第3話「2人の朝」
3話「2人の朝」
★★★
いつもよりゆっくりな朝の時間。
椋が目覚めると、愛しい彼女はまだ自分の腕の中で眠っていた。
布団から見える鎖骨には何ヵ所か赤い跡がある。それは自分がつけたものなのに、昨夜は夢中になりすぎていたのか、余裕がなかったからなのか、ほとんど記憶になかった。
花霞の目元も、ほんのりと赤くなっており泣きはらしたのがすぐにわかる。自分が泣かせてしまったというのに、それでも彼女は椋に寄り添い安心した様子で熟睡してくれる。
そんな花霞と朝を迎えられるのが、どれだけ幸せな事か。ここ数年でそれをひしひしと感じていた。
最近は椋と花霞の仕事が思った以上に忙しくなり、結婚式を挙げたというのに、彼女と甘い時間を過ごせる時間は短かった。
そのため、椋もそろそろ限界にきていた。
花霞との時間が圧倒的に足りなかった。彼女不足で寂しさから倒れても仕方がないのではないかと、真剣に思うほどだった。
そのため、花霞が自分を待っていてくれ、そして欲していてくれたのが、堪らなく嬉しかった。彼女も同じ気持ちだとわかるのが、幸せなのだ。
そんな彼女を久しぶりに感じられた昨夜は、何回求めてしまったか。自分でも曖昧なぐらいに、花霞に夢中になっていた。
彼女を手に入れてからというもの、花霞を知れば知るほどに夢中になってしまっていた。もっと花霞を知りたい。自分と同じように夢中になって欲しい。俺だけの物でいて欲しい。
そんなドロドロとした束縛心を椋は感じてしまった。
「こんな俺のどこを君は愛してると言ってくれるんだろうね?」
花霞のサラサラした髪をとかしながら、椋は苦笑気味にそう言った。すると、その髪が顔に触れたのか、花霞がくすぐったそうにしながらも、笑みを浮かべながらまた熟睡した。
彼女が、寝るのを我慢して、気持ちを溢れさせて恥ずかしさを感じながらも椋を求めたのは嬉しい事だ。けれど、そこまで彼女に我慢させたのも事実だった。
椋は反省をしながら、起こさないように花霞の頭にキスを落とすと、ゆっくりとベットから抜け出した。
廊下に出てから、「さて………電話がどれぐらいきてるか………」椋は苦い顔をしながらゆっくりとリビングに向かった。
そして、リビングに行きスマホを起動すると、案の定沢山の着信通知とメッセージが届いていた。
どれもすべて会社の部下であり、椋の後に社長となる人物からだった。引き継ぎなどをしており、最近はこの部下と毎日のように話をしている。
ボディーガードとしても、経営者としても優秀なのだが、いかんせん心配性なのだ。日本からいなくなるわけでもないので、わからない事があれば連絡しろと言っても、次から次へと質問が飛んでくるのだ。
質問がくるというのは、よく内容を理解しており、自分の立場になって考えられている証拠だが、それでも多すぎるのだ。
休日出勤しても、椋が社長を辞める日まで全ての事を話し終わるのか微妙なところまで来てしまった。
そして、もちろん今日も仕事に行く予定だった椋だが、時間になっても来ないので、部下は心配をしてなのか、焦ってなのか、数分おきに電話をしてきていた。
椋は、はーっと大きくため息をついて、スマホを見つめた。
「どうやって今日は休みにするか………だな」と、呟き終わると同時にスマホがブブブッと震えた。
椋は苦笑しながら、スマホの通話ボタンを押した。
そこからの椋は、「今日は仕事にはいかない」と強く言い張り続け、何とか部下から休みの了解を獲たのだった。
けれど、それには30分という説得の時間があったのを、花霞は知るはずもなかった。
☆☆☆
「ん…………」
花霞が体の怠さを感じて目を覚ます。
薄いカーテンから優しい光を感じ、もう朝なのだと花霞は目を擦りながら、瞼を開けた。少し体を動かしただけで、腰や脚が重くなっているのを感じた瞬間、昨夜の事情を思い出してしまう。
久しぶりの彼の感触に、花霞は自分から淫らに求めてしまい、そして椋に沢山求められた。それが嬉しくて、花霞は彼と肌を重ねる事に夢中になってしまった。昨日最後にキスを交わした時にはうっすらとカーテンが明るくなっていたのを花霞は思い出した。
「うぅ………恥ずかしいな………」
もう何度も彼とはそんな行為をしているのに、思い出すだけで恥ずかしくなってしまう。特に久しぶりであったし、自分から彼を欲してしまったとあれば尚更だった。
思い出しては、赤面してしまい、花霞はベットの中でバタバタと足を動かした。
「………くくくっ」
「…………えっ………」
微かに含み笑いが聞こえて、花霞は声がした方を見る。すると、ドアを開けて壁に背をつけながらこちらを見て微笑んでいたのだ。
「りょ、椋さんっ………!ど、どうして………」
普段ならば家を出ている時間だろう。
椋はいないと思っていた花霞は、驚いて上手く声が出なかった。
「起きてから昨日の事を思い出して赤くなって悶絶する花霞ちゃんが可愛くて、ここから眺めてたんだよ………」
何故か嬉しそうに笑みを浮かべる椋は、ゆっくりと微笑みながらベットに近づいた。
そして、「おはよう」と言い、花霞に小さなキスをした。
「身体は大丈夫?………昨日は無理をさせすぎたなって思ってたから心配だったんだ」
「大丈夫………じゃなくて、椋さん!今日のお仕事は………?」
「あぁ、休みにしてもらったよ。最近休日出勤もしてたから、そろそろ休みたかったからね」
「休み………じゃあ、1日一緒に居てくれるの?」
花霞は思わず大きめな声を上げてしまう。久しぶりに彼と1日居られるのだ、それがとても嬉しくて気持ちが押さえられなかったのだ。
「うん、一緒だよ。………どこかに出掛けてもいいし、家で過ごしてもいいよ。………後でゆっくり考えよう」
「うんっ!」
花霞が微笑みながら彼を見上げながら返事をする。時間は短く限られているけれど、今日は彼を独占できるのが幸せで仕方がなかった。
「シャワー浴びてくるだろ?シーツは俺が洗濯しておくから、行っておいで。朝食も作っておくよ」
「ありがとう、椋さん」
「………少し声が枯れてるね………まぁ、それも昨日を思い出してしまってエッチな感じだけど」
「もうっ………椋さんっ!!」
椋のからかいに怒りながらも、2人穏やかな朝に幸せを感じたのだった。
そして、シャワーを浴びてダイニングに行くと、すでに朝食がテーブルに並べられていた。
甘いパンとスープの温かな香りが漂ってきた。
「おいしいそう…………」
「あぁ、花霞ちゃん、おかえり。今日は一緒の朝食だから温かいものを食べてもらえるとおもってフレンチトーストにしてみたよ」
「嬉しい!」
「そっか、よかったよ」
花霞と椋は、さっそく向かい合って座り、手を合わせて「いただきます」と挨拶をしてから、食事をした。
ハチミツの甘さともっちりとした食感のパンが、とても美味しくて、花霞は笑みを浮かべてしまう。そんな花霞の表情を見て、椋はニッコリと微笑んだ。
「それで、どこか行きたい所とかあるかな?今からだから、そんなに遠くには行けないけど」
もう、昼前の時間帯。
朝食というよりはブランチになってしまった。椋の質問に、花霞は少し考えた後に、口を開いた。
シャワーを浴びながら考えていた事があったのだ。
そこに行くのは良いことなのか。折角のデートなのに、行くのはよくないのではないか。
そんな風に思いながらも、花霞はどうしてもそこにいきたいと強く思ったのだ。
「…………私、ラベンダー畑に行きたいです」
花霞は、まっすぐと椋を見つめながら、そう強く口にしたのだった。
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