道の駅 客 従業員達

 道の駅天童のレストラン「わらべ」は満員だった。天童分署長の牧田と天童の責任者である篠山が、今の状況を説明し終えたところだ。


 国広豊は、これまでの人生の中でもっとも危険な状況に身を置いていることを知り、体感したことがないほどの不安を覚え、今にも過呼吸になりそうなのを必死に抑えた。


 隣で顔面蒼白となる妻のみどり、状況が理解できてはいないだろうがただならぬ雰囲気に怯えている6歳の娘沙也香。この二人を、何としても守らなければならない。


 他の客や、道の駅の従業員達も皆青ざめていた。説明を聞き終えた後、しばらく誰も声を出せなくなっていた。


 「とにかく、みなさんはこのレストランに待機していてください。私と藤間君で警戒をしています」


 牧田が表情を強張らせながら言った。


 レストランの窓から外を見つめている藤間の肩に、自動小銃がかけられている。通常の警察官や刑事が持つものではない。その鈍く黒い色あいが、見る者の不安感を更にかきたてていた。


 国広はみどりの肩を抱き、沙也香の頬に優しく手を添えた。小さな温もりが儚さを感じさせ、胸が苦しくなる。


 「襲ってきた者達の目的は、本当に、その犯罪者達なんですね?」


 國府田がわざわざ手を挙げてから質問した。


 「おそらく……」


 「じゃあ、その邪魔をしたり、目撃したりしないかぎり、我々に危険はないと?」


 更に質問を続ける國府田。


 「それは何とも言えません。ただ、今もっとも安全だと思われるのが、こうやって待機していることだと判断しました」


 「でも、刑事さん達は戦うつもりなんでしょう? そうなったら、どうしても巻き込まれます。だったら、ここにいるんじゃなくて、逃げた方がいいんじゃないですか?」


 阿田川が言った。


 「どこへ?」岡谷が険しい表情で言う。「雨はもうあがりそうだが、まだ橋は下りていない。この地区からは出られないんだぜ。それに、もし橋が下りたとしても、ここから出て駐車場にある車まで行き、導西か東渓のどちらかに進むにしても、その間に襲われる可能性だってある。危険だろう」


 そう言われて、阿田川は口を噤んだ。






 また少し、沈黙があった。その空気を乱さない程度の控えめな仕草で、小川和彦が立ち上がった。


 「どうした? 小川さん」


 牧田が訊く。常に控えめな態度の小川だが、180センチをゆうに超す長身は動くとどうしても目を引く。


 「この道の駅には裏口が多い。それを全部塞ぎます。机や調理テーブルを使って。そうしておけば、気づかないうちに誰かに侵入される可能性が低くなるでしょう」


 静かに話す小川。牧田と篠山がハッとなって顔を見合わせた。


 「そうだな。それがいい。私達もやる。角田さん、一緒にお願いします」


 篠山が言う。小川の言うとおりだった。調理場にも事務室にも、そして売店コーナーには2カ所も裏口がある。


 正面側は見ていればいいが、裏から何者かに侵入されてもわからない。気がついたら恐ろしい男達がすぐ側にいた、などということは御免こうむりたかった。角田が立ち上がり、それを手伝おうと、パートの女性陣も後に続いた。


 「じゃあ、僕も行きます。分署長、ここをお願いします」


 藤間が慌てて道の駅従業員達を追った。裏で作業するみんなを守るためだ。緊張した面持ちは消えていない。慣れない自動小銃が実際の重量以上に重そうだった。


 「気をつけてな」


 牧田が緊張気味なのがわかる声で言った。そして、腰の拳銃に手をやりながら、正面の様子を探る。


 国広は溜息をつき、みどりの顔を見た。彼女もこちらを見つめ一言「しっかりしなきゃね」と言った。それは、自分自身にも言い聞かせているようだった。


 「さっきあのおじさん達が話してた怪物が来るの?」


 みどりの膝に乗る沙也香が、国広を見上げて言った。


 「いや、違うよ。でも、別の怖いのがくるかもしれないから、しばらくここにいなきゃならないんだ」


 応えながら、国広は少し離れた席に座る西田や鎌田達を見た。どこか浮世離れして仙人のように感じられた老人が、今は我々以上に青ざめ、どこかうろたえているようにも見える。やはり普通のおじいさんだったんだな、と国広は感じた。






 西田が恐れているのは武装集団のことではなかった。


 「西田さん、具合が悪いんですか? 顔色が酷く悪い」鎌田が心配そうに言う。


 「どこか横になれるところがあればいいけど……」


 國府田が視線を巡らせるが、このレストランにはソファもなかった。


 「冗談じゃねえ」西田は震える声で言った。「やっぱり空気がおかしい。風がおかしい。奴が森を出られるようになっちまったんだ。あの小娘が見たっていうのは、やっぱり奴だ。こうしちゃあいられねえ。俺は、森へ行かなきゃあなんねえ」


 今にも立ち上がろうとする西田を、國府田と鎌田が抑えた。


 「待ってくださいよ。危険な連中がいる恐れがあるんですよ。無茶言わないでください」


 國府田が西田の肩を押さえながら、その顔を覗き込む。ゾッとした。目がランランと輝き、口元をヒクヒクと引き攣らせている。


 「どうしちゃったんです、西田さん?」


 「危険な連中だ? そんなもの奴に比べれば何でもねえ。俺たち同様、餌でしかねえ」


 國府田と鎌田は顔を見合わせた。


 例の伝説の怪物のことを言っているのだろうか?


 悪いがそれは西田の妄想に過ぎないと思っている鎌田は首を振った。


 國府田は、ほとんど鎌田と同じ思いだが、どこかに生物学を越えた未知のものの存在を期待する部分も残っている。西田の豹変にそんな胸の一部を擽られたが、今はその興味を表に出すべき時ではない。


 「警察がこの危険な状況を解消してくれたら、一緒に森へ行きましょう。それまで我慢してください」


 そう言いながら、國府田は強く西田の肩を掴み、彼の勢いを押さえ込むようにした。


 西田は頑固そうな表情を残したまま、それでも何とか身体の力を抜いた。視線は森の方を向いている。


 國府田も西田につられて森の方を見た。その中に潜む類人猿の姿を思い描こうとした。

だが、意に反して、脳裏に浮かんだのは別の怪物の姿だった。

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