃねえぞ」


 遠藤が言うと、大熊は今度はそっちを向きながら手を振る。「なめるなんて、滅相もねえ。あんたがやれるってのもわかってるよ。俺が言いたいのは、とにかく、今共通の敵がいる以上、協力して戦うのが一番だって言うんだよ。襲われた時、俺たちがつながれてて戦えずに、全滅しちまうなんてのが一番悪いだろう。今あるこっちの戦力を全開にして迎え撃って、それでも誰かが殺されたなら仕方ない。沢崎さんの言うとおり、ほとんどがやられちまうかもしれねえが、それでもただ繋がれて死を待つだけよりマシだ。今はそうやって考える時じゃあねえのか? もし後のことが心配なら、事が終わったら武器は返す。そう約束できる奴だけでも戦えるようにしたらいいじゃねえか」


 「おまえら相手に約束なんて、意味がない」板谷が言った。


 「あんたはさっき、敵に襲われて気絶してたじゃねえか。それで後藤は殺された。守りきれなかったくせに偉そうなことは言えねえぞ」


 佐久間が毒づいた。


 板谷の表情が歪む。悔しさが滲み出ていた。


 間に入るようにして、大熊が佐久間を宥めた。この男は見かけによらず細かな神経が回るようだ、と東谷は感じた。


 もっとも、それを悪さをする方に使い続けてきたのだろうが……。


 「俺たちは、そこにいる異常者とは違う」大熊が三国を顎で指す。「無意味な殺しはしねえ。戦うだけだ」


 「おまえは手配されて逃げる際二人の警官を殺害した。それは無意味な殺しではなかったというのか?」


 木戸が怒りを込めて大熊を睨む。


 「そうじゃねえよ」大熊は苦笑しながら慌てて手を振った。「あげ足をとらねえでくれ。あれは、行きがかり上仕方なかったんだ。悪かったと思ってるよ」


 とってつけたように言う大熊に、木戸の怒りは更に増したようだ。「ふざけるなよ」と詰め寄ろうとしたところに、足音が聞こえて立ち止まる。


 東谷も身構えた。


 二階から飛田が下りてきた。

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