A blue-eyed daisy swaying in the wind

もってぃ

episode 1

1 Paladin and Gremlin


 春。欧州本土エウロペ──。

 ノルマンディーのはずれに位置するジヴェルニー近郊のとある小さな町──いや……〝町だったヽヽヽ〟場所。


 うららかな陽射しの下で息を殺している男がいた。

 男は〝鎧〟を纏っている。


 巨大な〝鎧〟だ。

 全高は2.5メートル。──その外見こそ〝中世の騎士〟を連想させる意匠ではあったが、その内容は全く異なるものだった。

 着用した人間の細かな動きまでをトレースし増幅して再現することのできる、マスタースレイブ方式の完全装甲強化外骨格フルプレート・パワード・アーマー――略称で、FPA。


 それを着込んだ者は、大きな膂力パワーと優れた知覚の恩恵を得られ、小火器程度は楽に防ぐ装甲に護られることになる。

 数に頼るしかなかったヒトが、亜人種の異能に対抗するために科学と工業から生み出した発明品──〝兵器〟だった……。


  *


 〝亜人種デミヒューマン〟──それは、差別用語だ。〝ヒト〟――最も弱く、何らの特異な能力ちからもなく、短命ながら、それ故だろうか、数だけは他の種族を圧倒しているそれヽヽから見た、〝別の人間ひと〟を指した蔑称。


 エルフ、ドワーフ……、巨人族タイターン

 かつては隣人として、共に平和に共存していたことが大昔の夢物語に思えるくらいには、この世界の歴史は血に塗れている。


 争いがいつ頃始まったのかは知らない。なぜ始まったのかも……正直、わからない。


 ──…〝大戦〟があった。

 ヒトと亜人種。お互いの生存権を賭けた〝この世の終末アルマゲドン〟。

 何十年も続いた戦争だった。この先何十年も続くと思われた……。



 が、しかし、現在いまは〝状況〟が変わっている──。


  *


 欧州におけるガリア共和国──正しくは〝第三共和制ガリア国〟──の命脈は、すでに〝風前の灯〟だった。

 亜人種との戦争に負けて、そうなったのではない。

 むしろ緒戦の劣勢をFPAの大量投入で挽回しつつあった戦線の背後から、突如襲ってきた異界からの異形の存在──〝竜〟に追い立てられての結果だった。


 〝竜〟──ドラゴン──とは、30年ほど前に何処からともなく現れた〝異界の生物〟のことを指す。

 その姿は巨大なトカゲリザードで、全身が焦げたような色合いの硬質の殻に覆われていた。後ろ足は野生の獣を思わせる逆関節。前脚は長く、細く、翼膜が張り羽ばたき空を舞う。それこそ幻想世界の竜そのものだったが、長い首の先、牙の覗く巨大すぎる口の上の目玉は〝単眼ひとつきり〟だった。


 彼等は〈ゲート〉と呼ばれる〝異界の門〟──それが何処に繋がっているのか、本当のところは誰にも解らない。調べに行った奴は誰も戻ってこないのだから……――から這い出て来た。


 当初ヒトをはじめ〝人類〟は、各々に〝北大西洋の海岸線〟と〝ウラル山脈-カスピ海ーコーカサス山脈-黒海を結ぶライン〟に防衛ラインを引いて〝竜〟の侵入に備えたのだったが、しかし程なくして、際限なく湧き出てきて捕食の為というわけでなくただ本能のまま襲い来る、という災害のような竜こそが、人類共通の敵となった。


 拳銃弾くらいなら軽く弾き、小銃弾ですら耐え得るという硬い鱗に覆われた、全長3メートルという化け物が群体でただヽヽ襲ってくるのだ。そんな脅威──まさに〝脅威〟──の前に、人類同士で争っていられる余裕などあるわけがない。〝竜〟とは、そういった存在であった。


 そんな竜どもと〝共闘〟相なった人類との戦いが膠着し、大西洋とウラル山脈から黒海にかけての東西の防衛ラインが機能し始めた矢先、ガリアの地に地獄が出現することになる。

 竜は、白アフリカ・テラ北部アフリカから地中海を超えて侵入を果たしたのだ。そして南部ガリアに橋頭保を築くと、瞬く間に無限とも思える群体を繰り出しガリアの地を圧迫していった。


 南ガリアへの侵入を許してから20年を経た現在いまでは、竜の活動圏はドーバー海峡の沿岸部にまで達し、ガリア共和国は〝イングレスとガリアの間の海海峡〟へと追い落とされようとしている。


 なぜこれほどまでに大量の竜がガリアに出現したのか。それは謎だ。

 或る者は新たな〈ゲート〉が南ガリアに開いたのだと言い、また或る者は地中海を渡って来たのだと言う。

 しかし本当のところは、誰にも解らない。当地に調査に赴いたものは、結局、誰一人として帰って来はしなかったのだから……。


 確かなことは、地中海はもはや〝我らの海〟ではなくなり、ガリアの五分の四は竜の跋扈する地となった、と言うことだ。


  *


 もはやヒトの住まぬ廃墟と化した町の教会。その物陰に身を潜めたヨロイ──ガリア国製のFPA、〝パラディン〟──の主は、ヨロイの内部なかでただじっと息を殺し、その時を待っていた。


 ──ずいぶんと静かだな……。


 FPAの胸甲内側に投影されるヘッドアップディスプレイHUDの映像の隅──ヨロイFPAの折った膝の元──に、風に揺れる一輪の花を見て、男はそう思った…──。


 ──ん?


 HUDの映像の中で、木立ちの陰に隠れた僚機──〝パラディン〟じゃない……同盟国イングレスの〝グレムリン〟だ──が小さく左腕を上げて合図を送ってきている。男は通話機のスイッチを入れた。


『──…(ザッ)……』

 雑音の多い通話機だったが、機能は何とか果たせていた。


『──グレースよりロラン…──〝来た〟……以上オーバ


 低音質の通話機でもそれと判る、子供の声だった。

 溜息を飲み込んだ男は、短く応える。


「ロランよりグレース、〝了解〟、以上オーバ


 静かな昼下りは、ここまでだった──。



 出し抜けに、反対の側で〝7.7ミリヴィッカース〟の乾いた銃声が連続して起こった。

 予定よりも早く行動を起こした僚機に男は舌打ちし、〝パラディン〟を立ち上がらせる。そして教会の壁際から身を起こさせた〝パラディン〟のカメラを向け、町の中心の十字路を望んだ。


 そこに…──竜がいた。1匹じゃない。3匹いた。


  *


 その3匹の竜との中間にイングレスのFPA──〝グレムリン〟がこちらに背を向けた形で立ち、手にした7.7ミリ機関銃ヴィッカースを向けている。

 その手のヴィッカースが奏でる旋律に合わせるように、竜どもがそのコウモリに似た翼を広げてバックステップを踏んでいる。と、すかさず距離を詰めるべく〝グレムリン〟が一歩を踏み出すのがわかった。


 〝グレムリン〟の持つ7.7ミリは、〝パラディン〟の持つ新設計の〝13ミリ〟重機関銃オチキスと比べ発射速度と携行弾数に優るが、その分1発当たりの威力は劣る。距離を詰め、集弾することで貫徹力を高めるつもりだ。


『──グレースよりフィー…〝突出しないで〟……以上オーバ


 途端に通話機が鳴って、先の無線の子供──グレース──の落ち着き払った声を、再び通話機が拾った。


『──…ウルサイ! ……リザードはコロスんだ……‼

 竜さえいなくなれば、アタシは生きられる! 死ななくて済む……だからヽヽヽコロス!

 …──死ネ! 死ネ! 死ネェェッ……‼』


 興奮した子供の──グレースとはまた別の──、まだ〝声変わり〟すらしていない声が通話機越しに男の耳を打つ。男は通話機を切った。


 〝パラディン〟の13ミリを〝グレムリン〟の右手に回り込もうとする竜に向ける。一連射。

 竜の細長い前脚が翼膜ごと千切れ飛んだ。竜の背後で民家の壁の漆喰が盛大にぜる中、片翼を失ったそいつは地面に転がった。

 すかさず20ミリの砲声が轟き、そいつの頭部の単眼が弾け飛ぶ。木立ちの陰の〝グレムリングレース〟による狙撃だ。


 残り2匹となった竜の片方には、5メートルにまで近付いていた先のもう一機の〝グレムリン〟が、頭といい胴といい、容赦なく7.7ミリ弾を叩き込んでいた。


 残りの1匹は脱兎の如く逃げ出していた。

 それに気付いた〝グレムリン〟が竜に向き直る。〝グレムリン〟の運動性は〝パラディン〟とは比べ物にならない。一回り以上小型──成人男性は到底装着できないサイズ──ながら出力は同等以上……。軽やかな動作うごきで駆け出すと、陸上選手を思わせるしなやかな跳躍を見せて竜の背に迫った。

 走行──疾駆──しながら、飛翔する竜の背に機関銃弾を集弾させていく。男は言葉なくそれを見つめる。


 ──化け物だな……。


 すぐ背後からそれを見ていた者ならずとも、その異次元の戦いぶりには驚愕を禁じ得なかったろう……。が、弾丸が尽きてヴィッカースの軽快な発射音が止んだ後の〝グレムリン〟の動きに至っては、もはや戦慄をすら感じたに違いない……。


 〝グレムリン〟は弾丸たま切れの携行機銃ヴィッカースを放ると、ヨロイFPAの懐から〝短剣ダガー〟──FPAサイズだからヒトにとっては幅広の剣──を引き抜いて、それを躊躇なく竜の背に突き立てた。

 一度でもヨロイFPAを着て竜と対峙したことのある者ならわかることだが、奴らに白兵戦を挑むなんてことを普通の人間は考えない。例えヨロイを纏っていても、あの硬い鱗に刃を立てるのは至難だ。それに、竜もそれをおとなしくさせてはくれない。


 だが〝グレムリン〟は、最良の条件下でもようやく刃が通る、というような極めて難しい動作を、動き回る竜を相手に簡単にしてみせた。


 竜は断末魔の悲鳴を上げると、〝グレムリン〟にそのまま押し潰されるような形で地面に叩きつけられ、動きを止めた。


  *


 銃声が止み、辺りは静かになりはしたが、赤黒い血が飛び散った町に元の長閑のどかさは戻っては来なかった。

 血と硝煙の匂いの残る十字路の別の道から、分隊の別の〝グレムリン〟が集まってきていた。この場にいた2機の他に2機。全部で4機だった。


『──ロジャーより分隊各機、〝東側で5匹の竜と遭遇、ロイとこれに当たり殲滅した。各機は状況を報告してくれ〟、以上オーバ


 木陰から狙撃していた機体グレムリンが、2匹の竜を屠った機体グレムリンを助け起こしてやるべく腕を伸ばしながら通話機を鳴らす。


『グレースよりロジャー、〝こちらは竜3匹と交戦。見ての通りよ、フィーが2匹殺しやったわ…──周囲にこれ以上、竜の姿はないみたい……〟、以上オーバ

『──ロジャーよりグレース、〝了解〟…──』


 4機の〝グレムリン〟を束ねるロジャーの声もまた子供のそれだった──…つまり〝グレムリン〟とは子供が操るヽヽヽヽヽヨロイなのである。


『──フィービーよりロジャー、〝アタシは今日も生きてる! ははッ、リザード殺せやれば…〟──』


 誰もが不意を突かれた。


 その時、僚機の手を借りて立ち上がった〝グレムリン〟の傍らに転がっていた竜が、長い尾を振り回すように撥ね上げたのだった。

 鋭い尾が一閃し、ヨロイFPAの背面装甲を貫くと、まだ子供の身体のフィービーを串刺していた。

 フィービーは科白の最後までを言葉にすることが出来ずに、声をくぐもらせることになった。


 男は〝パラディン〟の13ミリを竜へと向ける。だがそれよりも速く、〝グレムリン〟の中の1機が、手にした7.7ミリ機関銃ヴィッカースの発射音を響かせていた。

 至近距離からの連射に、竜の身体はモノ言わぬ肉の塊ミンチと化して、ようやく活動を停止した。


 その時には、竜の尾に貫かれた〝グレムリン〟の前面胸甲は、グレースの〝グレムリン〟によって強制開放されていた。中の搭乗者──フィービーが除装するのを手助けサポートしようというのだったが、胸甲が開いた時点でその動きは止まってしまった。


 その場にいる者から言葉が無くなったその時、通話機がまたフィービーの震えた声を拾った。


『──…グレース…… アタシのこと… 忘れないで……ね……──』


 そして、通話機のフィービーの声は事切れた……。


  *


 そんな一部始終を、男はただ見ていた。

 それが、〝パラディン〟と共にこの男に与えられた【第1級命令マストオーダ―】だったから。


 男の名はベルナール・ロラン。

 ガリア共和国陸軍 特殊作戦旅団 第13機甲竜騎兵落下傘連隊に所属する上級軍曹である。


 彼の任務は第一に偵察であり、第二に帰還だった──。収集した情報は万難を排して必ず〝持ち帰ること〟を求められている……。

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