第17話 おまけ 爆裂娘と聖女様:後編

「なるほど、この坑道に爆裂魔法を撃ち込めばいいんですね!」

 坑道入口までやって来た。めぐみんはとても嬉しそうだ。


「そうです、この奥の岩盤に炸裂魔法を撃ち込んで下さい」

 作業監督が迎える。


「は? サクレツ魔法?」


「え? バクレツ魔法?」


 沈黙。何か間違いがあったようだ。2人がアンジェラ達の元にやって来た。


「どういう事ですか? 炸裂魔法とか聞いてませんよ!」

「どういう事ですか? 爆裂魔法とか頼んでませんよ!」


 微妙にシンクロしながら両者が叫ぶ。

 同じ魔法だと思っていたアンジェラには何の話なのか理解できない。


「『炸裂魔法』は岩を割るのに適した魔法で『爆裂魔法』は広範囲の殲滅魔法ですぞ」

 くまぽんがアンジェラに耳打ちする。

 簡単に説明すると岩に穴を開けて、その穴に爆弾を差し込んで爆発させ粉砕するのが『炸裂魔法』とするならば、岩とか何とかお構い無しな核爆弾が『爆裂魔法』だ。


 昨日はくまぽんが交渉現場に居なかったので、関係者全員が誤解したままだったのだ。


「こんな所で爆裂魔法なんて使われたら岩盤どころか山そのものが無くなっちまうよ!」

 そういう事なのだろう。


「そういう訳だから帰ってくれていいよ。手間かけたね」

 監督は失意のままに手を振った。


「そういう訳には行きませんよ!」

 めぐみんが帰りかけた皆の前に立ちはだかる。


「爆裂魔法を撃つつもりでやって来た私の気持ちはどうなるのですか? ここは是が非でも撃たせて頂かなくては!」

 何故か義務感に囚われている様だ。


 くまぽんがめぐみんに問う。

「おい、爆裂魔法なんて難易度特級魔法が使えるなら炸裂魔法も使えるんじゃないのか?」


「…使えませんよ」

 不貞腐れた様に答えるめぐみん。


「何だと?」


「だから使えませんよ。私は爆裂魔法以外の魔法を覚えていないのです」


「な… まさか初級や中級の魔法も…?」


「使えませんよ。爆裂魔法一筋です!」

 何故かここでサムアップ。


「ば、馬鹿か貴様は? 戦争でも無い限り爆裂魔法なんて使い道が…」

 愕然とするくまぽん。


「ふっ、だからノラコーマはダメなのですよ。爆炎と破壊のロマンを極めてこそ紅魔族でしょう?!」


「む、た、確かに…」

 勢いに飲まれ論破されるくまぽん。


「コラコラくまぴー、女の子に言いくるめられてどうすんの?」シナモン参戦。


「んで、結局どうすんの? 役に立たないならもう帰るしか無いよ?」


「帰りませんよ。私はここに爆裂魔法を撃ち込まない限り帰りません」

 遂に駄々っ子の様な我儘を言い出しためぐみん。


「ずっと我慢してたんです、もう(魔力が)漏れそうなんです。ここでさせて下さい」

 モジモジしながら別なものと勘違いしそうな発言をするめぐみん。


「待って、何か聞こえる!」


 いち早く奇妙な音に気づいたシナモンが周囲に注意を促す。

 坑道の奥からカリカリともガリガリとも付かない音が聞こえてくる。


 程なくドーンという音が坑道全体を揺るがす、奥から工員のものと思われる声が響いた。


「向こう側から岩盤が割れたぞ! あっちは岩蟲の大軍だ! 埋め尽くされてるぞ!」


 図らずも岩蟲たちも厄介な岩盤の破砕を狙っていたらしい。

 そして通路上の邪魔のなくなった今、餌を求めて大侵攻を開始しようとしていた。


 逃げ出した工員達が出口に殺到し数人が将棋倒しに倒れ込んで負傷した。


「早急に街に戻って応援を呼んでこないと!」

 アンジェラが怪我人の治療をしながら叫ぶ。


「今からじゃ無理だ、数が多すぎる。俺たちで何とかしないと!」

 ゲオルグが盾を構えて前進する、くまぽんも魔法の詠唱を始めるべく構える。


「ふっふっふ、これぞ天佑! 誰か忘れていませんか?」

 マントを翻しながら満を持して登場するめぐみん。


「めぐみんさんも下がって! 危険です!」

 アンジェラが止める。


「なぜですか?! この奥に爆裂魔法を撃ち込めば一気に解決しますよ?」


「そうかも知れませんが危険です。何より山の持ち主の許可を取らないと…」


 アンジェラとめぐみんの問答の最中だが岩蟲の先鋒が坑道出口に現れてきた。ゲオルグとシナモンが迎撃する。

 監督以下、鉱山労働者は全員避難させた。この場に居るのはアンジェラ達のパーティとめぐみんだけだ。


 戦うか? 逃げるか? 岩蟲は強いモンスターでは無いが装甲が硬く、火力の弱いシナモンは苦戦している。ゲオルグの膂力を持ってしても片手剣では有効なダメージにはなっていない様に見える。


 この場で全てを撃退するのは自分達の力量ではまず無理だろう。かと言ってこの奥にいる岩蟲の大群が外に出ると災害規模の被害が出るに違いない。


 また決断か… アンジェラは運命を深く呪う。


 爆裂魔法で本当に解決出来るのかも疑わしい。山ごと吹き飛ばす魔法をこの少女が使えるというのも眉唾だが、そもそもそんな規格外の魔法が存在するのかも怪しい。


 とりあえず撃つだけ撃ってもらうのもアリなのでは無いかとも思われる。魔法の威力が高いと言ってもせいぜい坑道が崩落して振り出しに戻るだけでは無いのか? それにこの紅魔族の少女はテコでもここから動きそうに無い。


「ええぃ、焦れったい子ですね。分かりました、『全責任は私が取ります』。それでいいですか? どの道このままではお仲間も怪物の群れに飲まれてしまいますよ?」


 そうだ、あれこれ考えてる暇は無いのだ。

「いえ、パーティリーダーは私です、責任は私が。めぐみんさん、やって下さい」


 その言葉に我が意を得たりとばかりにめぐみんは坑道に向かって大声を出した。


「今から中に爆裂魔法を撃ち込みます! 詠唱を唱える間の時間稼ぎをお願いします! 魔法が発動したらすぐに逃げて下さい!」


 ゲオルグ達は岩蟲の第一陣を撃退していた。めぐみんの言葉に全員が了解の合図を出す。休む間もなく第二陣が来るだろう。


 めぐみんが詠唱を始める。途端に魔力の奔流が彼女を包む、その魔力が彼女の持つ杖に収束していく。


「…黄昏よりも暗き存在もの、血の流れよりも赤き存在もの時間ときの流れに埋もれし偉大なる汝の名において、我ここに闇に誓わん、我らが前に立ち塞がりし全ての愚かなるものに、我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを!!」

「穿て! ドラ… もとい、エクスプロージョン!!」


 坑道の奥が正視出来ないほど眩く光り、大爆発が起こった。

 即座に大量の爆風が中から吹き出して来た。山全体が壊れた圧力鍋の蓋の様に上方に吹き飛んで四散する。


 アンジェラ達は避難していた為に被害は無かったが、1人爆風が直撃して吹き飛ばされた人物が居る。魔法を使った張本人めぐみんだ。


「人に逃げろと言っておいて、自分が逃げ損なうとか喜劇的だな」

 めぐみんを助け出して担いできたゲオルグが珍しく皮肉を言う。


 めぐみんは派手に吹き飛ばされたが大きな怪我はしておらずアンジェラの治癒ですぐに意識を取り戻した。


「言い忘れてましたけど、私は爆裂魔法を使うと魔力を使い果たして倒れてしまうのです。すみませんがこのまま街まで抱えて行って貰えますか?」


 いわゆるガス欠だ。この現象はうちのパーティーでもよくある事だが、この娘は大量破壊兵器である爆裂魔法しか使えず、その虎の子の魔法を使うと倒れてしまうという事なのだろうか? それでよく今まで冒険者活動が出来たものだとアンジェラ達は感心した。


 元々山があった場所には爆裂魔法によって大きなクレーターが出来上がっていた。完全に地形が変わってしまったのだ。

 しかしここまでの威力の魔法が実在したとは。

 そしてこの小さな少女の膨大な魔力には戦慄すべき物がある。この少女が敵になる展開があったら迷わず逃げるべきだろう。


 鉱山を鉱床ごと吹き飛ばした事で、山を所有する貴族からは山その物に加えて作業資材の損害賠償を求められた。額は3億4300万エリス。

 また、吹き飛んだ山の土砂が広範囲に降り注ぎ、死者こそ無かったものの近隣の村の家屋や家畜にかなりの被害が出た。その賠償請求が1億3200万エリス。


 しかしながら最初の警備業務で交わした、岩蟲退治1匹当たり1万エリスの報酬契約があり、後にギルドの調査団より巣の中の蟲の数が、概算1万2000匹と公式に報告された事から報酬1億2000万エリスが賠償金と相殺された。


 更にギルドを通じて、国から災害規模のモンスター発生を最小限の被害で防いだ事を評価され3億5000万エリス、群れのクイーン体を撃破した事で追加の200万エリスの報奨金が出た。

 最終的に300万エリスの赤字となり『責任を取った』アンジェラの負債となった。


 元の4億強の損害賠償に比べれば大きく減った物の、それでも収入の不安定な冒険者にとって300万は大金すぎた。

 しかし、アンジェラのファン達を始めとする冒険者仲間のカンパで100万が集まり、残りの200万はエリス教団が立て替えてくれた事によって実質負債は帳消しとなった。


 もっとも、この2件の借りは後々大きな波紋を呼ぶ事になるのだが、それはまた別の話。


「いやぁ何とかなって良かったですねぇ」

 めぐみんが他人事の様に言う。


「実は『全責任は私が取る』ってセリフは以前カズマが使っててそれがカッコよかったから使ってみたかっただけだったんですよ」


 なんですと?


「あの後アンジェラが責任を引き受けてくれなかったらどうなっていたことか。くわばらくわばら」

 そう言ってめぐみんは報酬の唐揚げ定食を食べて帰っていった。


 アンジェラの怒りが静かに沸き上がる。あの時自分がどれだけの決意の元に責任を取る発言をしたと思っているのか? この紅魔族の娘は何も分かって無いというのか。

 笑顔を引き攣らせたまま、アンジェラはこの世界に来て初めて本気で人を殴りたい、と思った。


「今回は災難だったねぇ」

 めぐみんが帰った後、しばらくしてシナモンがやって来た。


「本当ですよねぇ。借金4億半とか言われて頭の中真っ白になりましたもん」

 アンジェラも安堵の微笑みを見せる。


「でもなんとかなって良かったよね。これもアンジェラちゃんの人徳だね」

 シナモンが茶化す。人徳かどうかは分からないが、教団や冒険者の人達には感謝でいっぱいだ。


「それにしてもシナモンって紅魔族の人達に結構当たりが強いですよね? 以前何かあったんですか?」


 アンジェラの質問にシナモンはあっけらかんと

「いや、直接には何にもないよ。紅魔族と話したのだってくまぴーが初めてだし。

 ただ彼らの言動を見てると自分の黒歴史忘れたい過去を刺激されて胸がザワザワするのよね。だからかな?」

 そう答えた。


「今後は紅魔族とはあまり関わらない方が良いかもしれませんねぇ」


「そうだねぇ。くまぴーだけでお腹いっぱいだよねぇ」

 ぐったりとした2人の意見が厳かに一致した。

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