14 together with you [third part]


 その〝赤みがかる白い知性体〟がベルニに狙いを定めたのは、どうやら間違いではないようだった。

 ベルニの〝パラディン〟が頭部を向けた瞬間、竜も、その顔を──単眼を向けてきたのだ。

 単眼の下の歯並びの悪い大きな口腔が、歪んだ気がした。

 ──嗤ったのだろうか?

 だが、そんなことはどうでもよいことだ。

 ベルニは〝パラディン〟をゆっくりと近付けさせていった。

 知性体の竜の周囲には、大きな強個体種が数体、取巻いていたが、そいつらは知性体の指示があるのか動きはしなかった。

 どうやら一対一の決闘Duelを所望らしい……。


 ベルニは、あらためて自分と対峙する〝赤みがかった白い竜〟を見た。

 大きい。

 側に控えさせた強個体種と比べても遜色のない巨躯だった。前肢は通常の竜に比して大きく、膂力を感じさせた。蝙蝠に似た大きな翼は二対──四枚もある。そして背中の後ろからの伸びる尾は二本あった……。

 こいつは知性体であると同時に、強個体種の戦闘力も持ち合わせているように感じる。

 もしそうなら、厄介な個体だ。

 知性体の狡猾さと、強個体種の戦闘力、そして強靭さとを合わせ持った竜…──。

 こいつもあの〝青白いヤツ〟と同じように、あの不思議な能力を使えるのだろうか……。


 ベルニは手にした重機関銃オチキスを向ける。

 決闘であるなら相手の出方を待つのも手だが、その余裕は無いように思った。純粋に、この獲物は〝強い〟、と感じたのだ。


 ──…守ったら…られる……‼


 本能が感じ取ったその思いのままに、ベルニは銃口を向け、引き金を引いた──。



 乾いた音と共に銃弾が吐き出される。

 次の瞬間、それまで〝赤みがかる白い竜〟の居た空間の背後で、石畳が割れて飛んだ。

 躱された。


 ──速い!


 重機関銃オチキスの最初の点射による火線を、そいつは身を翻して掻い潜ると、そのまま地を這うように接近してきた。……その動きは、普通の強個体種の竜よりも速いと感じた。

 そのとき、ベルニは〝パラディン〟に距離を取るよう後退させるのではなく、一歩を踏み出させている。

 長引かせても有利にはならない…──そう告げる経験と本能に、ベルニは従った。


 知性体が下から撥ね上げるように繰り出す前肢を、FPAの左の肩を当てて受ける。竜の鋭利な爪が火花を散らし、肩の装甲に喰い込んだ…──だが、浅い。

 ベルニは、イングレス製の筋繊維に換装され強化された瞬発力を活かし、左の二の腕をたたむと、突き込むようにして肘打ちを加えた。

 知性体の竜の巨体がわずかに退く。

 この隙に付け入らねばならない……。


 第7世代機ほど胴体部の可動域を大きく取れない古い設計の〝パラディン〟は、その態勢では次の手がどうしても遅くなる。まして得物が重機関銃オチキスだ……。銃身の旋回半径が恐ろしく大きい。それでも半ば相打ちを覚悟して銃身を回した。

 やはり、どうしても一手が遅くなる。HUDの端に二本ある竜の尾が躍るのを見た。

 大きく振った一本で身体の均衡バランスを保った竜は、もう一本を振って〝パラディン〟の胸部──ベルニの身体が収まる胴体──を狙い、直線的に繰り出す。銃口が向くのが間に合うとは思えなかった……。


「……っ…ぉおおおぉぉっっ…──‼」


 それならそれで構わない。この一撃を受けた後となっても、重機関銃オチキスの連射を叩き込むまでだ。

 一秒の何分の一かの時間の中、ベルニと竜は、殺し殺されるということを共有し、ほんのわずかの差で──…ベルニが勝った……。


 ──その瞬間、〝そんなことはあり得ない〟と戦士の感覚が訝しむ中、ベルニの重機関銃オチキスは数瞬早く竜を捉えた。

 銃口が火を噴き、吐き出された弾丸が、知性体の左の翼から胴体にかけて降り注がれる。

 それらは竜の翼を突き破り、あるいは硬い鱗に突き刺さりはしたが、致命傷とはならない。

 体内で爆ぜる『炸裂弾』ではなく、対竜用の兵装としては標準的な『徹甲弾』だからだ…──守備隊の重機関銃オチキスに『炸裂弾』は用意されていない……。

 ベルニは、弾倉の残り──二十数発を撃ち切るまで引き金を引いた。


  *


 先にベルニと知性体の竜とが相見あいまみえたとき、知性体の竜の尾が、ついに彼に届かなかったのには理由があった──。

 繰り出された尾は、その竜の頭部を狙撃した何者かの銃弾をはじいいて防ぐため、いままさにベルニの〝パラディン〟の胸を捉えようという直前ときに、その軌道を変えさせられたのだ。


 ゲール国防軍テオ・グルントマン特務曹長は、ゲールの誇るFPA〝ヴィルデ・ザウ〟の右腕の竜撃ち銃D-ゲヴェールを下ろすと、胸部装甲の内部なかで静かに息を吐き出した。

 望遠にしたカメラの捉えた視界の中で、ガリアの〝青い肩AZUL〟が、赤味を帯びた白い竜──知性体だろう…──に、至近距離から重機関銃の連射を与えている。

 最後に大物を仕留め損なったが、これはこれで満足すべきだろう……。少なくとも援護にはなった。

 グルントマンは最後の1発までを撃ち終えた竜撃ち銃D-ゲヴェールを放ると〝ヴィルデ・ザウ〟に軽機関銃を握らせ、きびすを返した。

 後はこの場を立ち去るだけだ。もっとも、この竜の囲みの中から逃れることができれば、だが…──。


  *


 ベルニは、反動で暴れる重機関銃オチキスの重くて長い銃身を竜の頭部へ向ける。

 火線が竜の頭を追っていく。

 が、竜の方も黙って狙われてやるいわれはないのだから、四枚ある翼をのうちの二枚で頭部──単眼がほぼ唯一の弱点なのだろう──を守りつつ後方に跳んで距離を取ろうとする。

 ……やはり、銃撃は竜の頭部に集弾する段になって、途切れた──弾丸たま切れだ。


 ──チィ……ッ


 ベルニは動きを止めはしなかった。

 残弾の無い重機関銃オチキスを放ると、25ミリ携行砲に持ち替え、大きく翼をはためかせる竜へと向ける。翼の左の翼の付け根を狙った。


 訓練された集中力と瞬発力に、奇跡が応えてくれた。

 放たれた徹甲弾が狙い違わず翼の付け根の骨を砕き、それを動かす機能を奪った。

 知性体の竜が安定バランスを崩し、もんどりをうって地面に落ちた。

 すかさずベルニは〝パラディン〟を竜へと近付けさせ、右手首の弾帯から、最後の一発を装填する…──。


  *


 ポネットは〝侯爵夫人ラ・マルキーズ号〟を、安全な高度にはギリギリと言える高度で、ペロンヌの市街を左手の側に見て緩く大きく旋回させていた。

 機長席側の風防の先に、左肩を青く染めたベルニの〝パラディン〟を見る。

 我らがガリア竜騎兵は、どうやら目の前の白い竜を追い立てているように見える。


 ──ベルニ……そんなのは放っておいて、早く逃げ出しちまえ……。


 そんなことの出来ない友人であると理解してわかっていながら、それでも、ポネットは、そう心に念じた。



 同じ情景をグレースは一心に見ている。

 窓の下の地上──、彼は竜の群れの中で戦っている。

 〝わたし〟のために、彼は〝逃げない〟ことを選択したのだろうか……。

 最後に〝わたし〟に『許して欲しい』と言った彼に、わたしは答えを伝えられていない…──。


  *


 ベルニは残り1発となった25ミリ携行砲の必中を期して、〝パラディン〟を知性体の竜に近付けさせる。訓練された正確な動作で装填を終える。

 が、獲物の竜が体勢を起こす前に仕留めようという気が勝ち過ぎたらしい。

 気付いたときには竜の繰り出す尾が装填を終えたばかりの携行砲25mmの砲身に巻き付いており、次の瞬間には砲身は簡単にひしゃげ、使い物にならなくなっていた。


 ──クソッ ……焦ったか。


 ベルニは〝パラディン〟に携行砲25mmを捨てさせると、左の袖口に仕込まれた──増加装甲との隙間に収められた──〝短剣ダガー〟を、逆手に引き抜いた。

 ──イングレスの部材で〝パラディン〟が改修が施されたとき、のため、とポネットが〝グレムリン〟のそれを装備したのだったが……、まさか本当に使う羽目に陥るとは……。

 しかし、もはやベルニには他に武器が残っていない。

 もちろん、この刃を使いこなすのに〝異能〟が必要なことを、知りもしない……。


 知性体の竜の方は満身創痍となっていた。

 重機関銃の連射を至近距離から浴びたのだ。その外皮はタングステンの弾丸で抉られ、四枚ある翼のうちの一枚はボロボロに千切れている。また、他の一枚は付け根の部分の骨を砕かれ、動かすこともできなくなっていた。

 だが、それにも関わらず、竜の強靭な生命力と旺盛な破壊衝動は、いささかも失われることはなかった。

 ベルニの〝パラディン〟が〝短剣〟を振り上げるよりも早く、もう片方の尾が彼のヨロイの左脚に巻き付いていた。

 そのまま引き倒される──。そうしてから竜は、バネ仕掛けの機械人形のように身を起こした。


 ──くそ…… 今日の俺は、どうにも冷静さがないな……。


 地面に倒されたベルニは、頭部のカメラを竜に向けた。

 HUD越しの知性体の竜は、その狡猾さと慎重臆病さを思い出したのか、安易に近付く様子は見せない。竜の冷たい単眼が、じっとこちらを窺っている。

 これでは右手の〝短剣〟は、あの単眼に突き立てることはできなさそうだ。


 ふと、死を覚悟した自分に気付いた。


 ──グレースは、俺のために、あの綺麗な声で、歌ってくれるだろうか……。

 そのときの彼女の表情かおを思い描くことができない自分は、やっぱり卑怯者なんだろうか……。


 そんな想いは激痛によって阻まれた。

 左脚に絡みついた尾に、FPAの脚ごと締め上げられていた。

 しばしの間耐えてくれたFPAの装甲が拉げると、骨格と人工の筋繊維ごと、ベルニの左の脚は潰れた。


 ──……がっ……ああっ!


 激痛に喰いしばった奥歯の奥から声が漏れた。

 右手が勝手に動き、〝短剣〟を尾に突き立てていた。──刃は硬い鱗の前に、簡単に折れてしまった……。

 失意のうちに意識が遠ざかる。

 人生で初めて経験する激痛の中で、意識が飛んでいこうという中で、ベルニは、姉と、妹と、少女の面影に、もう一度謝ることにした…──。


  *


 ペロンヌ上空を旋回する〝侯爵夫人ラ・マルキーズ号〟の操縦室──。

 ポネットは、窮地に陥ったベルニの最後を見届けることをしない自分に怒りを覚えつつ、水上機の機首を北へと転じることにする。

 もう、どうすることもできない……。

 やるせない思いが、常は陽気な男の口を閉ざさせた。



 貨物室キャビンでは、機上から地表を見るグレースの変化に、双子の兄のロイが気付いている。

 一心に意識を集中するグレースを訝るように視線を向けたロイは、彼女のやろうとしていることを理解しかねて、そのまま口に出して訊いた。

「──…グレース? いったい何を…──」

「彼を……ベルニの身体を引き上げる……」

「…………」

 それには、ロイならず他の同乗者の表情かおも曇る。

 恐らくこの場で最も強力な〝異能〟を操ることのできるであろう、ダークエルフのアイナリンドが、憐れみの目で兄妹を見ている。

〝そんなことは無理だ……〟 ロイも、そう思っている。


 エルフ族やそれに近い種が発揮する〝異能〟とは、空子の揺らぎ──〝意志の力〟から切り離れた物質の挙動──に働きかけることで、この世界の理の中の〝一つの結果〟として発現する。

 したがって〝異能〟の力は、空子の揺らぎのない、意思の力そのものとも言える生命の宿るモノには、ほぼ働かないのだ……。

 少なくともこの二千年間、竜を除いてそんな奇蹟を起こしたものはない。


 どんな言葉を掛けようか逡巡するロイの中に、グレースの声が直接届いた。


 ──手伝って…ロイ……。


 人間ひとりを〝移動させる〟のに、いったいどれほどの代償が必要なのか、正直、見当がつかない……。出来るとも思えない。

 でも、それでグレースが納得するのなら……。

 ロイはグレースの送る理力に、自分のそれを重ねてやることにした。



 同じ声は、操縦室に座るデイジーにも届いている。

 デイジーは、自分に最も近しい、己が分身ともいえる存在からのただ直向ひたむきな想いに、やはり逡巡するしかなかった──。


 ──お願い、デイジー……ベルニを助けて あなたの理力でわたしを援けて……


〝無駄よ……《異能》で、人ひとり、空間を越えて移動させるなんて、とてもできはしない……

 そんなこと、意思を持たぬモノを跳ばすとしてさえ、いったいどれほどの理力を《力の泉》から汲み上げる必要があるか……。

 下手をしたら《泉》が涸れてしまうかも…──〟


 ──構わないわ……


〝あなた、それがどういうことか、わかっているの?〟


 ──力の源泉のすべてを失っても構わない そんなもの、始めからいらなかった わたしはエルフじゃない ヒトでもない…… あなたに造られた道具兵器でしょ?


 デイジーは言葉を失った。

 そうじゃない……確かにエルフでなくヒトでもないかも知れない……でも、道具じゃない……。

 少なくとも、わたしにとって、あなたは…──。



 ──あなたを責めてるんじゃないの あなたがわたしを愛してくれていること、知ってる でも、わたしはあなたのようにエルフじゃない……エルフであることよりも、ベルニのそばにいたいの ……あなた以外での他に、わたしのこと、好きだと言ってくれた彼に、わたし、ちゃんと応えられてない


 デイジーは、グレースにとっての彼の存在を、ようやく理解した。ベルナール・ロランは、グレースにとって初めての、〝外の世界〟を教えてくれた存在…──。


 ──わたしは、彼の〝いのち〟が欲しい わたしの声をキレイだと言ってくれた彼を……わたしに死ぬなと言ってくれた彼を、失いたくない ちゃんと、彼に乞われた許しに応えて……わたしも許しを乞いたい


 グレースは、初めてハッキリと自分の想いを示してみせたグレースに、デイジーは息を呑んだ。


 ──お願い わたしに力を貸して


 デイジーは、グレースのその一途さを羨ましいと感じつつ、同じ女性として答えを出した。


〝わかったわ でも、約束してちょうだい ──もし、願いが叶わなかったとしても、彼をおって死のうとは思わないで……〟



  *


 意識が飛んだ後のベルニは、どことも知れぬ〝空〟に漂っていた。

 もう、何の感覚もなかった。激痛の収まった左の脚から、全てが流れ出ていってしまったかのようだ……。


 ──このまま薄まっていって、俺は、俺でなくなる……の…か……。


 薄れていく感覚の中で、微かに自分を呼ぶ声を聴いたように思えた。

 目を開けると──そう出来るのが不思議といえば不思議だった…──碧い目をした天使のような少女が伸ばす、細い白い手が見える。

 ベルニは、もう一度、キレイだと思った。


 ──これは、奇蹟なんだろうな……


 彼女が天使だということはわかっている。

 あの日に聴いた歌声は、確かに天使の声だったのだから……。


 ──あちらに逝くのなら、天使に引かれていった方が、いいよな……。



 ベルニは、そんなふうに思いながら、天使グレースの手を取った…──。





                            ── To the epilogue...

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