おまけ あの件ってどうなったの? エリス祭り:後編

 少し仮眠を取らせてもらってから教会に顔を出すと、シナモンがくるくる回りながら踊っていた。

 ついに暑さにやられてしまったのかと観念したらそうではないらしい。


「ステージの使い道が決まったんだよ! これで違約金を払わなくて済むよ! カズマさんの企画でミスコンやるんだってさ。アンジェラちゃんも出ない?」


 はぁ?


 横を見ると『第1回ミス女神エリスコンテスト』と書かれた幟旗のぼりばたが数枚はためいていた。仕事早いなぁ…。 


 更には力無く項垂れたダクネス様が。

「アンジェラか。またカズマに押し切られてしまったよ… エリス様の名を使って女性を品定めするような企画は断固阻止したかったのだが、『アクシズ教に押されたエリス教の権威回復の為だ』と言われて何も言い返せなかった…」

 そこでハァ、とため息をつくダクネス様。


「しかも『神器を見つける為』などと意味の分からん理由をつけて、私までその催しに出る約束をさせられてしまってな… 神器とミスコンに何の関係があるのか…?」


 ダクネス様… カズマさんがやり手なのは知ってますけど、そこまで押し込まれる程ダクネス様の立場が弱いのでしょうか?


「な、なぁ、アンジェラも人助けだと思って協力してはくれないか? 私も1人は恥ずかしいのだ。私と一緒に出場して…」


「絶対にイヤです」


「はううっ! …こ、この普段優しい子に冷たく突き放される感じが、新感覚で何とも…」


 喜んで頂けましたでしょうか?


 全く! エリス様の名前を使ってミスコンだなんて不謹慎にも程がある。私達の不始末であるステージの流用はとても有りがたいけれど、それとこれとは話が別だ。カズマさんにはせめて一言苦言を呈しておきたい。



《いいじゃねぇかよ、な? ちょっとだけ! 先っぽだけでいいからさ!》


「いい加減しつこいよアンタ!」


「そうだよ、この暑いのに絡んでこないでよ!」


 カズマさんを探してウロウロしてたら喧嘩の声が聞こえた。男が女に付きまとっている様だ。詳しく言うと、この暑いのに白いフルプレートの鎧を着た男がクリルに付きまとっている様だ。

 ミラも居る。この2人にも謝らなければならなかった。今会えたのは僥倖だ。このしつこそうな男を撃退して見せれば信頼ポイントが上がって許してもらいやすくなるだろう。


《なぁ頼むよ。俺のご主人様になってくれよ。そうしたら伝説の聖鎧アイギスさんが君の物になるんだぜ? 合言葉は『フォーリンラブ・アイギス!』》


「ちょっと貴方、付きまとい行為は犯罪ですよ? やめないのなら警察に通報しますが?」

 聖鎧アイギスと言う単語はなんか聞き覚えがあるが、とりあえず今はどうでもいい。私は話に割って入る。


《はぁ? ガキンチョ3人は引っ込んでリンゴ飴でも食ってろよ。今こちらのセクシーガールと大事なお話をしてるんだよ》


「「「あ?!」」」


 私とミラとヘレンの声が重なる。あのセクハラミノタウロスの時と同じ流れじゃないか。


 怒りのミラが抜刀する。街中でそんな事したら犯罪だが、これはセクハラに対する正当防衛だ。私は全力で弁護したい。

 クリルも剣を抜きミラの隣で構える。友と一緒に罪を被ろうという気概が伝わってくる。


《ハッハー、そんななまくらじゃこの堅牢なるマイボディには傷一つ付けられないぜ? …でもまぁここで騒ぎになってに嗅ぎ付けられても困るからな。ここはひとまず退散してやるぜ! あばよマイハニー! 俺は更なる美少女を求めて旅立つぜ!!》

 鎧男はそう言って走り去って行った。


「…なんなのアイツ?」

 ミラの言葉が私達の全ての気持ちを代弁していた。


 ちなみにクリルとミラに誘ったイベントをこちらの都合ですっぽかした事を謝罪したら、この2人もイベントの事を忘れていた。

 結局イベントを覚えていて心待ちにしていたのはドヴァン司祭だけだった。司祭様、ホントにごめんなさい。


 ついでに屋台巡りをしてクリルとミラとの旧交を温める。この2人は私が王都に居る事すら知らなかった様で、凄く心配してくれていたらしい。


「でもアンジーが元気そうで安心したよ。王都での仕事が終わったらまたアクセルに帰ってきなよね!」

 そう言ってくれる友が居るのはとても喜ばしい事だと思う。



 街を巡回警備、という名の買い食いしていると中央広場から騒ぎが聞こえてきた。例のミスコンで何かあったようだ。気は進まないが騒ぎに向かってみる。


 会場はカオスの極みだった。いつもの鎧ではなく白いドレスに髪を結い上げたダクネス様が、冒険者と思われる観客に襲い掛かっていたのだ。冒険者達は数人がかりでダクネス様を押さえつけようとするが、ダクネス様1人の膂力で押し返されていた。


「おいやめろよララティーナ!」

「誰かララティーナを押さえろ!」

「どうしたってんだよララティーナ?!」

「腹筋の自慢しに来たのかララティーナ?!」

「脱いで見せてくれよララティーナ!」


「わぁぁぁぁぁぁぁっ! ぶっ殺してやるぅぅっっ!!」


 これミスコンだよね? 何がどうしてこうなった?

 私も参戦してダクネス様に助太刀した方が良いのだろうか? とも思ったがエリス教関係者が市民相手に暴力を振るうわけにもいかず、やむなく静観した。


 でもララティーナって名前はとても可愛いと思う。ララティーナ様って呼んだら怒られそうだからしないけど。


 やがて会場の警備に取り押さえられてダクネス様が退場する。いやもうホントにどうなってるの、このお祭りは…?


 このままミスコンも終わりかと思いきや最後のエントリーが現われた。その瞬間、あれだけ騒がしかった観客席が水を打ったように静まり返る。


 壇上にはエリス様が立っていた。見間違えるはずは無い、私は何度も会っているのだ。だがしかし…。

 司会者に名前を聞かれてその少女は優しい笑みを浮かべながら「名はエリスと申します」と言った。


 エリス様… いやホント何やってんスか…?


 ざわめいていた観客席から「エリス様、握手して下さい!」という声が上がり、その声に喚起された様に多数の観客が我も我もとステージに雪崩れ込む。


 これはヤバイ。隣でリンゴ飴を食べているヘレンに動かないよう指示をして、私はエリス様の救出の為に観客の渦に飛び込んだ。


 …飛び込んだは良いが、全く身動きが取れずに人の流れに押し流されて明後日の方向に行ってしまう。


 そこに現れたのはカズマさんとさっきの鎧男。うすうすそんな気はしてたけど、やはりあの痴漢はカズマさんの関係者だったか…。


 どういう仕組みか鎧男の全身が眩しく輝き、エリス様の姿が消えた。壇上に上がったカズマさんが魔法で観客に水をぶっかけ、観客全員を相手取りここでまた乱闘が始まる。

 その騒動に紛れて鎧男は何処かへと走り去って行った。


 そう言えばカズマさんもエリス様の正体を知っているという話だったから、エリス様本人がコンテストに出場したのも含めて全て彼の差し金なんだろう。

 このミスコン自体彼の発案らしいから、ダクネス様が暴れた辺りから何らかの思惑があったのは間違い無い。それに何の意味があるのかまでは分からないけれど…。


 そして警察に連行されていくカズマさん。どこまで計画通りなのかは部外者の私からは計り知れないけど、会場は落ち着きを取り戻しつつあった。


 そして夜、商店会と各界の代表者で集まって祭りの終わりの祝賀会が行われている。エリス教会からはドヴァン司祭が出席の予定だったが、ミスコン騒動の事情聴取で警察に行かねばならなくなった為に急遽私に代役が回ってきた。


『ただの打ち上げパーティなので気兼ねなく楽しんてきてくれ』という話だったから来てみたが、


「なにこのロリッ子! めっちゃ可愛くてめっちゃ好みなんですけど!」

 と着いて早々にアクシズ教の神官服を着た女に抱きつかれて頬擦りされた。凄くお酒臭い。パーティが始まって幾らも経ってないだろうに、もう出来上がっているのか?


「ねぇねぇ、私のこと『セシリーお姉ちゃん』って呼んでくれる…? 或いは『セシリーお姉様』でもいいのょ… ふぐぅっっ!!」


 アクシズ教の女が腹部を押さえて倒れこむ。ヘレンがボディに強烈な一撃をお見舞いした様だ。


「邪魔なんで消えて下さい。『セシリーお姉ちゃん』…」

 セシリーさん(?)はうずくまりながらもヘレンに向けて満足気にサムアップをして見せた。やっぱりアクシズ教徒って怖い。


 ウロウロしているうちにカズマパーティを見つけた。クリスさんも一緒の様だ。アクアが皆に酒を勧めている。

 クリスさんも居るなら丁度いい。今回のカズマさんの行動はあまりにもエリス様に対する不敬が過ぎる。まぁ彼はエリス教徒では無いし、冒険者なのだからある程度は仕方ない部分もあるのだろう。


 しかし、それで何も言わないのはエリス教徒として逆に問題がある。と言う訳でちょっとだけ文句を言ってやろうと彼らに歩み寄った。


 その時に聞こえたのは

「何を隠そう、今日は俺の誕生日だからな!」

 と言うカズマさんの言葉だった。


 誕生日…? そっか、誕生日か… 考えてみれば今日はお祭りの日でもあるし、私も無粋な事は控えるかな。被害者のクリスさんがカズマさんの横で楽しそうに飲んでいるのを見るに、今回の事で怒ってはいない様だし。

 当事者同士で喧嘩していないのならば、私があらためて口を挟む問題では無い。


 後は私自身の怒りの問題だけだが、誕生日プレゼントの代わりにお小言は無しにして上げます。ゆっくり楽しんで下さいな。

 …って思った矢先にカズマさんとアクアが取っ組み合いの喧嘩を始めた。まぁこれがいつもの彼らなんだろう。


 誕生日か…。


 挨拶もそこそこにパーティを早めに退散して帰宅する。そろそろ王都に戻らなければ。たった2日だがとても濃い内容だったと思う。


「さて、では何も無ければ転移致しますぞ。お忘れ物はありませんか?」

 くまぽんが言う。そう言えば花火の時以外、街でくまぽんに会わなかったけど何してたのかな?


「危うく200万の大損こくところだったから、アクセルに戻れてラッキーだったよ、くまぴーサンキューね」とシナモン。


「私は最初から大して荷物とかありませんし。めぐみんやミラにも挨拶出来たし、何より初めてのお祭りがとても楽しかったです」とヘレン。


 王都でも来週が祭りの本番みたいだけど、アクセルみたいな乱痴気騒ぎにはならないだろう。

 聞くところによれば来年もエリス教とアクシズ教の共同開催になるという事だ。今から来年が心配だ…。


 私も久しぶりのアクセルでいっぱい元気を貰った。また明日から頑張れそうな気がする。


「あ、そうだ! 後でシナモンとくまぽんの誕生日を教えて下さい。ヘレンは分からないだろうから私と同じ誕生日ね」


 私の突然の言葉にシナモンとくまぽんが怪訝な表情をする。ヘレンは何かを私と共有出来た事がとても嬉しそうだ。

 帰ったらゲオルグの誕生日も聞かなくちゃ。それで毎年皆でお祝いするんだ。


 王都での暗い生活に潰されない様に、少しでも明るい材料を取り入れなくちゃね。

 王都での戦いはまだまだ始まったばかり。私は明日も明後日もその先も、明るく生きていきたいと切に願う。


 私達の未来にエリス様のご加護を!

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