第52話 獣身人面バウバロス

「もはや儀式の刻限まで時間がない……」


 は身の毛のよだつおぞましい姿をしていた。

 頭部には人の顔が一つと、猿の顔が二つ。ライオンのような胴体と四肢を持ち、背中にはコウモリの羽と猿の腕が一対ずつ。腰からは巨大なサソリの尻尾が伸びている。


「裁きの時間だ、異教徒ども。我が名は怪僧バウバロス、偉大なるルアーユのしもべ汚穢おわいにまみれた汝らの魂を、母なる月へと還す者」


 男——怪僧バウバロス——の顔が不気味に歪む。暗い歓喜の笑いだった。

 それと同時に、首の左右から生えている猿の顔が不気味な呪文を唱えはじめた。


「〈来タレ……我ガ手ノ、ウチニ……闇ノ刃ヨ……〉」


「〈我ガ神ヨ……御身ノ忠実ナル僕、翼アル蛇ノ力ヲ……〉」


 それはたどたどしい口調だったが、紛れもなく闇魔法の詠唱だった。


「なにか来るぞ、下がれ!」


 怪物の背中から生えた猿の右手から、闇の刃が伸びる。同時に左手からは数十もの紫紺の蛇が現れ、俺たちに牙を剥きながら飛んでくる。

 俺は自分の身体を盾にして、蛇の大群を受け止める。〈女神の加護〉の効果が発動し、俺に触れた蛇たちが砕け散り、魔力の粒となってぜる。


 そこに怪物が突進してきた。

 猿の腕が振り下ろす闇の刃を炎の剣で受け止めると、もう一方の猿の手が俺を横薙ぎに殴りつけてきた。上半身を捻ってかわそうとしたが、拳は俺の左肩をかすめる。

 かすっただけだというのに、俺の身体は地面に叩きつけられる。激しい痛みが全身を駆け抜けた。

 骨にひびくらいは入ったかも知れない……!


「エイジさん!」


 リリアが悲鳴のような叫びをあげ、怪物に飛びかかった。サソリの尾が剣閃を迎え撃ち、俺の目の前で激しい火花が散った。魔力と魔力がぶつかり合い、光と闇の粒子が飛び散る。


「このォッ!」


 リリアが素早く剣を引き、下から剣を振り上げる。銀の閃光がサソリの尾が斬り飛ばした。

 しかし——


「効かぬわ!」


 バウバロスがあざけりの声を上げると、サソリの尻尾は瞬く間に再生していく。


「死ね、〈竜の娘〉!」


 再生した尾がリリアに迫る。


「させないよ!」


 俺たちの窮地を見たイリーナが、リリアの反対方向から怪物に迫る。


「〈戦神マルセリスよ、御身の鉄槌をこれに。我が敵を打ち砕け〉!」


 イリーナが天井に向けて手をかざすと、そこに光のつちが出現した。


「くらえ!」


「ぬう!」


 バウバロスは猿の腕を操り、闇の刃で光の槌を受け止める。魔力がぶつかり合い、闇の刃が砕けた。

 光の槌が獅子の身体にめり込み、髪が焦げたようなイヤな臭いがあたりを包んだ。


「ぐおおおおおおおおお!」


 バウバロスの口から憤怒の声がほとばしった。

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