第24話 アクシズ教の野望:1

 教会の朝は早い、日の出と共に起床し掃除や洗濯を終わらせる。

 野菜のスープとパンという朝食の後は司祭による… 呼び出しだった。


「アンジェラ殿、最近何かとご活躍の様子ですな?」

 ドヴァン司祭の第一声はご褒美を貰える雰囲気では無かった。


「え、えぇと、活躍とは?…」

 最近に私自身が活躍したような記憶は無い。


 先だって街を襲った機動要塞デストロイヤー戦の時も、うちのパーティは街の門の前でウロウロしていただけで、ダクネス様やめぐみん、ウィズさんといった強い人たちの後ろ姿を見守る事しか出来なかった。ゲオルグが結婚がどうとか言っていた気もするが、まぁそれは関係ない話だ。


「こちらをご覧下さい」

 そう言って司祭様がテーブルの上に出してきたのはファンクラブで販売しているアンジェラグッズの数々だった。


 アンジェラステッカー、アンジェラストラップ、アンジェラピンバッジ、アンジェラぬいぐるみ、アンジェラアクションフィギュア、アンジェラ下敷き、そしてトドメはアンジェラ抱き枕。


 これで全部だろうか? 私自身、こんなに短期間にたくさんグッズが出ていた事も知らされていなかった。正直ドン引きだ。

 そもそも誰が教会でこんなに集めたのか? 限定品まであるのに。


「これらは一様に信徒達が『如何なものか?』と言いながら持ってきてくれた物です」

 確かに如何なものか、と思います。ハイ…。


「貴方はエリス教の神官でありながら新たなカリスマになりつつあります。この事を王都の教団本部は大変由々しく思っているそうです」


「?」

 司祭様の言葉を理解しきれなかった。


「その髪も最近染められましたな、以前の清楚な金髪では飽き足らなくなりましたか?」


「こ、これは不可抗力でして、決して派手目を狙ったとかではなくて…」

 この件に関しては私は被害者だ。一生ピンク髪の重い十字架を背負わされてしまった。


 余談だが今回の染髪以来、街の中での私の呼称が微妙に変わった。

 これまで街の人達は私を『アクセルの聖女』とか『聖女アンジェラ』と呼んでくれていた。いつまで経っても『聖女』という呼び名には慣れないが、いちいち訂正するのも面倒だし、敬意を込めて呼んでくれている相手にも失礼だ。


 ところが最近は『魔法聖女アンジェラ』『魔法聖女様』と呼ばれる事が増えた。

『聖女アンジェラ』だと何となく厳かな雰囲気があるのに、そこに『魔法』が付くと途端に安っぽくなってしまう気がするのは何故だろうか?

 確かに私は魔法をよく使っているのは事実だから、何も間違っては居ないのだが、スッキリしない事案ではある。


「まぁ、それはともかく…」

 司祭様は一旦息をつく。

「このままでは『エリス教アンジェラ派』とでも呼ぶべき勢力となって教会を二分する事態になるのでは? と憂慮されているのですよ」


「いえいえ、私はエリス様に帰依しています。分派なんて恐れ多い事、考えてすら…」

 必死に弁明する。なぜそんな話になってしまっているのか?


「今はまだ良いでしょう。しかし10年後20年後、貴女の気持ちが変わっているかもしれない。更に危険な冒険者稼業をされている貴女の場合、早くに亡くなられる事も考えられます」

 司祭様はここで再び大きく息をつく。

「その場合、舵取りの居なくなった貴女のファンという名の信者が貴女の考えを無視して動き出す事も有り得るのですよ」


 無茶苦茶だ。杞憂も良いところだ。


「それでは、私はどうすればよろしいのでしょうか? ファンクラブの管理は他の者に任せてあり、完全に私の手を離れてますのでどうする事も…」


 司祭様は諦めたように首を振る。

「分かっています、貴女を責めているのでは無いのです。一度そのファンクラブの責任者という方とお話し出来ませんか? 教会からも、あまり派手にしないで欲しい旨を伝えたいのです」


 そういう事なら大歓迎だ。私も街にいる間くらい静かに暮らしたいのだ。

「わかりました、午後にでもその者をここに向かわせます」



「なるほど。で、シナモンは今教会に行ってる訳か」


「姫の広報は吾輩もやぶさかではないが、教会を敵に回すのは確かに得策では無いな」


 そういう訳でシナモンが居ないので、ゲオルグとくまぽんと私の3人で卓を囲んでいる。

「そろそろ掣肘せいちゅうしておく必要は感じていたんです。今は教会で司祭様にお説教されてる頃だと思いますよ」


 正直ファンクラブ絡みのシナモンの行動は目に余っていた。立ち上げからして私に無断だったし、活動自粛と約束した矢先にグッズ販売を始めた。最近発売した『アンジェラドキドキ抱き枕(自分で言うとこれほど恥ずかしい言葉も無い)』などは数量限定の為に、闇ルートではとんでもない値段がついているらしい。

 自分の写真のプリントされた枕を見知らぬ他人が抱いて寝る、という恐怖というか嫌悪感を分かって頂けるだろうか?


「せいぜい絞られてくればいいんですよ。私は芸能人じゃないんです」

 卓の2人は苦笑いをしている。このくらいの悪態は許してほしい。


「アンジェラ殿! アンジェラ殿はどちらに居られますか?」

 ギルド入り口で司祭様の声がした。こんな所に来るなんて珍しい。傍らには神妙な面持ちのシナモンを伴っている。


 ははぁ、司祭様に怒られたシナモンが直接謝罪しに来た、とかであろうか?

 司祭様に向かって「ここです」と手を振る。


「おおアンジェラ殿、今こちらのシナモン殿と良く話し合ったのですが…」

 ふむふむ。

「夏のエリス祭にアンジェラ殿には壇上で賛美歌を披露して頂くことになりました!」


 ど う し て そ う な っ た ? ? ?


 対応出来ずに固まる。司祭の横のシナモンの眼鏡の奥が怪しく光る。勝ち誇った目で私を見ている。

 このオヤジ、シナモンに丸め込まれやがった?!


 黒幕がシナモンなのは明らかだ。大方『アンジェラちゃんを前に出して信者数拡大をした後でゆっくり信者を教育していけば良い』とか何とか言って言いくるめたに違いない。


「え、と… それは拒否ってできるんでしょうか…?」

 何とか声を絞り出す。


「勿論ですとも。我々は無理強いなんてしません」

 ならば良かった、この話はきっぱりと…。


「ただこの所、教会への献金額が芳しくありませんで、運営にも余裕が無くなって来ましてな…」


 うん?


「いつぞやの200万エリス程の予定外の出費が無ければ、この冬を越す位はまだ何とかなるのですが…」


 うぐっ! …ここでそう来るか…。


 以前の仕事で大きな借金を負った時に、教会には200万エリスもの大金を無利子で立て替えて貰った事がある。細々と返してはいたのだが、本来なら利子分にも届いてないだろう。


「ねぇ、アンジェラちゃん…」

 シナモンが甘ったるい声を出す。絶対悪い事を考えている声だ。


「司祭様はこの催しで信者数が激増すれば、教会への借金をチャラにしてくれると約束してくれたのよ」

 紅魔族でも無いシナモンの目が怪しく光って見える。普段ボクっ娘のシナモンが女言葉になる時は、大抵欲に目が眩んでいる時だ。

「しかも舞台のセッティングまで教会でしてくれるんだって。ここまで好条件でウイン=ウインな関係ってなかなか無いと思うの」


 シナモンの言葉はいつも正論だ。方向性が合致している時はとても頼りになる参謀だと思う。

 しかし方向性をたがえた場合はその言葉は鋭い矢となり毒となる。今度はその毒矢を全身に浴びながら反撃しなければならない。


「わ、私には無理ですよ。今まで歌なんて歌ったこと無いし、大勢の前でなんてそれこそ無理です!!」


 最後の方は気持ちが高ぶってしまいギルド中に声が響き、店中の人間に注目される。この状況でさえ、かなり恥ずかしい。

 それなのに壇上で歌え、だと? 今以上の辱めを受けるなんて想像しただけで心臓が止まりそうになる。


「大丈夫よアンジェラちゃん、あたし達が精一杯バックアップするから。ね? 君たち?」

 シナモンがくまぽんとゲオルグに振る。呆気に取られていた2人は「お、おう」と気の無い返事を返す。


 明らかに状況を理解していないが、シナモン側に与する、という言質を取られてしまった。孤立無援では無いか。


「それに舞台の上でアイドルなんて、女の子なら誰でも一度は夢見た事あるんじゃないの?」

 私は普通の女の子じゃ無かったので、そんな夢は知りません。


「ね? 教会も嬉しい、信徒達も嬉しい、あたしも嬉しい、アンジェラちゃんは借金無くなって嬉しい。良い事づくめなんだよ?」


「ふむ、確かにそう考えれば素晴らしい催しの様に思えますな」

 くまぽんも向こうに乗っかって来た。この赤目野郎、簡単に乗せられるんじゃないよ!


「ゴホン!」

 わざとらしく咳払いしてやる。


「い、いやしかし、姫自身が所望されないのであれば仕方ないのでは…?」


「確かに嫌がるアンジェラを無理に壇上に上げるのは感心しないな」

 ほらほら、男子2人は私の味方だよ? 当法案は多数決により否決されま…


「じゃあさ、くまぴーとゲオっちに質問、『アンジェラちゃんが舞台で歌って踊る姿を見たいですか?』イエスかノーで答えて」


 シナモンの問いに男達の動きが止まる。おいコラ流されるなってば。

「…それはまぁ、イエスであるかな?…」

「…俺の気持ちで言うなら、イエスだな」


 裏切り者×2! もう誰も信じられない!!


「シナモン殿、歌はともかく踊りというのはちょっと…」

 司祭様が口を挟む、元々賛美歌という話なので、踊りは全く筋違いだ。もっと言ってやって下さい司祭様。


 まぁ歌も嫌だが私がここを逃げ出す牽制になってくれれば充分だ。


「大丈夫ですよ司祭様。決して悪い様にはしませんから」

 この上ない笑顔で司祭の両肩に手を置いてシナモンが言う。

 司祭様は「は、はぁ…」と問答もせずに引き下がってしまった。ちょ、弱すぎ! 時間稼ぎも出来んのかい!!


「ねぇ、アンジェラちゃん、一生のお願い。あとは貴女のOKだけなのよ。もう衣装と会場を押さえちゃったし」

 シナモンが手を合わせる。このシナモンの何でもかんでも事後承諾という癖はどうにも感心出来ない。


 どうする? 駄々を捏ねて突っぱねるか?


 いやダメだ、教会に居候してて、しかも借金がある身で司祭の頼みを断れば、この街のエリス神官として立場が無くなるだろう。最悪街を追い出される可能性もある。


 では走ってこの場からとにかく逃げて、ほとぼりが冷めるのを待つか?

 無理だ。素早さチート持ちのシナモンの脚から逃げられる訳がない。


 考えろ。この場を切り抜ける、或いは逆襲する手段を…。


 ん? 逆襲…?


「…分かりました、その話しお受けしましょう。でも1つ条件が有ります」


 シナモンに人差し指を突きつける。

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