第4話 イザナミの死

 海鮮などの具材と酢飯を用意する。それを海苔のりで巻いた寿司を『太巻ふとまき』という。


 牡鹿の肩甲骨を焼くとひびが入る。その模様で吉凶をみる占いを『太占ふとまに』という。


 イザナギたちの話を聞いた天之御中主神あめのみなかぬしのかみは、太占を行ったあと、酒をちびちび飲みながら口を開いた。


「ほらあれ、君が立てた大きな柱……あれはなんて言うんだっけ?」

  

 今日も酒臭いな。イザナギはそう思いながら答えた。


あめ御柱みはしらのことっすか?」

「そうそう、それ。君たちはそこでまぐわいの儀式をしたじゃん。そのときになにか問題があったみたいだね。んー……」


 天之御中主神は肩甲骨のひびに目を凝らした。


「柱をぐるっとまわって声をかけ合うでしょ。もしかして、イザナミちゃんのほうから声をかけたりしなかった?」


 訊かれたイザナギは、まぐわいの儀式を事細かく思い返した。確かにイザナミのほうから声をかけてきた。


「お兄ちゃんってイケメンだよね!」


 満面の笑顔でそう言われたのだった。


「ああ、やっぱり」天之御中主神は得心した顔をした。「きっと、それが原因だよ。男のほうから声をかけるのがまぐわいの儀式の正式な作法だからさ、逆ナンみたいなことをしちゃうと国産みに悪影響が出ちゃうんだよね」

「なるほど、それで……」


 イザナギは天之御中主神を見直した。さすが最高神だ。いろいろとよく知っている。単なる飲んべえではないらしい。


「まぐわいの儀式をやり直してから、もう一度ガッチャンコしたらいいんじゃないかな。たぶん、それで元気な国が産まれると思うよ」


 イザナギたちは天之御中主神の助言に従った。オノゴロ島に戻ると早速まぐわいの儀式をやり直した。柱の左右からまわり歩いて、今度はイザナギのほうから声をかけた。


「イザナミ、お前はほんとにかわいいな! もう俺はお前にメロメロだ!」

「私もだよ。お兄ちゃんにメロメロ!」


 天之御中主神の助言は正しかった。儀式をやり直したあとにガッチャンコをすると、今までとは違って立派な島が生まれた。その島の名は淡路島といった。


「お兄ちゃん、ちゃんと産めたよ……」


 涙を拭う妹にイザナギは言った。


「よくやった。けど、島がひとつでは国と言えない。もっとガッチャンコするぞ」

「え……」


 反論をする暇を与えずにイナザミを押し倒す。


「きゃあ、お兄ちゃん! 乱暴にしないで!」


 イザナギは猿のようにガッチャンコをした。ガッチャンコを終えても、さらにガッチャンコをした。ガッチャンコにつぐガッチャンコ。イザナミもいつしかガッチャンコが病みつきになり、歓喜の声を恥ずかしげもなくあげるようになった。


「こんなのはじめて!」

「もう死んじゃう!」

「ガッチャンコ最高!」


 おかげでたくさんの島が誕生した。四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡。最後に本州が産まれた。淡路島を含めた八つの島を大八島国おおやしまぐにといった。日本列島の異称だ。


 とりあえず、国産みが一段落した。イザナギは腕枕の中にいるイザナミに言った。


「お前って実はエロかったんだな……」

「そういうこと言っちゃダメ……」


 イザナミに腕をつねられた。


「いてて……」

「私がエッチになったのはお兄ちゃんのせいなんだからね。ちゃんと責任取ってね」

「責任を取るということではないかもしれないがな、ガッチャンコはまだまだしなきゃいけないんだ」

「そうなの?」

「国産みは終了したが、次は国を守る神が必要だ。神の数は膨大だぞ。今までとは比にならないくらい、ガッチャンコをやりまくらないといけない。今日は一晩中、ヒィヒィ言わせてやるからな」


 また腕をつねられるかと思ったが、イザナミは赤い顔をして頷いた。


「うん、いっぱいヒィヒィ言わせて……」


 うお、かわいい……。イザナミを抱き寄せたイザナギは、これまで以上に激しいガッチャンコをした。


 そしてイザナミは、次々と八百万やおよろずの神を産んだ。


 家の神、風の神、海の神、川の神、山の神、木の神、石の神。どんどん地上は満たされていき、国として地を固めていった。


「かわいいし、エロいし、国も神も産みまくりだし、やっぱりお前は自慢の妹だよ」


 すべてが順調に思えた。だが、残酷な運命がイザナミを襲った。


 火の神を産んだときだった。イザナミの陰部がひどく焼けただれてしまったのだ。その大火傷がもとで、イザナミは瀕死の状態に陥った。


「イザナミ、元気になってくれ……」


 イザナギは必死で看病したが、容態はいっこうに好転しなかった。むしろ、悪化する一方だった。


 イザナミは火傷の苦しみ耐えかねて、何度も嘔吐して大小便を垂れ流した。その吐瀉物や糞尿からも神が生まれ出たのは、イザナミの強い意志の賜物かもしれない。こんな状態でも神産みを遂行しようとしているのだ。


 多くの神を生みだしたイザナミは、とうとうイザナギの腕の中で息を引き取った。


「お兄ちゃん……大好き……」


 それが最期の言葉だった。


 火の神なんて産ませなければよかった。イザナギは悔やんでも悔やみきれず、イザナミを抱きしめたまま声をあげて泣いた。


【第五話に続く】


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