第2話 まぐわい

「さてと、まずは雨風を凌げるようにしないとな……」


 イザナギは見あげんばかりの巨大な柱、あめ御柱みはしらを島の中心に建てた。それから、天の御柱を囲うようにして、寝殿造しんでんづくりの御殿ごてんを築いた。柱や御殿を築造するのは骨の折れる作業だが、神通力を駆使すれば、指パッチンするだけでいとも簡単に完成する。まさに一弾指いちだんしのあいだだ。


 朱塗りの外回廊に立ったイザナギは、どや顔を作ってイザナミに言ってみせた。


「どうよ?」


 イザナミは御殿の内と外を交互に見まわしている。板敷きと畳敷きが親和する広い主室、庭園の池に架かる半円の反り橋。それらがイザナミに感嘆の声を漏らさせた。


「すごいね、こんな立派な家、はじめて見るよ……」


 もう少しうっとりさせておいてやりたいが、悠長に構えていると、天之御中主神に急かされ兼ねない。託された国作りに着手するため、イザナギはイザナミを主室に誘った。


「国作りについて話すことがある。けど、立ち話もなんだから座って話そう」


 主室の板の間に敷かれ円座には、きらびやかな刺繍が施されていた。イザナギはそこに腰をおろして話をはじめた。


「なあ、イザナミ、俺とお前の身体はよく似ているが、ひとつだけ異なる箇所があるよな?」

「異なる箇所?」イザナミは首を傾げた。「えっと、どこ?」

「そこだよ」


 イザナギはイザナミの股間をビシっと指差した。すると、うぶなイザナミは予想どおりの反応をした。


「ち、ちょっと、お兄ちゃん、どこを指差してんの! 女の子のここは指差しちゃダメなんだよ!」


 イザナミの訴えを無視して、イザナギは話を進めた。


「俺とお前の股間は正反対の形をしてるだろ? 俺の股間は出っ張っているが、お前の股間には穴があいている。どうだ、ここまでは理解できるか?」

「り、理解できるけど」イザナミは顔を赤らめた。「そ、そんな露骨に言う必要ある? 恥ずかしいんだけど……」

「理解できるなら話が早い。実はな、俺たちの股間の相違点が国作りの肝なんだよ。これから俺たちはガッチャンコをしなければならない。股間と股間をガッチャンコだ」


 イザナミが怪訝な顔をする。


「股間と股間をガッチャンコ? どういうこと?」

「俺の立派な出っ張りで、お前の穴に栓をするってことだ」

「は、はい?」イザナミは目を丸くした。「な、なんで、そんなことするの?」

「なんでって、ガッチャンコをしないと国を産めないからだよ」

「国を産む? なにを言ってるの。国は産むんじゃなくて作るんだよ」

「いいや、国作りは国産みなんだよ。ガッチャンコをすると国が産まれる。お前が元気な国を産むんだ」


 イザナミはきょとんとして自分の顔を指差した。


「私が国を産む?」

「そうだ」


 一拍置いて、イザナミははっとした顔をした。そして、「無理無理無理無理無理!」と首を横にぶんぶん振った。


「普通に無理だから! 私、国なんて産めないよ?」

「いや、お前なら余裕でぽんぽん産める。自信を持っていい。なんせお前は自慢の妹だからな」

「自慢に思ってくれるのは嬉しい。でも、国を産むなんて絶対にできっこないからね。というか、国を産むってどういう状況? 全然イメージできないんだけど」

「状況はだな、バーンときて、ドーンといって、ポポポーンだよ」

「擬音ばっかじゃん! 全然わかんないよ。語彙力なんとかして!」


 未だ戸惑うイザナミの肩に、イザナギはそっと手を置いた。


「お前が不安になるのもわかる。けどな、ガッチャンコはそりゃあもう凄いんだ。騙されたと思って、俺と一度ガッチャンコをしてみろ。きっとお前もガッチャンコの虜になって、一晩中ひいひい言いまくりだ。ひいひい言いまくったあとに国がポポポーンだ。とにかく、ガッチャンコほど甘美なものはない。どんな奴でも骨抜きになって、最後は恍惚の表情を浮かべるんだ」


 いっきにまくし立てると、イザナミは喉を鳴らした。


「ガ、ガッチャンコって……そんなに凄いの……?」


 さっきまでと声の調子が違う。ガッチャンコに興味を持ちだしているようだ。ここでうまく畳みかけてやれば、守りの固いイザナミも首を縦に振るかもしれない。


 イザナギは言葉を選んで慎重に言った。


「ああ、ガッチャンコはほんとに凄いぞ。おまけに国まで産まれるんだから、ガッチャンコにデメリットはない。だがな、そういう凄さがなかったとしても、俺はお前とガッチャンコがしたいんだ。なぜだかわかるか? それはな、お前を愛しているからだ」


 するとイザナミは、虚をつかれた顔をした。

 

「え……」

「ガッチャンコは愛なんだよ。愛があるからこそしたくなるものなんだ。俺はお前を心から愛してる。妹としてじゃなく、ひとりの女としてな」


 イザナミの顔がみるみる赤くなった。そして、上目遣いで尋ねてきた。


「あの、それって……もしかしてだけど、告白……だったりするのかな……?」

「そうだ。俺はずっと前からお前のことが好きだった。だから、ガッチャンコがしたい。俺とガッチャンコをしてくれ」


 イザナミは上目遣いのまま言った。


「ガッチャンコのことはよくわからないけど、私もお兄ちゃんのことが好きだよ。ずっと前から大好き。でも、私たち兄妹なんだよ。兄妹は好き好き同士になったらダメなんだよ……」

「いいや、神さまの俺たちはなんでもありだ。兄妹であっても問題はない。それに愛はすべてを凌駕するんだ。愛に不可能はない。俺は愛するお前とガッチャンコがしたい。お前とガッチャンコができれば、死んでもいいとすら思ってる」

「お、お兄ちゃん……」イザナミの目が潤む。「そんなに私のことを……」


 ガッチャンコのためなら矜持を捨てることも厭わない。一発やらせてくれ! と土下座でもしてやろうかと思ったとき、イザナミが真っ直ぐな目で見つめてきた。


「私を愛してくれているからこそ、ガッチャンコがしたくなるんだよね?」

「ああ、そうだ。ガッチャンコは愛の証だ」


 きっぱり答えると、イザナミは覚悟を決めた顔をした。


「わかった。お兄ちゃんとガッチャンコする。私も愛の証としてガッチャンコする。頑張って元気な国も産んでみる」


 イザナミの小さな肩は震えていた。なんて健気な奴なんだろうか。愛しさがこみあげてきたイザナギは、思わずイザナミを押し倒しそうになった。だが――


【第三話に続く】


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