達人脳共有機

「博士。急に呼び出すなんて、とてつもない発明品でもできたのですか?」


「ああ、世紀の大発明だ!」


「いつも世紀の大発明ですが・・・」


「まあそう言うな。今回はキミたち学生にとっても夢の発明品だ」


「見るからにあやしいものにしか見えませんが。なんですか、このヘルメットみたいなものは?」


「名づけて『達人脳共有機』だ!」


「名前を聞いただけで危険な香りが!」


「これをかぶると、他人が苦労して学習したことや習得したことを共有して達人になれるのだ」


「意味がわかりません」


「私はある虫が学習したことを共有していることを発見した」


「やっぱりあの虫ですか」


「そうだ。あの黒くてふてぶてしい虫だ。一匹を迷路に入れて出口まで試行錯誤させると、迷路の経験のない仲間の虫が迷わずにゴールまで進むのだ。つまり、彼らの脳は小さいが一匹が学習したことを全員が共有することで、お互いを補っているのだ」


「・・・」


「この大発明は宇宙時代には欠かせない技術だ。宇宙船に搭乗できる人間の数は限られる。この発明があれば宇宙飛行士、医者、研究者、技術者など、それぞれが獲得した専門的知識や技能を共有できる。全員がいくつもの達人として活動できるのだ」


「博士。そんなことをしたら記憶や感情が入り混じって、自我が崩壊してしまいますよ!」


「大丈夫だ。高等生物の脳は、それぞれの役割を担う部位が明確に分かれている。表層が獲得した知識や運動機能、中層が個人特有の経験や体験など、そして中心が感情や本能だ。この『達人脳共有機』は表層にしかアクセスしない」


「・・・」


「その目は私を疑っているな」


「信用しろと言う方がどうかしていると思うのですが」


「では、まず私がこれをかぶって試してみよう」


ビンガー、ブンガー、ビビー、ピロピロ、プーン。


「よし、今、私はプロゲーマーの脳とつながっている。キミのスマートフォンを貸してくれ」


「どうぞ」


「くだらんゲームばかり入っているな。こんなことばかりしているから人生を無駄に過ごす」


「どうでもいいじゃないですか。はやくやって見せてください」


「では。おりゃ、おりゃ、おりゃ。あたたたたたたたた!」


「すごいです。博士。格闘ゲームのトップリーグで一位です」


「なんのなんの。次はプロ棋士を倒したAI将棋じゃ。私の脳をトップ棋士につないだ」


パシ、パシ、パシ、パシ、パシ、パシ、パシ。


「ずいぶん地味ですね。あっ、博士が勝っちゃいました!」


「どうだ。すごいだろ。これさえあれば受験勉強も語学学習も必要ない。それどころか一瞬にして一流アスリートや音楽家、物理学者や小説家、舞踏家にだってなれるぞ。しかもその道の達人だ」


「わっ。博士の目つきが」


「私は今、中国武術の達人だ!うりゃー。ふん、ふん、きぇー」


ゴキ。


「こっ。腰を痛めた。運動系はそれなりに体力をつける必要があるな」


「博士。いい年をしてそれは無理でしょう。でも博士の発明は最高です。疑ってすみませんでした。私にも貸してください」


「よかろう」


ビンガー、ブンガー、ビビー、ピロピロ、プーン。


「私は今、博士です。博士にかわって偉大な発明を・・・。うわー!博士の知識はあの虫の研究・・・。グエ」


「おい、キミ。しっかりしろ。泡をふいとるぞ!」






おしまい。

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