とっぷる!【まとめ】

はげぼうず

1本目:『フルドライブ』



「陸上部は嫌い。高校は部活に入らない。」


小さいころから走るのが好きで、本気で頑張った中学3年間の結論がコレ。


確かに、自己ベストを出したときの快感はヤミツキになるし、いい感じに走れると気分も良くなる。


それはわかる。





でも。それでも。


もう部活には入りたくない。レースにも出たくない。






それには少し理由がある。


その大部分を占めるのがうちの家族だ。


自分で言うのもアレだけど、うちの家族「天王寺 てんのうじ家」は結構凄い。


父親はオリンピックの陸上、マイル(4×400m)リレーの日本代表。

その遺伝子を一身に受け継ぎ、高2で400mインターハイ覇者になった2つ上の姉。

美人な母親に似てモデル活動をしている1つ上の双子の姉たち。



そして、両親の遺伝子を中途半端に受け継いだ四女のあたし。





父親の遺伝子は強いらしく「そこそこ」足が速い自覚はあるし、母親の遺伝子もちゃんと存在しているらしく「まあまあ」な顔のできだけど、



完全体である家族の人間と比較されると惨めな気持ちになる。



でも、家にいるときよりも部活のときの方が嫌な気分になることが多かった。


「どちらかというと父親似」ということもあって陸上を始めた。実際陸上は好きだし、それは今も変わらない。だから部活を引退した後も走り続けていた。



ただ。




「天王寺さんちのお子さんも、 下の子はダメでしたね。」

「対したことないんだな。妹の方は。」

「天王寺の妹って聞いてたのに。あーあ、期待外れ。」





何でそんなこと言うの。全部聞こえてるよ。





勝手に比較して、勝手に失望される。ガッカリされるのは辛い。


悔しいし、腹が立った。

何よりも結果を出せない、期待に応えられない自分に。



「こんな思いをするくらいなら、部活になんか入りたくない。

トレーニングなら一人でもできる。だから、これからは好きなように走ろう。」







しかし、そんな中学の部活を引退したときの決心は、高校入学3日目であっけなく砕けちった。






『陸上』に対する考え方が変わる、そんな出来事があったんだ。






多分、一生忘れらない。

あの日のレースのような体力テスト。1500mのタイムトライアル。




前日の自己紹介で陸上部に入っていることを宣言し、とんでもない夢を口にしたクラスメイト。



があったにも関わらず、あたしと違って周囲の目線を一切気にせず、


おそらくベストパフォーマンスを発揮していた。




あたしは校庭の隅で見ているだけだったけど、「目が釘付けになる」とはこのような状況のことを言うのだろう。




目が離せない。あんなもん今まで見たことない。開いた口も塞がらない。



自分の理想を詰め込んだような走りにレース展開。



ラスト一周はどんどんリズムが速くなって、こっちまでドキドキする。



誰が見ても綺麗だとわかるフォーム。

ぐんぐん速くなるペース。

圧倒的なキレのあるラストスパート。



何より、とても楽しそうに走っていたのが、、、羨ましかったんだ。




生まれて初めての一目惚れ。




いや、正確には「一目」惚れではないのだけれど。クラスで顔合わせているし。

まぁ、「普段とは違う姿」だから、ぎりセーフでしょ。


「心を打ち抜かれた」ことには変わりがないのだから。





「あんな風に走れたらいいな。」

って、色々と足りていないあたしは、分不相応にも願ってしまった。


この気持ちはもう止まらない。止められない。


「そうだよ。走るのに他人のことなんか関係ない。

なんて小さいことに悩んでいたんだ。」と少し恥ずかしくなった。



全力を出し切って倒れこむその選手を眺めながら、「少しでも近くにいたい。」と本気で思って、



あたしは陸上部に入ることを決めたんだ。









「日本の陸上界は、中長距離が弱い」と、何かのスポーツ特番の忌々しい見出し。

けんか売ってんのか。


俺を含む中距離・長距離ランナーを自称するものであれば、なかなかイラっとくるフレーズである。

しかし、全否定できないことが悲しいところ。

実際に今回の世界陸上では、日本の中長距離からの派遣はゼロ。



この現状を取り上げるときに、決まって話題に出るのが一人の男の存在。


「あの時は良かった。陸上にわくわくした。」

「結局、中長距離種目で活躍できたのは彼だけか。」

「彼のような逸材はもう現れないのか。」



今では出場することも危ぶまれる800m以上の種目において、

世界陸上・オリンピックともに金メダルを獲得した伝説の男がいた。



「梶木 健太朗」。通称『カジキング』。



世界陸上の1500m決勝において、3分33秒53の日本記録で優勝。

翌年のオリンピックでも5000m決勝で12分58秒90で金メダルを獲得した。こちらも日本記録。



ハイペースなレース展開でも先頭集団に食らいつき、

スマートなラストスパートで勝利をもぎ取る。



陸上界の英雄になったのは結果・実績だけでなく、

本人のキャラクターも大きく関係しているだろう。


長い髪をオールバックにした「ちょんまげ」と、ナイターのレースでも必ずつけるサングラスがトレードマーク。


世界陸上、準決勝後のインタビューでの

「決勝はります。」というシンプルな金メダル宣言、



通称「トップる宣言」はその年の流行語にも選ばれた。それくらい影響力があったんだ。



世界陸上で優勝した後のインタビューも印象的だった。

勝利の喜びとはかけ離れ、嬉し泣きではない悲しみに満ちた号泣は、多くの人の印象に残った。



「もっと早く、この結果を出したかった。約束を果たすのが遅くなってごめん。」



だからこそ、翌年のオリンピックは満面の笑みで優勝した姿は多くの人を感動させた。


間違いなく日本陸上界で最も愛された存在だった。




しかし、オリンピックの翌年、彼は突然引退してしまう。




会見もなかったため、結構謎な消え方をした選手でもある。また、メディアも引退後はあまり取り上げなかった。




それでも、陸上界に大きなインパクトを残したのは否めず、

10年経った今でも、惜しまれるように軽く名前が出てくることがある。




俺は中学で陸上の成績が伸び悩んだ時、参考になればと思って眺めていた日本記録誕生の動画。

もちろん名前や記録は知っていた。

そのレースの全貌を改めて、しっかりと見たとき、

いつの間にか前のめりになっていた。




俺もこんな風に走りたい。少しでも近づきたい。





何回も巻き戻して、レース前には必ずその動画を見て自分を鼓舞していた。


ただの憧れ。少しでも同じ環境で練習したい。

そんな不純な理由で進学先を選んだ。


カジキングの母校である「神奈川県立夕陽ガ丘高校」。




合格発表があった週の土曜日から、陸上部の練習に混ざった。

あまり芳しくなかった中学の成績、

高校からはもっと頑張りたいという気合いが相まって、

入学前から練習に参加させてもらっていたのだ。



ただそこには、俺よりも先に練習に混ざっていたがいたんだ。







3月の半ばから高校に来ているから、同級生よりも学校には慣れている自信はある。


だから新しく入学する学校の新鮮さに、いちいち緊張もしないし、新しい生活に対しては心配もない。


ただ、入学2日目、おそらく教室で自己紹介とかするだろう今日は不安しかなかった。


だってさ、「アイツ」と同じクラスだなんて、、、、




自分のことじゃなくて、他人のことでこんなに緊張するのは初めてかもしれない。



正直、中学の最後のレースよりもドキドキしている。


「今日は入学2日目ということもあるから、教科書の配布と今後の予定の説明をして終わります。


あ。あと1年間同じクラスで過ごすんだから、まずは自己紹介してもらおっかな。」


と新人で担任の谷町 たにまち愛衣あい 先生は告げた。


自己紹介。。。えーと、第一印象は3秒で決まり2年続くだっけ?緊張するなぁ。




そしてあいちゃん先生はこう続けた。


「うちの学校は目標の達成とか夢の実現を大事にする校風なので、伝統的に自己紹介では高校の目標と将来の夢を発表してもらってます。」


「特に決まってない人もなんか言ってくださーい。」


緊張感が余計に高まった。


どうか、声が裏返りませんように。そして、何も起きませんように。


しばらく平凡な自己紹介が続き、とある人物の順番が回ってきた。


「何でいるん?」


昨日・今日と緊張し過ぎて有名人の存在を認識していなかった。


「藤沢第六中学出身の天王寺 れんです。中学のときは陸上部でしたが、高校では別のことにチャレンジしたいと思います。


とりあえず目標はないので充実した3年間にしたいと思います。


将来は、、、いい感じの仕事に就きたいです。」


天王寺いるじゃん。え?陸上やらないの?あんなに速かったのに?


彼女は同じ地区だったら誰もが知っているような有名人だった。実際、地区では無敵だったし。


あれ?でも、全中(全国大会)の結果は微妙だったんだっけ?


「もったいない。」と普通に思った。だってアスリートのレベルでいったら自分よりも遥かに上。


短距離なら下手したら負けるかもしれない。いいよな。才能があって恵まれているヤツは。


まぁ、でも確かに、楽しそうに走っている感じではなかったよな。速いやつにも色々あるんだ。きっと。うん、そうに違いない。


そうやって自己完結した。


というのもつかの間、自分の番がやってきた。確かコーチも目標とか夢は宣言した方が良いって言ってたな。


「湘南鵠沼中学出身の長居ながい 公輔こうすけです。中学は陸上部で高校も続けます。高校の目標はインターハイ出場で、将来の夢は箱根駅伝に出ることです。」


結構明確な目標だったせいか、自己紹介後の拍手は少し大きかった気がする。ちょっと嬉しい。


さて。本番はここからだ。アイツの自己紹介まであとわずか。本当に何も起きないでくれ。頼む。


ただ、こんなハラハラしている俺とは裏腹に、この自己紹介というイベントにおいて、クラスのみんなが注目しているのはアイツだった。


それは特徴的な見た目をしているからだと思う。俺は1ヶ月以上も見ているから流石に慣れたけど、


入学して1日・2日しか経っていないのだから、そのあの見た目のアイツが目立つのも無理はない。


そして、アイツの番が回ってきた。


「藤沢第六中学出身の舞洲まいしま 美海みうなです。」


声小っさ!


身長138cm。小学生のような小柄な見た目と同じような声量と、小刻みに震えているのが見て取れて余計に心配になる。


人見知りなんだよな。俺にも心は開いていないもん。挨拶はするけど、まだ一言もしゃべったことはない。


緊張しているだろうな。


オレンジに近い明るい茶髪に、濃い茶色の毛束が混ざった縞々な頭が特徴的だ。


ふわっふわなミディアムな髪型で、左目はその髪で隠れている。


同じ毛色をした太い眉毛は下がっていて、流行の「困り顔」。より弱々しさを際立たせている。


そして彼女はこう告げた。


「中学は部活に入ってなかったけど、高校からは陸上部に入っています。」


おーし。ここまではOK。この感じでいこう。


という願いは次の二言で崩れ落ちた。








「高校の目標はインターハイ優勝で」








「将来の夢はお父さんのお嫁さんになることです。」








うわ。。。やりおった。。。


高校生の一番最初の自己紹介。「インターハイ優勝」が霞んでしまうほど、幼稚園児のような夢。


「舞洲美海」のことをよく知らない人が聞けば、どのような反応になるかは想像に難くない。


「プっ!」


予想外だったのは、あいちゃん先生が一番最初に噴き出したことだった。


明らかに新人っぽい可愛らしい感じのあいちゃん先生。

緊張しながらも誰よりも真剣に話を聞いていたからこそ、

突拍子もない将来の夢によって、張りつめていた糸が切れてしまったのだろう。



その先生の過ちが静寂をぶち壊した。


多分、みんなも緊張していたんだと思う。糸が切れたのはみんなも同じだった。


教室は爆笑で包まれる。


きっと、下手な冗談だと思っているんだろう。


真剣に夢を宣言した彼女は、予想外の展開にびっくりしていたが、


すぐに状況を理解したらしく、泣きそうな感じになっていた。いや泣いていたかもしれない。


そして、彼女はスマホを取り出した。


その直後、


陸上部のグループチャットには、背筋が凍るようなメッセージが送信されていた。














「助けて」



メッセージを確認・恐怖している間に、遠くで叫び声のようなものがしたのに気づく。





そして、それが近づいてくるのを理解した。








まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。


嫌な予感は的中したのだった。








この場の俺しか知らない。舞洲美海が陸上部でどのような扱いを受けているかを。


そんな彼女が、所属している陸上部に助けを求めたということを。


震えながら頭を抱えていると、クラスの後ろ側のドアが吹っ飛んだ。


「ゥオラァッ!!!」


という声とともに。


騒がしい教室が一瞬で静かになるには十分すぎるインパクトだった。


伊丹いたみ ゆう。陸上部のボスである。


主将・キャプテンという呼び名よりも、「姐御」とか「姐さん」とかが似合う、

金髪でヤンキー風の女性。種目は200m・400m。





息が切れていたから、たぶん全力で走ったんでしょう。試合前ですよ、先輩。


高校最後のシーズン。大事な時期にも関わらず、無意識に舞洲のことを優先したのだ。


少し遅れてもう1人。


御幣島みてじま ねい。陸上部のマネージャー長である。そして現在の「美海係」。


「ファイト!」と言われるだけで足が速くなるような存在。


美人、ナイスバディ。ダンジョンがある異世界なら、きっと女神をやっていそう。


御幣島ファミリア。悪くない響きだと思う。


「美海ちゃんっ!!」と片膝ついて両手を差し出す伊丹先輩。


「おねいぢゃんっっ!!!」





と、ちっちゃい子どものように泣きじゃくりながら


受け入れ体制万全の伊丹先輩





を華麗にスルーして御幣島先輩の胸に飛び込む舞洲。





名前が「ねい」だから「おねいちゃん」なのだ。


ちなみに伊丹先輩のことは「ゆうちゃん」と呼んでいる。舞洲。貴様はまだ1年生だぞ。


おろおろしている2人は舞洲に聞いた。


「おーよしよし」


「大丈夫?どうしたん?何があったん?」


すると、














「目標と将来の夢を言ったら笑われた。」と。














「心配」から「怒り」へ、感情が一気に変わっていく。


御幣島先輩があんな恐い顔しているの初めて見た。(まだ1ヶ月も経ってないけど)


「誰だぁぁああ!!!!」


と怒りが爆発したボス。怒りの咆哮的なアレ。「ク〇リンのことかーっ!」と同じポーズだった。








すると間髪入れずに











「あ、先生です。」


誰かが答えた。








みんなも一気に先生を見る。


鮮やかに先生を売った誰かの、この答えは間違っていない。


この状況では、乱入してきた3年生をいかに対処するのかが重要だ。


犯人が分からない状態が続いて、彼女の怒りがヒートアップするのは避けたい。


であれば、その場を治める適任である先生がなんとかした方が良いだろう。


まぁ、実際に彼女を泣かせた原因でもあるわけだし。


注目された先生は動揺していたせいか、


謝罪ではなく弁明を始めた。


「だって、その子が中学は何もしていないのに『インターハイ優勝』だとか、

あまつさえ『お父さんと結婚する』とか、変なことを言うから!」



「『変なこと』って何だぁぁぁあああ!!!」



もっと炎上してしまった。先生も泣きそうになっていた。


確かに事情を知らない人が彼女の話を聞いたら「何言ってんだ、コイツ」と思うだろう。


それとは逆に、彼女のことをよく知る者にとって、その夢を笑われることは非常に耐え難いことなのだ。


「何にも知らないクセに!人の夢笑ってんじゃねぇよ!この子はなあ!陸上に人生懸けてんだよ!」


「少なくとも陸上部の人間は、この子がインハイで優勝するのを本気で信じているし、応援している。


なぜなら、この学校の中でこの子が一番頑張っていて、一番結果も出しているからだ。


陸上部の全員の憧れでもあるんだよ!それを笑うとはどういうことだぁー!」








全力で叫んだせいか、スッキリとしたらしく、


少し落ち着いてきた伊丹先輩は最後にこう続けた。











「それと、現時点でこの学校の誰よりもこの子はインターハイに近い。


この子は1000mの学校記録保持者だ。


今いるここの生徒だけでなく、この学校の陸上部の歴史の中で最速。


今までインハイに出場したことがある先輩よりも速いってことだ。


わかるか?


つまり、一番速いこの子を否定するってことは、陸上部全員を否定しているってことなんだよ!


わかったら考えを悔い改めろ!」


そう言った後、


舞洲のカバンを持ち、

行こうぜ。と伊丹先輩は言った。














「ちょっと待ちなさい!!」とあいちゃん。


「まだ、なんかあんのかよ。


どうせ、今日は教科書配って終わり。そして明日は1年生恒例の体力テストだろ?」


「そうだけど。」


「だったらいいじゃねぇか。」


先生の言うことを全く聞かず、帰り始めたご一行。


そのとき、ふと何かに気づいた伊丹先輩は、














「ハムスケェェ!!」とまた叫んだ。


俺のことである。公輔→ハム輔だから「ハムスケ」なのである。


ホントやめて欲しい。クラスでのあだ名がハムスケにならないことを祈るばかりである。


「はいっぃぃぃ!!!」


ここで声が裏返った。肝心なときにやってしまった。超恥ずかしい。


「美海ちゃんの教科書、よろしくな。あとドアも。」


先輩。仕事の振り方が雑すぎます。



「うっす。。。」



と小さく、聞こえるかどうか分からないような声で返事した。



まじかよ。ドアってどうやって直すんだ?


教室は驚きと戸惑いと、ちょっとの恐怖で包まれていた。

俺は嵐が過ぎて少しホッとしていた。

舞洲のあとに自己紹介する人。なんかごめんな。


うちの先輩、怒らせると恐いんだ。


こうしてエキセントリックな自己紹介が生んだ事件は一旦終わった。






「なぁなぁ、舞洲さんってどんな子なん?同じ中学なんやろ?」


舞洲の中学時代か。気になるな。


確か関西出身の烏帽子 えぼし ひかるが、人懐っこい感じにあの天王寺へ聞いていた。


密かに耳を傾ける。


「今日初めて見た。」


と天王寺は一言答えた。


「え?どゆこと?」


「うちの中学で舞洲美海を知らない人はいない。


中学3年間、ずっと学年トップだった。中間も期末もだ。でも、誰も見たことないんだよ。


あの子、ずっと保健室登校だったから。」


さらに天王寺は続けた。


「だから、入学式のとき名前見てびっくりした。もっと上の高校行くもんだと思っていたから。」


「どんなやつかと思っていたけど、あれはちょっとね。期待外れ、、、てわけじゃないけど。


陸上部だったからさ。インハイ優勝なんて、ちょっと思うところはあるよね。


そんな簡単なもんじゃないって。」


途中で何かに気づいて、少し気まずそうに話した。


確かに天王寺はちょっと複雑そうな顔をしていた。やっぱり中学の部活で何かあったのかな。


舞洲にはそんな過去があったのか。


あの著しく低い対人スキルには、やっぱり理由があるんだな。


超人見知り、泣き虫、言動が幼稚園児、コミュ障。


見た目だけでなく、中身も全く高校生らしくない。本当に15歳か?


まぁ、俺も舞洲の実力を認めている1人だけど。


とにかく今日は部活は休みの日だから、必要な教科書を舞洲の机に揃えた後、


特にやることもないので家に帰って、この慌ただしい一日は終わった。


(ドアはちゃんと直した)









次の日。入学3日目。


今日は隣のクラスと一緒に午前中いっぱいを使って体力テストをやる。


体力テストは何の変哲もない一般的な種目を淡々とこなしていく。


その種目は、


握力・上体起こし・長座体前屈・反復横跳び・50m走・立ち幅跳び・ハンドボール投げ・持久走


持久走は女子は1000m、男子は1500mで行われる。


というわけで、朝礼の後、体操服に着替えてうちの学校の広いグラウンドに集合した。


うちの高校は公立校にも関わらず、400mトラックがあることが小さな自慢だ。


正直、陸上部以外にはあまりメリットがないかもしれない。


しかも、全天候型グラウンド。つまり、ゴム製のタータンでできている。


つまり、本番のレースと同じ環境で練習ができるのだ。これがこの高校を選らんだ2つ目の理由。


環境は良いけど陸上部の部員が多すぎないのは、スポ選を受け入れておらず、

地区の中でもそこそこ偏差値が高いからだ。


めっちゃ勉強したもん。俺。




しばらくして、ある程度の種目が終了した。


50m6秒8か、、、まぁ、まずまずだな。俺長距離だし。


さて、アイツはどうしているかな。


昨日「インハイ優勝する」と宣言したもんだから、結構注目を集めていた。


この日、美海は陸上部の副顧問であるきいちゃん先生(苗字が紀伊きい)とペアでテストを進めていた。


結果は、


めちゃくちゃひどかった。


「50m走 12秒て!!」


遅すぎる。


200m48秒だから、400m96秒。1kmあたり4分。。。


こういう計算を自動でしてしまうのは、長距離選手の癖である。


このパフォーマンスには理由があった。


まず、彼女は陸上以外に対する関心が非常に低い。あと、この後部活で走ることを考えると、体力テストで力を使ってしまい、練習に影響が出ることを嫌うはずだ。


つまり、やる気がなく、手を抜いているのだ。この結果に、事情を知っている先生たちでさえ困っている。


また、もう1つ深刻な問題があった。











彼女は人前で走れないのだ。



いや、正確には人前で走るにはそれなりの準備が必要なのだ。


誰かに見られる、注目されることを極端に嫌い、視線を意識すると本領発揮できなくなる。


その割に、素でやっている行動や発言が自然と周囲の注目を集めてしまうのだからたちが悪い。





今のところ、全種目で最低得点を記録している。


(※体力テストは記録に応じて1~10点までの得点で評価される)


まぁね。人前で全力で反復横跳びするのは俺でも恥ずかしい。


ちなみにこの体力テストの得点は、前期の体育の成績に反映される。


若くして体育の先生の中でも権力を持つ、陸上部の主顧問である熊取くまとり先生は大きな溜息をついた。


「どうしましょうね。。。」


「一旦、コーチに相談してみてはいかがでしょうか?」


と紀伊ちゃん先生。


そうだね。と頭を掻きながら熊取先生は携帯電話を取り出して耳に当てた。











~以下、通話内容~


熊先生:「あ、もしもし?コーチ?今お電話よろしいでしょうか?」

コーチ:「うん。大丈夫。」

熊先生:「突然で申し訳ないのですが、お宅の娘さん。このままだと前期の成績が1になります。」

コーチ:「え!?入学して3日で!?」

熊先生:「はい。体力テストの結果が芳しくないので。。。今のところ全種目1点です。」

コーチ:「いや、でも、体力テストなんで個人差あるじゃんよぉ。」

熊先生:「我々は彼女の能力を把握しているつもりです。つまり、現状だと周囲に影響を与えるほどやる気がないとしか評価できません。」

コーチ:「そっかぁ。まぁ、高校に通うって時点でわかってけどさぁ。成績1だったら、やっぱりまずいの?」

熊先生:「前期と後期の成績の平均が2以上でなければ進級できません。落第です。」

コーチ:「それは困る!さっき、このままだとっていったけど、種目は何が残ってるの?」

熊先生:「あとは持久走のみです。女子は1000mです。」

コーチ:「なるほどね。。。じゃあ、お願いがあるんだけど、できるだけ叶えて欲しい。」

熊先生:「何でしょうか。」


コーチ:「男子の1500mに混ぜて。それで、足に自信があるやつ、野球部とかサッカー部とか選抜してレースさせて。美海に勝ったら成績優遇するとか人参ぶらさげて。


できるだけ本番に近づけたいから、タイマー出して、ライカンも使って、あと、鐘も使おう。パソコンで正式なタイムも取って。」


熊先生:「ガチじゃないですか。」

コーチ:「ガチだよ。せっかくなんだからもらった道具は使おうぜ。あと、公輔にラビットやらせて。」


ラビットとはペースメーカーのことだ。


熊先生:「わかりました。ペースは?」



コーチ:「1000mの通過3分00秒。なるだけイーブンで。」

熊先生:「3分⁉、、、なんだか面白そうですね!」

コーチ:「でしょ?あと、美海と電話代わって。」



熊取先生が舞洲を呼び、コーチと電話が繋がっている旨を伝えると、


「本当!?」


とはしゃぎ、いつもの、部活のときの顔になった。





同時に俺は熊取先生に呼ばれ、ペースメーカーを務めることを知らされた。

俺は「シューズ取りに行っていいですか?」とだけ聞いた。


舞洲とタイムトライアルやるんだ。絶対に手は抜けない。

あと、俺の実力では1000m3分フラットでの通過は、ちょっと気合を入れないと走れない。


このときの熊取先生は凄い楽しそうだった。

気持ちは分かる。だってあの舞洲の1500mのタイムトライアルが見れるんだもの。


紀伊ちゃん先生は女子のタイムを計っているから、人手が足りず熊取先生は大変そうだ。


女子が終わる時間を考えると、アップと準備の時間は20分ってところか。


そのとき、あの2人がやってきた。


「おう。お前ら。授業はどうした?」


「「空き授業でーす」」


とハモりながら、伊丹先輩と御幣島先輩のセットは答えた。


3年生は自分で選択した授業の組み合わせによっては、授業がない時間が生まれるのだ。


熊取先生:「実は、かくかくしかじかで。手伝ってくれないか?」


伊丹先輩:「マジっすか!ヤバっ!みんなにも教えてやろっ!で、何したらいいですか?」


熊取先生:「伊丹は各準備と、本番はラスト1周の鐘を鳴らして欲しい。御幣島はいつも通り美海のお世話と400mごとのラップを流し読みして欲しい。」


OKです!と元気良く2人は返事した。


ちょうどそのとき、再び、それも今まで聞いたことないほど大きく


「本当っ!?」


と電話に向かって話していた。


そして、


「本当に4分30秒切ったらオーダーのスパイク作ってくれるの?やったーっ!!!」


と、舞洲はかつてないほどテンションが上がっていた。

おいおい。4分30秒ってマジかよ。。。俺のベストよりも速えよ。

ちなみに俺のベストを晒すと、1500mは4分32秒。3000mは9分42秒。


舞洲は1500mの選手になりたいと願いながら、今まで走ったことはないから、持ちタイムはない。


だからこそ、熊取先生と先輩たちはワクワクしているのだ。


「美海ちゃんのレースが見れる。タイムが取れる。」と。


あとになって知ったんだが、このとき伊丹先輩は陸上部のグループチャットにこんなメッセージを送っていた。


「美海ちゃん、今から1500mTTやるってよ。」


どうりで。登尾のぼりお先輩たち授業サボったんだな。


シューズを取ってきて、軽くジョグして体を整える。今までの体力テストが良いウォーミングアップになっているようだ。なんとかオーダーはこなせそう。


そのとき、舞洲はというと、、、


先輩たちに超絶甘えていた。

実際のところは着替えを手伝ってもらったり、髪の毛を整えてもらっていた。

彼女は走るとき、彼女なりの戦闘スタイルに変身する必要がある。


髪は全部上げて後ろでまとめる。まとめた髪もコンパクトに結ぶ。


そして、本格的な、アスリート用のサングラスをかける。


そう。彼女は自身の憧れの存在である、「カジキング」と同じ格好をして走るのが彼女のルールなのだ。


その準備の途中、俺は1ヶ月以上一緒に部活をやっていて初めて、舞洲の素顔を見た。





綺麗なオッドアイだった。

右目は普通の茶色に対して、左目は鮮やかな青色をしていた。






だから、いつも髪で左目を隠していたのか。。。





まぁ、深刻的なコミュ障と特徴的な顔のパーツ。この2つの要素があれば、あとは大体想像がつく。


「ハーフの子どもは幼稚園時代、いじめられやすい。」と何かで読んだことがある。


それに中学時代の保健室登校。多分、この予想は大きく外していないはずだ。


ちなみに、アップが完了し、舞洲の準備ができた頃、女子の1000mが終わっていた。

トップは天王寺。さすが400m選手。。。の妹か。

中学女子の種目で400はない。

1000mは女子の中ではかなり速い。

3分18秒。

そういえば、50m走は2番だったな。


50mでトップってたのは舞洲と同じくらい背が小さい。。。姫島 ひめじまだっけ?





2人とも6秒台で走っていたと思う。女子なのに超絶速え。





そうこうしている間に、男子の1500mの番がやってきた。


熊取先生が事情を説明し、立候補した野球部とサッカー部、あとバスケ部の男子たちは何やらニヤニヤしている。





それもそのはず。


彼らは50m12秒で走った舞洲よりも1500m早くゴールしたら、前期の体育の成績は満点の「5」が約束されるからである。





いよいよ始まる。このとき初めて舞洲から声をかけられた。

「ラビット、よろしくね。」


それにしても、本番仕様の格好になると、オーラというか、凄みが出るよな。


何かカッコいい。


「「美海ちゃん頑張ってね!」」


と先輩2人がエールを送ると、舞洲はサングラスを頭にかけ、笑顔を浮かべて、シンプルに








「トップる。」



とピースサインを見せ、2人をキュンとさせた。










どんな感じで走ろっかな。


ちなみに今日の部活はジョグだけになった。これで後のことを気にすることはない。


わたしは、スタート位置に向かう道中、そんなことを考えていた。


わくわく7割、不安が3割くらいの変な感じがするメンタルコンディション。

何かやってのけてしまいそうな、自分に期待できる感覚。悪くない。


深呼吸をしよう。平常心を保つんだ。


何していいか分からなくなったときは、初心を思い出すのが鉄則。

息を大きく吸って、ゆっくり吐く。


そう。学校に行くのをやめた小学3年生のときに決めた自分の夢。


「カジキングのようになりたい。」


とはいっても、カジキングはどのようなレースでも対応してしまうスーパーマンだ。

今日はどのレースをイメージして走ろっかな。





、、、やっぱりアレがいいよね。確実性があって、タイムも出やすい。黄金パターン。





幸いこのレースにはペースメーカーがついている。ちょっと頼りないやつだけど。


全力で走るには十分すぎるご褒美まで用意されているんだ。

ずっと欲しかった、お父さんと同じスパイクを作ってもらうんだ。

中学のとき初めて手にした本物のスパイクと同じデザインのものを。


ヤバイ、顔がニヤけてしまう。いいタイム出たらどうしよう。

女子の1500mで4分30秒。このタイムは県大会の決勝は余裕で出場できるくらいのレベルだ。


場合によっては、さらに上のステージにも進めるかもしれない。

1500mを通して走るのは初めて。でも、1500mで結果を出すための準備は万全なんだ。




今日はなんかできる気しかしない。いつもより体の状態や感覚が手に取るようにわかる。こんな日はベストを出せる。


何よりも、誰よりも信頼しているお父さんができるって言っているんだ。できないわけがない。

自分もどれくらいのタイムが出るのか気になっていたし、そういう意味でも凄い楽しみなんだ。





ほっぺたを軽く叩いて気合いを入れスタート位置についた。


春の日差しが気持ち良い。太陽と春に芽吹いた花たちが良い香りをしている。



この時期特有の強い風も、今は落ち着いている。グラウンドコンディションは控え目にいって最高。




メンタル・フィジカル・環境。条件は揃っている。


あーーーー


「はやく」走りたい。








練習用のランシャツ・ランパン。髪をしっかり結び、足元はお気に入りのスパイク。

中距離専用の。そのモデルカッコいいよな。


これが彼女の戦闘服。本気モード。

ニヤニヤしていた男子たちもさっきと全然違う彼女の姿に驚いている。


奇妙な緊張感が漂う。

さっきまでのハイテンションとはうってかわって落ち着いている。


本練習前はいつもこうだ。


「On Your Mark!」の熊取先生の合図で、全員位置につく。








緊張するよね、この瞬間っていつも。







「パンッ!!!」


ちょっと間の静寂を壊すようにライカンの音が響いた。


スタート








一番アウトレーンから俺と舞洲は走り始める。どんなペースで走れば良いか分からず戸惑っている運動部連中を尻目に、先頭に出た。


100m通過。ちょっと速いかな。レースのときは楽に走っていていも予想以上に速いことがよくある。


大丈夫。いつもの感覚を思い出せ。舞洲のことじゃなくて、自分のことに集中するんだ。


スタートから時計が設置しているフィニッシュ地点までは300m。その通過のタイムは53秒だった。


ドンピシャ。オーダー通り。仕事ができる男、俺!



しばらくすると、御幣島先輩の可愛らしく力強い声で、


「67、68、69、70、71」と流し読みが聞こえる。


「400mの通過、71秒8!」





良いペースだ。





ただ、油断は禁物。1500mの最初の400mはいつもいい感じで走れてしまうもの。





2周目をどう走るかが大事だ。





このとき、俺の集中力はかなり高まっていて、1000mを3分フラットで通過することと、もしかしたらベストが更新できるかもしれない、ということしか考えていなかった。





完全に舞洲のことは忘れていた。後から思うと、自分のことに集中できたことが、結果として彼女にとっては良かったんだと思う。


とにかく、このままのペースで押していこう。





600mを通過した辺りで、少しきつくなってきた。ただ、まだこのペースでは走れる。いける。





フォームを崩さないように。腕の力を抜いて慎重に。丁寧に。





「800m!69、70、71、72!800mの通過72秒3!この800m2分24!」





御幣島先輩の流し読みを聞いて、テンションが上がる。きついし苦しいけど、まだいける。そう自分に言い聞かす。


もっといけるんだ。もしかしたらベスト出るかも?と期待するほど、調子の良さを感じている。


1500mの後半戦。3周目からはラストに備えてよりペースの感覚が重要になる。


ただ、全てが順風満帆にはいかない。





だんだんときつくなってきた。





でも、いいタイムが出るかもしれない予感も確かにある。


間もなく1000mに差し掛かる。そこで聞こえる熊取先生の低い声。





「公輔ぇ!1000mの通過、2分57、58、59、3分。


1000m3分01秒、ラストまでしっかり行こう!」





1秒過ぎちゃったけど、許して欲しい。まぁ誤差の範囲ってことで。





この100mを過ぎたらラスト1周。気張れぇ。俺。





このままのペースでいけば、ベスト出る!


息が苦しいだけでなく、足も重たくなってきた。


と、ネガティブなことを考えた瞬間、ゾっと寒気がした。


間もなく1100m。





そして、運命のラスト1周が始まる。












1000mで3分というと、かなりのハイペースだけど、自分でも不思議なくらい余裕がある。


呼吸は安定しているし、手足の動きも良い。

あぁ。コレ、ベスト出る。ラストスパート盛大に決まっちゃうな。



と前を走る公輔の背中を見ながら思っていた。






1000mを通過したあと、ホームストレートを走っていると、

わたしの名前が叫ばれているのがわかった。





あれ?2年生の先輩の声がする。授業中だよね?

応援してくれてるのかな?


と考えられるほど、質の高い集中と余裕があった。





「走るところ見てて。」



という決まった合図ではない、けどそんな願いをこめて。

今から凄いことをするから、きっとわくわくするから。


わたしのことを知っている先輩たちはちゃんと見てて欲しい。



そうやって、ラスト450mくらいのところで、

わたしは腕をだらっと脱力させた。


きっと、この場の誰よりもわくわくしているのはわたしだ。早くラスト1周になれ。




一番見て欲しい人はいないのが残念だけれど、良い報告ができるように走ろう。


そして、


ラスト1周の鐘が鳴る。








「来る!」


陸上部の面々は誰もが思った。同時に自分の気持ちが昂っていくのがわかる。



彼女は走りを切り替えるとき、腕を「だらん」と脱力してリラックスする癖がある。

つまり、これはラストスパートに入る準備モーションだ。




そのことに気づいた伊丹 ゆうはテンションが上がりながらも、同時に「自分の仕事をしっかりこなさないと」と緊張していた。手に汗が滲む。


公輔と美海がラスト1周に入る。




「カランッ!カランッ!カランッ!カランッ!!」



と、ゆうがラスト1周を告げる鐘を鳴らす。


この音を聞いて何も思わない中長距離ランナーはいないだろう。800m以上のランナーだけが聞くことができる最高の音。




2人の雰囲気が一気に変わる。というより、美海の走りに公輔が引っ張られている感じだ。

鐘が鳴った瞬間、美海の走り方が明らかに変わり、公輔の前に出た。





一瞬反応が遅れて美海についていく公輔。


レースが始まってからここまでは踵から接地する走り方をしていた美海は、フォアフット走法、簡単にいうと踵が付かない「つま先立ち」の走りに切り替えて、一気にペースを上げた。


腕振りもダイナミックになったせいもあって、一回り大きくなったような印象を受ける。

加速したペースは一度落ち着いたが、第2コーナーを抜けるときにもう一度加速した。





今までとは全く違うリズム。懸命についていく公輔。



一見すると不思議な光景だろう。小柄な女の子が、一般的な高校男児を引っ張っている。




ラスト200mの手前で公輔が離れそうになったのを見て、熊取先生はメガホンを使ってこう叫んだ。







「公輔ぇえ!男だろ!!」



どこかで聞いたことがあるようなセリフである。





そのセリフに応えるように公輔はスパートをかけた。美海の前に出て少し距離が開いた。


しかし、一定以上は開かない。美海もくらいついている。

このとき美海は、彼女自身も驚くほど冷静だった。


4×100mリレーの最終ランナーが経つ位置である、青いラインはだいたいラスト120m。それが勝負を決めるスパートをかける目印。



美海は力強くその青いラインを踏みしめ、今まで溜めていた力を全て解き放った。


コーナーを抜けるときは遠心力がかかって、いい感じにスピードが乗る。




一気に加速した美海は鮮やかに公輔を抜き去った。そのままスピードを殺すことなく、維持しながらラストの直線を駆け抜ける。


彼女の目の前には、もう誰もいない。競技場を独占したような感覚。



このとき美海は、


0.1秒でも早くゴールに飛び込みたい。


楽しくてしょうがない。


もっとペースを上げたい。もっと速く走りたい。


と思っていた。




このとき公輔は美海に引き離されながら「敵わないな。」と思った。





「一番きついときなのに、理想的なフォームで走る。あのブレない体幹を作るためにどんな努力をしているんだろう。」





才能ではない何かが彼女を動かしている。


彼女は最後に、腕を突き出して――世界陸上でカジキングがゴールしたときと同じパンチをするようなポーズで――ゴールした。






タイムは4分27秒86。





少し遅れて、公輔は4分29秒台でゴールした。





ゴールした彼女はその場に倒れこむと、喜びを噛みしめて笑いながら「あと、20秒か、、、」とこぼした。





いつだって彼女は自分の夢のことを一番に考えている。自分が出したタイムの価値を、意味を、正確に理解している。





倒れ込んだ美海に、ゆうと寧はすぐに駆け寄る。

本当凄ぇよ!感動した!などと声をかけながら。


何が起きたか理解できていない同級生たちは、ポカんとしながらその様子をただただ見つめていた。





公輔も倒れこんで、呼吸が整うのを待っていた。


こうして、公輔は自己ベスト(非)を更新し、美海は目標を達成して


ガチでめちゃくちゃな体力テストは幕を閉じた。


この体力テストは、公輔を含む何人かの生徒の高校生活に大きな影響を与えた。












やばい。これはやばい。

本当に開いた口が塞がらなかった。


陸上をやっていた者であればこのタイムの凄さは分かるし、陸上を知らない人でも彼女の凄さはわかるだろう。


1000mはあたしが一番速かった。そのあたしよりも1000mの通過は20秒近く速い。ラスト上がったことを考えると、もっと速いんだろうな。


感動した。





何だろう?彼女の走りを見ていると自分も走りたくなる感覚。








楽しそうに走るその姿も。1秒を削りだすあの執念も。





昨日まで自分が彼女に対してどう思っていたのかを思い出して、恥ずかしくなった。





凄い。。。という言葉以外見つからない。


自分もやっぱり、あんな風に走ってみたい。





「この気持ちに嘘をつきたくない」という感情がより強くなったのを実感した。











その日の夜。


天王寺家みんなで晩御飯を食べているときに、父親が尋ねてきた。


「れんちゃん、学校はどう?」



「まだ、入学して3日目だからわかんないよ。ただ、1つ決めたことがある。



あたし、やっぱり陸上続ける!部活にも入る!」





「本当っ!!?」と父親は机を叩きながら前のめりで言った。


もしかしたら今まで見た中で一番嬉しそうにしているかもしれない。実際ちょっと泣きそうな感じだった。


ただ、やっぱり陸上をやめる。と伝えたとき、怒るわけでもなくて凄い悲しそうな顔をしているのを知っていたから。あたしも喜んでくれて嬉しかった。





「でも何で部活に入ろうと思ったんだ?」


と父はシンプルな疑問をぶつけてきた。


「今日ね。学校の体力テストで凄い子がいたの。体力テストなのにスパイク履いててさ。その子の走りに感動しちゃって。種目は違うけど、あんな風に走りたいな。なりたいなって。」








「『舞洲 美海ちゃん』って子なんだけど。」





といった瞬間に、父親は飲んでいたみそ汁を盛大に吹き出した。





「『舞洲 美海』だって!?」と父親は咳をしながら確認してきた。








「えっ?お父さん知ってるの?」とあたしは困惑する。


知っているも何も。と父親は続けた。衝撃の事実を。











「美海ちゃんはアイツの!健太朗の!カジキングの娘だぞっ!!」








あたしは驚きのあまり力が抜けてお茶碗を落として、

漫画みたいに「ぇぇえええええっ!!??!?!?!」と叫んでしまった。





あたしが一目惚れした相手は、父「天王寺 将洋」よりも好きな陸上選手の、




一人娘だったのだ。






つまり、昨日の自己紹介で彼女は「陸上界の英雄と結婚することが夢」と言ったのだ。







むちゃくちゃだ。。。




もう。感動と驚きと。情報量が多すぎて混乱してきた。




ひとまずあたしは、明日は部活を見学しに行くと決めて、今日はいつもより早く布団に入った。

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