水の都の聖女様 FINAL
その少女は人間業とは思えない跳躍を見せて、こちらの方へ文字通り跳ねて来て口を開く。
「くまぽん、一体何が起こっているんですか?」
上空から降ってきた謎の少女に対して、ぱよちんやゼスタも含めてこの場の皆が目を丸くしていた。
「え? 誰? え? その声は姫ですか…? そちらこそ一体何が…?」
状況を理解出来ないくまぽんがしどろもどろに答える。
「それはいいから! こちらの状況を教えて下さい!」
誤魔化すように話を進める少女、もといアンジェラ。
「は、はい。我々は今、『魔王』と戦っています…」
「…魔王ってあの『魔王』ですか? こんな所に?」
「いえ、あくまで自称魔王ですが、
「ふははは! ここで最強ヒロインの登場か?! 良いねぇ! 分かってるねぇ!」
何故か敵のぱよちんの方が嬉しそうだ。
「ならばこちらも本気で行くぞ! 俺様の渾身の爆発魔法、止められる物なら止めてみるが良い!!」
詠唱を始めるぱよちん。
この状況は良くない。どう控えめに言っても絶体絶命だ。
アンジェラ達のすぐ後ろにはイベント参加者達がおり、更にその背後は逗留している宿屋だ。避ける訳にはいかない。
くまぽんが先ほどの様に氷で壁を作っても効果は無いだろう。かと言ってゼスタとアンジェラが
ん…? ショゴス…?
アンジェラは軽い違和感に腰のポーチに手を伸ばす。球状の硬い物体がある。そうだった、ショゴスはこちらに収納していたんだった。
確信は無い。考えも無い。強いて言うなら『女の勘』だ。そして悩んでいる時間も無い。アンジェラは大きく振りかぶって、仮面に強化された力で手に持ったショゴスを敵であるぱよちんに投げ付けた。
爆発魔法が発動すると同時に、砲弾の如く飛んできたショゴスが口を開くかの様に分裂し、爆発ごと食べる形でぱよちんの全身を包み込んだ。
爆発を掻き消したショゴスに体を覆われたぱよちんは、まるで作りかけの石像に閉じ込められたかの様に全身を軽石に固められて身動きが取れなくなった。
『外装の無い状態でショゴスを使うとああなるのね。この衣装でもきっとそう。シナモンに騙されて使わなくて良かったわぁ…』
無言のまま1人安心するアンジェラ。
ばよちんを閉じ込めた石の繭の中から悲鳴が聞こえてくる。
「ぐわぁーっ! 痒いぃぃっ!! これ無理っ、無理ーっ! 助けてくれーっ!!」
その後、ぱよちんとすっぺちは捕縛され、駆けつけたアルカンレティアの衛兵にそのまま引き渡され、事件は一旦の解決を見せた。
ちなみに後に、この神器の使用法を聞いた女神エリスは頭を抱え込んだと言う…。
未だ解決していないのはこちらの状況だ。変身したアンジェラに対するゼスタの食いつきは凄まじく、街を救った正義の仮面少女を表彰したいと言い出したのだ。
「貴女には是非『名誉アクシズ教徒』として、今後ともこの街に滞在して頂きたく…」
アンジェラにしてみれば、冗談でもアクシズ教徒扱いはやめてもらいたいところだ。
「わ、私は只の通りすがりの女の子です。すぐにでも街を出なければ…」
「それではせめてお名前だけでも! 私の権限に於いて貴女をアクシズ教の聖人として列します!」
「な、名前…?」
ここでエリス教のアンジェラだと教えてしまっては駄目だ。査問の時にアクシズ教との繋がりを疑われたばかりだし、今後の為にも良くないに決まっている。緊張と混乱の中でアンジェラの口から出た言葉は、
「えと、あの、ま、魔法聖女、プリティ☆アンジェラです! で、ではこれで!」
彼女はそう言って跳躍しながら何処かへと去っていった。
アンジェラとハッキリ言ってしまっているが、顔も隠しているし、髪型も髪色も違うので意外と誤魔化せる物だったりする。現に目の前のゼスタは完全に別人だと思い込んでいる様だ。
「魔法聖女プリティ☆アンジェラ… 一体何者なのでしょう…? あの仮面の下はきっと絶世の美少女なのでしょうな…」
「全くですよゼスタ様、私は一発で彼女のファンになってしまいました!」
いつの間にか復活したオードルも嬉しそうに話に加わる。
「
着替えを済ませてやって来たシナモンがオードルを縛り上げる。オードル容疑者もそのままくまぽんによってアクセルに転送され、警察に引き渡された。
ゼスタも特にオードルを庇うような事はせず、「償いが済んだらまた戻って来なさい。それまで君の抱き枕は私が預かりますから…」とオードルを送り出した。
ちなみにアクシズ教団内でのオードルの犯罪だが、紅魔族傭兵らは金を使う間もなく事件を起こしており、全額が無事回収された。
教団としても内部の犯罪で事を大きくしたくないので、官憲には届けずにオードルを司祭職から一般信徒に降格する事で内々に処理を済ませたらしい。
ゼスタがアンジェラに拘泥するかと思えたが、意外とあっさりと『魔法聖女プリティ☆アンジェラ』に鞍替えして、新たにファンクラブを作ろうかなどと言いながら教会に帰って行った。
アンジェラの方もマリエラから『最要注意人物』としてゼスタの名前を聞いていたので、彼の関心が移っている事を幸いに、変身を解いてからも敢えて会わなかったのだ。
結果的にアンジェラはゼスタと関わらずに済んだ。
イベントは警察へ主催者のシナモンが事情聴取で向かった為に、当日予定されていたゲーム類は全て中止になった。
その代わり参加者達はアンジェラを囲んで一晩中語り明かす事が出来た。ゲオルグやくまぽんも参加者の同業者達からの称賛の声を浴びた。
酒も振る舞われ、恐らくはシナモン考案のマゾヒスティックなゲームよりも余程楽しんで貰えたはずだ。
交流会という名を借りた宴会の翌朝… ほぼ全員が昼過ぎまで寝過ごしていたので翌昼と言うべきか。
2日目のゲームとして、「チキチキアクシズ猛レース」という催しが予定されていたが、名前を途中まで聞いた時点でアンジェラ含む全員の反対により中止となった。
時間も時間だし、遅めの昼食を取ってそのまま現地解散しようか? という流れになる。イベント参加者達の目には皆、濃い疲労が浮き出ていたが、同時に長時間アンジェラと交流出来た喜びも現れていた。終始バタバタではあったが、『満足度』という点では及第点だったのかも知れない。
余談だが、世話になった宿屋『祝水館』ではアンジェラが何度も変身の練習をした女子トイレの1室はいつの間にか『女神アクアが降臨し、何十回も奇跡の光を放った』という噂が流れ、神聖な場所として祀られる事になったらしい。
エピローグ
夕刻、アルカンレティアの転移門
アンジェラ達が王都へ向かうべく最後の荷物チェックをしている。
既にイベントは解散したというのに、参加者達も全員で見送りに来てくれていた。餞別の品を持っている者も多い。
「しかし、今回も散々な目に遭いましたな。誰かさんのお陰で」
くまぽんがシナモンを横目に見ながら嫌味っぽく言う。
「オードルとか紅魔族とか、今回はイレギュラー多すぎだよ。ボクのせいじゃないよ!」
シナモンの抗議に全員が笑う。本当に碌でもない事件ばかり起きて湯治にすらならなかった。皆疲れているが、目の光は来る前よりも輝きを増していた。
湯治は出来なかったが冒険は出来た。我々は冒険者だ。やはり冒険が似あう、という事だろう。
いよいよ出発の時間だ。
アンジェラの袖をヘレンが引いて、はにかみながらこっそりと耳打ちをする。
「お姉様、今回はいつも凛としているお姉様の、あんなに涙目になった儚げで可愛らしいお姿を見られて大満足でした。思い出すだけでご飯三杯はイケます」
「っ?!」
一瞬で顔を赤くして何も言えなくなるアンジェラ。それをまた楽しそうに冷やかす仲間達。
そしてアンジェラ達は参加者達に別れの手を振りながら、新たな運命が待つ王都へと転送されて行った。
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