第7話 山賊

 国道を北上し群馬まで来ると、雨上がりの中、辺りは緑が濃い山々が連なっている。群馬の前橋を過ぎたあたりで視界が開けて、右手の赤城山の頂上付近に巨大な塔が見える。500m以上はあるだろうか、白く輝く壁面に「人民友好の塔」という文字が見える。先端に円盤状の展望台があり、黄色い星が並んでいる。C国政府の支配を誇示するものだろう。赤城山の頂上近くなので、展望台は二千メートルを超えている。富士山は無論、太平洋、日本海も見渡せるに違いない。


 その巨大な塔に目を奪われているうちに、国道は上り坂となる。

 曲がり角でヒッチハイクらしき若い男二人を見かけた。男たちがしきりに合図をしてくるが、いろいろ物騒な物が入っている冷凍車に乗せるわけにもいかず、通り過ぎようとすると、二人は車の前に飛び出してきた。

 車を止めると、一人が横窓に近づき、ドアガラスを強めにノックしてきた。警官が持つような回転式拳銃をこっちに向けている。仕方なくドアガラスを下ろす。

 男はC国語で、「○○××、○○××」と話してくる。

 アサミはさすがに拳銃を恐がっている。助手席のワタルが

「私たちは○○食品の社員で、新潟の○○テレビに中華麺を届けるところだ」

と落ち着いて答えた。

 すると男は、「日本人か?それなら話が早い。その中華麺を置いて行ってもらおうか」と言う。

「置いて行ってもいいが、君たちは何者?」

「俺たちは、つまり、山の中に逃げ込んで、食い物に困っている日本人だ。仲間が食料を待っている。大人しく食料を渡してくれれば危害は与えない。」

 中華麺など無い。冷凍庫にはロケット弾と運搬ロボットと宮里組の二人が入っている。オダは面倒にならないために本当の事を伝えることにした。

「そういう事なら、本当のことを言う。俺たちは○○食品の社員ではなく、遠く沖縄から小さな船に乗ってこの島に来た。目的は、C国につかまっているかもしれない日本の芸能人を助け出す事だ。だから、積み荷に食料はほとんどない。積み荷はC国と戦うための武器と弾薬だ。キミたちと戦う気はない。このまま行かせてもらいたい。」

 若い男はかなり驚いた様子で、車の前で銃を構えているもう一人の男を呼び寄せ、日本語で何かを話しだした。もう一人の男も、面食らった様子で目をパチクリさせて「ほんとか?」とか言っている。一分ほどで話がついたらしく、こう話しだした。


「あんた達が沖縄から、日本の芸能人を助けるために来たことは信じよう。頼みがある。我々はこの山の中で、自衛隊員や元警官を中心に、C国に対する抵抗を続けている「本州奪回連盟」というグループだ。食料も不足しているが、武器弾薬も不足している。できれば、一緒に俺たちの避難所まで来てもらって、武器弾薬を少し譲ってもらいたい。」

 今度は、オダ達が相談する事になった。話がまとまり、

「では、冷凍庫を開けるよ、中にはもう二人がいる」と男たちに告げてから、ワタルとオダが運転席から降り、冷凍庫の扉を開けた。宮里組二人が出てくる。ワタル達は五人で状況を確認し、相談を始める。

 宮里ヒロシが「どうなってる?」と説明を聞いてくる。

 アサミも「大丈夫なの?」と心配そうに聞く。

 ワタルは「大丈夫さーー」と楽観的発言をする。

 「本州奪回連盟」の二人は、冷凍庫の中の運搬ロボットやロケット弾などを覗き込んでかなり驚いている様子だ。


 ワタル達五人は相談の結果、この「本州奪回連盟」の二人を信用して、その避難所まで、ついて行く事にした。武器をいくつか渡す事になっても、この「本州奪回連盟」の協力をとるべきだという判断をした。もし、この二人がただの強盗で、だまし討ちにされる結果になったとしても、それはそれまでだ。日本人と戦うために、ここまで来たわけではない。


 「本州奪回連盟」の二人は、近くのわき道に止めてあった軽四に乗り込み、国道を先に走行して行く。ワタル達五人も冷凍車に乗り込み、軽四について行く。

 軽四は国道を2キロメートル程進んだ場所で、「←伊香保温泉」の案内板に従って、左のわき道に入って行く。

 さらに中国人らしき温泉客で賑わっている伊香保温泉を通り抜け、その先の榛名山に続く林道らしき荒れた道を上って行く。

 一時間程上り続けた、西に湖を望む榛名山の中腹に、その避難所はあった。

 道とは呼べない草地を進んでいくと、開けた小さな土地があり、廃墟となった家屋が数軒並んでいる。そこは無人で、その裏手から上った所にある、草で覆われた山腹の洞穴の幾つかが「本州奪回連盟」の避難所だった。


 洞穴の中に入ると、三十人程の男女(子供、老人もいる)が、五つほどの部屋に分かれて暮らしている。他の洞穴からも二十人程が集まってくる。

 リーダーの女性に紹介され、ワタル達五人は、五十人程の人々を前に、それぞれ自己紹介と、沖縄からここまで来た目的を話した。

 一人一人が話す度に、人々は「おおーーっ!」と声を上げ、沖縄から来たワタル達を歓迎している様だった。中には、感激して泣いている老人もいる。

 リーダーの女性は、きりっとした表情でこう言った。

「私たちは、あなた方を歓迎します。遠く沖縄から、日本の窮状を思い、助けようと来て下さったことに心から感謝致します。あなた達の様な人がいる事だけで、私達は何よりも心強く感じます。協力できる事があれば何でも言ってもらいたい。是非協力させてもらいたい。」

 集まった人々は「その通り!」と声を上げ、拍手さえ起こった。


 それからワタル達は、リーダーの部屋に案内され、テーブルの周りの椅子に座り、出された日本茶を飲みながら、「本州奪回連盟」の現状を教えてもらうことができた。

 「本州奪回連盟」略称「連盟」は、北は青森の八甲田山から、奥羽山脈、関東山地、長野の北アルプス、浅間山にかけて、山の中に拠点を置いている日本人グループで、その総数は十万人を超える。

 この山の付近にも、これ位の規模の拠点・避難所は十数ヵ所あり、それぞれ自衛官や元警官を中心とした日本人避難民が、武器を蓄え農業などで自活しながら、連絡を取り合っている。

 「連盟」は、人々にC国軍の動きを伝え、C国軍から逃げる人々を援助する抵抗運動、時には武器を使った実力行使をしている。


 九年前の夏、P国の核ミサイルが、自衛隊基地と太平洋沿岸の都市部に向けて発射された。自衛隊は壊滅状態となり、太平洋沿岸の都市部は数千万の死傷者を出す惨憺たる状況となった。その後P国の軍隊は日本海沿岸の島根、京都、富山、新潟等に上陸し、市街地を取り囲んで、避難しようとする無抵抗な住民を一方的に殺戮し続けた。都市部の住民の多くは逃げ遅れ、犠牲となった。

 自衛隊の陸海空軍基地は、P国のミサイルでほぼ壊滅しており、組織的な戦闘が不可能な状態だった。残った僅かな自衛隊は、政府要人の保護、移送にあたり、民間人の保護は放棄された。

 C国軍が介入し、一応の停戦状態となるまでに、P国軍による虐殺で民間人三百万人が犠牲になったとされ、停戦後も犠牲者の数は増え続けた。


 リーダーの女性は新潟の生まれで、中学生の時にP国軍の侵攻を受け、学校の集団避難で市街地を離れ、山の中に逃げ込んできたと言う。逃げ遅れた家族全員は殺された。

「P国軍は日本人を取り囲み、『日本軍がむかしP国人にしたと同じ事をしてやる!』と叫んでいた。日本軍がP国でそんな事をしたとは思えないが、P国軍はそういう理由で、泣き叫ぶ住民を、子供も大人も老人も容赦なく、銃やこん棒で殺害した。そして口にするのも憚られる様な行為を強制した。

 C国軍が来てからも、その状況は変わらず、P国の兵隊が日本人を殺すのを、C国の兵隊は笑って見ているだけだった。それでもC国の兵隊は形だけ止めるふりをし、日本人はそれに頼るしかなかった。」


「ここにいる人たちは、みんな新潟出身で、P国軍やC国軍から逃げてきた人達です。P国軍やC国軍の恐ろしさは絶対に忘れる事は出来ません。いつかは、P国軍やC国軍を日本から追い出し、日本を日本人の手に奪回したい。あなた方のように沖縄から、というより何処からも、私たち本州の日本人を助けに来てくれた人はいません。九州や北海道にあるらしい日本政府は何もしてくれない。本当にあなた方には感謝しかありません。」


「私達レキオス部隊は、沖縄で募集され訓練されて、列島の状況を調査し日本の芸能人達を救出しようという目的で、四国、和歌山、横須賀を通って、東京から、ここまで来ました。「本州奪回連盟」の皆さんに協力することは、全員大賛成です。出来る事はすべて喜んで支援させていただきます。」とオダが言った。


 そしてその後主要メンバーとの協議の結果、レキオス部隊の持つロケット弾2発と、充電が困難という理由で断られたレーザー銃以外の銃火器・弾薬を「連盟」に提供する事、そして、レキオス部隊が新潟で芸能人を救出する作戦に「連盟」が出来る限りの協力をする事に合意した。

 女性リーダーは早速、他の地域にある「本州奪回連盟」の群馬県本部に連絡を送り、各部隊との協力体制の調整と準備を始めた。

 ワタルも、レキオス号の隊長に携帯で

「伊香保温泉で中華麺の取引先を見つけたので、交渉のため数日間泊まることにした。帰りは五日か六日後になる。」と気楽な内容の連絡をする。

隊長は、話の内容をなんとなく理解したようで、数秒の後「お前の今月の給料は無しだ!バカヤロー!」というだみ声の返事を寄こした。

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