2本目:『もしも君が泣くならば』




わたし「舞洲 美海」には好きな人がいる。


運命の出会いは、わたしが生まれてすぐのことだった。


最も古い記憶は生まれた日のことで、普通だったら覚えているはずはないんだけど、なぜだか今でもよく覚えている。


目を覚ますと男の人に抱っこされているのがわかった。





多分その人にずっと会いたくて、

初めてなのに凄い懐かしい感じがして、

少しも離れたくなくて、


大泣きしながら懸命に抱きついた。





今思うとなぜそんなことをしたのかわからない。でも、そのシーンだけはしっかりと覚えている。





きっと生まれた日からわたしは、お父さん「舞洲 健太朗」のことが好きなのだ。


その思い出以外、赤ちゃんのときの記憶はあまり覚えていない。ただ、お父さんが家にいるときは、常にべったりとくっついていた。それは今も変わっていない。




そして、わたしには母親がいない。





もともと体が弱かったらしく、わたしを生むときの負担に耐えられなかったらしい。




だから、わたしは母親を知らない。家にも母親の物は見たことがない。とにかく、小さいときから「お父さんだけ」いれば良かったから、母親がいなくても寂しいと思ったことはない。





お父さんが家にいないときは、お母さんのお母さん、おばあちゃんに見てもらっていた。


おばあちゃんは優しい人だった。お父さんとおばあちゃんも仲が良くて、普段から静かで、おとなしかった。




だからあの日、おばあちゃんがテレビの前で祈りながら、普段と違って大きな声を出しているときは驚いた。


物心がついたくらいの年齢だったと思う。


おばあちゃんがテレビで見ていたのは、陸上の世界選手権。通称「世界陸上」。


普段は寝ている時間だけど、日中からそわそわしていて様子がおかしかった、

おばあちゃんが気になって起きてきたのだ。




わたしは出場しているある選手に、目を奪われた。



画面に映っていたのは、カジキングだった。




1500mのレースが始まり、最初から集団が縦長になるハイペースなレース展開。

少しも目が離せない。


このときは陸上のレースを見ていたというより、カジキングだけを見ていた。


それはおばあちゃんも一緒だった。


彼から目が離せなかった。




ケニアやエチオピアの選手が積極的にレースを進め、

飛び出す、仕掛ける。

それでも、彼はぴったりとついていた。




ラスト1周の鐘が盛大に鳴る。

ハラハラして自分の心臓が速く動いているのがわかる。

このときカジキングは4番目。



日本にとって悲願ともいえるメダルを狙える位置。




おばあちゃんは何度も「ケンちゃん!」「ケンちゃん!」

と力強く祈るように手を組み、叫んでいた。


その声が気にならないくらい、わたしもテレビにくぎ付けになっていた。



そして、ラスト120m辺りでカジキングはスパートをかけて一番前に出た。




先頭に立ったカジキングを見て、

わたしは静かに涙を流していた。何かが胸に込み上げてくる。




おばあちゃんは涙をこらえながら、勝負の行方を見届ける。ラスト30mで後続の選手が並び、どっちが勝つかわからない。




そして、最後に、カジキングは腕をつき伸ばすパンチングフィニッシュでゴール。




しばらくした後、正式な判定が表示されカジキングの金メダルが確定した。




そして、カジキングの有名なインタビュー



「『世界一になる』って約束を、、、守るのが遅くなってごめん。」



という言葉を聞いて、わたしとおばあちゃんの涙腺は崩壊した。




このとき、わたしは言っている意味がわからないはずなのに、なぜだか胸が熱くなって、涙が止まらなかったんだ。


おばあちゃんは、カジキングの言葉の意味をちゃんとわかって泣いていたんだと思う。




この日からわたしは、陸上選手「カジキング」のファンになった。


普通の子どもと比べると変わっていた方だと思う。



菓子パンマンでも戦隊ヒーローでも魔法少女でもない。1人のアスリートが好きだなんて。


それからはカジキングが出るテレビは全部チェックするようになった。





この時期、幼稚園に通っているときのわたしにとってカジキングは、家族以外の大きな存在となっていた。






わたしの外見はちょっと変わっている。




左目の瞳だけ真っ青。地毛は明るい茶髪。しかも縞々模様。



ただ、お父さんもおばあちゃんもこの姿をえらく気に入っていて、幼稚園にいくときは前髪をリボンを使って全部上げるスタイルが基本だった。



この特徴的な見た目は、大人からの評判はすこぶる良かった。





反対に、同い年の子どもたちには受け入れられなかった。







簡単にいうと、幼稚園ではいじめられていたのである。まぁまぁひどく。






小さい子どもは、自分たちと違った異物を排除しようとするらしい。だから、特徴的な見た目はターゲットにされやすかったんだと思う。

からかわれたり、仲間外れにされたり、石を投げられたこともあった。多分、普通の子どもであれば、それでも友達になれる子を探すのだと思う。



でも、わたしにはお父さんがいるから。


「お父さんがいれば何でもいい」みたいな考え方だったから。


友達が欲しいと思ったことはない。





あと、カジキングが頑張って走っている姿にも励まされていた。彼が活躍していると嬉しかった。


このようにして幼稚園に行って下がったメンタルは、父親やカジキングによって回復し、バランスが取れていた。


しかし、カジキングが世界陸上の翌年、オリンピックで金メダルを取ったあと、状況は大きく変わることになる。














おばあちゃんが亡くなった。











交通事故だった。











正直、当時は人の死についてよくわからなかった。でも、いつもいたおばあちゃんがいなくなったことは現実的な問題として、はっきり理解することになる。


幼稚園が終わる時間になっても誰も迎えにこない。


家にも誰もいない。


だから、わたしにとっては嫌な場所である幼稚園にいる時間が、強制的に延長された。わたしをいじめてくる主犯格の子たちも延長保育。きっと自分も抱えているようなマイナスな感情を、わたしにぶつけていたんだと思う。


当然いじめも悪化していった。





もう誰とも話したくない。





とある日、ついに我慢できなくなって、幼稚園で大泣きしてしまいお父さんが幼稚園に呼ばれた。





この出来事が、わたしたちの人生を大きく変えることになる。


呼び出されたお父さんは、泣きじゃくっているわたしを見つけると、全力で駆け寄って強く抱きしめた。お父さんは泣いていた。このとき初めて事態を知ったみたい。


そして大事そうにわたしの頭を丁寧に撫でながらこう言った。




「その顔で、、、泣かないでよ。」と。




どうしてそんなことを言ったのかは今でもわからない。


けど。


とにかくお父さんを泣かせたくない、悲しませたくないと思ったから、もう泣かないと誓った。


そのあと、しばらくして。


お父さんは仕事を変えたことで、常に家にいるようになった。


そのときはまだ小さかったから、単純にお父さんと過ごす時間が増えて嬉しかったのを覚えている。あと「仕事に使う」らしく、家に工事が入り地下室が作られて、何に使うか分からない機材がたくさん運び込まれたのも印象的だった。





ちょうど同じ時期からカジキングをテレビで見ることがなくなった。





小学校に上がったあとも、わたしに対する周囲の扱いは変わらなかった。


その理由は簡単。いじめていた人間たちもそのまま同じ小学校に上がってきたからだ。


いじめられている状態は嫌だけど、何かトラブルを起こしたくないと考えていたから、


嫌なことがあってもずっと我慢していた。





もう嫌だ。学校にい行きたくない。



実際に、いじめていた人も成長に伴って知恵をつけるせいか、いじめの内容もエスカレートしていった。





そんなストレスフルな状態が続いたけど、小学3年生のときに突然終わりを迎えた。






やってしまった。






幼稚園のときから中心になって、わたしをいじめる男の子の1人。


あの日の彼はこんなことを言ってきた。





「こいつんちの父ちゃん、無職らしいぜ。ずっと家にいるんだって、母ちゃんが言ってた。


無職のことプータローって言うんだぜ。ケンタローがプータローだって変なの。ちゃんと働けプータロー。」







机を全力で投げていた。




お父さんを馬鹿にした彼に向かって。





飛んだ机は彼の頭に当たって、そのまま彼は仰向けに倒れた。


許せない。今でも思い出すだけで、そのときのことをはっきりと思い出す。絶対に許さない。





自分のことはどれだけ悪く言われても、何かされても、我慢できた。


ただ、お父さんの悪口に対しては、ほんの少しも我慢できなかった。




その言葉を聞いた瞬間、反射的に自分の机を彼に向けて投げていた。


そのあと、




彼に馬乗りになって、泣きながら何度も顔を殴った。





何度殴っても怒りは収まらなかったのを覚えている。




しばらく殴り続けていると、何か手の甲に刺さるものがあって、痛みで手を止めた。





彼の歯だった。




そのとき、ようやく自分が冷静になって、とんでもないことをしていることを認識した。


そのあとは、急いで自分のカバンを取り、走って家に帰った。



この日は、月に2回ほど仕事の関係でお父さんが外出する日だったから、家には誰もいない。



事件を起こした昼過ぎに家に帰っても、お父さんはだいたいいつも夕方に帰ってくるから変に思わないだろう。


家に帰ると急いで自分の部屋に戻ってベッドに潜った。





ここで美海にとって予想外のことが起きる。


時刻は15時過ぎ。静かな家の中に響く鍵を開ける音。


まだ学校が終わっていない時間に、健太朗が帰ってきたのだ。


夕方ごろに帰ってきてくれれば、気持ちの整理もついていたのに、、、


と考えていた美海にとって驚くべき展開。




健太朗は玄関にある靴を見て、すぐに異変に気づく。


「ただいまー。」


と少し大きな声で言ってみても反応がない。


何かあったのかな。と不安になりつつ2階の美海の部屋へ向かう。


階段を上るリズムが心なしか早い気がする。


コンコン。健太朗は美海の部屋をノックした。


ただいまー。と声をかけてみても反応がない。


開けるよー。と言いながら健太朗は美海の部屋に入る。


15時過ぎにも関わらず、カーテンを閉め切っていて真っ暗な部屋。



ベッドで布団をかぶっているのがすぐにわかった。





「どうしたの?体調、悪くなっちゃった?」と優しく声をかける健太朗。




もぞもぞと動いている。


すると家を出たときと同じ服装の美海が布団から出てきた。



「もう平気だよっ!」


と元気な声と満面の笑顔で美海は答えた。






目の下を真っ赤に腫らしながら。。。




誰が見ても何か・・があったのは明白だ。


健太朗の心拍数が一気に上がっていく。


「全然平気じゃないよ!どうしたの?何があったの?どうして泣いているの?」


心なしか発する言葉が強くなってしまう。


すると彼女は今にも泣きじゃくりそうな声で




「美海、泣かないもん。絶対泣かないもん。大丈夫だもん。」


と強がった。


健太朗は悟った。幼稚園の件が今も全く解決していないことに。今も続いていることに。


また、健太朗はずっと後悔していることを思い出した。幼稚園から呼び出されて美海を迎えにいったときのことだ。



そして、同時に彼は気づいた。


一緒に過ごしているときは笑顔を絶やさない彼女は、自分のせいでずっと我慢をしていたことに。


何やってんだ、僕は。と彼は何も気づいていなかった自分を酷く責めた。




後悔に押し潰されそうで、涙が浮かんでくる。



健太朗は美海と目線を合わせて、謝りながら抱き締めた。


「ごめんなぁ。僕のせいで。無理させてたなぁ。大変だったなぁ。つらかったなぁ。」





美海もついに我慢できなくなって、感情が爆発して、


「うわぁぁあああ!!!」と大声で泣き始めた。


「もゔ、、 がっごゔ、 いぎだぐないぃぃーー!!!!」




しゃっくりをしながら泣き叫ぶ美海。今まで蓄積していた感情が爆発して、しばらく泣いていた。




「もう大丈夫だからな。お父さんがついているからな。」


と美海を抱きかかえ、健太朗は頭を撫でた。




背中をトントンしていると次第に落ち着いてきて、泣き疲れたのか美海は眠ってしまった。





目を覚ますと、下の部屋から美味しそうな匂いがした。


わたしの大好物のハンバーグの匂いだ。


下の部屋に行くと、お父さんが料理をしていた。時刻は夜の7時くらいだった。


「みうちゃん起きた?ごはん、そろそろできるけど食べられる?」


とお父さんは笑いながら聞いてきた。


うん。と小さく答えた。


大根おろしが乗った和風ハンバーグ。


今まで食べたハンバーグの中で一番美味しかった。






2人ともご飯を食べ終わったタイミングで、


「お父さん。ごめんなさい。」といった。


するとお父さんは、わたしの頭をくしゃくしゃに撫でながら


「いーよ。僕は怒っていないし、怒るつもりもないよ。」


また泣きそうになる。




「実は夕方ごろに学校から電話があったんだ。」


ぎくっとした。



でも、お父さんは始終穏やかな口調で話し始めた。


「ごめんな。お父さん、みうちゃんが辛いって気づいてあげられなかった。


先生から聞いたんだけど、お父さんのこと馬鹿にされて殴っちゃったんだって?」


うん。と再び小さく答える。


お父さんは再度ぎゅっと抱き締めながら


「ありがとうね。僕の代わりに怒ってくれて。」


お父さんの優しさが温か過ぎて、次第に視界が滲んでくる。


溢れる涙が止まらない。




その一言にどれだけ救われただろう。




お父さんはホットミルクを用意してくれた。心が落ち着く。





「学校。無理して行かなくていいよ。」


想定外の一言だった。


え?と答える。学校って行かないといけないものだと思っていたから。


「僕は、みうちゃんが無理して、学校で辛い思いをしている方が嫌だからさ。」


思わずお父さんに抱きついた。


そして、お父さんはこう続けた。


「ただ、3つほどお父さんと約束して欲しいことがある。」


嫌な思いをする学校に行かず、家でお父さんと2人で過ごす時間が多くなるのが嬉しかったから、どんな条件でも守れる気がした。


「1つ目は、学校に行っているときと同じ時間に起きて、ちゃんと勉強すること。」


「2つ目は、殴っちゃった子の家に行ってちゃんと謝ること。」


めちゃくちゃ嫌だった。後ろめたい気持ちと、まだ許さない気持ちがあったから受け入れがたかった。



「大丈夫。お父さんも一緒だから。一緒に謝りに行くから。」


頭を撫でながらお父さんはそう言った。しぶしぶ承諾した。


「3つ目は、夢とか何か目標を持つこと。みうちゃん。何かやってみたいこととか、なりたいものってある?」




「わたし、カジキングみたいになりたい!!!」





とテンション高くすぐに答えた。


お父さんは少し驚き、少し困惑したようだった。


「カジキングってことは、陸上選手になりたいってこと?」


激しく素早く、何度も首を立てに振る。


「わかった。お父さん、その夢応援するから。これから2人で頑張っていこう!」


こうして小学3年生のときに、わたしには大きな夢ができたんだ。







わたしの家は少し変わっている。と思う。


リビングとキッチンを合わせたくらいの広さの地下室があるんだ。


この地下室は立ち入り禁止というか、お父さんの仕事場だったから


初めて行ったときはさすがにビックリした。


3人くらい一度に走れる大きさの巨大なランニングマシン。


壁には大きな鏡。部屋の奥にはウエイトトレーニングができる設備が一通り整っていた。


パソコン。スピーカー。その他もろもろ。


「お父さんって何の仕事しているの?」


長年の疑問をぶつけてみた。


「靴の開発だよ。主にランニングシューズ。」


靴?ランニングシューズ?


聞いてもよくわからなかった。





学校に行かなくなって、色々な人に変な目で見られるのが嫌で、


引きこもりがちになったわたしにとって、


ここはかけがえのない空間になる。


特にランニングマシンは高性能で、外に出なくても一通りの練習はできた。


ロングラン、インターバル、レぺテーション、スピード練習。なんでもござれ。



お父さんも陸上に詳しくて質問すれば、欲しい答えが返ってくる。


舞洲家の方針は、練習メニューなどは自分で考え、分からないことがあったら自分で調べる、それでも解決しないならお父さんに聞く。というものだ。


多分、世界で一番カジキングのことを調べたと思う。


運がいいことに、カジキングの練習メニューを公開しているブログをすぐに見つけた。






とうとうこの日がやってきた。


殴ってしまった子の家に謝りにいく日。


めちゃくちゃ嫌で、始終お父さんの影に隠れていた。


事前にアポを取っていたものの、相手の母親は大事な子どもをボコボコにされて、かなり怒っていたらしい。


実際に、家から出ていたときは明らかに怒っていた。


しかし、そんな彼女がわたしのことを確認して、顔色を変える。


どうやら男の子同士のケンカだと思っていたらしい。相手がこんなに小さい子だと、女の子だと思っていなかったらしい。


戸惑いを隠せない様子で、後はテンプレートのような、事務的な謝罪をして嫌なイベントを終えた。





それからしばらく経って、わたしは中学生にあがった。




小学校のときは家で決まった時間勉強して、それ以外は走る。そんな生活を繰り返していた。


分からないところは全部お父さんが教えてくれたから、成績は良かった。





なんて充実した日々。





中学になってもこのリズムは変わっていない。


ただ変わったことは、リハビリも兼ねて保健室登校になったことだ。




最初はびっくりしたけど、お父さんが学校側に話をしてくれたおかげで、9時から昼の3時まで。


一般生徒と鉢合わせないように通うことができた。


保健室登校といっても、実際に勉強をしていた場所は隣の準備室。



だから、今まで自分の部屋で勉強したのが、保険準備室に変わっただけだった。





小学生のときと変わらず、勉強も陸上もわからないことがあればお父さんが教えてくれた。


おかげで中学での成績は良かった。だから、先生から何か言われたこともなかった。


家に引きこもるのではなく、


「ちゃんと学校に行っている」ということが、大きな自信になった。







娘が中学校に上がった。そしてもうすぐ1年が経とうとする。


そのことで子どもが成長したことを深く実感する。


大変喜ばしいことなのだが、同時に向き合わないといけないこともあるんだ。


小学校に行けなくなって、中学校は何とか保健室登校できるようになった。


でも、そのあとは、、、、?


中学卒業したら、あの子はどうなる?どうする?


子どもの成長は早い。


はぁ。と深いため息をついた。


、、、、いや、これは僕1人で決める問題じゃないな。


そのためにも、


ちゃんと話す、あの話をする・・・・・・、覚悟をしなきゃな。。。


はぁーーーーーー。こわいなぁーーーーーーーー。


なるべく早いほうは良い。あの子もそんなに子どもじゃない。


ーーーーー誕生日の前に、話をしよう。








わたしの誕生日の少し前の日。


確か次の日は学校がなかったから金曜日だったと思う。


いつも通りお父さんと2人で晩ごはんを食べて、しばらくしたあと




お父さんが「大事な話があるんだけど、ちょっといい?」と聞いた。



うん。と答えながら「大事な話」が何なのか思い当たるものがなくて少し不安になる。






一旦部屋に戻って、小さいときから一緒のネコのぬいぐるみを連れてきた。


なぁーに?とお父さんに聞いた。




「話をする前に、1つだけ。


みうちゃん、これから先、何があっても僕たちは家族だから。


それは絶対に変わらないから。」


うん。と答えた。何か、いつもよりもお父さんが真剣で不安さが増す。





「まずね。これを見て欲しい。」



住民票だった。これがどうしたんだろう、、、?





「ここを見てほしい。」


お父さんが住民票を指差した。


続柄、、、、?







わたしの項目には「同居人」と書かれてあった。







え、、、、?


ちょっと、これは、予想外だった。







「お父さんっ!!同居人って何っ!!」


思わず紙を机に叩きつけながら叫んだ。






「同じ居ところに暮らしている人。。。だな。」


お父さんが目を合わせずに言う。


「そういうことじゃなくてっ!!」





お父さんが深呼吸をして、覚悟を決めて言った。ありきたりなセリフを。


「実は、みうちゃんはお父さんの子どもじゃないんだ。だから血の繋がりがない。


お母さんの最後のお願いで、養子にせずに一緒に暮らしている。


それ以外のことはほとんどわからないんだ。知っている人、みんな死んじゃったから。」





まさか、こんな漫画のような話の当事者に、自分がなるなんて思っていなかった。


わたしはお父さんに確認した。


「血の繋がりがないって本当なの?」


それは間違いない。とお父さんは断言した。


病室でわたしを抱っこするまで、3年以上お母さんには会っていなかったらしい。





ただ、一番信頼できる人として、お父さんがお父さんに選ばれたんだと。


激しく動揺した。






と同時に気づいた。




血の繋がりがない。。。。?




そしてお父さんに確認した。








「じゃあ、血の繋がりがないってことは、


つまり、お父さんと結婚できるってこと??」







お父さんもびっくりした様子だった。


「いや、僕たち家族だし、いや、でも、確かに血の繋がりはないし。。。できるのかな?」


お父さんは明らかに動揺・困惑していた。



お父さんは真面目で、わたしが質問をしたことに対しては正しく答えようとする。


つまり、本人の気持ちはどうであれ、結婚できる可能性が少しでもあるのであれば、


「できない」と答えられないのだ。







「わたし、お父さんと結婚するっ!!!お嫁さんになるっ!!!」


お父さんは固まってしまった。あと、目に少し涙が浮かんだいた。


「いや、でも、、、僕たち家族だし、、、」


「お父さんはわたしのこと、嫌いなの?」


「超好き。世界中の誰よりも好き。」




そんな恥ずかしいセリフを、お父さんは真顔で即答した。とても嬉しい。





「じゃあ、結婚しよっ!!」



まだ渋るお父さんに対して、駄々っ子でねだった。



「いーやーだ!!!『同居人』なんて嫌だっ!!『嫁』がいいーっ!!」


「いや、『妻』な。」



そんな冷静なツッコミは求めていない。








「わかった。」とお父さんは折れた。


「本当っ!!??」


自分でも目がキラキラしているのがわかる。




「ただし、条件がある。」


また条件か。と思ったけど、前のときよりもその内容が気になった。


「、、、とその前に、まだ伝えないといけないことがあるんだ。」


え?


「もう一度、住民票を見て欲しいんだ。」


さっきの、続柄よりももっと上の方。


「世帯主」と書かれている場所の左の方。


今日は驚くことが多い。お父さんの実の子どもでないことは、人生でもトップクラスの驚きだったけど、それを遥かに上回る衝撃の事実がそこには書いてあった。










梶木 健太朗


「えっ?どうゆうこと?『梶木 健太朗』?カジキング?」


同姓同名?誕生日は12月12日、、、カジキングと同じだ。




「えっ?本物っ?」



「うん。僕がカジキング。」


とお父さんは言うと、自分の部屋に戻ってあるものを持ってきた。






それは、


2つの金メダルと陸上のスパイクだった。


「本物だーーーーーっ!!」





今まで、パソコンとかテレビの画面でしか見たことがなかったものが、手元にある。


持っている手の震えが止まらない。






なんて日だ。。。






なんて日だ!!!!!





大好きなお父さんと、憧れの選手が同一人物。


嬉しさと驚きで頭が混乱している。




「じゃあ、わたしはカジキングと結婚できるってことっ!?」


「まだ、認めてないっ!!!」



そんなコントみたいなやり取りの後、お父さんはこう続けた。




「ほら、『カジキングの子ども』ってなると、そういう目で見られちゃうからさ。


ごめんよ。本当。色々黙っていて。


小学生のとき僕みたいになりたいって言われたときは超嬉しかったよ。」


といいながら頭を撫でた。



そして、


「みうちゃん。陸上好き?まだ、カジキングみたいになりたい?」


うんっ!と元気良く満面の笑顔で答えた。




「今日この話をしたのは、中学を卒業した後はどうしようかなって思って。


でも僕1人で決めることじゃないし、2人で相談して決めたい。


ちゃんと話をしないといけないと思ったから、大事な話をしたんだ。


驚かせてごめんね。」




それで、とお父さんは続ける。


「僕は、中学を卒業したら高校に行って欲しいと思っている。


それは、僕にとって高校時代はとても大切な時間だったからなんだ。」




みうちゃんはどうしたい?とお父さんは尋ねる。


「やっぱり怖い。でも、頑張りたいと思う。」


わかった。






で、さっきの結婚の件だけど。とお父さんは本日最も大事なことを話し始めた。


「結婚しよう。ただし、条件がある。それは、陸上で『僕を超える』ことだ。」


「詳しい条件は


①1500mと5000mの日本記録樹立


②世界陸上とオリンピックで金メダル獲得


ここまでやって僕と並ぶ。」


「インカレや日本選手権で優勝することは、さっきの条件をクリアするレベルであれば問題なく達成できるから、条件には入れない。


ただ、唯一取ったことがない国内のタイトルがある。」


それは、と最後に付け加えた。


「『インターハイ制覇』だ。」


わたしは知っている。カジキングが注目され始めたのが大学生のころから、ということを。





「お父さんでもできなかったことを達成できたら、僕を超えたことになるでしょ?」


確かに。と納得した。


ここで純粋な疑問をお父さんにぶつける。






「わたしにできるかな?」





お父さんのことは好きだし、結婚できるならなんでもする。と思っていたけど、自信は正直なかった。


するとお父さんは、



「できるよ。だって美海は『カジキング』の娘なんだぜ?」




そして、こう続けた。


「僕も全力で応援する。今まで以上に。親は子どもの夢を応援したいもんだよ。」


わたしをギュっと抱き締めて「一緒に頑張ろうな」と頭を撫でながら言った。


わたしは「うんっ!」と元気よく返事した。


こうして、わたしの人生を懸けた壮大な『夢』が決まったんだ。


全然実感がない。わたしがカジキングみたいに、世界で金メダルを獲るなんて。











でも、お父さんを1人にしない。させない。本当の家族になるんだ。


それは、きっとわたしが生まれた意味だから。


今度はちゃんと守る。


何よりも自分のために。そして、好きな人のために。


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