聖女先輩:前編

 これはまだ私の髪が忌まわしいピンク色ではなく、透き通る様な金髪だった頃のお話。



「すみませんアンジェラさん、少しお時間ありますか?」


 ギルドの受付の人に声を掛けられた。と言っても巨乳のルナさんではなく、大柄な男の人でアゴヒゲを生やしたボスクさんという人だ。何となく見た目が爬虫類っぽい顔をしているので、私とシナモンは彼に『ヘビ蔵さん』というアダ名を付けていた。


「はい、何ですか? へ… ボスクさん」

 あぶねー。本人の前でヘビ蔵さん言うところだったわ…。


「実はお願いしたいお仕事があるのですが、よろしいですか?」

 レベルが10にも満たないペーペーに、わざわざギルド側から頼む様な仕事があるのだろうか? とりあえず話を聞いてみる。


「ギルドの主催している『新米冒険者育成プロジェクト』を覚えていらっしゃいますか?」


 あー、共同墓地の脇に造られた初心者向けダンジョンの事か。

「勿論です。私も初冒険はあそこでしたから」

 懐かしい。と言ってもまだ2ヶ月も経ってはいないのだけど。


「明日、新人のパーティがあそこに挑戦するので、アンジェラさんに監督役をお願いしたいのですが、受けて頂けますか?」

 おお、まさかこの私にそんな依頼が来るようになるとは… ショボい冒険続きで、その日暮しどころか借金まで作った私に『監督役』とは…。


 感慨に耽る私を尻目にヘビ蔵さんは説明を続ける。

「念の為、報酬のシステムを説明しますと、挑戦する冒険者は3回まで監督役のヘルプを受けられて、そのヘルプ回数に応じて冒険者の報酬が減り、監督役の報酬が増える形になります」

 そうそう、確かそんな感じだった。私達の場合は2回ヘルプを頼んでしまった。


「ちなみに冒険者パーティが一度もヘルプを使用しなかった場合でも1万エリスの報酬は保証させて頂きます」だそうだ。


 ギルドには普段からお世話になっているし、少なからず迷惑も掛けてきた。ちょっとでも恩返し出来るなら私も嬉しい。


「ええ、私で良ければ引き受けさせて頂きますよ」


 私の言葉にヘビ蔵さんは大きな笑顔を作る。この人、笑うと少し可愛いかも知れない。


「助かります! 監督役の中にはわざと失敗させて金をせしめようとしたり、ヘルプコールを無視して寝ていたりする不心得者が出てきたりしているので、信頼の置ける人でないと頼めないのですよ… 挑戦者も先輩がダメ人間だとやる気を失くしてしまうでしょう?」


 なるほど。確かに私も最初の先輩がクリスさんじゃなくて、よくギルドで飲んだくれているチンピラさんとかだったら、そのまま冒険者辞めて教会で尼になっていたかも知れない。

 その上で私を『信頼の置ける人』と評価してもらえているなら光栄な事だ。


「ではヘルプコール用のハンドベルと、確認用のシグナルカードです。要領はお分かりだと思いますが、中の構造の復習とかされていきますか?」


 ヘビ蔵さんは何だか分厚いマニュアルを持ち出してきた。中身はうろ覚えだけど、お勉強はしたくないので「大丈夫です」と丁重にお断りする。


「他に問題無ければ明日の午前10時に現地で挑戦者パーティと合流して下さい。ではお願いします」



 初心者ダンジョンに現れたのは4人組の新人パーティ。その内の1人はよく知っている顔だった。


「あれー? レイアじゃないですか。いつ冒険者に?」


「つい昨日です。アンジェラさんが監督で良かったです。知らない人だったらどうしよう? って怖かったんですから」


 彼女の名前はレイア。私と同じエリス教会の神官プリーストだ。アクセルの教会に住まわせて貰うようになってから、仕事のやり方や生活全般の手引きの殆どは彼女から受けた。


 年齢は私より1つ上なのだが、誰にでも敬語を使うタイプの人で、年下の私にも敬語を使う。私も基本敬語だが、彼女はパーティメンバーと同じ位に砕けた口調が出来る数少ない人の一人だ。

 冒険者なんて荒くれ稼業が出来るような娘じゃないはずなんだけど…?


「わ、私もアンジェラさんみたいに逞しくなれたらなぁ、って思って冒険者になったんです。何事にもオドオドしてる自分が好きじゃなくて…」


 そう言いつつもチラとパーティの誰かを熱い視線で見る。あー、あんな事言ってたけどこれは男絡みだわ。そういう話には疎い私でもピンとくる物があった。どれどれ、うちの可愛いレイアちゃんの王子様はどなたですかな?


 レイアの視線に促される様に男性3人が近くに来る。


盗賊シーフのルークだ。俺が発起人でリーダー、よろしく!」


「俺は戦士のビッグスだ。木こりの息子なんで斧の扱いなら大得意だ」


「ウェッジだ。魔術師ウィザードをやっている」


「私達、みんな同郷で幼馴染みなんです」とレイア。

 これはどうもご丁寧に。


「本日監督役を仰せつかりましたアンジェラといいます。よろしくお願いします。中での助言等は禁止されているので、私の事は居ないつもりで頑張って下さいね」


「『アクセルの聖女』に見守ってて貰えるなんて、俺達は幸先がいいよな。気張って行こうぜ!」

 ルークが檄を飛ばす。まぁ聖女とか言われているけども、私自身は何のご利益も無いただの女なんですけどね…。


 私は続けてこのダンジョンの目的(私達の時と同じ『宝玉の回収』)とヘルプコールの仕様を説明した。ベルは規定通りにリーダーのルークに渡しておいた。しかしルークはベルをレイアに渡す。


「そんな… パーティの命運を握るアイテムなんて私持てないよ?!」


「いや、俺らが本当にヤバイ時に最後に立っているのは多分レイアお前だからな。お前に託すよ」


 その言葉に瞳を潤ませて「分かった…」コクリと頷くレイア。ほぉほぉそういう事ですか、なるほどなるほど。


「ではこれより開始です。私もここの経験者ですが、油断してると本当に死にますからね。気をつけて下さいね」


 その声と同時にルークが動く。このダンジョンは通路の1歩目に落とし穴、という製作者の人格が窺われる罠がある。

 ルークは壁や通路を調べる様な動きをした後で、無造作に1歩目を踏み出して見事に落とし穴に落ちた。


 血相を変えて駆け寄るレイアと対照的に、穴を指差して爆笑するビッグスと『フッ』と冷笑するウェッジ。私も自分の事を思い出してクスッとする。

 ルークは怪我はしていないようだ。安堵の空気が流れるが、笑った3人はレイアに睨まれる。


「皆も笑うなんて酷いよ! たまたま無事だったから良かったけど、本番ならルークが大怪我してたかも知れないんだよ?! アンジェラさんまで笑うなんて…」

 私を悲しそうな目で見るレイア。


「あー、ごめんなさいレイア。違うんですよ。私は自分でここに落ちた事があって、それを思い出してたんです…」

 それでしばらく『ドジっ子』呼ばわりされた事もあるのだ。レイア達は意外そうな顔をする。いい機会だからこの人達には私が聖女なんかじゃなくて、只の女の子なんだって事を印象づけていきたい。


 穴を自力で上がってくるルーク。

「あぶねー、もし俺がベル持ったままだったら落ちた弾みで鳴ってたかもな…」


 何気ない呟きが私の黒歴史を抉る。


 そしてレイアの標的はルークに移った。

「大体何で盗賊がいきなり罠にかかるのよ? 必要だから『罠感知』は習得しておけって言ったよね?!」


 こんなに押しが強くて感情的なレイアは初めて見た。教会では遠慮しているだけで、根っこは『世話焼きお姉さん』的な人なのだろう。


「しょうがねぇだろ、1レベルで取れるスキルには限りが有るんだから。『窃盗スティール』は盗賊として外せない!」


「『窃盗スティール』で何するのよ? ギルドで聞いたけど女の子の下着を専門に盗む冒険者がいるらしいけど、アンタまさか…?」


「お、俺は別にそ、そんなの取ろうなんて考えてないよ? 考えてないけど、当たっちゃったら仕方ないじゃん?」


 悪びれずに言い放つルークに、レイアは何かを言おうとして

「もういい! 早く先に行こ!」

 と1人で中に入って行った。慌てて追う仲間達。


 このルークという人、顔つきは結構なイケメンだと思うが、中身はちょっと残念な人なのかも知れない。うちのくまぽんと近いタイプかも。


 さて、この通路の先にはまた罠のある施錠された扉があったはずだけど…。

 ルークは鍵穴を調べる。私達は罠を警戒して少し距離を取った場所にいる。ルークはこちらに向けて何かを確信した様に頷くと、解錠作業に取り掛かる。そして鍵穴から吹き出したガスを浴びて昏倒する。


 走るレイアに笑うビッグスとウェッジ。これは何だろう? 何かのコントだろうか? 私は自分の太腿を抓って必死に笑いを堪えた。

 かつてシナモンが未然に防いだ罠は催眠ガスだったらしい。レイアに蹴り起こされるルーク。そしてまた説教されるルーク。


 施錠された扉はルークが無事に開ける。『解錠』スキルは習得していた様だ。

 第1の部屋の入り口にも落とし穴があったはずだ。そして穴に落ちるルーク。


「もう! アンタは全部の罠に引っかからないと気が済まないの?!」

 レイアも大変だなぁ…。


 第1の部屋の仕掛けは深い池になっていて、25メートル程先にある標的に攻撃を当てれば反対側へ続く橋が現れる、という物だ。新米のうちは魔法も飛び道具も20メートル程しか届かないので、この微妙な不足分を知恵で補う必要があるのだ。ちなみに池を泳いで渡る事も出来るが、水温がとても低いのでオススメしかねる。


 ルークの弓、ウェッジの魔法は案の定目標に届かない。力自慢のビッグスがルークの弓を借りて撃ってみる。何とか届きそうではあるが、そもそもスキルが無いので当たらない。数十、数百と試行すればいつかは当たるかも知れないが、ルークの用意した矢が20に満たないので無駄使いも出来ない。


 4人で作戦会議を開いて、ああでもないこうでもないと話しあっている。

 やがてレイアが何かを思いついたようで、ルークに剛力パワードを掛ける。ルークは強化された肉体で今まで以上に弓を引き絞り、放たれた矢は綺麗に標的に突き刺さった。

 私の時はシナモンが優秀だった為にあっさりとクリア出来たけど、本来はこれが最適解なんだろう。

 水の中から橋が浮上して次の部屋への道が開かれた。


 次の部屋は石の嵐が舞い踊る地獄の様な場所だ。私達の力ではクリアできずに監督のクリスさんに助けて貰った。


 流石に学習したのか今度は入り口の落とし穴を回避するルーク。部屋の中心部に近づくと床に散乱する多数の石が回り出す。


 ここからの展開は私達の時と同じだった。体力に優れる戦士のビッグスが中央にあるレバーの仕掛けに取り付くも、反対側の扉が開くだけで嵐は止まずに落胆する。

 ここからの展開は私達と違い、ビッグスは素直に戻って来た。傷を負ったビッグスを治癒ヒールするレイア。


 再びの作戦会議を行うが有効な案は出てこない。ベルを鳴らしてくれれば私が答えを教えて上げられるのになぁ…。

 という私の視線を感じたのか、リーダーのルークが会議の輪から離れて私に近づいてくる。悲しさと悔しさの混じった目で私を見つめる。私も彼に対して静かに頷く。


「アンジェラ、悔しいけどここは…」


 そこまで言ったところでルークは何も無い所で足をもつらせて私に倒れかかって来た。反射的に避ける私、ルークはバランスを崩したまま壁に手を付く。そして「何だこれ?」と偶然仕掛けのスイッチを探し当てた。


 石の嵐が止む。中央のレバーの隙間に落ちている小石を挟んで第2の部屋クリアです。


 って言うか、何これ? そんなのあり?! こっちはヘルプコール受けるつもりで待ち受けてたのにぃ! 2万エリス稼ぎ損ねた…。

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