道の駅天童 客 従業員達

 「警察には俺達一般市民の近くにいて欲しいよな。何で犯罪者達の側に行くんだよ」


 小山が不満そうな顔になって言う。まわりの人々がチラリと視線を送った。


 「だって、そうだろ。犯罪者なんかを守るより、善良な市民を守るのが警察の役目じゃないのか?」


 小山はそう言いながら牧田を上目づかいに見た。


 他の人々も、あからさまにそれに賛成はしないものの、同じように感じているところがあるようだ。


 牧田は敢えてそれに応えず、外へ視線を送り続けた。


 隅の方では、西田老人を心配する鎌田と国府田がしきりに宥めるような仕草を見せた。


 「なあ、源さん。そんなに恐れなくてもいいだろう。もし仮に、本当にそんな怪物がいるとしても、今すぐ出てくるとは限らないだろう。まして、こんな危険な状況なんだから、怪物だって臆するさ」


 鎌田がいまだに宥めているが、逆効果らしかった。


 「あんたらは何もわかっちゃいねえ。もう、血が流れたんだろう? 分署では死者が出たって言ってたじゃないか。いいか、あいつはな、血の匂いをかぎ取って近づいてくるんだ。それだけじゃねえ。人が怖いと思う不安な気持ちや恐怖心が好きなんだ。あと悪意もな。今、それがそろっちまったんだろ。それに、どうも空気や風の動きが変わって、奴が出てきやすくなっているような気がするんだ。来るぞ、おそらく」


 さすがに、他の客達も西田の話を気にし始める。


 「じいさん、何をぶつぶつ言っているんだ? 怪物? 何だよそれは」


 小山が不快感を顔に浮かべながら訊いた。


 だが、西田は小山のことなど眼中にない様子で佇んでいる。小山の不快感が更に高まる。


 それを気にして、國府田が代わりに応えた。






 「この地方には、以前から謎の生物がいるという話があるんですよ。もっと昔からの伝説の中にも怪物が出没したというのもあって、西田さんは、その怪物が森から出てくると言って心配しているんです」


 「そんなばかげた話をこんな時に……」


 小山が怪訝な表情をしながら言いかけたが、隣にいた岡谷がすぐに口を挟む。


 「その怪物って、どんな奴なんだ?」


 「え?」國府田が岡谷を見る。意外にも真面目な顔で興味を示したのが気になった。


 「おい、おまえまださっきのことを? いいかげんにしとけよ」


 小山が咎めるように岡谷を見た。


 「いや、だって、気になるんだよ」


 「何がですか?」


 「こいつ、さっき変な赤い目みたいなのを見たって言うんだよ」


 「何だと?」


 西田が岡谷の顔を睨むようにして言った。


 「それ、本当ですか?」


 國府田も身を乗り出す。岡谷と小山は二人して、西田や國府田を順番に見返した。あまりに反応が大きかったので驚いている。


 「私も見たんです。赤い大きな光を二つ。やっぱりあれは、何かの生き物の目だったんですね」


 聞き耳を立てていた梨沙が、勢い込んで話に加わってきた。


 「あんたも見たのか?」


 岡谷が、何故か恐る恐るという感じで確かめた。


 すると、同じように怖々と頷く梨沙。






 「間違いない。やっぱり奴が森から出てきている。これは、大変なことになった」


 西田は頭を抱えた。


 「何が大変なんだよ、じいさん?」


 小山が青ざめた顔で訊く。だが、西田は応えずに固まった身体を震わせている。


 答えが聞けずに戸惑う小山が、國府田に説明を求めるかのように視線を送った。


 岡谷も、そして梨沙も、更に他の大学生達も同様だった。


 それに、この話は、牧田をはじめとして、その場にいる人々にも聞こえている。離れた場所から、幼い少女とその両親も深刻そうな顔を向けていた。


 「いや、西田さんはこの地に伝わる古い伝説に準えているのか、怪物が血の匂いや争いの雰囲気に引きつけられてやってくると言っていますが、それはあくまで伝説に過ぎませんよ。僕たちは横浜国際大学で生物学の研究をしている者ですが……」


 鎌田の方を振り返ると、彼は律儀に皆に向かって軽く頭を下げた。


 「おそらく何か未知の生物がいると思われるんで、ここに調査に来たんです。我々の考えでは、未発見の類人猿が生息していると……」


 「違う」西田が言った。「猿なんかじゃねえ。あれは、間違いなく怪物なんだ」


  大きくはないが、強い口調で西田が言うので、人々は一瞬息を呑んだ。


 「やめなよ、源さん」鳥山美和子がその場の雰囲気をなるべく振り払うように、笑いながら言った。「確かに昔からの言い伝えがあるけど、怪物なんてそうそういるもんじゃないよ」


 「全くだ」角田も言う。「そんな怪物がいるなら、こんな所に道の駅なんてできないよ。みんな食われちまうだろう。だが、こうやって何年もここで仕事ができているんだ」






 「やだなあ、もう」大岡多恵が大笑いしながら加わってきた。「何をみんな、真剣な顔で怪物だなんてこと話しているんだい? 本気で心配しているの? まあ、源さんは昔話に憑かれちまったみたいだから仕方ないけど、他の人たちまでそんなに真面目になることないじゃないの」


 言われて、小山や阿田川、大久保達は肩を竦めた。だが、実際に赤い目を見たからなのか、岡谷と梨沙はまだ深刻な表情を崩さない。


 「そういうことだ」


 成り行きを見守っていたかのような鎌田が口を開く。


「さっき國府田君が言ったように、我々は調査に来たが、まだ、未知の生き物がいるかどうかさえも不明な段階なんだ。ましてや怪物なんて……。源さんには悪いが、伝説は伝説だ。君たちが見たのも……」


 梨沙と岡谷を見る鎌田。


 「おそらく別の動物の目か、あるいは何かの光が反射したんだと思う。それが実際より大きく見えることも別に不思議じゃない。錯覚もあれば、その時の心理状態による影響もある。いたずらに騒ぐことではないよ……」


 納得したような、不満が残るような、様々な表情がそこここに見られた。だが、共通しているのは、これ以上この話をしても仕方がないという感覚だった。


 牧田は、その一部始終を見守っていた。特に口を挟まなかったのは、武装集団による恐怖を少しでも和らげるためには、たとえ怪物などと言う荒唐無稽なことであっても、みんなが語り合ってくれればいいと思ったからだ。それでいくらかは気が紛れる。


 「俺は、森へ行かなきゃなんねえ」西田がまだぶつぶつ言っている。


 誰にも気づかれないように小さく溜息をつくと、牧田はまた外の様子を窺った。


 もう、雨はあがった。そして、完全に夜の闇が落ちてきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます