第18話 ガールズプライド:前編

 神官プリーストは多忙だ。普段は街での教会の勤めがあるし、教義についての勉強や奉仕活動も疎かにしてはならない。

 本来冒険になど出ている暇は無いのである。従って常に回復能力不足な冒険者業において、神官の確保は最重要な文字通り死活問題となるのである。


「アンジェラちゃん、クエスト行かない?」

「アンジェラ、回復足りないんだ、手伝ってくれよ」

「アンジェラちゃん、お茶くらい付き合ってよ」

「ハイハイ、ファンクラブ優先だから会員証用意しててね」

「アンジェラ可愛いよアンジェラ」


 冒険者ギルドに顔を出すとすぐに何人かに声を掛けられる。大抵はクエストのお誘いだが私は基本的にはお断りをしている。

 別に変な選り好みをしている訳では無い、シナモン、くまぽん、ゲオルグという正規のパーティメンバーとの時間を優先したいだけだ。


 以前、他のパーティに入った事でくまぽんに嫌な思いをさせてしまった件もある。


 …ん? ファンクラブって何?


 その声の主を探す、シナモンだった。慌てて問い質す。

「ちょっとシナモン、何なんですかファンクラブって?」


「やっほーアンジェラちゃん、これはね、聖女様のニュービジネスだよん」

 悪気の欠片もなくシナモンが言い放った。


 シナモンは床に正座している。

「で、私に何の断りもなくファンクラブとやらを立ち上げて、会費と称して皆からお金を取ったんですか?」


「だって爆裂騒動でカンパしてくれた人達に恩返ししなきゃいけないって思ったし」


「…確かにあの時は皆さんにお世話になりましたよ。なら尚更お金を取るなんておかしいじゃないですか?」


「はい、ごめんなさい…」


「それで、その集めた『運営費』というのはどうしたんですか? まさか…?」


「うん、残ってない…」シナモンが申し訳無さそうに呟く。


 …目眩がしてきた。私の関知しない事とは言え、これでは詐欺の片棒を担がされたようなものでは無いか?


「あ、でも聞いてアンジェラちゃん、たまーに握手会とかパーティ組んだりとかしてくれれば、あたし達もみんなも幸せになれるのよ…」


 そこでシナモンも言い淀む、『私が笑ってるうちに止めないと怒りますよ?』オーラ全開にしたら理解してくれたみたいだ。

「とにかく! 買い物や投資で使ったならすぐに出来るだけ現金化して皆さんにお返しして下さい」

 議論の余地はありません、良いですか?


「ハイ… あ、でも…」

 何ですか?


「トッツィー…さんから預かってる100万だけは無理、で、す」

 何故ですか?


「トッツィーさんの叔父さんが盗賊ギルドのお偉いさんで、もしそんな事になったら、ボクの切り身が川に浮かぶ事になる…」

 どんだけヤバい橋渡ってんですかこの人は?


「どうして? 他の人に返す分を少し待ってもらってそちらに回せば良いのでは?」


「これは… 彼の夢の代金なのよ!」


 また大仰な事を言い出した。そうやって勢いで乗り切ろうとする手には乗りませんからね。


「このお金で彼の念願の夢が叶うの! 民の幸せを願うエリス教徒として手を貸して欲しいの。アンジェラちゃんにしか出来ないことなのよぉ!」


 ぐ、エリス様の名前を出すのはズルい。仕方ない…。


「分かりました、話だけは聞きますよ。何なんですか? その人の夢って」


「それは… 『アンジェラちゃんと1日パーティ組める権』!」


 はぁ… そんな事だろうと思った。なんかもう情けなくて溜息しか出ない。


「大体何故そんな物が100万とか非常識な値段で売られてるんですか?」


「ファンクラブの目玉商品だから最後に競りにかけたんだよ。いやぁ、ボクも7~8万で落ち着くと思ったんだけど10万超えても勢いが落ちなくてねぇ。20万に届こうかって頃に鶴の一声で『100万!』って。しかも即金だよ? 凄くない?」

 それは凄い通り越してヤバいと思わないとダメだと思います。


 はぁ… もう、しょうがないなぁ。


「…その人と1日パーティ組めば全て解決するんですね?」

 念を押す。


「は、はい! それはもう!」シナモンが手揉みしながら笑顔で躙り寄る。


「分かりました、その人とパーティしますから予定を組んで下さい」


「ありがとう!  アンジェラ様マジ天使!  このご恩は忘れません!」



「やぁ、嬉しいなぁ。噂の聖女アンジェラちゃんとパーティ組めるなんて…」


 このトッツィーという人物自体はただの冒険者だ。クラスは魔術師。顔は甘さの残る感じだが、イケメンと言って良いと思う。装備もよく分からないが金の掛かってる感じがする。


 性格も素直そうで、全体的な印象は『良い所のお坊ちゃん』という感じか。

 大枚をはたいてまで私とパーティ組みたいという位には私のファンであるらしい。


 正直、他人から好かれるのはまだちょっと慣れない。どう対応していいか分からない。


「不束者ですが本日1日宜しく御願いします」

 シナモンの台本通りに頭を下げる。


『いい? アンジェラちゃんは今日1日アイドルなんだからそれらしく振舞ってね』

 と(自称)マネージャーのシナモンに言い含められてきたが、アイドルって何すれば良いのか分からない。生前全く興味無かったし。


「は、はい、こちらこそ不束者ですがお願いします!」

 トッツィーが勢いよく頭を下げる、嬉しそうにしてくれてるが、こちらは半分騙している様で気が気でない。


 彼が頭を下げたその向こうにあまり好意的では無い顔の女が2人見えた。

 不穏な空気を全く意に介さずトッツィーは続ける。


「この2人は僕の冒険仲間で盗賊のミラと戦士のクリル」 


 紹介されては返さない訳にもいかない。

「初めまして。神官のアンジェラです。まだ新米ですが頑張りますので宜しく御願いします」頭を下げる。


「…ども」


「よろしく…」


 2人は値踏みする様な視線で私を見ている。この視線は完全に嫌われている視線だ。

 まだ挨拶しかしてないが、早速何かミスをしてしまったのだろうか?


『いい? 何があってもスマイルよ。スマイルを忘れないでね』

 と言われてきたが、自分の微笑む顔が微妙に引きつっているのが分かる。もう帰りたい。


「今日はアンジェラちゃんの為に地下墳墓の探索クエストを受けてきたんだ」

 トッツィーが言う。どの辺が私の為なのか分からないがスマイル。


 準備の為に一時解散となる。その際に戦士(クリルと言ったか)が体をぶつけてきた。こちらは全く無防備でいた為に体勢を崩してしまった。まぁ事故だろうから仕方な…


「あんまり調子乗らないでよね」


「…え?」


「聖女様だか何だか知らないけど、いやらしい目でトッツィー様に近づくとかやめてくんない?」


 盗賊(ミラだったか)も話に加わる。


「…え?」


「『せい』は『せい』でも性欲の『性女様』なんじゃないの?」


「だよねー。受けるー」


「…え?」


「せいぜい足を引っ張らないでね『性女様』」


 そう言って2人は笑いながら離れていった。


 こ、これは… 噂に聞く『いじめ』というやつなのか?


 状況を整理する。恐らくこの2人はトッツィー氏の事が好きなのだ。そこにトッツィー氏お気に入り(らしい)の私が入って来たので、新しいライバルを共同で潰すべく女2人で私の排除に動いた、という事だろう。


 生前には所謂『いじめ』というものに関わる事が無かった。いじめられるほど学校には通ってなかったし、勿論いじめる側にも属した事は無い。危害を加えようとしてくる奴はその場で打ちのめしてきた。


 初対面でいきなりいじめられるという事に対して、普通は憤ったり悲しんだりするのだろう。

 更に私自身にトッツィー氏とどうにかなるつもりなど微塵も無いことを説明すれば女達の対応は変わるかも知れない。


 しかし、今の私はこの未知で新鮮な人間関係にワクワクしていた。私もかなりこの世界に毒されてきたのだろう。


 移動はトッツィー氏の自家用馬車だ。普段は徒歩で移動しているのでその快適さに驚く、今度うちも導入したい。費用の半分はシナモンに出させよう。


 乗車中も女達の冷ややかな視線は続いていた。トッツィーがしきりに私に何か話していたが、敵意の渦に飲まれて内容が全然頭に入ってこなかった。


 馬車が目的地に着く。荷降ろしの時に戦士が私の荷物だけ地面に投げ捨てる様に置いた。

 まぁ貴重品も壊れ物も入ってないから別に良いんだけどね。


 埃を払いつつ背嚢を背負ったら

「荷物を降ろして貰ってお礼も言えないの?」

 と言われた。そう来たか。


「きっといつもは下僕にやらせてるんでしょ?  姫とか言われてるらしいし」

 2人目も参戦。


「は、はい、スミマセン。ありがとうございます…」

 頭を下げる。


「じゃあ行こうか!」

 トッツィーが声を掛けると女達は「はぁーい」と甘ったるい声を上げて彼に着いて行った。この瞬時に声色を変える技は何点のスキルポイントが必要なのだろう?

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