8 trapped or saved


『──ベルニっ!』

 グレースのその切羽詰まった声を聴きながら、ベルニはHUD越しに流れて行く竜の単眼一つ目を見返しつつ、漠と思っていた……。


 ──…グレース……

 君の歌声は、本当に綺麗だった……

 ごめん……、あの〝約束〟は……

 どうやら守れそうにないみたいだ…──。


 眼前の竜の、一切の情動を感じさせることのないその冷たい単眼一つ目を睨み返しながら、身動きが取れず無防備となった身体からだを固くして、ベルニはそのヽヽ瞬間を待つ……。

 竜の尾が鎌首を擡げるのが見える。


 だが、その瞬間が訪れることはなかった。


  *


 グレースは必中を期したライフル弾が外れたことよりも、ベルニが竜に後れを取ったことに動転していた。

 強個体種の尾の一撃は〝パラディン〟の装甲と言えども貫くだろう。


 この様なときには、いったいどうすればいいのだろう?

 身を挺して庇うのには、間に合うだろうか……?


 訓練された状況の取捨選択が、いまは上手くできない。

 対面の知性体のことも忘れて、グレースは只々混乱していた。


〝──大丈夫……〟


 ロイの声がした。


〝──…彼は死なせやしない。

 僕に任せて、正面から意識を逸らすんじゃない…──〟


  *


「うわあぁぁぁ……っ‼」

 自分自身の心を揺さぶるようなグレースの激しい感情のうねりの中で、ロイは〝グレムリン〟の機体を〝パラディン青服のFPA〟正面の竜のその褐色の体に左肩からぶつけていった。


 不意を突かれた竜はロイの〝グレムリン〟に押し倒され縺れる様に地面を転がることになったが、その際には右の前肢の爪を〝グレムリン〟の左側の首の根本に突き立てている。そしてそのまま、ロイのFPAヨロイの左上半身を縦の方向へと引き裂きに行く。

 強個体種の膂力に、第7世代のFPAの中でも殊に小型・軽量の部類の〝グレムリン〟の装甲は〝紙切れ〟のような脆さで破断・剥離することとなり、そのただの一撃だけで内部なかに収まっていた搭乗者ロイの半身は露わとなった。


「──…ぅぉおおおっっ……っ‼」

 ロイはそれでも構わずに、引き裂かれた前面胸甲から覗く──まるで少女のような──その顔を紅潮させ、雄叫びと共に右手の7.7ミリヴィッカースを竜の単眼へと突きつけ引金を引き絞る。

 強装弾のその連射は──またしても信じ難い……と言うより〝あり得ない〟…──ことに、淡い光球に包まれた竜に弾着することなく、その背後へと逸れていった……のだが、その瞬間に何かを感じ取ったロイが集中の度を増すよう目を細めていく。

 それで〝異能〟が発現した。

 直後、竜の纏った目に見えぬ障壁に弾かれていた7.7ミリ弾が、自ら震えるようにその障壁に侵入していく……。そして一度ひとたび壁を突き破るや、次々と竜の単眼へと突き刺さっていった。

 竜は断末魔の呻きを上げてのたうち、息絶えた。


  *


『──…グレース! 戦場で余計なことは考えるな!』

 グレースは、隊の通話周波数に設定された通話機から隊長のロジャーの叱責の声を聴いた。

 それで意識を戻した彼女グレースは、〝グレムリン〟の狙撃銃に最後の一弾を装填させると、知性体の方へと改めて意識を向け直す。

知性体白いのる……援護してくれ』

 ロジャーのその指示を聞き終えるよりも早く、グレースは砲身を知性体の竜へと向けていた。

 視界の中に、青白く輝く知性体の竜と、それに向かって駆けて行くロジャーの〝グレムリン〟の姿を確認する。

 知性体は横合いから接敵してきたロジャーに向き直りつつも、グレースへの警戒を決して解いてはいない。グレースにもそれは感じられた。


 ロジャー機が一気に距離を詰める。

 グレースは狙撃眼鏡スコープの中心に知性体を収めると、引金を絞る際、彼女はロイがしたように目を細め、自らの〝異能〟を呼び起こす。

 すると、狙撃眼鏡の中の知性体が、つと前肢を、ベルニの〝パラディン〟の方へ向けた…──。

 それで、その一瞬だけ、グレースの〝集中〟は切れてしまった。

 一拍を置き放たれた20ミリ弾は、あの燐光を伴う見えない装甲に弾かれ、あらぬ方向へと逸れていった。ベルニの〝パラディン〟に、何が起こったということはない。

「…………」

 その結果──最後の弾丸の行く末──に、グレースは息を飲み固まってしまう。

 竜が嗤ったようだった……。


 ロジャーは内心でだけ舌打ちをすると、自らの〝グレムリン〟に左手の短剣ダガーを突き立てるようにさせて青白いヤツ知性体へと躍りかかる。右手の7.7ミリヴィッカースは使う心算つもりはなかった。

 知性体の方は前肢をロジャー機に向けた。淡い燐光と共に球体が出現する。

 一瞬だけ球体は〝グレムリン〟の勢いを受け止めたようだったが、ロジャーが短剣の切っ先に意識を高めると、じりじりとその切っ先が球体の内側へと侵入していく……。


 一方知性体の竜は、〝グレムリン〟の左腕に球体の内部に侵入されるや、その身を躍らせた。

 大きく距離を取ったかと思うと、その大きな翼膜で身を包むようにした知性体の身は周囲の景色に融け込んでいき、次の瞬間には忽然と姿を消していた……。


 ──跳躍? 逃げたのか…… さすがに判断が早い……。


 ロジャーは〝グレムリン〟の短剣を下ろさせると、グレースの方を向いた。


  *


「──…ロジャー…… わたし……」

 HUDの中でロジャーの〝グレムリン〟が向き直ると、自分自身に戸惑うふうにグレースは口を開いた…──。


 こんな事──戦いの中で一瞬でも集中を乱される事なんて、これまで一度だってなかった。

 責められても仕方がない。


 そんなグレースにロジャーが何かを言う前に、通話機がロイの声を拾った。

『──…グレース、軍曹ベルニの〝パラディン〟を起こす。手伝ってくれ──』

 見れば、上半身の半壊したロイの〝グレムリン〟が、麦畑の跡地に尻もちを着いていたFPAを助け起こすべく、残る右手を〝パラディン〟へと差し出していた。

 前部装甲が裂けて搭乗者の上体が露わとなった上に左腕を失っているロイ機は、右腕とその手に持つ7.7ミリヴィッカースこそ使えたものの、もうこれ以上の戦闘には耐えられないことは明白だった。チャド機に続き、小隊にとって2機目の損失である。

 そのロイの機体と共にベルニの〝パラディン〟を助け起こしながら、グレースは自分の不甲斐無さに目線を落とした。


『……グレース、無事か?』 

 通話機がベルニの声を拾った。彼は無事らしい。

 グレースは改めて安堵すると、通話機越しの遠慮がちなその声に、〝グレムリン〟に小さく左手の親指を立てさせて無事を伝えた。


 それからロイの方を向き、ポツリと言う。

「──ロイ…… ありがとう」

『──……別に… 兄としては、妹の泣く顔は見たくないからね……』

 通話機越しのロイの声は、何でもない事のようだった。『──それに軍曹ベルニと〝パラディン〟は、現在いまの隊には必要な存在だ。この結果には満足できる。小隊長ロジャーだって、そう思ってるよ…──』


 ロイは、そう言って妹を落ち着かせながら、ふと心に浮かんだ言葉は呑み込んでいる。

 ──それに彼と違って、〝僕〟なら代替かわりが利く……。

 彼女いもうとにその思考ココロ読まれてヽヽヽヽいないことを願いつつ、ロイは彼女グレースと同じ造りの顔で笑ってみせた。


『──…全員聞け……』

 その小隊長が、兄妹ふたりの会話に割り込んできた。ベルニを含む全員に指揮車からの通信通話周波数を指定する。


『〝…──繰り返す、ロジャー分隊は現在、曲射砲の射爆域内にある…… 40秒後に着弾……空子標定機ロケーターに着弾予想の情報を送る、全力で回避せよ、繰り返す──〟』


 冷静なエルフ女アイナリンドのひと際冷静なその言葉に、HUDを失っているロイを除く全員が再描画リフレッシュされたロケーターの表示域に視線を遣る。


 そこには、この荒野へと飛来する砲弾とその着弾予想地点とが標示マーカーとして映し出されており、弾着までの時間が刻々と減っていっていた。


  *


 話は少し巻き戻る──。


 アシュトン博士ら一行を乗せた指揮統制車と4機の〝グレムリン〟は、イングレス・コマンドスの3体の〝ゴブリン〟に先導されて安全圏の街区に入るや、陣地内で誘導に当たった〝ゴブリン〟から衝撃に備えて機体・車体を固定するように指示をされていた。

 それぞれに上体を屈めた〝グレムリン〟の中心で、ひと際車高のある指揮統制車に〝ゴブリン〟がワイヤーを渡して車体を固定し始める。

 手際がいい……。


『…──〝砲撃がくる、衝撃に備えよ ……繰り返す、砲撃が来る、衝撃に…──〟』

 状況の説明を求めても最低限の指示しか寄越さない彼らに付き合うことを止めたアイナリンドは、露天銃座から梯子タラップを一跳びで車内へ戻ると空子標定機ロケーターの制御盤に素早く取り付いた。

 ロケーターが機能をし始め、周辺の状況を拾い始める。

 周辺は相変わらず〝敵性〟を示す赤い標示に染まっていた。


 ──砲撃と言った…… 海から?

 いいえ、いくら何でも届かない…… 北か… 東…──


 アイナリンドは素早く制御盤を操り、ロケーターの表示器スクリーン表示域スケールを一気に広げた。


 ──これか……?


 90㎞──現状の実用上で最大域である──の円にまで拡げられた表示域の中、ほぼ真東の方位、距離4万2千メートル(42㎞)の位置に飛翔体が現れた。

 アイナリンドはこれでヽヽヽ確信を得た。

 毎秒約1千メートルで接近する物体…──、ほぼ28センチ砲弾に間違いないだろう……。


 背後にドゥミ伍長の気配を感じた。彼は表示器スクリーンの標示を読み取ると慎重にエルフ女に質した。

「──射程40㎞…… 28センチ砲、なのか?」

「…………」 ダークエルフの女アイナリンドの方は、いっそ簡潔に応えた。「──ええ。28センチ砲……」

 連合国軍──イングレス、ガリア何れの軍も、射程40㎞を超える陸上大口径火砲を実用化できていない。欧州でのその代名詞──28センチ砲──を持つのは、ただ一国だった。

「じゃ、ゲール…か……」


 彼女はそれには答えずに通話機のスイッチを入れた。アシュトン博士の顔は見ずに落ち着き払った声で子供達ハーフリングのリーダーを呼び出す。

「指揮車よりロジャー分隊、指揮車よりロジャー分隊…… 〝分隊は現在、曲射砲の…──〟」


  *


 初弾の弾着は、ほぼ空子標定機ロケーターの標示した予測地点と重なった。


 着弾するや大量の土砂を噴き上げ、周囲に吹き荒れた爆圧が竜どもをなぎ倒す。

 その噴煙は40~50メートルは立ち昇ったろうか。

 後には直径10メートル、深さ4メートル程の大地が穿たれ、大量の竜の死骸──例えこの時点で死んではいなくとも同じことだ。すぐにそうなる…──が〝散らばる〟ことになった。


 ヴァシニー郊外の鉄道支線から展開した4両の〝28㎝列車砲K5クルップK5〟が、その破滅的な力を解き放つために目覚めたのだ。


  *


 ベルニとグレース達一行は、ロケーターの着弾予測に基づいて十分に距離を取れる退避経路を選択したのだったが、それでも予測を外れた第3射が近い距離に落着した。その爆圧と熱と大量の砂塵の流れは凄まじく、視界を奪われ足を取られそうになる。

 生身の半身が外部に露出しているロイは、着弾の瞬間には──ロケーターの標示頼みであるが──背を向ける必要があり、一行はロイを庇って足を停めねばならなかった。

 とくに剥き出しの身体を爆風から護るには〝パラディン〟の増加装甲はあつらえ向きで、ロイは大柄なガリア製のFPAヨロイの影に半壊した〝グレムリン〟をしゃがませてその身を護った。


 そして着弾からの数秒──。

 〝圧〟を感じた後には、もう周囲の風景は一変していた。

 巻き上げられた土砂と共に、バラバラに千切れ飛んだ竜の体が降ってくる。

 その振動と音は確かな重量感を伴っており、着弾点より5~6メートルの円形の陥没クレーターから、その周囲の地表面にかけての広範囲の大気を盛大に震わせた。


 その大気のざわめきに耐えながら、ベルニは思った。

 ──教会の鐘のが、頭中に鳴っているようだ……。


 やがて何とか空気の流れもおさまり、騒めきが静まってくる。

『──…あり…がと……う……』

 吹き曝した猛烈な熱と風とが完全に止むよりも前に、ロイは苦し気にケホケホと咳込みながら何とかそう言ってきた。

『ロイ……』

 通話機が、グレースの気遣わし気な声を拾った。

 何とかしのぎはしたが、これを何発も繰り返されることになればロイの身体はたない。それは明らかだったが小隊長のロジャーはすぐさま前進を命じた。

『──北だ! ともかく北に向かって走れ! 急げ!』

 HUDのロケーターの表示域には、新たな着弾予想地点が現れており、その数を、三つ、四つと増やしている。『修正射』が終わり『効力射』に入った砲列が〝全力砲撃〟に移行したらしい。

 一行はここに立ち止まっている訳にはいかず、安全圏を目指して街道の北上を再開した。

 もうここは危険な場所だった……。


 幸い、先の第3射以降の着弾は南──ベルニら一行の進行方向とは逆方向──へと移動していった。竜の群れを南へ南へと追い落とすのが狙いの様であった。

 周囲の竜は、一先ず脅威ではなくなっている。

 時折、公算誤差を大きく外した着弾に見舞われつつも、一行は安全圏を目指して北上を続けた。


 周囲──とくに南側の荒れ野──には累々と竜の死骸が転がることとなった。

 あれ程居た竜の姿は、この時にはもうどこにもいない。それぞれが本能に従ってこの場を逃げ去ったようだ。


 そうしてベルニとグレース達一行は、安全圏と伝えられた街区へと入った…──。


  *


 街区の陣地内に入ったベルニたちは、出迎えのコマンドス──〝ゴブリン〟2小隊(=18機)に向けられた銃口に、それぞれのFPAの腕を上げさせて抵抗の意思のないことを示させることになった。

 一足先に武装解除をさせられたチャドらが、降着姿勢のそれぞれの〝グレムリン〟の前で手持ち無沙汰の態で立たされていた。指揮車の前には反抗的な表情かおのドゥミ伍長とアイナリンドが腕組みをしており、アシュトン博士は、そんな彼らから離れた位置に、コマンドスの指揮官と共に立っていた。


 もうこの時には、ロジャーたちにもベルニにも、何が起こっているのか大凡おおよその察しはついていた。

 〝ゴブリン〟の1機が、除装するよう身振りゼスチュアで示した。

 ベルニらがそれに従いFPAを除装降着させていると、陣地のすぐ近くに隣接する通りへと観測機グライダーが滑空をしてきて静かに着陸した。

 〝ゴブリン〟やその周囲のイングレス・コマンドスの制服姿の者が直立の姿勢となり、右手をピンと胸の位置で水平に構えてから、掌を下に向けた状態で腕を斜め上に突き出す仕草をした。

 ──〝ゲールの忠誠〟と呼ばれる古い礼式の敬礼だ。


 周囲の兵がその〝ゲールの忠誠〟で迎える中、グライダーから姿を現したのは、黒地に朱の意匠のゲール国防軍の制服を着た女性であった。

 女は、やはり〝ゲールの忠誠〟で応えた後、兵卒の一人一人に頷いて応えるように視線を巡らせると、最後にアシュトン博士を向いて嫣然と微笑んだ。

 博士が人の良さそうな笑みを浮かべて軽く会釈を返すと、女はそちらの方へ近付いて行った。


 ベルナールベルニ・ロラン上級軍曹は、アップルビー中尉に頼まれたことを実行せねばならなくなったことを知り、またそれが甚だ難しくなったことを理解した。





                         ── Continue to Episode 3...

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