神奈川県警足柄警察署天童分署 警官達

 「襲われただって?」


 東谷が分署に戻り、すぐに報告すると、牧田の顔は真っ青になった。


 「はい。護送車内は緊張しています」


 木戸の存在感が何とか混乱を抑えている状態だが、いつまでもつかわからない。


 「一体何者が?」


 「わかりません。ただ、対応してみた感触としては、射撃の腕は確かなようです。それに複数の人間がいます、とにかく、足柄署に状況を伝えて応援を要請しましょう」


 東谷が言うと、三人は顔を見合わせて更に深刻な顔をした。


 「どうしました?」


 「さっきから、無線も電話も、何もかも通じないんだ。どこにも連絡ができない」


 「何ですって?」驚愕した。想像以上に逼迫している。


 「襲撃されたことと関係があるのでしょうか?」


 藤間が訊いた。表情は強張っていたが、それでも呑気な奴だと感じた。


 「関係がないと思うか?」


 睨みながらそう言うと、藤間の顔は更に青くなった。


 「どうすればいいんだ?」


 牧田が頭を抱える。頼りないという気持ちより、むしろ可哀想に感じた。こんな緊急事態は、この分署始まって以来なかったろう。


 「とにかく、護送中の犯罪者達を留置所に移しましょう。そして、護送にあたったメンバーと今後の策を検討するんです」


 「わかった。護送車の面々を中に入れてくれ。藤間君、留置所の準備はいいね?」


 藤間が頷くと、東谷は早速動き始めた。






 天童分署は2階建ての建物だが、半地下と呼べる文字通り半分だけ地下に下がった辺りに留置所がある。


 そこに6人の犯罪者を留置した。


 大熊や佐久間や後藤、そして遠藤はひとしきりごねていたが、大きく逆らうことはなかった。三国は終始怯えており、震えが止まらず、蒼白な表情は今にも透けてしまいそうなほどだった。


 唯一無口、無表情な沢崎は、まるでトイレにでも行くかのように何気なく留置所の狭い出入り口をくぐっていった。


 その後、刑事・警官達が簡単な自己紹介をした。


 今後の対策を練る際、本来ならまとめ役となるべき牧田は東谷にすべてを一任した。


 護送責任者の木戸もそれを望んだため、仕方なく、東谷が指示を出す形となった。警察組織としては異例のことだが、超非常事態に突然放り込まれたようなものだから、仕方ない。東谷も、そうするしかないとあらかた覚悟は決めていた。


 とりあえず、留置所に見張りをつけた。静岡県警刑事部の勝俣と同交通課の中里に任せた。どちらもまだ若く、制服警官の中里はもとより、刑事の勝俣も緊張を身体全体から感じさせていた。


 次に、2階から周囲を見張る3人を選出した。2階は1階より狭くなっており、当直者が交代で食事をとったり休憩するための部屋があった。そこは四方に窓があり、まわりを見渡せる。


 現在雨は弱まってきたとはいえ視界は悪い。土地勘のある藤間と加藤、そして神奈川県警の熊井に任せることにした。


 1階には正面玄関と裏口がある。裏口の警戒を板谷と飛田にした。正面玄関を牧田と木戸に任せる。東谷はそのそれぞれを見まわりながら、全体の指揮をとる。


 正直に言って手薄だった。たった10人しかいないのだ。それも、おそらく戦闘には慣れていない者達だ。






 分署の仲間達は、このような状況では全く頼りにならない。


 神奈川県警や静岡県警の刑事達についてはよく知らないが、制服の中里と飛田、若い勝俣と熊井の4人は、今の雰囲気でもう少しでもつつくと破裂しそうなほど緊張していた。いざというとき動けるかどうか疑問だ。


 木戸と板谷はベテランらしく頼りになる刑事という風情ではあるが、それは捜査を行う上で優秀であるということであって、このような状況には不慣れだろう。


 自分にしても、SATに所属していたのはもう10年近く前である。それに、SATは立て籠もり犯やハイジャックなどのテロリストを文字通り「急襲」することを専門としており、「守り」に関しては想定した訓練を行っていなかった。


 敵はどんな連中なのだろう? 狙いは何か? 何人いるのか? どんな装備をしているのか? そして、どうやって襲ってくるのか?


 東谷は分署内を歩きまわり、他の刑事達に声をかけながら考えた。


「本当に、襲ってくると思うのか?」正面玄関に来た時、牧田が言った。「楽観的に見るのは良くないとは思うが、分署とはいえここは警察署だ。そんなところを襲ってくるだろうか?」


 「護送中の警察車両を襲ってくるような奴らです」


 「それはそうだが、もし少人数であるなら、このように守りを固めているところに攻め込んでこようとは思わないんじゃないか?」


 「少人数かどうかもわかりません。もしかしたら、部隊並みの規模を持っているかもしれませんよ」


 側で外を凝視していた木戸が口を挟んできた。


 「そんな連中だとしたら、こっちは全滅だ」牧田が顔を顰めながら言う。


 「そのくらいの覚悟をしておいた方がいいでしょう。その方が、もし違った場合ホッとできる」


 木戸は相変わらず外を見ながら微かに笑みを浮かべた。引き攣った、努力して何とかつくった笑顔だった。






 「一度襲撃に失敗したわけだから、予定を変更するということも考えられはしないか?」


 まるで縋るような表情で東谷を見る牧田。


 「その可能性がゼロとは言いませんが、あまり高くはないでしょう。もし連中が計画の延長をするほど余裕があるのなら、荒天になった時点でそうしていたと思います。あの雨風の中でも決行したということは、何が何でも早いうちにケリをつけたいと考えているんじゃないですかね」


 東谷がそう応えると、牧田は絶望したような目で天を仰いだ。


 「あっちの、道の駅に灯りがともってますが、民間人がいるんですね」


 木戸が言った。


 「ええ。従業員と、おそらくそれほど多くはないと思いますが、客もいるでしょう」


 東谷も気になってはいた。何者かが襲ってくるとなると……。


 「巻き込むわけにはいかないな」呟くように言う牧田。


 「はい。しかし、敵がどう出てくるかわからない今、道の駅にいる人々に伝えて、いたずらに混乱させるのが得策かどうかは……?」


 木戸が言いながら東谷を見た。東谷もそう思っていたが、しかし、分署で戦闘があった場合、それに気付いてから驚いて恐慌に陥るのと、予め知らされて怯えて待っているのとどちらが良いのだろうか? 判断がつかなくなった。


 「とりあえず、道の駅の責任者の篠山さんには状況を伝えておいた方がいい。何かあったときに、道の駅の従業員達で避難等ある程度の対処をしてもらえるように」


 牧田が東谷と木戸を交互に見た。「私が説明に行ってくる」






 東谷は木戸と顔を見合わせた。木戸は判断を東谷に委ねている。


 考えていると、階段を激しい足音で加藤が降りてきた。


 「どうした?」牧田が厳しい表情で訊く。


 「分署から見て東側の路上に不審なワンボックスカーが停車しています。いつからあったのかはわかりませんが、少なくとも三十分は経っていないと思います」


 「なに?」


 東谷達三人は、加藤が指さす方を見た。暗く、視界が悪いためよく目をこらさなければわからない。しかし、確かに、黒いワンボックスカーが停められていた。舌打ちする東谷。気がつかなかった自分を責めた。


 「一体誰が?」牧田が誰にともなく訊いた。もちろん誰も応えられない。


 しばらく見つめていると、ボンッという轟音とともにワンボックスカーが火の手を上げた。まるで破裂したかのような感じだった。その振動が、分署をゆらす。


 四人は同時に息を呑んだ。


 銃を手に外へ出ようとする木戸を、東谷がとめる。


 「あれは我々の気をひこうとする囮だ。連中は別の方向から何か仕掛けてくる。みんな、気を引き締めて」


 東谷が言い終わらぬうちに、二階から「爆発しました、どうします?」と藤間の叫び声が聞こえてくる。 


 「落ち着け。よく外を見るんだ。何が動いてもすぐわかるように」そう叫び、加藤を見る。「君も上へ戻って、警戒を続けるんだ。俺も行く」


 加藤が強張った表情で頷いた。東谷は牧田と木戸に頷くと、踵を返した。

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