分署 警官達 囚人達 ②

 藤間の代わりに飛田が2階からの警戒に行った。


 東谷、木戸、板谷が6人の犯罪者達と対峙することになった。三国は相変わらず少女のように泣き声を漏らしている。相棒を殺された佐久間はさっきより表情が機械的になり、言葉も出さない。一番お喋りだった大熊も、今は口を開くのを憚っている。


 東谷の目が、襲撃者が持っていたトランシーバーに向けられた。


 これを使用すれば、敵と交信できる。敵の正体を探ることもできるかもしれない。だが逆に、こちらのことも探られる恐れがある。また、敵の一味である5人を倒したことも知られ、刺激を与えることも懸念された。


 木戸と板谷も東谷と同じことを考えているらしい。2人ともトランシーバーと東谷の顔とに交互に視線をよこした。


 「そいつで敵とお話しするかい?」


 不意に声がかかった。予期していなかったので、一瞬誰からなのかわからなかった。


 「教えてやれよ。5人とも死んだと」


 沢崎だった。さっきまで言葉少なだったのが、今は笑みを浮かべながら喋っている。


 「何を言っている?」


 木戸が沢崎を睨む。板谷も、そして東谷も視線を送る。


 「もしかしたら、怖じ気づいて退散してくれるかもしれないぜ」


 まるで世間話でもするかのように、気軽な様子で話を続ける沢崎。遠藤が苦々しい表情で見ている。


 「まあ、逆効果だろうがな。さっきの5人がどうなったのか敵はわからなくてやきもきしている。教えたら逆上するだろうな。もっとも、もう少ししたら教えなくても確かめにやってくる。いずれにしても、さっきの続きの始まりだ。今度は誰が殺されるかな? 全員って事もあり得る」






 「てめえ、いい加減にしろよ」


 遠藤が立ち上がり、沢崎に詰め寄る。沢崎はチラリと見ただけで、つまらなそうにそっぽを向いた。


 「ただでさえ気が立ってるんだ。ふざけたことをほざくんじゃねえ」


 増悪を込めた目で沢崎を睨む遠藤。争いになるのを危惧し、木戸と板谷も立ち上がった。


 「ふっ」沢崎はそっぽを向いたまま鼻で嗤った。「怖いのか?」


 「何だと?」遠藤の表情が更に険しいものになった。


 「横浜で武闘派として名をはせている大浜組の幹部ともあろう者が、怖くてションベンちびりそうかい?」


 一瞬で、遠藤の顔が真っ赤になった。


 「てめえっ!」


 手錠をしたままだが、遠藤は沢崎に身体ごと向かっていく。咄嗟に木戸と板谷が止めた。

東谷も立ち上がり、沢崎を睨んだ。


 「くだらないことを言って混乱させるな」


 沢崎は、東谷の方をチラッと見てから、また何事にも興味なさそうな顔になって黙った。


 「必ずケリをつけてやるからな、沢崎っ!」


 木戸と板谷にしがみつかれてもなお、遠藤は沢崎に向かって行きながら怒鳴る。


 「こんなところで争っている場合じゃない。おまえにもわかるだろう?」


 木戸が遠藤の襟首を掴んで、顔がくっつきそうなほどに引きつけながら言った。それでようやく、遠藤は下がった。ドカッと大熊の隣に座り込む。


 緊張した大熊は、遠藤に視線を向けられると下を向いた。


 必要以上の沈黙が、その場を包み込んだ。三国の啜り泣きが耳障りだ。


 東谷は考えた。敵の狙いはこの中の誰なのか? そして、救出なのか殺害なのか?


 もしも殺害が目的なら、今度はもっと派手に攻撃してくるかもしれない。下手をすると、分署ごと爆破などということさえ考えられる。


 そう思うと、いてもたってもいられなくなった。外を見ると、小雨になっていた。風はまだ強そうだが、雨はもうじきやむ。


 「まわりの偵察が必要だと思います。自分と、もう1人誰かで付近を見まわってきたい」

 東谷がそう言うと、木戸と板谷が顔を見合わせた。そして難しそうな顔で考え込む。






 「2階からの警戒では不十分だと?」


 木戸が訊く。


 東谷は頷いた。「敵が次にどんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。それに、道の駅の状況も見てきたいんです」


 「その必要性はわかるが、ここが手薄になるのはまずいだろう。正直言って、あんたが一番の戦力だ」


 板谷が言った。まだ痛むのか、しきりに首筋をさすっている。


 「じゃあ、俺が偵察に行ってやろうか?」


 不意に声があがった。また沢崎だった。


 「なんだと?」


 一斉に、三国以外の視線が沢崎に集まる。


 「このままここにいても埒があかない」沢崎は誰を見るでもなく視線を上に向けながら言う。「その、元SATの凄腕刑事さんがこの場を離れるのが不安なのもわかる」


 今度は、遠藤や大熊、佐久間の視線が東谷に集まった。驚いたような顔をしている。


 「刑事さん、元SATなんですか?」


 いきなり三国が顔を上げながら言った。そして、這うようにしながら東谷の方に向かってくる。「助けてください。僕を助けて」


 珍しい動物、いや、おぞましい害虫でも見るように、遠藤や大熊が三国を見下ろした。


 「おまえ、いい加減にせんか」  


 木戸が三国の後ろ襟を掴み、床から引きはがすように持ち上げると、元の位置に投げ落とすようにした。


 「うぎゃっ」と情けない声をあげた三国は、呆然として木戸を見上げ、そして目を伏せた。ようやく耳障りな啜り泣きが消えた。


 「話を元に戻そう」気を取り直して言う東谷。「自分が偵察に行く。手薄になるのが嫌なら1人でいい。10分で戻るから、その間木戸さ……」


 「待てよ」沢崎が遮ってきた。「そうじゃないだろう。俺が行ってやるという話になっていたはずだ」






 「馬鹿を言うな」東谷は沢崎を睨む。「おまえを自由にするわけにはいかない」


 「自由になるとは言ってない。協力しようと言っているんだ」


 「協力だと?」


 「そうだ。もし敵がまた襲ってきたら、俺も殺されるかもしれない。それは嫌だからな。どうせ死ぬなら戦って死にたい。武器を預けてくれたら、さっき程度の連中ならいくらでも返り討ちにしてやる。こんな状況なんだ。共通の敵を協力して倒そうと言うんだ。おかしくはないだろう?」


 沢崎がしっかりとこちらを見て言った。口元に笑みを浮かべているが、目は真剣だった。


 「そいつはいい」大熊が久しぶりに大声をあげた。「俺も協力するぜ。俺も戦う」


 「俺もやる」佐久間が立ち上がった。目は異様な光を放っていた。相棒の仇を討つつもりなのだろうか。


 「それなら俺もやるぜ。その野郎にだけ武器を持たせるわけにはいかねえ」


 遠藤が沢崎を睨みながら言った。


 「ふざけるな。おまえ達を信用できるわけないだろう」


 木戸が怒鳴る。立ち上がった佐久間を強引に座らせた。


 「なんでだよ? あんた達だけより、俺らも加わった方がいいに決まってんだろ」


 大熊が怒鳴り返す。


 「いいわけないだろう。武器をよこせだ? 武器を持ったら、おまえ達は逃げるつもりだろう」


 「ここからはしばらく出られないんだろう?」沢崎が冷静な口調で言った。「橋が下りて出られるようになったとしても、歩いて逃げるなんて無茶だ。今の俺達には、敵と戦うしか道はない」


 「仮に……。仮にだ」木戸が沢崎の正面に立った。「協力して敵を倒したとしよう。その後おまえ達はどうする? おそらく、俺たちに銃を向けるだろう」


 「そんなことまで考えちゃいないよ。それに、全員が生きているとも思えないしな」


 「どういう意味だ?」


 沢崎の言葉に木戸が顔を顰める。






 「俺が思うに、全員が武器を持って敵に応戦したとしても、生き残るのはせいぜい俺とそこの元SATだけだろう。後は、運が良ければって程度だ」


 沢崎が東谷を見ながら言う。さすがに全員息を呑んだ。


 「てめえ、でけえ口を叩くじゃねえか」


 遠藤がまた立ち上がった。それを抑える板谷。


 「まあ、しかし、全員が武器を持てば、生き残る奴が増える可能性が大きくなるのは確かだ。その後どうするかは、それから考えればいいだろう」


 涼しい顔をしながら沢崎が言った。


 「駄目だ」東谷がピシャリと言った。「木戸さんが言うように、おまえ達のことは信用できない。いろいろな意味でだ」


 「いろいろな意味って何だ?」沢崎が視線を向けながら言った。


 「敵の目的がまだはっきりしない。おまえ達のうち誰かだというのは確かだろう。だが、殺害目的か、救出するつもりなのかわからない」


 「つまり、俺たちの中の誰かが敵と通じている可能性もあるというのか?」


 沢崎が言うと、遠藤や大熊が険しい目を向けてきた。


 「その可能性もない訳じゃない」


 「奴らは、俺たちを殺そうとしたんだぜ」佐久間が叫ぶようにして言った。「実際後藤は殺された。後藤の場合は流れ弾に当たったようだが、その前に、奴らは牢の中の俺たちに銃を向けたんだ。俺ははっきり覚えている」


 本当だろうか? 東谷は佐久間の真剣な顔を見て考えた。もしそうなら、敵の狙いは誰かを殺害することに限定される。


 「誰に対して銃を向けたのか、覚えていないのか?」


 木戸が佐久間に訊いた。


 「そこまではわからねえ。だが、連中のうち2人は俺たちに銃を向けた」


 「いずれにしろ」話を長引かせるつもりはなかった。東谷が強引に言う。「殺害目的としても誰を狙っているのか不明だ。そんな状況でおまえ達を自由にするわけにはいかない」


 言い切ると、佐久間も大熊も黙った。


 「敵の目的、か……」


 沢崎のわざとらしい溜息が聞こえてきた。

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