八節 太陽の結界(壱)
場所は酒場宿ヤマサンの裏手にある簡易宿泊施設だ。
ツクシとゴロウが荷物を取りに寄ると、
「おや、ツクシ、ゴロウ、お帰りね」
「これから仕事かい? 洗濯物はベッドの上だよ」
出入口の受付で、宿泊施設の管理を主な仕事にしている二人の寡婦から声をかけられた。背の高い中年女と背が低いチマチマとした中年女の二人組だ。背の高くてひょろっとしたのがアマンダ、小さくて全体的にチマチマとしたのがルリカという。彼女たちはそれぞれジョナタンの友人の妻だ。ネストで旦那に死なれてからはヤマサンで働いている。近くで彼女たちの子供何人かが集まって床に寝転がって読み書きのようなことをしていた。二人分で計八人だからなかなか子沢山である。どれがどっちの子供かはわからない。
「おう、いつも悪いな、お二人さん」
「あァ、これから仕事だぜ」
ツクシとゴロウは軽い挨拶と一緒に通り抜けようとしたが、
「いいんだよ。探索者いなくなって私ら暇でね。何しろ手が空いちゃうんだ」
「このままだと仕事がなくなりそうだよ。
「地上の景気も悪いからねえ。どうなることやらねえ。おや、ツクシ、ゴロウ。ゲッコが見当たらないけど、どうしたの!」
「あら、本当だよ、ゲッコがいないよね!」
お喋りのついでに、バカでかい声で呼び止められた。
「ゲッコはさっき故郷へ帰ったぜ」
ツクシは足を止めて顔だけを後ろへ向けた。
「えええ、それはまた急な話だねえ!」
「本当に、ゲッコ、帰っちゃったの!」
アマンダとルリカが揃って目を丸くした。
「ああ、帰ったんだ。ゲッコはここの家賃の払いが残っていたりしないのか。もし残っていれば俺が立て替えておくが――」
ツクシがいうと、
「それは、大丈夫だけど、ねえ――?」
アマンダとルリカが顔を見合わせた。
ツクシの先月分の家賃支払いがまだである。
「あァ、ゲッコの手荷物は何もなかったかなァ?」
ゴロウが首を捻った。
「ゲッコの荷物って見たことないよねえ?」
「ねえ?」
アマンダとルリカも首を捻った。
「今考えるとゲッコは物をまるで持たん主義だったな」
呟いたツクシは「俺から田舎へ帰るゲッコへ何か手土産のひとつでも持たせてやるべきだったのか?」などと変な後悔をしながら自分の貸し部屋へ向かった。ゴロウも黙ってあとに続いた。仕切りの垂れ幕で区切られたそこは部屋というよりも貸しスペースといったほうが近いだろう。そこで、ツクシは黒革鎧を着込んで、いつもはゲッコに持たせていた背嚢を背負った。その重さに辟易したツクシは背嚢の荷物を減らした。
身支度を終えたツクシとゴロウは出かけの挨拶をしようと酒場天幕へ立ち寄った。
昼時の客席は三分の一埋まっていた。たいていの客は王座の街に駐屯する王国軍の兵士だった。
カウンター席の客を相手に談笑していたジョナタンが、
「おっ、ツクシさんにゴロウさん。酒つきの昼めしにするかい?」
ジョナタンも酒場の親父がすっかり板についてきた。
「おう、ジョナタン。一杯ひっかけたいところだがな――」
ツクシは顔を歪めて返した。
「悪いなァ、俺たちは今から仕事へ出かけるんだ」
ゴロウは笑った。地下十五階層のエレベーター前防衛基地へ行けば軍の配給食が出る。ゴロウは酒がつかなくても軍のタダ飯を優先する。絶対に譲らない。ツクシはそうでもない。
「――そうだべか。気をつけてな」
ジョナタンが視線を落とした。
ツクシとゴロウは仕事へ行って必ず帰ってくるとは限らない――。
「――パメラとかトニーたちはいるのか?」
ツクシが何となく訊くと、
「裏の厨房にいるべ。呼んでくるべか?」
顔を上げたジョナタンである。
「ああ、いや、いいんだ。特別な用事はねェよ」
「仕事の邪魔をしたら悪いしなァ」
ツクシとゴロウが踵を返すと、
「――ツクシ、ゴロウ。おかえり」
お盆を胸元で抱えたテトが後ろに立っている。
「おう、テト」
「いよう、テト、景気はどうだ」
ツクシとゴロウの挨拶だ。
「探索者がいなくなってから、ずっと景気はよくない。ゲッコがいないけど?」
テトがフンッと顔を横向けてゲッコの不在に気づいた。
「――ああ、ゲッコなら帰ったぜ」
ツクシがいった。
「――帰ったって、どこへ?」
テトがツクシを睨んだ。
「どこへって――ゲッコの
ツクシはテトの顔から視線を逃した。
「ゲッコの故郷?」
テトはツクシをまっすぐ睨み続けた。
「確か南だったよな。ええと、ゴロウ、ゲッコの故郷はどこだったか?」
ツクシがゴロウへ視線を送った。
「――ドラゴニア大陸のリザードマン戦士国だ。おめェは本当に物覚えが悪いな。酒毒がだいぶ脳へ回ってるのか、最悪、若年性の認知症かも知れねえぞ?」
ゴロウがツクシの渋面を本当に心配そうな顔でじっと見つめた。
「――ツクシ?」
テトが呼びかけると、
「ぅあぁん!」
ゴロウの髭面をギリギリ睨みつけるツクシから不機嫌な返事だ。
「本当にゲッコは故郷へ帰ったの?」
テトは訝し気な顔である。
「――ああ、そうだぜ。ゲッコは故郷で家族と一緒に暮らすんだ。だから、あいつの修行はもう終わりだ。ネストに来る必要もなくなった」
ツクシは床を見つめている。
「ゲッコはわたしに一言も挨拶なし?」
テトの視線も床へ落ちていた。
「あのな、テト。そんなことをしたら辛気臭くなって別れが余計辛くなるだけだぜ」
ツクシが投げやりにいうと、
「あのね、ツクシ。わたしにも気持ちの整理ってものがあるの!」
テトがキッと顔を上げて強くいった。
「それはお前の都合だろ。さよならは湿っぽくないほうが断然いいんだ」
ツクシの呆れ顔が、
「それはツクシの勝手な考えデショ!」
益々テトの憤りに火を注いだ様子である。
「あぁ? これ以上、クソ生意気な態度を見せると、この場で犯して黙らせるぞ?」
面倒になってきたツクシが下品な発言でテトを脅した。カウンター・テーブルの向こうにいたジョナタンがバッと顔を向けてツクシを見つめているが、ツクシは見ないフリで押し通した。テトはジョナタンの大事な一人娘である。
ゴロウは呆れ顔でツクシを眺めている。
「――ねえ、ツクシ?」
上目遣いのテトがジロリとツクシを見つめた。
「何だよ、テト。その硬いお股をくぱぁする覚悟を固めたか?」
無表情で暴言を吐くツクシである。
「本ッ当にゲッコは故郷へ帰ったの?」
テトは益々強く睨みをきかせた。
ツクシがする言葉の性暴力にテトはもう耐性がついているのだ。
クソ、もうこれは効果がなさそうだな――。
顔を歪めたツクシが、
「テト、お前はちょっとしつこいぜ。本当にゲッコは王都から出ていったんだ」
「――本当に、ゲッコ、故郷へ帰っちゃったんだ」
うなだれたテトが細い肩を震わせた。
「――おい、テト、泣くなよ。ここは笑うところだぞ。ゲッコは故郷へ帰って今よりずっと幸せに暮らすんだぜ。あの様子なら、それは間違いねェよ」
ツクシは顔を歪めたままいった。
「――わたしは寂しい」
テトは涙声である。
「これで良かったんだ。だから笑え、テト」
ツクシが口角を歪めて見せた。
「ツクシ、本当にそう?」
顔を上げたテトが赤らんだ瞳へその悪い笑顔を映した。
「若いゲッコがネストで死ぬことはねェさ」
ツクシが口角を歪めたまま頷いて見せた。
「――うん。そうだね」
テトは無理に笑った。
涙に濡れたがそれは希望のある涙だ。
ゲッコは生きている。
「納得したか。じゃあ、俺たちは仕事へ行ってくるぜ」
ツクシが踵を返した。
「あァ、行くかァ」
ゴロウも背中を見せた。
「二人とも気をつけてね!」
テトが二人の男の背へ声をかけたあと、
「――気をつけて」
うつむいて、小さな声で、もう一度いった。
§
地下十五階層へ直通する導式エレベーターは王座の街の北にある防御陣地の一番奥にある。
ツクシとゴロウが兵員の敬礼を受けながら防衛陣地へ入場すると、
「王座の街の民間人は、『ねずみ肉のタルタルステーキ!』ネスト管理省天幕の西にあるエレベーターを『ねずみの肝臓はからあげだな!』使用して、地上へ退避してください。繰り返します。『ねずみのモツは煮込みにしようか!』王座の街にいる民間人は――」
王座の街から拡声器を通した女性の声が聞こえてきた。
「――何だよ、あの変な放送?」
ツクシが眉根を寄せた。
「避難だとかいってるけどよォ?」
ゴロウも太い眉尻を寄せた。
防衛陣地は忙しなく兵員が行き来している。
怪訝に思ったツクシとゴロウは導式エレベータの脇の通信用天幕に立ち寄って、
「おい、何かあったのか、アーサー大尉殿よ?」
顔見知りのアーサー大尉へ声をかけた。
「クジョー特務中佐殿!」
通信用天幕のなかで王国陸軍式敬礼をした生真面目そうな印象の、眼鏡をかけた、恰幅の良い中年の兵士がアーサー大尉だ。
「特務中佐殿、それがですな。今現在、地下十五階層のエレベーター前防衛基地と連絡中なのですが――」
そのアーサー大尉が脇で作業していた通信兵へ困り顔を向けた。
「通信兵さんよ、どうなっているんだァ?」
ゴロウが机上へ照射されている立体情報ツリーへ目を向けた。
「それがですね、ギラマン特務大尉殿。ねずみ肉のソーセージがどうだとか、ねずみの骨の髄でダシを取るだとか――エレベーター前防衛基地からはデタラメな伝令しか入ってこないんです。それで弱っていましてね――」
若い通信兵が統合導式通信器の操作パネルをいじりながら応えた。
「――
ツクシが唸った。
ゴロウの顔色が変わる。
「人面鼠って超級異形種の――おい、たいへんだぞ、ヘインズ少尉。まず
アーサー大尉が若い通信兵――ヘインズ少尉へいったが、
「ああいや、アーサー大尉。それもさっきからやってますよ。そっちとも全然、連絡がつかんのです。導式通信機が機能していないんで――」
返ってきたのは、ヘインズ少尉の苛立った声だった。
沈黙した天幕のなかで、
「とにかく、
「あァ、今は下層へ行きたくはねえけどよォ、それが俺たちの仕事だからなァ――」
ツクシとゴロウの足は踵を返したところで止まった。
「――ツクシ、ゴロウ、ここにいたか!」
通信用天幕へ入ってきたのはギルベルトだ。
「ギルベルト、エーリカにデル=レイ、イシドロにチーロまでいるのか?」
ツクシはギルベルト配下にあるほぼ全員が揃っているのを見て顔を歪めた。
「ギルベルト、地下十五階層の防衛基地はどうなってるんだァ?」
ゴロウが硬い声で訊くと、
「エレベーター前防衛基地は超級異形種の総攻撃を受けている――ここの導信機も軒並み駄目なのか?」
ギルベルトがヘインズ少尉へ歩み寄った。
「あっ、騎士殿――」
ヘインズ少尉は椅子から立ち上がろうとしたが、
「非常時に敬礼はよせ。俺の質問にすぐ応えろ」
ギルベルトはそれを制して促した。
「あっ、はい! 導信機は駄目みたいですね。使いものになりません――」
ヘインズ少尉の返答である。
「エレベーター前防衛基地が超級異形種に攻撃をされているだと?」
「ギルベルト、それはいつ頃からの話なんだァ?」
ツクシとゴロウが訊くと、
「数時間前からだ」
ギルベルトが冷めた声と一緒に振り返った。
「おい、お前らが王座の街まで撤退してきたってことは――!」
「防衛基地は壊滅したのかよォ!」
ツクシとゴロウの声は熱い。
「メルモ大将は部下を率いて超級異形種を迎撃中。女王陛下はラット・ヒューマナ王国へ
ギルベルトは顔を歪めた。
「メルモ大将は生きているのか?」
ツクシは背嚢を下ろしながら訊いた。
「生きて帰るといっていた。あの大将なら必ず生きて戻ってくる――アーサー大尉!」
ギルベルトが声を高くした。
「はい、騎士殿!」
アーサー大尉は直立不動の姿勢だ。
「王座の街防衛陣地は対異形防衛戦闘の準備だ。導信機は役に立たんぞ、すぐ伝令を足で走らせろ!」
「騎士殿、了解であります!」
「エレベーター周辺を警戒しているだけでは意味がない。訓練通りの対応を取れ。わかっているな?」
「はい、了解であります!」
「――頼む」
指示を終えたギルベルトが天幕を出ると彼の部下もあとに続いた。
ツクシとゴロウもギルベルトを追う。
歩きながらギルベルトが大まかな行動計画をツクシとゴロウへ伝えた。
「王都防衛軍集団はまだ王座の街にいる。ツクシ、ゴロウ、今は詳しく説明している暇がない。少し派手だが王都防衛の演習代わりだ。ここにいる戦力を使って防衛戦をやってやろう。俺はこのあと王座の街の司令部で指揮を執る――ジークリットが何をいおうと、もう知るものか――エーリカ少佐、デル=レイ大尉!」
「何かしら、騎士殿?」
「はい、騎士殿!」
ツンツンした返事と初々しい返事が同時にあった。
「部隊全体も聞け。貴様らは王座の街にいる住民の避難誘導に尽力せよ。上がりのエレベーター前だ。避難するものを混乱させるな!」
ギルベルトの命令である。
「了解、騎士殿。さあ、行くわよ、デル=レイ」
「はい、少佐殿!」
ギルベルトの部隊はネスト管理省天幕方面へ移動を開始した。
ツクシとゴロウは小走りで移動する彼女ら彼らの背を見送りながら、
「ギルベルト、俺たちはどうすればいいんだ?」
「どうすりゃあいいんだァ?」
「――これから始まるのは防衛戦だ。ツクシとゴロウはネストの探索が仕事だろう。だから今後の行動はツクシとゴロウの判断に任せる。ただ、何をするにしても絶対死ぬなよ。貴様らに死なれると、ネスト完全制圧作戦の責任者をやっている俺が困る」
ギルベルトはエーリカ少尉が率いる部隊とは逆――王座の街の東へ足を向けた。
東方面の区画に王都防衛軍集団が駐屯している。
「わかった!」
「ギルベルト、お前も死ぬなよォ!」
ツクシとゴロウはギルベルトの背へ怒鳴った。その声に押されたように、ギルベルトは走りだした。武装装飾したギルベルトは常人の歩幅ではない。王国陸軍外套の裾をはためかせて赤い稲妻と化したギルベルトは、ツクシとゴロウの視界からあっという間に消えた。避難警告を受けて天幕から飛び出してきた住人たちで、ギルベルトが走っていった道も混乱している。家財道具などを運び出そうとしているので大騒ぎだ。
「テキパキ逃げろよな、死ぬぞ――」
ツクシが周辺の騒ぎに顔を歪めていると、
「おいおい、防衛大門のほうでもうやらかしてるぞォ!」
ゴロウが吠えた。王座の街の北大通路は進んだ先に大階段があるので、そこを完全に封鎖する鉄門があるのだが、その上部の空いた箇所を通って翼を持つヒト型が何体か侵入している。
「あれは空を飛ぶ奴だな。奴らは足が早いが、しかし、地下十五階層から飛んできたにしても到着が早すぎるぞ。何が起こってるんだ?」
ツクシが呟いた。
「おいおい、あいつらは
ゴロウが髭面が引きつった。この凶風人は外骨格を持つヒト型の身体の背に生えた四枚の羽を使って高速で飛行する。その形状もまさしく異形だが、最も特徴的なのはこれが持つ武器――異形弓だ。弓といっても矢を使用しない。引き絞ると不安定な空間が矢を形作って射出される。着弾前に何十にも分散する異形の矢は大口径の砲から発射される散弾のような破壊力だ。
「――ゴロウ、俺たちもエーリカ女史やデル=レイ坊やを追って、上がりエレベーターへ行くぜ。ネスト管理省天幕の西だ」
ツクシが唸り声と一緒に歩きだした。
「俺たちも地上へ逃げるのかァ。まあ、それが手堅いといえば手堅いけどよォ――」
不機嫌の横を歩くゴロウは怪訝な顔だ。
「――いや、守るんだ」
ツクシがいうと、
「守る?」
ゴロウが眉根をぐっと寄せた。
「王座の街にいる王国軍は異形種への迎撃で手一杯になる。民間人を守る余裕はないだろ。ヤマサンで働いている連中をネストから脱出させる。テトやジョナタンやパメラだとかトニーだとか嫁さんとか赤ん坊とか――まあ、あいつら全部まとめてだ。俺はもう顔を知った連中の死体を二度と見たくねェ。まずはヤマサンへ寄る。そのあとで、上がりエレベーターへ走る」
ツクシがいった。
「あァ、それはそうだな」
ゴロウが頷いた。
「――いや、待てよ、ゴロウ!」
ツクシは足が止めて周辺へ視線を巡らせた。
周辺の天幕から飛び出してきた住人たちが騒ぎながら光のない空を飛ぶ凶風人を指差している。
「ツクシ、どうしたァ?」
ゴロウも足を止めて上空を見やった。照明弾が王座の街の各所から打ち上がって凶風人の姿がはっきり見えた。上空高く飛ぶ凶風人は異形弓を向けて揺らいだ空間を収束した矢を続けざまに放っている。矢が着弾した箇所では千切れた天幕が吹き飛んでいたが敵の数が少ないので被害はまだそれほどでもないように見える。
「ゴロウ、クソッ、異形の領域でしか活動できない超級異形種が王座の街の上を飛び交ってるってことはだぜ――」
ツクシが魔刀の柄へ右手を滑らせた。
「あァ、異形の領域が王座の街にもう届いているってことかァ!」
ゴロウが叫んだ瞬間、周辺の空間がぐにゃぐにゃと揺らいだ。
虹の光を散らして走る必殺の断線がその揺らぎを迎撃する。
ツクシは周辺に出現した五体の
「パイル野郎どもがッ!」
「
ゴロウの叫び声は一斉に発生したひとの悲鳴と断末魔の声にかき消された。空間を跳んで出現したナイトメア・ライダーの軍勢が王座の街の住人を襲った。異形の長槍は老人も大人も子供も幼児も無差別に刺し貫いている。
「――全員は救えねェ」
ツクシは異形の血に塗れた魔刀を片手に呟いた。長槍に後頭部を貫かれた老人が高く持ち上げられた。抜かした腰を落とした老婆の背を別の異形の槍が貫く。通りにいるひと全員、悲鳴と一緒に逃げまどっている。
悲鳴上がり、ひとが倒れ、倒れてもがき、次々死ぬ。
死体がみるみるうちに増える――。
「――ゴロウ、俺がお前の背中を守る。ヤマサンまで走れ」
ツクシがいった。
「あァ、くっそ、ツクシ。いくら世話になっても、もうおめェには二度と酒を奢らねえからな。お前が底なしだから払いが高くってよォ、俺ァ死ぬほど後悔した!」
怒鳴って返したゴロウへ、
「無駄口を閉じてさっさと走れ、この赤髭野郎!」
ツクシも怒鳴り返した。
王座の街全体に出現したナイトメア・ライダーの軍勢は逃げ回るひとびとを追って分散していた。群れると厄介なナイトメア・ライダーだが、少数ならツクシと魔刀の敵ではない。ツクシとゴロウが立ちはだかる敵を細切れにしつつ酒場宿ヤマサンへ辿りつくと、そこに誰もいなかった。家財道具はすべてある。避難勧告の放送を聞いたヤマサンの従業員は取るものも取らず上がり導式エレベーターへ避難したようだ。ツクシが守りたかったひとたちは最も賢い選択をしたらしい。
目配せだけで頷き合ったツクシとゴロウは上がり導式エレベーターへ向けて走った。走る足が背後へ飛ばす光景のなかから、常に誰かしらの断末魔の声が聞こえてくる。
ツクシもゴロウも顔を歪めるだけで走る足を止めない。
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