おまけ あの件ってどうなったの? エリス祭り:前編

 ※原作8巻をお手元に置いて読んで頂く事を推奨します。


 汗ばむ季節を迎え、なんとか王都での拠点も出来て生活の目処もついてきた頃、街の様子が今までと少し違ってきているのに気がついた。

 女神エリス様を讃える横断幕が街のあちこちに垂れ下がり、街の人達がどことなくそわそわしている。


 私は今回初めて経験するが、毎年この時期は一年の息災を女神エリス様に感謝する『女神エリス感謝祭(通称エリス祭り)』が各地で開催されるらしい。

 エリス教の神官としては誇らしくも身が引き締まる思いだ。


 私は人一倍エリス様にはお世話になっている身なので、人一倍エリス様には感謝を捧げなくてはならない。


 エリス祭り… エリス祭り…?


「あーっ!!」 


 街中でつい大声を上げてしまった私に通行人の視線が集まる。隣を歩いていたヘレンが緊急事態かと武器に手を掛け周囲を窺う。


「お姉様、何事ですか? バルギル枢機卿クソおやじの刺客ですか?」

 ヘレンの緊張感がこちらにも伝わってくる。あー、これはそんなんじゃないんだ…。


「ご、ごめんね。そういうんじゃなくて、大事な事を思い出したものだから…」


 エリス祭り… そう、アクセルの街に居た頃に「今度のエリス祭りの時に女性冒険者を数名集めて賛美歌を歌う」という約束をエリス教会のドヴァン司祭としていたのだ。


 元々は私が教会からしていた借金の肩代わりとして企画された催しで、その話が決まった時期を同じくして、ヘレンの事件やアクシズ教の襲撃なんかがあったりしてすっかり記憶の底に埋もれていたのだ。


 まぁ借金そのものはクーロンズヒュドラ討伐クエストに参加した際の賞金から、パーティ全員で出し合って完全返済はしているのだが、その際に「祭りのイベントは無しで」という話をし忘れていた。痛恨だ…。


 こりゃ急いでシナモンに相談しなきゃだわ…。


「あー、ボクもすっかり忘れてたよ。マズイね…」


「ですよねー… 司祭様怒ってるだろうなぁ…」


「ステージとか押さえちゃってたんだったわ。今からキャンセルして幾ら返ってくるかなぁ…」


「王都では祭りの開催は来週らしいから、アクセルもそのくらいでしょうし今ならまだ…」


「アクセルの祭りなら昨日からやってたぞ?」

 ゲオルグが話に乱入する。彼は休暇を取ってアクセルの婚約者の元にこの3日ほどプチ帰郷していたのだ。

 正に今、くまぽんの魔法で帰ってきて私達の前に出現したばかりだった。


「左様、吾輩も少しだけ散策してきましたが、どうやら今年は例年よりも随分と趣きが違っているようでしたぞ」

 同様にくまぽんが言う。


 何でも今年のアクセルの祭りは通常の『女神エリス感謝祭』ではなく、アクシズ教団も共同開催という事で『女神エリス&アクア感謝祭』という物になっているらしい。


 よりにもよってアクアの感謝祭だと? そんなふざけた状況は恐らく、いや絶対あの連中アクア達が絡んでいるはずだ。


 こんなん絶対に何か良くない事が起きるに決まっているのだから、すぐにでもアクセルの街に向かいたいのだが…。


「しかしお姉様、本日は18時よりレジスタンスの会合の予定が入っておりますが…?」

 スケジュール管理もこなせる様になったヘレン秘書が告げる。


 王都に来てからエリス様の神託を受けたエリス教関係者が続々と私に接触を求めてくる。王都はバルギル枢機卿のホームグラウンドでもあるので、彼の間者は至る所にいる。

 それらの目を盗んで私は地下に潜り、(シナモンを窓口に)協力を申し出てくれる人と密かに会い、バルギル枢機卿に対抗する為のレジスタンスを構築している最中なのだ。


 ぶっちゃけ今はアクセルの祭りなんかに関わっている暇は無いのだが、結果として騙してしまったドヴァン司祭にこれ以上の迷惑はかけられないのに加え、アクア達アクシズ教徒が絶対に問題を起こすに決まっているのだから、それを止めに行かなければならないのだ。


「…今日の会合は外せません。という訳で明日の朝一で私はアクセルに行きます。くまぽん、お疲れのところ済みませんがお願いします」


「お安い御用ですぞ、姫よ」

 ウインクするくまぽん、


「ボクも行くよ、イベント関係の事はアンジェラちゃんじゃ分からないでしょ」


「お姉様が行くなら私も…」

 転移術者のくまぽんは強制参加、私はゲオルグを見る。


「俺は行って帰ってきたばかりだから気にするな。こっちの雑事は俺が引き受けよう。お前らも働き詰めだろ? 祭りは明後日までやるらしいからゆっくりしてこい」

 ゲオルグはそう微笑んで送り出してくれた。でも多分ゆっくりは出来ないと思うなぁ…。



 翌日

 アクセルに着いた。まずはエリス教会に向かう。エリス教会ではドヴァン司祭がダクネス様や商店会の役員達と何やら深刻な顔で話し合っている所だった。


「おお、アンジェラ殿! 帰ってきて下さったんですね! 心配していたのですよ!」


 司祭が期待のこもった瞳で私を見る。まずは約束が果たせなかった事、今日これからではイベントのフォローが全く出来ない事を謝罪、シナモンが会場のキャンセルに向かった事などを話す。大きく肩を落とす司祭様、ホントにごめんなさい…。


 問題はまだあって、今年の祭りの出店はアクシズ教団も参加していて、初日こそ振るわなかったものの、どういう訳か徐々に売上を伸ばしだし、2日目にはエリス教団側の店は売上で逆転されてしまったそうなのだ。


 加えてアクシズ教団の店の中には詐欺まがいの問題行為が頻発していて、その監視をする人手もまるで足りていないらしい。


「私も私で磨り減るくらい色々と忙しくてな… アンジェラ、済まないが街の見回りを手伝っては貰えないだろうか?」


 ダクネス様に頼られて嫌という訳が無いじゃないですか!


 シナモンと合流する。衣装のキャンセルは数万エリスで済んだらしいが、舞台のキャンセルは違約金200万エリス掛かると言われて、慌てて何か出来る催しは無いかと走り回っている最中だった。


「という訳でボクはちょっと外せなくなっちゃったから、そっちは任せていいかな?」

 と言ってシナモンはこちらの答えも聞かずに去って行った。


 見回りと言ってもどこへ行ったものか…? とりあえず町中は水着を着た売り子さん達が打ち水をしながら元気な声で客引きをしている。涼しそうで良いなぁ、と思う。神官服ってあまり通気性良くないから蒸れるんだよね。


 でもいくら暑くてもアルカンレティアの時みたいな事は絶対にしないからね…。


 今の所、揉め事や悪徳商売の現場は見られない。エリス祭りなのにサキュバス等の悪魔のコスプレをしている人も散見され、如何な物かと思われるが、概ね平和な光景だ。

 歩いていると街中ですれ違う何人かが焼きそばを持って食べ歩いていた。へぇ、この世界にも焼きそばなんて有るんだ? 久しぶりに食べたいな…。



「この界隈はみんなアクシズ教のお店みたいですね」

 ヘレンが既にどこかから買ってきていたイカ焼きを頬張りながら言う。確かに屋台のどこかに必ずアクシズ教のシンボルが描かれている様だ。

 その中で繁盛している様子の屋台を見つけた。件の焼きそば屋だ。アクシズ教徒の屋台なんて材料に何が入っているのか知れたものではないが、立ち昇るソースの匂いが物凄く美味しそうだ。


 焼きそば屋台には1人で汗だくになって鉄板と格闘しながら、一心不乱に焼きそばを焼いている若い男の子(?)が居た。恐らくは疲労からか死んだ目をしている。


 違う、男の子じゃない。クリスさんだ…。


 え? ここってアクシズ教のお店だよね? クリスさんって実はエリス様だよね? エリス教の神様がアクシズ教の屋台で…?


 ふと私とクリスさんの目が合う。向こうが状況を理解するまで3秒掛かった。クリスさんの目に生気が戻り、鉄板の熱とは別な物で顔が真っ赤に染まる。


「ア、アンジェラ?! あ、あのね、これは違うの! これはその、あの、カズマと先輩が…」

 消え入りそうな声でモゾモゾと呟くクリスさん。


「…何やってんスか?」


「わぁぁぁぁぁぁぁっっ! 見ないでぇぇっ!!」


 その場で顔を覆ってしゃがみこみ叫ぶクリスさん。

 可哀想、きっとアクアかカズマさんに弱みを握られて、ムリヤリに強制労働させられているに違いない。


「…分かりました、佐藤カズマとアクアの2人をシメてくれば良いんですね? お任せ下さい」


 アクア達をシメるべく後ろを向いた私にクリスさんが「待って!」と声をかける。

 振り向くと真っ赤な顔のクリスさんが焼きそばのパックを2人前持ってこちらに差し出してきた。そしていつもの御侠おきゃんなクリスさんではなく、荘厳なエリス様の口調でこう言った。


「エリス教の忠実な使徒アンジェラよ… 汝、このYAKISOBAを持ち、直ちにこの場から離れ、今見た事は全て忘れなさい。いいですね…?」


 焼きそばを奢るから何も見なかった事にしろ って意味ですか?


「えー? クリスさんがそれで良いなら構いませんけど… でもホント何やってんスか?」


「良いから早く行きなよ! だいたいなんでアクセルに居るのさ?!」

 半ギレのクリスさんに焼きそばを押し付けられ追い出された。エリス様も苦労してるんだなぁ…。


 はー、焼きそば美味しい。


「お姉様、今夜は花火大会をやるそうですよ。私、花火大会って初めてです」

 私も大会なんてレベルでの花火を見た事は無い。じゃあ今日は花火見て家でゆっくりしてから明日王都に帰ろう。


 その後も悪質屋台の摘発なんて建前も忘れ果て、屋台で色々な物を食べたりゲームで遊んだりした。気が付けば私自身がアクシズ教の屋台の売上にかなり貢献してしまっていた。


 だって「お譲ちゃんたち可愛いねぇ、オマケするから寄ってって!」とか言われたら『冷やかしだけでも…』とか思っちゃうじゃん。それでまんまと『後から考えたらこれ別に要らないよね』ってアイテムを上乗せされた祭り価格で買ってしまうのだ。


 いつもとは何もかも違う街の喧騒を背に、私達は本来の使命を完全に忘れて祭りを満喫していた。


 そして日が沈む頃、くまぽんやシナモンと合流した私達は花火大会を待ちわびながら綿飴を抓んでいた。


「始まりますぞ…」

 そう呟いてくまぽんが喧嘩の前準備のように指をポキポキ鳴らす。


 やがて空に向けて数発の大きな花火… では無くて爆発魔法が打ち上げられた。


 あれ? こんだけ? もっとパバパンと景気良く上がるものだと思っていたけど…? 


 数十秒経ったか? という頃、近くで「来たぞ!」という大きな声がした。周りの皆が上を見ている。というかいつの間にか周りの人達は冒険者だらけで、街の一般市民は姿を消していた。


 あ、これはまた変な事件が起きる前兆だ。


 やがてブーンという羽音の様な音が大量にこちらに向かってきているのを感じた。

『様な』じゃなくて本当に羽音だ。打ち上げられた魔法が呼び水となったのか、多数の昆虫型モンスターが大挙して街に攻め込んで来たのだ。


 花火会場はあっという間に戦場になった。


「祭りの灯りに釣られて近辺の虫どもが街を襲いに来るのですよ。我々冒険者は虫を退治して祭りを守らなければならないのです!」


 そう言ってくまぽんは嬉々として範囲攻撃魔法を空の虫達に撃ちこんでいた。


「あの爆発魔法は虫達に対して『掛かって来いやぁ!!』って意味なんだよ」


 シナモンは鎧で固めた他の冒険者達の頭や肩を八艘飛びで踏んづけて、ジャンプしながら上空の虫を剣で切って落としている。2人とも手慣れた物だ。


 私にも子犬程の大きさのカブトムシが突進してくる。その角の攻撃に合わせて思わず手に取ったシショーを撃ちこむ。

 点と点の攻撃が真正面からぶつかる、火花が散る程の衝撃。力は互角だったのか一瞬私とカブトムシ双方の動きが止まる。


 その瞬間カブトムシがニヤリと歓喜の表情を見せた様に思えた。いや虫の表情なんて分からないけどさ、とにかくそんな感じがした。『ふっ、お前やるじゃん』的な?

 …うん、私もこの世界に半年以上居て頭がおかしくなってきたのかも知れない…。


 そのカブトムシはそのまま離脱して何処かへ飛び去って行った。フン、次また会えたら今度は白黒つけようじゃないか。


「お姉様、今虫とお話ししてました? そんな感じでしたけど?」


「や、やぁねぇ… そんな訳ないじゃない。おほほほ…」


 ほんとロクでもねぇ世界だよ…。


 なんとか虫達を撃退し、クタクタになった私達はそのままアクセルの大浴場で汗と垢と埃を落とす。


 サッパリした所で寝よう、と自宅の寝床に入ったのだが、真夜中頃に轟音と振動で目が覚めた。この感じ、爆裂魔法だ… まためぐみんあの子がやらかしてくれたのだろう。しかも街の上空でだ。悪い子じゃないんだけど、頭のネジがどこか1本抜けてるんだよねぇ。


「お姉様、今のは爆裂魔法ですよね? めぐみんがどこかで戦っているのでしょうか? あの娘は爆裂したら役立たずになるので助けに行くべきではありませんか…?」


 ヘレンが珍しく私以外の人の為に動こうとしている。協力してあげたい気持ちはあるんだけど…。


「そうね、めぐみんは戦っているね。多分今頃は街の警察と…」


「…あー、そうですね。じゃあ放置でいいか」

 そう言って再び布団に入るヘレン、その切り替えの早さは呆れるを通り越して羨ましくすらある。


 私も寝直そうかと布団に入ろうとした瞬間にシナモンが窓から入ってきた。

「アンジェラちゃん! アクセルに『銀髪盗賊団』が現れたんだって! 2億エリスの賞金首だよ?! さぁ、捕まえに行くよ!!」

 結局付き合わされて明け方近くまで走り回る羽目になった。

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