1.5本目:『WAO!』





「美海ちゃん、今から1500mTTやるってよ。」



授業中にそんなメッセージが部活のグループチャットに届いた。


2年生はもう授業が始まっている。65分授業。3時間目の後半に差し掛かった頃、

ちょうど空腹で集中力が途切れ、授業に退屈さを感じていた、そんなタイミングだった。



陸上部の中でも特に熱い存在である登尾のぼりお 龍二りゅうじがこのメッセージを、黙って見過ごすはずがなかった。




「ガタンッ!!」



彼は勢いよく立ち上がり、先生と目が合ってすぐに座った。



一瞬授業の進行が止まったものの、犯人が登尾ということで先生は気にせず再開する。



しかし、2秒ほどの間を置き何かを決めて彼は再び立ち上がり、しゃべりながら走りだした。




「先生!大きい方が!大きい方が緊急事態なのでっ!ちょっと行ってきますっ!」





恥ずかしさよりも美海のレースが勝ってしまった。



クラスのみんなが唖然としていると、もう1人立ち上がり、同じように教室を出た。




「すみませんっ!!わたしも緊急事態です!!!」



池田いけだ 萌美もえみ。誰もが認める正統派スポーツ少女。

委員長タイプで真面目な彼女が「緊急事態」で外に飛び出したのは、流石にみんな驚いた。




もの凄い恥ずかしかっただろう。龍二は後ろから追いかける萌美を見てびっくりした。



「ダーさん、顔真っ赤っ!!」



「うるさいっ!!!」



廊下に出ると高槻たかつき 圭吾けいご江坂えさか 愛美まなみも走っていて、最終的に2年生4人でグラウンドに向かった。




途中、「パンっ!!!」とライカンの音がした。




「やっべ!始まっちゃったよ!」




圭吾がスピードを上げる。圭吾のような短距離選手が、全力で廊下を走ると大変危険なので十分気をつけて欲しい。

静かな廊下をわくわくした表情の4人が駆け抜ける。


「あの子のレースが見れる!!」





全力で走りつつも、他の先生に気づかれないように、音が出ないように接地し、優しく地面を蹴った。



外に出て、グラウンドに到着したときは、スタートして2分くらい経過していたと思う。


顧問である2人の体育教師に見つからないように、4人は息をひそめながらトラックの様子を見る。





公輔が頑張っていた。


後続と100mくらいの差ができていたから、本気で走っているのはすぐに理解できた。

そこにピッタリつく美海。





間もなく1000m。フィニッシュ地点に置かれた時計を確認すると2分50秒近くだった。





同じ中距離ブロックの萌美は、自分と美海との差が大きいことを再確認して、


「速いなぁ。。。」


と小さくこぼした。



年下で、自分よりも小柄で可愛らしい子が、自分よりもはるかに速いのだ。




でも、そんな彼女を妬む気持ちなんてこれっぽちもなくて。


懸命に走る姿を見ていると、先生に見つかったらヤバい状況にも関わらず、思わず全力で叫んでいた。



「美海ちゃんっ!!頑張れーっ!!!」




すると、美海は返事をするように腕をだらんとさせた。








美海がゴールしてすぐ、圭吾が先生と目が合ってしまった。



「ヤバい!ズラかれっ!!」


4人は急いでその場を後にした。

タイムトライアルが終わって、余韻に浸りたい気持ちを抑えて、

それぞれの教室に帰っていった。



応援している選手がいいタイムを出すと、こちらも嬉しくなるし、頑張ろうと思える。



サボったことが怪しまれないように、気持ちの整理をつけるために、


龍二とは少し時間をズラして萌美は自分の教室に戻った。




すると、先生が、


「池田、大丈夫か?そんなに痛いのか?」



結構本気で心配された。確かに結構な時間をトイレで過ごしたことになっている。



周りの様子がおかしくて、

そのとき、初めて彼女は自分の目が赤くなっていることを認識した。明らかな泣き顔。そりゃ心配されるわ。




感動的なレース。いつの間にか泣いていた。彼女の懸命な走りに熱くなっていた。

まだ、ドキドキしている。





美海は次の高校総体地区予選、1500mには出場しない。



コーチから先輩が優先して出るようにと、話があったばかりだ。






彼女が一番好きな種目なのに、自分なんかよりも全然速いのに。

わたしが代わりに出場する。今のTTでそのプレッシャーはさらに大きくなった。

気合いを入れて頑張んなくちゃな。






まずは、週末の記録会でベストを出せるように調整しよう。

とにかく今は、美海ちゃんをぎゅっと抱きしめたい。





早く部活の時間にならないかな。

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