5本目:『だから一歩前へ踏み出して』




「あれあれ?天王寺さん?」

「何ですか烏帽子さん?」


わざとらしく、よそよそしい。



「、、、と言いますか『天王寺』も『烏帽子』も、なかなかいかつい名字だと思いません?」


―じゃ、わたしは "ひかる" でいいよ。

―じゃ、あたしは "れん" で。


「で、れんさん。」

「やめて。大御所感出るからやめて。」



―じゃ、"れんちゃん" にする。





そして、ひかるはニヤニヤしながらこう聞いた。


「部活?」


あたしは少し恥ずかしくなって、顔が赤くなるのを感じた。


、、、まぁ、しょうがない。。。


昨日、あれだけ陸上部に入らない宣言しておいて、今日は普通のカバンとは別にスポーツ用の袋(サック的なやつ)を持っていたから。


ちなみに、体力テストのときひかるとペアを組んでいたからずっと隣にいた。つまり、あの1500m走を見たあたしがどんな感じだったのかも全部知っているのだ。




――「そんな簡単なもんじゃないって。」


思い出して余計に恥ずかしくなる。


あーー

昨日のあたしを殴りたい。


少なくともあたしより望みはあるよね。。。






「部活に顔出そうと思って。」

「いやいや。まだ入部していないでしょ。」


確かに、「部活に顔を出す」って既に在籍している部員のセリフっぽい。


でも、本当、今日は「顔出す」くらいの感覚だった。

一応、念のため、万が一に備えて?他者から見ても分かるくらい準備は万全にしていたんだ。



「ひかるは部活入るの?」

「んーー、考え中。昨日のアレみたら何かやりたくなるよね。」


ひかるはいい奴っぽい。

だから、一緒に陸上部入るのも面白いと思った。昨日のアレで興味を持ったならなおさら。


一応、聞いてみた。


「何部に入るかで迷ってるの?」

「バスケ。やっぱ続けようと思って。」


、、、即答だった。



本音を言うと、

一人で見学に行くのが不安だったから、付いてきて欲しかったのだ。


そんな淡い期待は鮮やかに砕け散ったけど。



じゃぁねーー!

とひかるは笑いながら教室を出ていく。


自分でも自分のことを小心者と思う。

何かを始めるとき、少し立ち止まってしまう。緊張する。不安になる。


でも、踏み出さないと前には進めない。現状を変えられない。



そもそも、今日部活やっているのかな?この時間に行って誰かいるのかな?


小さいことで悩んでしまうのは悪い癖だと思う。




ええい!なるようになれ!


「長居!、、、くん!!」


自分の想定よりも、大きな声が出てビックリする。

ほぼ会話をしたことがないクラスメイトを、思わず呼び捨てにするところだった。




ちなみに、今日クラスの誰もが驚いた。

彼は丸坊主、五厘刈りになっていたのだ。一休さんみたい。



「な、、、何でしょうか?、、、天王寺さん?

、、、お顔がすごく怖いですよ?」


とびくびくしながら公輔は答える。

お顔がすごく怖くなっているのは、この際しょうがない。



「陸上部、入りたいんだけどっ!!!」


思わず力が入って声が大きくなり、また恥ずかしくなる。







「陸上部入らないんじゃなかったの?何で?」

「聞くな!」


素朴な公輔の疑問に強く答えてしまった。

ごめん。。。また、思わず大きな声が出た。

正直、『あの子に一目惚れしたから』とか恥ずかしすぎるでしょ。


ホームルームが終わると同時に、彼女はクラスから姿を消していた。



まぁ、クラスに残っていたとしても声をかける勇気はない。



「でも、陸部の1年が増えて嬉しいよ。」

公輔はビビりながらしゃべった。



、、、少し気まずいから、無理矢理話題を作ろうとして、

今度はあたしから喋りかけた。



「何で坊主にしたの?」

「聞くな!!」



公輔も同じ返しをしたもんだから思わず吹いてしまった。

そのまま2人で笑いながら部室の方に向かった。




だいたい分かるよ。

だって、あんなに小さくて弱々しい女の子にボロ負けしたんだもん。

何か変えたくなる気持ちは分かる。





昇降口で外靴に履き替えて、グラウンドを目指す。

その途中でグラウンドに向かっているマネージャーの先輩を、公輔が見つけて声をかける。



「御幣島先輩--!!こんちわっす!こいつ部活見学したいみたいなんですけどー!」




「おーー!ようこそ!1年生!!


って

れんちゃんじゃんっ!!」


そういって寧ちゃんはあたしに抱きついてきた。



あたしは、この人を知っている。

超高校級の姉『天王寺 らん』の同級生、そして親友。

家にも何度か遊びに来たことがあるから、顔見知りなのだ。


「お、お、、、、お久し振りです」

と寧ちゃんの胸の中で答える。苦しい。


「えっ?れんちゃん陸部入るの?というかうちの高校だったんだね!?」




その後も、言葉が溢れるように喋り続けた。



ブランクは?

えっ?走ってたの?じゃあ今日から練習混ざる?

今日の練習は、、、短ブロは短ダッシュで長距離は90分ジョグだよ。

あ、でも全然無理しなくていいからね!初日だし!


――相変わらずコミュ力高いな。この人。





あ、ジャージとか持ってる?じゃあ部室で着替えよっか!案内するね!

シューズは?スパイクは、、、さすがにないかぁ!


「あ、あります。」




「、、、、やる気マンマンだねぇ!」




この人もニヤニヤしてあたしを見るもんだから、また恥ずかしくなる。


そう、昨日の体力テストに当てられて、実は走りたくて堪らなかったのだ。




他の部員はすでに準備を終えていたから、部室は1人だけだった。

パパっと素早く着替えて、シューズに履き替え、スパイクを持ってグラウンドに向かう。


グラウンドでは2年生と公輔がいろいろ準備している。




あと、舞洲さん。



あの小さな舞洲さんは、先生らしき人と楽しそうに話している。


「あの人が先生ですか?」

「あぁ、あの人はコーチ!舞洲コーチ!」

少し自慢気に寧ちゃんは言った。





「えっ?じゃあ、あの人がつまりカジキング?」


「何で知っているの!?」

とかなり驚いていた。


「えーっと、そのぉ。父ちゃんに聞きましてー。」

「なるほど!」


それなら仕方ないか!と寧ちゃんは納得していた。



そうか、カジキングということは内緒にしているのか。



「ちょっと挨拶してきます!」

「あっ!待って!」


憧れの陸上選手。日本陸上界のレジェンド。そんな人のもとで部活ができるのか!



小走りでカジキングのもとへ。

最初が肝心!しっかり挨拶しよう!



「こんにちは!天王寺 れんです!よろしくおねg」

「おぉー!れんちゃん!大きくなったなぁーー!!!」


とカジキングは挨拶を遮っただけでなく、あたしの頭をわしゃわしゃに撫で回した。


――ひゃっ!!


と変な声が出た。



???


あのカジキングがあたしの頭を撫でている。という状況を適切に処理できない。


―大きくなった??


「えっ?あのっ?そのっ」

とあたしが困惑していると、


「あ。まぁー覚えていないよね。前にれんちゃんにあったとき、こんくらいだったもん。」

とカジキングは両手を肩幅くらいに広げて、当時のあたしのサイズを表現した。


小っさ!

どうやら赤ちゃんのときに会っているらしい。


ちょっと待っててね。

とカジキングは言いながらスマホをいじる。


「あ、あった!これこれ!」と1枚の写真を見せてきた。


そこには、あたしを抱っこした父ちゃん『天王寺 将洋』と、同じように小さい子を抱っこしたカジキングが写っていた。


「この子が、この子ね。」


えっ?



写真に写っていたのは舞洲親子。つまり、美海ちゃんだった。


小さいときに会ったこと、あったんだ――


少し運命的なものを感じてときめいていると、



う―――――――――――――



まるで喧嘩を始める直前の猫のような唸り声が聞こえてきた。




父親の背中に隠れている彼女は静かに唸りながら、今にも噛みついてきそうな感じであたしを睨みつけている。


これは、、、明らかに怒ってらっしゃる。。。







あたしは陸上部に入る直前。好きな人に嫌われてしまった。





「おーよしよし。どうしたの?みうちゃん?」

とカジキングは背中をトントンしながらなだめている。


「みうちゃん、ご機嫌ナナメみたいだから、また後でね。」


カジキングに軽く会釈して、寧ちゃんの元に戻った。


「だめだよ~~っ!れんちゃんっ!!」

軽く寧ちゃんに叱られる。こんなときも優しさを感じるのがありがたい。



どうやら何かやらかしたらしい。一気に不安になる。

やばい。どうしよう。



「何か、、、まずかったですか?」恐る恐る聞いてみる。


「美海ちゃんがお父さんに甘えているときに、割って入っちゃダメだよ~っ!

あと、コーチがれんちゃんの頭撫でたでしょ。たぶん、あれも怒りというか嫉妬ポイントだったよね。」



寧ちゃんは、天王寺家と舞洲家に交流があることを知っていたから、あのタイミングで挨拶にいったら「ヤバイかも」と思っていたらしい。




初日、しかも練習前からやらかしてしまった。



「あと、念のため『カジキング』は禁句ね!ここでは『舞洲コーチ』だから!」


了解です。。。





この日、あたし以外にも見学に来た1年生が3人いた。


2人は隣のクラスで体力テストが一緒だったから見覚えがある。


姫島ひめじま 夏音かのん 』。

50mであたしの次に速かった。

30mくらいまであたしの前にいて、焦ったのをよく覚えている。

舞洲さんと同じくらいの小柄な女の子だ。


千代崎ちよさき 翔太しょうた』。

昨日の体力テストであの2人以外で唯一の5分切ってたっけ。


あと1人は、、、知らん。

知らないけど可愛らしい感じの小さい女の子だ。



小さい女子多くね?ちなみにわたしは165cm。





3人とも制服姿で見学しているから、同じ初日組でも若干の壁というか、距離があるんだよな。


まぁ、体力テストの2人は何となくわかる。さっきから舞洲さんしか見ていないし。


もう1人の女の子は、目をキラキラさせながらグラウンド全体を見渡していている。





どうやら全員入部を決めているみたい。何が必要なのかも分からないから、

とりあえずの見学とのこと。


で、練習に参加するあたしから自己紹介した。



「藤沢第六中学出身の天王寺 れんです。中学は200m専門で、高校からは400を中心にやりたいです。よろしくお願いします。」


パチパチパチ。形式的な拍手が聞こえる。



「六中で『天王寺』? お前、姉ちゃんいるか?」


金髪の怖そうな先輩があたしに話しかける。実際に怖い。

あの舞洲さん事件でドアを蹴り飛ばし、先生に怒鳴っていた先輩だ。


「はい。姉は3人います。一番上の姉ちゃんが『天王寺 らん』です。」


ちなみに、間にいるお姉ちゃんが双子で『りん』と『るん』。

そして、あたし『れん』。愛犬は『ろん』。



賛否両論あるけど、あたしたちは自分たちの名前をとても気に入っている。

なんか、こう、繋がっている感じがして。



「お姉ちゃんと知り合いなんですか?」

「ライバルだ。ライバルだと思っているのあたしだけかもしんないけど。」

――話したことも少ししかないけど。



『ライバルの妹が自分の後輩』。

複雑な関係が図らずもできてしまった。

少し険しい顔をしていたけど、すぐに笑顔になって、


「まぁ、妹には何も関係ないからな。これからよろしく!」




神奈川県の陸上界で『天王寺』というのは、少し目立つ。


オリンピック・世界陸上の日本代表である父ちゃん。

高2でインターハイ優勝した姉ちゃん。


今も少し注目されているのがわかる。



それが嫌で陸上部には入りたくなった。けど気が変わった。

覚悟を決めたんだから、多少は慣れるようにしよう。




続いて、男の子の自己紹介。


「大船南中出身の千代崎 翔太です。中学はサッカーやってました。高校から陸上部入るので初心者ですが、よろしくお願いします。種目は決まっていませんが、中距離やりたいと思います。」


やっぱりサッカーだったか。




そのまま、自己紹介が続く。


「藤沢第一中学出身の姫島 夏音です。中学は吹奏楽部でした。わたしも陸上は高校からですが、短距離には自信があります。よろしくお願いします。」

陸上部じゃなかった。あんなに足速いのに。まさかの文化部。


そして最後。



「北鎌倉中学出身の月ヶ瀬つきがせ 萌椛ももです。中学は私も音楽やっていましたが、陸上も好きなので高校からはマネージャーやりたいです!よろしくお願いします!」

一番元気が良かった。



いろいろな疑問を残しつつも、こんな感じで簡単な自己紹介と練習前ミーティングは終わった。





全体アップが始まる前に、今日の練習を確認。


寧ちゃんが近づいてくる。


「れんちゃん、今日練習どうする?

短距離は短ダッシュだけど、いきなりやったら怪我するかもしれないし、、、」



できたら舞洲さんと一緒に走ってみたいな。

種目は違うんだろうけど。走りが800mっぽいんだよね。

そしたら400mの練習、ワンチャンあるかも。





一応聞いてみよう。



「舞洲さん、今日は何の練習するの?」


――無反応。


見事なまでの無反応。完全なシカト。




さっきので、そこまで嫌われてしまったの、、、か?

えっとー。どうしよう?


とオロオロしていると、

「れんちゃんっ!この子、下の名前で呼ばないと反応しないよっ!」

という小声の助言を寧ちゃんからいただいた。



「あのっ!美海ちゃん、、、?」



何だか彼女の名前を呼ぶのは照れ臭い。



びくっ!としてから、不安そうに彼女はこっちに振り返る。



反応した!!



「あの、、、今日の練習は何するの?」



すると彼女は想像していたよりだいぶ早口で淡々と、少し楽しそうに練習メニューを言い始めた。


「400m4本2セット。設定は1500mのレースペースの72秒、若干軽めで。Restは400mゆっくりジョグで3分から5分。セット間は10分。

タイムよりもペースの感覚とフォームを意識して、、、です。。。」



彼女はさっきまで敵意を向けていた相手に対して意気揚々と話していたことに途中で気づき、恥ずかしそうにした。



あたしも、あまりにペラペラ喋るもんだから驚いた。



でも、まぁ、設定72秒でRestも長め。

がっつり中距離練だけど、あたしにも負担が小さくてできそうかも!



「一緒に走ってもいい?」と恐る恐る聞いてみると、

彼女は小さく頷いた。




「良かったね!」と寧ちゃんは笑顔でメモする。

――はいっ!と元気良く答えた。





400m×4本×2セット。




スパイク履くか迷うなーーー






全体アップが始まって最初に驚いたのは、舞洲コーチも一緒だったこと。


一番後ろで美海ちゃんと一緒に走っている。



全体アップは200mゆっくり歩き、グラウンドを2周半(1000m)走って、みんなで体操して終わる。



あとはそれぞれジョグしたり、ストレッチしたり。

ブロックごとに本練習の時間が決まっていて、それまで30分から1時間くらいアップする時間がある。




基本的な流れは、

ストレッチ(軽め)→ドリル(動きづくり)→流し(軽めのダッシュ)。

今日は久し振りにタータンで走るから、入念にアップしておこう。



軽めの流しを疲れない程度に、ちょっと多めにやる。



まぁ、本練習はそこまで速くないペースだから、そこまで神経質にならなくてもいいんだけど。


最初の1セットはシューズで走ろう。様子見て2セット目はスパイクで走ろっかな。



いつでも走れるようにスタート位置付近で本練習の開始を待つ。



しばらくすると、体力テストと同じサングラスにちょんまげ姿の美海ちゃんがやってきた。


天使のような可愛さから一気にアスリートの顔つきになる。

下がった太い眉毛も、心なしかシャープになって上向きになっている。




そして、同じくサングラスをかけた舞洲コーチも流しをしながらやってきた。




ん?




「えっ?コーチも走るんですか?」

と尋ねると、コーチは笑顔で親指を立てた。



練習がめちゃくちゃ豪華だ。



タイムを取る寧ちゃんにも、「いつもこんな感じなんですか?」と聞くと、

同じように笑顔で親指を立てた。





いやーーー

この部活入って良かったぁぁ。





流しをして、スタート位置まで戻っていると舞洲コーチとタイミングが一緒になった。



せっかくの機会だし、気になっていた思い切って聞いてみた。



「あの、コーチ。娘さんのことって好きですか?」




「うん!好きだよ!世界で一番!」



元気だなぁ。今時こんなおじさんは珍しい。まるで少年のよう。

誰かのことを「好き」と言っているのに、全く躊躇がない。

逆にこっちの方が恥ずかしくなる。まぁ、『娘』だしね。


「結婚するって本当ですか?」


「何で知っているの!?」



「この間、クラスに自己紹介で『お父さんのお嫁さんになる』と、、、」

「同じクラスなの!?いやー偶然だねぇ!」


そして、「本当だよ」と舞洲コーチは真面目な笑顔で答えた。



「まぁ、詳しいことは今度説明しようと思う。


あと、今日の練習は土曜日の記録会の調整。昨日タイム出したから記録会ではあまり狙わないけどね。割と軽めの内容だ。

だから、行けたら気にせず、どんどん前に出ていいからね。」


「OKです。1セット目は様子見ます。」


今日はとりあえず、

ガンガン行こうぜ!よりも、いのちを大事に。




1セット目。


先頭:舞洲コーチ

2番目:美海ちゃん

最後尾:あたし

という順番で、たんたんと設定タイム通りにメニューを消化していく。



いける。まだまだいける。引退した後も走ってて本当良かった。




2セット目の2本目が終わった後のジョグのときに、コーチは美海ちゃんに声をかけていた。


「みうちゃん、土曜日の記録会の目的は?」

「レースに、記録会に慣れる。」


「うん、そうだね。タイムは?」

「気にしない。」


――OK。と舞洲コーチは確認を取った。


そう、土・日は春の記録会。今日はその調整練習。



「今考えているのは、どんなペースでも先頭についていって、ラスト1周だけ全力で走る。って感じかな。」

コーチは続ける。


――だから、今日もそんな感じで。

と言うと、美海ちゃんは何も言わずに首を縦に振った。


汗はかいているものの、彼女の呼吸は全く乱れていない。



あたしはスパイクを履いてみたものの、ペース自体は物足りない感じ。

足も余裕だ。でも、ちょっと息が苦しい。そんな感じ。



「れんちゃん、前走ってみる?」


「、、、ラスト頑張ります。」

とコーチの提案を即断った。


ビビった。「練習初日だから」という理由を盾に、安全な道を選んだ。

断った後にちょっとだけ後悔した。




2セット目の3本目。


そんな気持ちが少しあったから、ラスト120mは普通に走った。

つまり設定タイムを無視して、短距離選手として走った。


1レーンではなく、少し膨らんで2レーンと3レーンの間くらいを走る。

美海ちゃんとも、舞洲コーチとも並ばずに先頭でゴールした。



タイムは69秒。今までの設定タイムよりも少し速い。少し息が切れる。




「やっぱり。物足りなさそうな感じしたもん。」

コーチには見抜かれていた。


「ラスト1本は好きなように走っていいからね。

できたらさっきみたいな感じで、またみうちゃんを引っ張ってあげて欲しい。

あ。あと、僕にはついて来なくていいからね。僕も普通に走るから。」


つまり、実質2人で走るのか。


全力で400m走ってみたい。




Restのジョグもあと100m。試合前にも似た変な緊張感がある。


心臓がドンドンと音を立ててウルサイ。

ちょっと怖い。でも、楽しみの方が大きい。


Restもあと10mで終わる。


寧ちゃんが、心なしか今までよりも少し強い感じでスタートの合図をする。


「ラスト1本いきます!


よーい、ハイッ!!」



最初から加速する。短距離選手としての本領発揮のフォームで。

美海ちゃんよりも前に出る。



しっかりと前を向いたときには、コーチは遥か遠くにいた。



第2コーナーを抜けるときにちょっとだけ加速する。

ペースは遅かったけど、これは400m8本目。それなりの疲れがある。

リラックスを心掛けてバックストレートを駆け抜ける。


楽な走り方。でもスピードは出ている。


空気を切って進む感覚が心地良い。


楽しいなぁ。

走っているときに笑うのは、父ちゃんも姉ちゃんも一緒。

中学のときはそんな余裕なかったけど、今は走るのが心から楽しい。



ただ、第3コーナーが終わるころ、体がグッと重くなる。今までと同じように体が動いてくれない。



そして背後に確かに感じる存在。


短距離選手として、

400mという距離で中長距離の選手に負けたくない。


必死に腕を振った。

腕と足が上手く連動していない感じがしてもどかしい。


そして、第4コーナーを抜けるとき、美海ちゃんは一気に加速する。


直線で、、、並ばれた!!


前に行かせたくない!憧れの人だろうとそこは譲れない!


この状況で簡単に前に出られていいわけがない。


並んでいる。

並んでいるけど、あたしは必死についていった。

そんな感覚だった。



あと30m。


寧ちゃんが叫んでいる。その声も、タイムの流し読みも聞こえない。

先にゴールしたコーチが何やら叫んでいるけど、よくわからない。



それくらい必死だったんだ。


でも、美海ちゃんも必死な顔をして走っていた。

隣でそんな顔を見せられたら、もっと頑張りたくなるに決まってるじゃん!!


そして、あたしたちは2人並んでゴールした。




同着。

本番のレースだったら、ちゃんと順位が出たかもしれない。


タイムは62秒。



ちゃんと練習すれば400m1本なら60秒は切れそうだ。

あと、美海ちゃん普通に速い。

一緒にマイルとか走るのも楽しいかもしれないと思った。



美海ちゃんは走り終わった直後、すごい悔しそうだった。


ただ、そのあとすぐにコーチのもとに駆け寄り、そのまま少しニヤニヤしながらジョグに入った。



タフだなぁ。



ごめんなさい。。。もうちょっと。

もうちょっとだけ、歩かせて欲しいです。。。



あたしは記録会に出るわけではないから、今の全力疾走による疲労を焦って処理する必要はない。



ただ、美海ちゃんの場合は違う。

タイムは狙わないとしても、レースに出るのでだから疲れは極力残さないようにしなければならない。



溜まった乳酸を流すためにコーチと一緒にゆっくりジョグをする彼女は、何やら楽しそうだった。ちなみにコーチは51秒でゴールしていた。



グラウンドの外周をしばらく歩いていると、ジョグをしている2人が追いついた。


「ありがとうね、れんちゃん!

いい競争相手がいて、この子も楽しかったって!」とコーチに感謝された。



「あ~~、うぃ、、、っす。」

400mを全力で走った後だから、言葉にならない声が出た。


好きな人の役に立てたのであれば、練習混ざって頑張って良かったな。



何か凄い倦怠感と一緒にくる達成感と充実感。

肉体は疲れていても、心は非常に満たされている。



『毎日』じゃなくてもいい。

こんなにエキサイトした練習ができるのなら、夕高の陸上に入って本当に良かったと思う。






やめなくて本当に良かった。

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とっぷる!【まとめ】 はげぼうず @hagebozu

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