第24話 恋人なんかじゃない
「リリアに関係するって、どういうことだ?」
「いや、関係っつっても大した話じゃねえんだけどよ。ちょっと前に、姫さんがゴブリン討伐に出たことがあっただろ? センセが
忘れもしない一ヶ月前の出来事だ。
俺とリリアが出会うきっかけになった、あの事件。
「あんとき、姫さんの依頼で領主が山狩りをして、ゴブリンの巣穴を探させただろ? 兵士どもは
ザックの説明は要領を得ない。
「——山の中腹に、古代遺跡の入り口があったのさ。ゴブリンどもはそこを根城にしていたんだ」
痺れをきらしたイリーナが会話に割って入った。役を奪われて悲しそうな顔のザックを尻目に、イリーナは説明を続ける。
「巣穴には、三十匹ほどゴブリンがいたらしいんだけど、こいつらは兵士たちが殲滅した。困ったのはそのあとさ。この遺跡の入り口、人為的に工事された形跡があったらしい。だが、工事の正確さや規模を見ると、ゴブリンがやったとは思えない——つまり」
確認するように、俺たちの顔を見回すイリーナ。
「ゴブリン以外の誰かが、密かに遺跡を発掘してたんだ。領主サマや、アタシたちバロワの冒険者にも気付かれないうちに。きな臭いと思わない?」
「知性と技術をもった何者かの仕業ということか。そいつらの正体や狙いはなんだ?」
俺が聞くと、イリーナは「それを調べにいくのがアタシたちの仕事さ」と笑った。
「領主サマは、念のため遺跡の内部調査をすることにしたんだ。調査は兵士とお抱えの学者先生がやるんだけど、彼らは古代遺跡の探索には慣れてない——」
「ってことで、遺跡に慣れている優秀な冒険者を付き添わせることになったのさ! 今回の遺跡は、姫さんのおかげで見つかったもんだから、横取りしているみたいな気分だが、悪く思うなよ!」
ザックはすまなそうな苦笑を浮かべ、リリアに軽く頭を下げた。
「代わりと言っちゃあなんだが、今日はおごるぜ。こっちで一緒に飯食おうぜ」
ザックに促され、俺たちはテーブル席に移動した。イリーナがウエイターに注文を飛ばすと、ややもせぬうちに、大量の酒やジュース、料理が運ばれてくる。
俺たちは料理に手を付けながら、しばしの歓談に打ち興じた。
冒険者には油断のならない雰囲気を持った者が多く、ともすれば何か探りを入れてくる。ザックとイリーナは珍しく裏表のないタイプだったので、俺は彼らと話をするのが好きだった。
「ところで、センセ」
「なんだい?」
「あんた、実はすげえ
ザックからの突然の申し出に、俺は慌てて手を振って否定の意思を示す。
「そりゃただの噂だ! どこかの無責任なやつが、俺がリリアと一緒にいるからリリアと同じくらい腕が立つに違いないって噂を流してるだけ! 俺はただの記憶をなくした学者くずれ。あんたに
ザックは「そうなのか?」と残念そうに首をひねったが、その直後にニヤッと頬を歪める。
「じゃあ、代わりにオレに文字を教えてくれよ。オレ、字読めねえから」
「なんの代わりだよ。だが、そういう話ならお安いご用だ」
「おおー! マジかよ、助かるぜ。オレ、字が読めないせいで、イリーナと組むまではいろんなやつに騙されてきたからよ!」
ザックはウェイターの持ってきた飲み物を一気に飲み干し、破顔大笑した。
「字なら、イリーナに習えばいいじゃないか」
「いやさ、イリーナにも習ってて、多少は読めるようになったんだが、こいつすぐ怒るんだもん! 教えるの向いてねえんだよ!」
酒を飲みながら話を聞いていたイリーナが、じろりとザックを
イリーナはかなりの酒好きで、すでに蒸留酒をコップ五杯ほど空けていた。顔がだいぶ赤い。
「なにいってんのさ! お前がバカすぎるのが悪いんだよ、人のせいにすんじゃないよ、このデクノボー!」
「ほらな、センセ。こういう風に怒るのさ!」
二人のやりとりを見ていたリリアが、思わずクスッと吹き出した。俺も釣られて笑ってしまう。
「うふふ……。お二人は本当に仲が良いカップルですよね」
リリアがそう言うと、ザックとイリーナは互いに顔を見合わせ、眉をしかめた。
「オレが?」「この男と?」「カップル?」
赤ら顔のイリーナは「冗談じゃない!」と吐き捨て、木のコップをテーブルに叩きつけた。目が据わっている。
「こいつはただの相棒。四六時中いっしょにいるから、そりゃあ恋人みたいに体を重ねることはあるけど、恋人じゃあないよ。お互いを性欲のはけ口にしてるだけ」
「おい、イリーナ! なに言ってんだよ、姫さんが困ってるだろ!」
突然始まった猥談についていけず、リリアは数秒ぽかんとしていたが、やがて言葉の意味を理解すると、耳まで真っ赤にして
「いや、姫サンも冒険者を続けていくのなら、いずれ分かるときが来るよ。キツい仕事のあとは、たまらなく男のカラダがほしくなったりするのさ」
「イリーナ!」
「うるさいねえ、斧の振り方一つおぼつかないヒヨッコが! あ、でもこいつ、斧の振り方は半人前だけど、腰の振り方だけは一人前なの! アハ、アハハハハ!」
イリーナは自分の下品な冗談でしばし爆笑し、
「というわけで! こいつは恋人でもなんでもない!」
と言い残すと、テーブルに突っ伏してグウグウと寝息を立て始めた。
「やれやれ、すまねえな。姫サン、センセ。こいつ酒癖が悪くてよ」
ザックは寝落ちしたイリーナに気遣わしげな視線を一瞬送ると、俺たちのほうに向き直り、大きな体を縮こまらせて詫びた。
それに対し、リリアも軽く頭を下げる。
「いいえ。イリーナさんの考え方、とても参考になりました」
「え、マジかよ? まぁいいや。こいつはあとでキッチリ説教しとくから、あんま気ィ悪くしねえでくれや。今回の仕事が終わったら、また一杯奢るからよ。一次調査は三日ぐらいで終わるはずだから、その後にでもな」
ザックは床に膝を突くと、寝ているイリーナを背負って立ち上がった。
「はい。また一緒にお食事しましょう」
「じゃあ、またタカらせてもらうこといするよ。無事に帰ってこいよ」
俺たちがそう言うと、ザックは「おう、楽しみにしててくれよ!」と笑った。
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