第23話 新たなる勇者の誕生(アクシズ教の野望:序章):後編

 ギルドに戻ってクエストを探す、低レベル向けのものは無い。何でもギルド主催の初心者向けダンジョンとか言う企画をやっているらしいが、そんなお飯事ままごとをちまちまやっている暇は無い。


「という訳でこれだ、『峠のオーガの群れ退治』難易度は6だがなんとかなるだろ」

 リョウが明るく言う。


「レベル1が2人で難易度6のクエストなんて無茶過ぎますよ… 死んじゃいます…」

 ベラが暗く言う。


 結果から言えばクエストは大成功だった。翔武のチート性能は盾や鎧と言った相手の物理的な防御を一切無視して光の剣で切り裂くものに加えて、使用者が念じれば光の剣を20メートル程まで伸ばせ、これで遠距離の敵にも楽に対処出来た。ベラは時々傷を負ったリョウを治療するだけで良かった。


 彼らは初めてのクエストでいきなりレベルが8まで上がった。

 以降、少々無茶なクエストをやり続け、順調にレベルアップ、スキルアップを重ねた2人は瞬く間に剣匠ソードマスター大神官アークプリーストという上級職になっていた。


 リョウの記憶は未だ治る気配は無い。神官による呪文や祈祷師のまじない、出処の怪しい文献なども漁ったりもしたがその何れも効果は無かった。


 同時に魔王に関する情報もサッパリであった。まぁこれに関してはリョウが「オニキラ」という単語にこだわった為に本来引き出せる情報も引き出せなかった、という方が正しいだろう。


 この世界で「オニキラ」に関する情報を持っているのは鬼キラ本人であるアンジェラただ1人だけであろうから。


 リョウ達は今、紅魔族の里に滞在していた。里の近くで魔王軍と思しき動きが見られたらしくその調査と解決をギルドに依頼されて来たのだ。


 魔王軍の情報に関しては空振りだった。オークとトロルの中規模の部隊が紅魔の里を襲撃したらしいのだが、里は住民のほぼ全員が大魔術師アークウィザードである為に高位魔法で蹴散らされた後だったのだ。


 結果魔王軍の情報どころかそのモンスター達が魔王軍と関係があるかどうかすら不明であった。


 ミッションは無駄足ではあったが、里を散策のするうちにどうやら紅魔の里には凄腕の占い師が居るらしいという噂を手に入れた。

 その占い師を頼れば魔王オニキラの手がかりが掴めるかも知れない。それだけでもここに来た価値がある。


『そけっと』と名乗る若い女占い師に見料を払い魔王オニキラに関する情報を占ってもらう。

 得られた託宣は「アクセルの街で桃色の天使を捜せ」という何とも掴み所の無い意味不明な物だった。


「アクセルかぁ、私達の出会いの場所ですねぇ。なんだか懐かしいなぁ…」

 ベラが呟く。確かにコンビを組んで3ヶ月にも満たないが、この短期間で2人ともレベル42と格段に成長していた。


 神剣の力もあって野原を歩いてて遭遇するレベルの魔物や魔獣ならまず負ける事は無い。そろそろ魔王討伐を本気で検討してもいい頃だろう。


 紅魔の里からアクセルは遠い。とりあえずテレポートゲートのあるアルカンレティアへ転移魔法で跳び、そこから馬車等でアクセルへ向かうのが最速ルートらしい。

 気持ちは逸るが焦っても仕方ない。そもそも「桃色の天使」と言われても皆目見当もつかないのだから、じっくり腰を据えて活動する必要があるかも知れない。心を落ち着けておいた方が良いだろう。


 4日後、アクセルに到着した彼等は冒険者ギルドへと直行した。噂が集まるのはやはりここが一番だ。

 リョウ達の力量は駆け出しの街と呼ばれるここアクセルでは並ぶ者無しと言える程のものであったし、その名声もアクセルまで響いてはいた。


 しかしながらアクシズ教信者の2人組パーティという事で周りの冒険者たちの反応は「触らぬ神に祟りなし」という感じで遠巻きから観察するだけで話し掛けようとする者はいなかった。


 リョウ達一行は低レベル向けクエストをほぼほぼスキップしてきているので駆け出しの街であるアクセルのギルドにはさしたる思い出も無かったのだが、それでも受付嬢ルナの胸元だけは記憶が鮮やかな辺りはリョウも若い男子と言えるだろう。


「魔王の手がかりで桃色の天使ですか? うーん…」


 ルナは腕を組み考え込む、「天使… エンジェル… アンジェラ…?」小声でブツブツ呟くが幸か不幸かリョウ達には聞き取れなかった。

「…いやいやまさかですよねぇ。…やはり思い当たる節は無いですねぇ」

 正しくそのまさかであるのだがルナやリョウ達には知る由もない。


 ギルドがダメならアクシズ教会だ。教会信徒のネットワークは馬鹿に出来ない、下世話な噂が大好きなアクシズ教なら尚更だ。

 手掛かりだけでも、と思い入った教会はもぬけの殻だった。司祭すら居ないとはどういう事だ?


「私は以前はここでお世話になってたんですが、司祭様やルモンドさんも居ないなんて… 2人で遊びに行ってるのかしら…?」


 ベラの言葉に危機感は無い。そろそろ夕刻なのに『遊びに行って留守にする』のが普通にある教会らしい。後でまた来てみるか…。


 リョウとベラは途方に暮れる。戦士と神官の2人組にあって最も苦手とするのが情報収集や罠の解除等の『盗賊』という職業の仕事だ。


 アクセルにも盗賊達で構成されるギルドはあって様々な情報にも通じているらしいが、伝手つてが無くては接触すら出来ない。

 冒険者ギルドで盗賊をしている者に頼む手もあるがレベルの低い盗賊を通してもまともに対応されるとは思えないし、そもそも初対面の相手にいきなり頼める内容でも無い。


「万策尽きましたねぇ…」


「あぁ、どうしたものかな…」


 路肩に座り込んで黄昏れる2人。殴って対処出来る相手なら怖くないが、手も足も出ない状況では黄昏れるしかない。


「ふっふっふ。迷える子羊たちよ、何かお困りの事があるみたいね」


 背後から若い女の声がした。見ると長い水色の髪をたなびかせた少女が得意げに仁王立ちでこちらを見ている。


「あなた達見た所アクシズ教徒でしょ? この御神体である女神アクア様があなた達可愛い信徒を導いてあげるわ!」


 …何を言ってるんだこの女は? 頭がおかしいのか? 神を僭称するとは不遜にも程があるだろう。疲れてるんだから絡んで来ないで欲しい。

 リョウ達2人はのそりと同時に立ち上がりその場を去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! せっかくこの水の女神、あなた達のアクア様が助けてあげようって言ってるのに!」


 アクアを名乗る少女が食い下がってくる。げっそりとしてくるが追い返すのに殴り付ける訳にもいかない。


「んー? じゃあアクセルに居るっていう『桃色の天使』って何だか分かる?」

 リョウが聞く、ダメで元々だ。


「え? 桃色…の、天使…? え、えーっとですねー、それはですねー…」

 少女がしどろもどろになる。まぁそうだろう、何も期待はしていない。


「そ、そうだ! アレよ! あの子よ! アンジェラよ!」

 少女が叫ぶ。まさか本当に心当たりがあるというのか?


「最近頭をピンク色に染めてたしアンジェラってエンジェルのもじりでしょ。うん、間違い無いわ!」

 誇らしげに少女が宣する、とてもやり切った顔をしていた。


「そのアンジェラって奴は何処に居るんだ?」

 怪しさ満点だが初めて得られた具体的な手掛かりだ。


「えっと… あの子はエリス教の神官だから普段はエリス教会に居ると思うわ。或いは冒険に出てなければ大体ギルドに居るわね」


「…そうか、感謝する」

 駄賃に1000エリスを渡す、エリス教会とやらに向かうとしよう。


「ふっふっふー、何だか分かんないけど怖くて強そうな奴をあの生意気な娘に押し付けてやったわ。せいぜいおっかない目に遭って泣くが良いわ!」

 臨時収入もあった事だし今夜は美味しいシャワシャワが呑めるだろう。


 夕暮れの街に水色の髪の少女の高笑いが木霊した。

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