第10話 婚礼~内情3

 母君子が退院し、無事に普段の生活に戻った。健斗も退院した。まだSPの仕事には戻れないが、自宅療養という事で、宮殿に戻ってきたのだった。普通は仕事を休むなら実家に帰るものだが、実家は遠いし、尊人のたっての願いもあって、宮殿に帰ってくる事になったのだった。

 尊人は、国王としての公務に忙しくしていた。ボイコットしたいと思っていても、なかなかできるものではない。宮内庁の職員にスケジュールを管理されていて、次はこれ、その次はあれと、息つく間もなく連れていかれる。国王という仕事がここまで激務だとは尊人は思っていなかった。

「ああ、こんなに朝から晩までこき使われるとは、思ってもみなかった。」

夜になって、やっと自室に戻ってきた尊人は、一緒に部屋に付き添ってきた未来にそう言った。入浴をしようとバスルームに入ると、未来は明日も早いからと自分の寝室に戻って行った。

 尊人がバスルームから出てくると、部屋をノックする音が聞こえた。ドアを開けると、健斗が立っていた。

「来ちゃった。」

茶目っ気たっぷりに健斗がそう言ったので、尊人は噴き出した。

「俺はもう寝るぞ。今日も疲れてるから。」

尊人がそう言うと、

「そんなあ。俺は暇なんだよー。」

と泣き真似をする。が、次の瞬間真面目な顔になって、

「そうだ、疲れてるならマッサージしてやるよ。ベッドに横になって、ほら。」

と言った。尊人はベッドにうつ伏せになり、健斗は傍に座った。あまり激しく動く事はできないが、だいぶ普通に動けるようになった健斗である。肩や腰、ふくらはぎなどを揉んでいく。

「肩凝ってるなー。」

肩を思いきり揉みながら、そう健斗が言うと、

「うーん、気持ちいい。」

と尊人が目をつぶったまま言う。尊人はそのまま眠りそうだった。

「さ、ちゃんと寝て。」

健斗に促され、尊人はうつ伏せからごろんと仰向けになる。健斗は掛布団をかけてやった。尊人が目を開けると、健斗は枕元に座って、尊人の頭を撫でた。

「眠るまでこうしていようか?」

健斗が優しく言う。

「まるで子供みたいじゃないか。」

眠くてふにゃふにゃした声で、尊人が言う。けれどもう目は半分閉じかけていた。

「おやすみ、尊人。」

健斗はそう言うと、ほとんど目を閉じている尊人のおでこに、ちゅっとキスをした。そのまま、尊人は目を閉じ、すぐに寝息を立てた。

 健人はしばらく尊人の寝顔を見ていた。そして、尊人の手を取り、握る。立ち上がって、手を離し、立ち去りかけてもう一度尊人の顔を見た。そして、屈んでそっと尊人の頬にキスをした。


 朝食を取り終えるや否や、首相が尋ねてきて、唐突にこう言った。

「陛下、お妃選びの件でお話があります。」

尊人は飲んでいた紅茶でむせて、咳き込んだ。

「国王には王妃と共に行っていただく行事がたくさんございます。ゆえに、早急にお妃を選ぶ必要があるのです。こちらで3人の候補を出してありますので、ご覧ください。」

首相はそう言って、テーブルに資料を広げた。お見合い写真のような物もある。けれども、尊人はそれを見ようとはしなかった。

「首相、私はそのどの女性とも結婚するつもりはありません。」

尊人が静かに言った。

「それは?どなたか心に決めておられる方でも?」

首相は顔を上げた。

「申し訳ないが、私は男性と結婚します。」

「は?・・・しかし、我が国では同性婚は認められておりません。」

「それは国民に対してでしょう?私は国民ではない。私は、国民に認められている基本的人権もない。義務もない。戸籍もない。したがって、その法律は私には適用しない。」

「しかしですね、それでは国民が納得しません。・・・困りましたな。」

首相はハンカチを出して顔の汗を拭いた。そして、広げた資料をまたまとめて、立ち上がった。

「少し、考えさせてください。すぐにまた参ります。」

そう言って、去って行った。

 尊人は、近くに控えている健斗と未来の方を見て、にっと笑った。まず一つ反乱を起こしたのだ。王妃を置かない、と駄々をこねる。始めはシングルで通す事にしようと思ったが、それだと押し切られるような気がしたので、男性と結婚したいと言ってみたのだ。相手は動揺して去って行った。これは成功したようだ。とにかく、尊人は子孫を残さない事に決めていた。そうすれば、自分の代で国王の血統が途切れるのだ。今の政権は男系王族にこだわっていて、既に王族ではなくなっている姉たちの方は王族の血統とは認めないだろう。瑠璃子は犯罪者だ。まさかそこから王族の血筋を再開させたりはすまい。自分が子供を残さなければ、もし着任中に国王制を終わらせることができなくとも、自分が死ぬことで国王制を終わらせることができるのだ。ここは譲れないところだ。

 尊人はまだ若いので、結婚していなくてもおかしいとは思われていない。そして、国内では誰が王妃になるのか、自分もなれるのではないか、と玉の輿フィーバーが報道されているところである。自分磨き、女性のマナー教室、民族衣装の着付けなどがトレンド入りしていた。もともと尊人は人気があり、姿を現すと大勢の若者が詰めかける。国王になってからは、自分が見染めてもらえるのではないか、と増々詰めかける年頃女性が増えているところであった。

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