十一章 乙女の祈り

一節 屋台が並ぶ帰り道

 深底の皿――どんぶりに入っていたのは、うどんのような料理だった。

 ツクシがうどんの屋台を切り盛りするねじり鉢巻きのハゲ親父に訊くと、麺の原料は南方から輸入された米を使っているという。この料理自体も南方由来だとのことだった。穀倉地帯だったグリフォニア大陸中央部が戦場になって、主食に使う穀物が常時不足するタラリオン王国は南方から――コテラ・ティモトゥレ首長国連邦から、米を積極的に輸入しているらしい。

「そのまま炊いた米のめしでも良かったがな――」

 ツクシは白い麺をフォークで巻いて口へ運んだ。魚醤と鶏ガラのダシが効いた熱いスープで泳ぐ米うどんをつるんと呑み込むと、ダシの旨味がわずかに喉へひっかかるような味わいだ。それは、どこがどうとまでは説明できないのだが、ツクシの舌に懐かしい味だった。このスープにはそれぞれの好みで、刻み唐辛子やニンニクや癖のある香草を入れたり、ライムやレモンを絞ったりする。それらの薬味も長テーブル上の容器に常備してあった。

 場所はネスト地下十階層の導式エレベーター前大通路になる。

 石造りの大通路には壁際、中央中央、壁際と計四列になって、ネスト行商が出店した様々な屋台が並んでいた。その間を、ネスト制圧軍団の兵士だのネスト探索者だのエレベーター衛兵だの商売女だの酔っぱらいだの、掏摸スリやかっぱらいのような狼藉者までもが大量に行き来している。まるで縁日のような光景だ。スロウハンド連合は人数が多い。ひとで混み合う導式エレベーター前を見てゲンナリしたツクシたちは一旦解散し、王座の街で落ち合うすることに決めた。食べ物の匂いにつられたツクシは屋台のうちのひとつに座って遅い昼食をとっている。今日のお昼ごはんは、ほどよくダシの効いたスープに浸って湯気上げる風変わりな鶏肉うどんだ。

「――ゲッ、ゲロゲロ、師匠、師匠!」

 長椅子へ器用に腰かけて、鶏肉うどんを睨んでいたゲッコが唐突に叫んだ。ゲコゲコ叫ぶゲッコはツクシの右肩に両手を置いて何だかすごく必死である。

「何だよ、ゲッコ。うるせェな――」

 ツクシは獣人の腕力でぐわんぐわん揺さぶられながら不機嫌に唸った。

「師匠、ゲッコ、蛇食ベル絶対無理――」

 ゲッコが震え声で伝えた。その様子を見ると、ゲッコは本当にうどんを蛇だと思っているらしい。

「お前にも食べ物の好き嫌いがあったのかよ」

 ツクシは気のない態度だ。

「師匠、違ウ違ウ! 蛇、世界蛇神ヨルムンガンド様ノ御使イ。トテモ神聖。コノ食ベ物、凄ク、罰当タリ!」

 ゲッコが鶏肉うどんのどんぶりを指差してゲコゲコ叫んだ。

 食べ物の好き嫌いはないが宗教上の理由でこれは無理だとのこと。

「へえ、ゲッコは蛇神へびがみ信仰なのか。安心しろよ。これは白い蛇じゃねェ。うどんっていう食い物だぜ」

 ツクシがフォークでうどんをくるくる巻き取った。

「ウドン? ウドンハ何ダ、師匠?」

 ゲッコがトカゲの顔を斜めに傾けた。

「いいから黙って食えよ、もう――食えばわかるだろ?」

 ツクシが面倒そうにいった。

「ゲロ、ゲロ、ゲゲッ――」

 意を決してどんぶりを手にとったゲッコは、いつも通りにパカッと開いた大口へ、ダーッと鶏肉うどんを流し込んで、

「ゲゲッ、熱イ、ウドン、熱イ!」

 ツクシは横でジタバタやっているゲッコを無視して、

「ところで、おい、そこの赤髭野郎に黒髭野郎。今回のネスト探索はまともな稼ぎが出たのかよ?」

 左隣の席でお互いの髭面を寄せあって小アトラスから照射されたデータを眺めていた、ゴロウとアドルフ団長へ声をかけた。

「まァ、団全体の収支としては赤字アカが出てねえかなァ――」

「えらくしょっぱい稼ぎだけどよ。ま、黒字クロは黒字か――」

 ゴロウとアドルフ団長の弱々しい返答だ。

「二週間近く十一階層を歩き回って、まだ『しょっぱい』のか?」

 そう声を上げたのは、ゴロウとアドルフの向こう側で、鶏肉だけを食べ終わって、うどんは持て余している様子のボゥイ副団長だ。

「一応は黒字ね――」

 空にしたどんぶりの底をれんげでガリガリ引っ掻いていたゾラである。

「またしばらく、贅沢できそうにないな――親父さん。同じものを、もう一杯もらえるかい?」

 ゾラの左隣のイーゴリが空にしたどんぶりを見つめて呟いたあと、茶色い髭面を上げて、二杯目の鶏肉うどんを注文した。

「へい、鶏肉一丁。ドワーフの兄さんは食いっぷりがいいね」

 店主のハゲ親父が、ぐらぐらと湯が煮立つ釜のなかへ、米うどんの玉を放り込む。

「――今回も稼ぎが少ないのか。クソが、全部、こいつらの所為なんだろ?」

 ツクシが身を捻って背後へ顔を向けた。

「賑やかじゃのう――」

 シャオシンもどんぶりから顔を上げて屋台通りを見やった。エレベーター前の屋台通りは賑やかなのだ。行き交うひとの顔もたいていは明るく緊張感はまったくない。

「ああもう、髪がベタベタ。早くお風呂へ入りたいな――」

 そう呻いたのは、どんぶりや簡易厨房から立ち上る湯気にあてられて、頬にまとわりついた長い白髪を払い除けていたリュウだ。

「帰ってくるたびに、他のネスト探索者が増えていますね――」

 無い眉根を寄せていったのは熱い鶏肉うどんを警戒していたフィージャだった。

「――あァ! ツ、ツクシよォ!」

 ゴロウが吠えた。

 ものすごい大声である。

「何だ、ゴロウ。うるせェな。マジで殺すぞ」

 ツクシは耳鳴りで顔を歪めている。

「地下十一階層の下り階段が、たった今発見されたみたいだ。懸賞金の白金貨三十枚は他の連中がさらっていったかァ。はァ――」

 ゴロウがうなだれた。たった今、ネスト管理省の導式情報統合器――大アトラスから、ゴロウの手元の小アトラスへ送られてきた『管理省からのお知らせ』に『地下十一階層の下り階段発見さる』と一報がある。

「おい、手前、ふざけたことをいっているんじゃねェぞ!」

 ツクシが怒鳴った。

「ああよォ、ツクシ、俺にそういわれてもなァ――」

 喧嘩をする気力も失せているようだ。

 ゴロウはうなだれたまま返事をした。

「ああ、畜生。やっぱり他の探索者団奴らに下り階段の探索データを取られたかあ――」

 アドルフ団長が悪人面をへし曲げた。

「そんな気はしてたぜ――」

 ボゥイ副団長はフォークでうどんを小突き回している。

「もう、やんなっちゃう!」

 ゾラは美少女っぽく頬を膨らませてムクれた。

「――そうか、それは残念だったね」

 イーゴリは二杯目の鶏肉うどんのスープを全部飲み干したあとに呟いた。

「おい、ゴロウ。俺に小アトラスを貸せ。立体地図を見せろ! 手前、アドルフ、この野郎! 十一階層の下り階段があったのは中央区の北寄りじゃねェか。上がり階段のすぐ近くだろこれは!」

 ゴロウの手から小アトラスをひったくったツクシが照射された立体地図を睨んでぷりぷり怒った。

「それを俺の所為にするのかよ、ツクシはよお――」

 アドルフ団長は呆れ顔である。

「おい、今回の探索先に南西区を推したのは、ツクシ、お前だぞ」

 ボゥイ副団長がフォークをうどんへガッシと突き刺した。

「そうそう。『断固として探索先は上がり大階段から一番遠い南西区だ。一番奥に一番のお宝があるのが当たり前だろ。俺が子供ガキの時分にやったテレビ・ゲームでも必ずそうだったから間違いねェぜ。何だお前ら、そんな事も知らねェのか、お前らみんな馬鹿なのか?』自信満々で、ツクシはこういってたよね?」

 ゾラが男性の声でツクシの台詞を完璧に真似た。

「あっ、う、うん。ゾラ、そうだったよな――」

 ゾラの横に座ったイーゴリは動揺している様である。

「あ、ぁ、ん!」

 ツクシが不機嫌を撒き散らしたが周囲は慣れたものなので誰も相手にしてくれない。

「ツクシ、それでこれはどうすんだよォ。競合相手が増える一方だぜ」

 ゴロウは若い男女十名ほどで構成された一団が背嚢を背負って、「キャッキャ、ウフフ!」しながら、ネストの下層へ仲良く歩いていくのを苦々しい表情で眺めていた。どう見ても彼氏彼女たちはピクニック気分だ。

「ゴロウ、俺に訊くんじゃねェよ――」

 ツクシも苦々しい顔だった。

「しかし、ゴロウじゃあねェけどよお。これは弱ったなあ――」

 アドルフ団長が空にしたどんぶりへ視線を落とした。

「アドルフ、何が困るもんかよ。下り階段が見つかったんだろ。なら十二階層への襲撃アタックを今から始めればいいだけの話だ。おい、お前ら、すぐに行こうぜ」

 腰を上げかけたツクシを、

「あのよお、ツクシ。そんな無茶をいうなよなあ」

 アドルフ団長が発言で止めた。

連合ウチは人数が多いからな。どれだけ急いでも備品の調達に三日前後はかかるだろ――おい、ゲッコ。ちょっとこっちへ来い」

 ボゥイ副団長がゲッコを呼んだ。

「ゲロ?」

 首を捻りながらゲッコが歩み寄ると、「あーん」といいながらボゥイ副団長が口を開けた。「ゲロ? ボゥイ。アーン?」ゲッコも口を開けた。ボゥイ副団長はゲッコの口のなかへ自分の食い残しの鶏肉うどんを流し込んだ。ゴミ箱扱いだ。「もういい、戻れ」ボゥイ副団長が無表情で顎をしゃくった。完全に沈黙したままゲッコはツクシの隣の席へ戻ってきた。トカゲの顔は表情があまり変わらないのでわからないが、もしかすると、ゲッコは本気で怒っているのかも知れない。

「戦争の影響で物資が集め辛くなっているからね。特にまとまった食料の確保が難しくなったよ。武器だけはネスト管理省の払い下げがあるから、今のところは調達先に困らないけど――」

 ゾラが眉を寄せた。

 このゾラは備品調達班の責任者をしている。

「その武器が今のネストには必要ない状況だから――」

 ゾラの手伝いをしているイーゴリがうつむいた。

「おいおい、お前らな。もうそんな暇はねェぞ。武器だのなんだのもこの際いらねェだろ。全部捨てちまえ。食い物と飲料だけありったけリヤカーに積んで強行するんだ。次は一ヶ月、ぶっ通しで探索をやるぞ。この調子なら、そのまま俺は日本へ帰れるかも知れんしな」

 焦りを覚えたツクシの説得である。

「あのよお、ツクシよお。十一階層から下はまた異形種ヴァリアントが出現する可能性だって、一応あるんだぜ――」

 アドルフ団長がグラスの水を飲み干した。

「でも最近、本当に異形種の目撃情報がないんだよね。ネストの異形種は全滅したのかも?」

 ゾラが小首を傾げた。

「ゾラ、そうかも知れないけどだ。流石に武装無しでは不安じゃあないかな」

 イーゴリは慎重論のようだ。彼らがいった通り、地下十階層の中央区を制圧された途端、異形種の姿は消えた。最近では地上にまで「ネストの危険がなくなった」と噂が広がった。その結果だ。今では素人探索者が大挙してネストへ押し寄せている。野営具を持ち込み歩き回って帰還すれば金になる。ネスト探索は悪い商売ではない。地上では戦争の影響で失業者も溢れている。探索に成功して金を得るものが続出すると、そのうち、ピクニック気分でネストを訪れる連中まで現れた。実際、地下大宮殿のような景観のネストは物珍しい。

 この悪影響をまともに受けたのはツクシたちだ。

 探索データ収集は早いもの勝ちであるし、異形種がいなくなっては異形種討伐金も受け取れない。簡単にまとめると、同業者が極端に増えてスロウハンド連合はネストの稼ぎが減っている。

「アドルフ、実際、ネストの異形種が全滅したと仮定するとな。少人数で行動している素人探索者団の方が有利なのは間違いない。奴らは武装をしていないから身が軽い。大人数を抱える団の運営まで考える必要もないから立ち回りだって楽なものだろう。真面目な話だぜ。この先、スロウハンド冒険者団をお前はどうするつもりなんだ?」

 ボゥイ副団長がアドルフ団長へ目を向けた。

「――団員は何とか食わせないといけないしなあ。これからするヤマサンの打ち合わせで、そこらの細かい話も詰めようや。今後のスロウハンド冒険者団の運営方針を根本的に見直す必要がありそうだぜ」

 アドルフ団長は呻くような調子で応えた。

「今後か。アドルフ、そういっても地上に冒険者の仕事はもうほとんどないぜ。そうなると、俺たちも『冒険者義勇軍』へ参加するのか?」

 ボゥイ副団長が吐き捨てるようにいった。

「冒険者義勇軍かあ。一応、冒険者管理協会から賃金が出るって話だけど――」

 ゾラが視線を落とした。

「タラリオンの戦時国債は、そっちの財源にも回っているって話だったね。でも戦場はやっぱり避けたいな。義勇『軍』となると、これはもう自由を愛する冒険者ではない気がするよ――」

 イーゴリは気乗りしない様子である。

「ああいや、俺はエルフ族や猫人族やドワーフ族に無理をいうつもりはねえよ。タラリオン王国とエネアデス魔帝国との戦争は、ヒト族でもタラリオン王国民でもねえお前らに、関係のない話なんだろうしなあ――」

 諦めたような口調でアドルフ団長がいうと、

「アドルフ、そのいいようは何だ!」

 ゾラが顔を向けて怒鳴った。

「おいおい、ゾラ。俺はお前らに気を回しているんだぜえ――」

 視線を落としたままのアドルフ団長は表情を変えない。

「ゾラ、怒るな。アドルフに悪気があるわけじゃないだろう。そう願いたいがな――」

 ボゥイ副団長は歪めた顔を背けている。

「いや、アドルフ団長。ドワーフ族に限ってその心配はない。このままの戦況が続けば、ドワーフ公国も参戦する」

 イーゴリの声色が変わった。

「タラリオン王国とドワーフ公国は一応、同盟関係だからな。だが、イーゴリ。ここまでドワーフ公国は高みの見物だっただろ?」

 アドルフ団長が皮肉で唇の端を歪めた。

「タラリオンの王都が仮に落ちたらば、次にエネアデス魔帝国が狙うのはドワーフ公国の領土。公国にいるドワーフ兄弟連中もいよいよ尻に火がついた。ドワーフ公国は参戦の準備に忙しい。もっぱら本国から伝わってくるのは、そんな噂ばかりだ」

 頬に顎にみっしりと、たてがみを見立てて茶色い髭を生やしたイーゴリが唸ると、まるで荒獅子のように見える。

「イーゴリなあ。冒険者のお前がそこまで気負う必要は――」

 アドルフ団長が口ごもった。

 一同の会話はそこで途切れた。

「――はァ。辛気臭え話になったな。おっしゃ、俺ァ、往診があるから一足先に地上うえへ帰らせてもらうぜ。だいぶ、地上の仕事をサボっちまった。俺の他にもモグリの布教師アルケミストが王都にいないわけじゃねえからなァ。患者きゃくが離れてねえか心配だぜ。ったくよォ」

 ゴロウが溜息と一緒に席を立った。

「ああ、ゴロウ。お前は帰れ帰れ。しばらく戻ってこなくてもいいんだぞ」

 ツクシはどういう訳だかすごく嬉しそうである。

「ああよォ。四、五日後にまた合流するぜ。アドルフ、勝手をいってすまねえが、それでいいかァ?」

 ツクシの憎まれ口を完全に無視したゴロウはアドルフ団長へ髭面を向けた。

 ツクシはムッと不満そうだ。

「ゴロウ、全然、かまわねえよ」

 アドルフ団長は苦笑いだ。

「この状況だからな。迷惑になることはないぜ」

 ボゥイ副団長は顔を横に向けたままいった。

「でも本当にこれは困ったね――」

 ゾラも特殊な美貌を歪ませた。

「ツクシさんのいう通り、探索をできる限り強行するのも、考えたほうがいいかも知れないね」

 空のどんぶりを両手で包んだイーゴリは追加の注文を必死で我慢している様子である。

「あァ、そうだ。リュウ、フィージャ、シャオシンなァ」

 踵を返しかけたゴロウが呼びかけた。

「ふん?」

 米うどんで頬を膨らませたリュウである。

「うにゃ?」

 どんぶりに顔を埋めていたシャオシンだ。

「ハッ、フフッ?」

 フィージャは熱いスープをふうふうしている。二杯目の鶏肉うどんのどんぶりを抱えていた三人娘が一斉に顔を上げた。うどん屋の親父から、「動物性コラーゲンたっぷりの鶏肉うどんは、食べればお肌つるつる、毛並みもツヤツヤよ。美容効果てきめんって寸法だ。どうでえ、もう一杯いっとくかい、そこの綺麗なお嬢さん方やい」などと勧められた三人娘は、その気になって二杯目の鶏肉うどんを必死に食べている。お肌はつるつるツヤツヤになるかも知れないが炭水化物の塊である米うどんは多く食えばそれだけ太る。これに騙されるのが乙女の乙女たる必須条件だ。

「悪いが、おめェらで団の打ち合わせをやっといてくれ。ツクシは頼りにならねえからよォ」

 困り顔のゴロウが頼み込むと、

あい、わかった」

「相、了解じゃ」

「――ええ、わかりました」

 三人娘は姿勢を正して応じた。フィージャなどは口周りについたうどんの汁を手ぬぐいで拭いてから応えた。

「おい、何だ何だ、お前ら、その居住まいを正した感じの返事はよ。俺は久々に本気でイラっときちまったぞ?」

 ツクシは睨んだが三人娘は完全に無視している。

「あァ、そうだ、ついでにな。俺ァ、地上うえの女将さんに――エイダに頼まれてるからよォ。ゴルゴダ酒場宿へ帰るまで、おめェらがツクシを見張ってくれよなァ」

 ゴロウがいうと、

「あ、あぁん? お、俺を見張る?」

 ツクシは目をざっぶんざっぶん泳がせた。

「ツクシは金があると迷わず酒と女に散財しちまうからよォ。おめェらで首輪でも何でもつけとけ。面倒ならこの馬鹿をブッ殺してもいいぜ。死んじまえば、ツクシだって二度と悪さをできねえだろうしな。女に殺されるならツクシこいつだって本望だろうしよォ――」

 太い眉尻を急角度で下げていったゴロウは、ツクシという男を今この場で完全に諦めたようだった。

あい、わかった」

「相、了解じゃ」

「ええ、わかりました」

 リュウとシャオシンとフィージャは折り目を正して返答をした。

「まかせて、ゴロウ!」

 そのついでに美少女っぽい笑顔のゾラも頷いた。

「おい、ゴロウはゾラに頼んでねェだろ。クソッ、俺から離れろ、この野郎!」

 ツクシが左腕にまとわりつくゾラを睨んだ。ツクシの左隣にいたゴロウが席を立ったので、ゾラはすかさずそこへ移動してきたのだ。

「やんっ!」

 ツクシの左腕を確保したままだ。

 赤らめた顔を伏せたゾラが女子っぽい悲鳴を上げた。

「やんっ! じゃねェだろ。こっ、この馬鹿力め――」

 ツクシはゾラの両腕に捕縛された左腕を引っこ抜こうとしている。

 ビクともしない。

 無理をするとツクシの腕のほうがもげそうだ。

 お互いの顔を赤くして格闘するツクシとゾラを眺めながら、

「ふむ。もう何でも良くなって、ツクシは相手が男でも構わずに買うかも知れん。これも要注意だ」

 リュウが表情を引き締めた。

「お、男でも女でもお構いなしじゃと? そ、そんな非道をまさか!」

 シャオシンが顔を真っ赤にして呻いた。

「いえ、ご主人さま。ツクシさんは本当に我慢のないひとですからね。十分に考えられることですよ」

 フィージャはかなり厳しい表情だった。

「あのな、お前らな――」

 歯を食いしばって、ツクシが唸った。

「ゲロゲロ」

 ポカンと無我の境地にいたゲッコが意味もなく鳴いた。

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