第8話 転機

 後藤が児玉と作った『満州経営策梗概』では、政府直轄による満州鉄道庁が設置されることになっていた。

 その満州鉄道庁の長官は、統治機関の総督を兼任。

 同時に、鉄道庁長官は鉄道守備隊の指揮権を持つ。

 梗概では統治期間を遼東総督府、総督を遼東総督と称したが、後の言い方で例えるなら、満州鉄道庁長官が関東都督府総督を兼任し、同時に関東軍の指揮権を持つということである。

 その下に鉄道営業・線路守備・鉱山採掘・移民奨励・地方警察担当・露清両国との外交交渉・軍事的諜報活動といった部門を作り、活動させようとした。

 鉄道庁長官に権限を集めることで、後藤は一元化させようとしたのだろう。

 もし、これが実現していたら、満州のバラバラな状態を少しは防げたかもしれない。 

『満州経営策梗概』は満州経営の嚆矢として『戦後満州経営唯一の要訣は、陽に鉄道経営の仮面を装い、陰に百般の施設を実行するにあり』がよく取り上げられるが、実際にはこの梗概で上げられた案はほぼ実現しなかったと言われている。

「今の入り乱れた状況で、満鉄が思うように経営できるとは思えない。きっと軍や政治家、官僚それぞれの思惑が入り混じって混乱する。そうならないよう、児玉さんの力が欲しい。児玉さんが政治力を発揮して、満州の経営を一元化してくれれば、その周囲の地方開発もうまくいくはずだ」

 児玉源太郎は陸軍大将であるから、もちろん軍にも顔が利く。

 陸軍の中で児玉を越えて力をふるえる人間など片手の数もいない。

 司令官だった大山巌などは、こういったことに口を出す人間ではないし、政治家や外務省とて、児玉の存在を無視はできない。

 台湾のとき同様、児玉がいれば、後藤の後ろ盾となり、後藤に自由な手腕を振るわせてくれるはずだ。

 そうであれば満州で思うとおりに動ける。

「イギリスやアメリカは南満州市場の門戸を開放するよう求めている。旅順はきっと大いに発展するはずだ。児玉さんの庇護下なら、満州鉄道を引き受け、腕を振るってもいい」

 後藤はそんな風に考えて、総裁就任の打診を簡単に引き受けなかった。

 少し時間を置くことで、後藤以外引き受けてくれる人がいないということになり、政府や軍が大きく譲歩して、状況が好転するのを狙っていたのかもしれない。


 だが、後藤の希望は突然の形で潰える。

 後藤に満鉄総裁の説得をした翌月。

 児玉源太郎が55歳の若さで、突然の死を遂げたのだ。

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満州鉄道 井上みなと @inoueminato

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