八節 湯けむりと猫の耳

 キイキイ鳴きながらバタバタ暴れる荷――ユキを肩に担いで、ツクシはゴルゴダ銭湯へ向かった。徒歩で一分である。モグラも笑顔でツクシについてきた。

 ツクシがゴルゴダ銭湯の「ゆ」と書かれた暖簾を潜ると、

「ようやく見つけたぞ、モグラ、この野郎! 裏へ行って釜焚きをさっさと手伝え。アリバだけじゃ手が足りて――おっと、これはツクシの旦那、こりゃ、どうも、どうも、ウヒヒ!」

 番頭台をサッと飛び越えたラウがモグラをとっ捕まえて、ツクシには卑屈なのかひとを食っているのかよくわからない、いつもの笑い声を聞かせた。

「おう、ラウさん。あんたは随分と身軽なんだな――」

 ツクシは感心してる。

「ラ、ラウ、オイラ、今から肉を、ツクシに肉を――」

 ラウに襟首を掴まれたモグラは泣きそうな顔だった。

「うっるせえ。さっさときやがれ。メシはいつも通り釜炊きをしながら食えばいいだろ。お前がいなかったから、アリバがずっと休んでない。早く代わってやれ――ああ、ツクシの旦那。すいやせんねえ、騒がしくって、ウヒヒ!」

 ラウはモグラを片手で引きずって、銭湯の脱衣所にある裏口へ向かいながら、また笑い声を聞かせた。それを眺めながら、ゴブリン族はなかなかパワーもあるなと、ツクシは感心している。

「ラウ、オレもたすけて、おふろはやだ!」

 ツクシの肩の荷になっているユキである。

 足を止めたラウが振り返って、

「おっと、もしかして、ツクシの旦那はユキを風呂に入れるんでやんすか?」

「ああ、そのつもりだぜ」

 ツクシが頷いた。

 深く頷いて返したラウが、

「そりゃあいい。ツクシの旦那、ユキをお願いしやす。銭湯の釜炊きがこんな薄汚れてちゃあ格好がつかねえ。あっし、ずっとそのことが気になってたんでやんすよ」

 ラウもユキの処遇に関しては、ツクシと同意見のようだ。番頭台に金を置き勝手に手桶を二個取ったツクシは、脱衣所でユキを肩から降ろした。手を離した瞬間にパッとユキが逃げようとした。その襟首をツクシがさっと引っ掴む。「んぐえっ!」と、ユキが呻き声を上げた。

「ユキ、どうしてそんなに風呂を嫌うんだ?」

 ツクシが訊いた。

 ユキは年齢のわりに聡い子に思える。

 しかし、何故、入浴だけは、こうも聞き分けがないのか――。

 聞き分けのない大人のツクシの目が据わり始めている。

「どっ、どうもこうもない、どうしておふろに入らなきゃいけないの!」

 ユキがじたばた暴れた。

「風呂に入らないと汚いし臭いからな」

 ツクシがいった。

「――くっ、臭い!」

 ピタリと動きを止めたユキがツクシを見上げた。

 凝視している。

 ほう、この子供ガキめ、臭いのが、そんなに嫌か――。

 ユキに不機嫌な顔を寄せたツクシが鼻先を動かしながら、

「ああ、風呂に入らないからユキは臭ェ。プンプンと臭う。だから、大人しく風呂へ入れ」

 肩を震わせながらうつむいたユキは、

「うぐぅ、くっ、臭いとか、臭いとか――」

 良し、この子供ガキに勝ったな――。

 ツクシは悪い笑顔をユキに見せつけた。

「ユキ、観念してツクシの旦那に洗ってもらえ。まるで泥人形だぞ、お前」

 ラウが番台に戻ってきた。

「ラウさん、番台に置いた銭は足りているか?」

 そういいながら、ツクシは外套を脱いだ。

「ああ、ツクシの旦那、ユキの分はいいんでさ。そいつ、ウチの従業員みたいなもんでやんすから。まあ、普段、子供ガキどもに使わせるのは残り湯でやんすがね。金を払うわけでもねえですし」

「面倒だ。それ、ラウさんがとっときなよ」

「えっ、旦那、いいんですかい。こりゃ、ありがたいありがたい、ウヒヒッ!」

 ラウは番台に置かれていた硬貨を懐へ突っ込んだ。

「――おい、さっさと服を脱げ」

 ツクシがユキへ目を向けた。ツクシはもう全裸である。「うぅ――」呻いたユキは、ようやく諦めたのか、もぞもぞと赤茶色のフード付きマントを外しだした。ツクシを横目で盗み見ているユキの動作が極端に遅い。

「なんだ、見られていると恥ずかしいのか。男ならもっと堂々とやれ。俺は先に行ってるぜ。ラウさん、ユキを逃がさないでくれよ」

 ツクシはラウに声をかけてから風呂場へ向かった。

「へいへい、わかってまさあ――うおぉお、ツクシの旦那は随分とまた厳つい背筋をしていやすねえ――」

 ラウは笑わずにいった。

 ツクシは引き戸を開けた。

 総石造りの風呂場は換気が悪く濃い湯煙で視界が良くない。先客が何人か浴槽に浸かったり壁際に並んだ蛇口の前で垢を流したりしている。

 ユキはまだこない。

 あのすばしっこいラウさんから、ユキが逃げようとしても無駄だろうな――。

 そう判断したツクシは先に身体を流すことにした。

 やれやれ、今日はゆっくりと湯船に浸かれそうだ――。

 ツクシは蛇口から手桶に落ちる湯をじっと見つめた。ゴルゴダ銭湯に初めて訪れたときのツクシは飢餓で倒れる寸前の上、濃厚なホモの気配がある悠里と一緒だった。あのときのツクシは正直、生きた心地がしなかった。背に湯をかけるツクシの耳に引き戸がカラカラ鳴る音が聞こえる。

 クソッ、まさか、また悠里か――!

 ツクシが強張った顔を向けた。

 湯煙に霞んだひと影は身長百八十センチの悠里よりずっと小さい。

「――なんだ、ユキかよ。驚かせやがって。こっちへ来て、俺の隣へ座れ」

 ツクシがいった。

「うぅうっ!」

 変な返事をしたユキが、風呂の壁を背に内股歩きで寄ってきて、ツクシの横にあった腰掛にちょこんと座った。ユキの裸が丸まっている。ツクシが見たところユキの肌は白くて綺麗なものだ。ユキの身体にひどい傷や重い障害があって、それを隠しているようには見えない。

「どう見たって健康そのものの身体じゃねェか。ユキ、俺へ背を向けろ」

 ツクシはほっとしながら、ユキの頭に手桶で汲んだお湯をぶっかけた。

「――ぷあっ! ツ、ツクシ、あっ、熱い、熱い!」

 ユキはさらに身体を丸めた。

「死にはせん。我慢しろ。ほれ、もう一丁」

 ツクシは口角を歪めながらまたお湯をユキの頭へぶっかけた。

「うっ、ひゃあぅ!」

 ユキの身体をつたって床の排水溝へ流れていく水が真っ黒だ。

 マジで、汚ねェな――。

 顔を歪めたツクシが、石鹸にまみれた手で、ユキの頭を捉えて乱暴にかき回した。

「あうあう、あああ!」

 ユキは悲鳴を上げている。

「へえ、ユキは銀髪か。これは珍しい。あまり見ない色だ――」

 ツクシが呟いた。

 ユキの茶色だった髪が銀色に変わったのだ。

「――うっ、ぷはっ!」

 声を上げたユキが頭をぶるぶる振ると、そこにぴょこたんと耳が立つ。銀色の毛が生えた耳だ。その先端がツヤのある黒色になっている。上から下に、黒色から銀色へ綺麗なグラデーションになった耳である。ユキの耳は猫科の動物の耳だった。

 数秒の間、固まっていたツクシが、

「――猫耳だと?」

「――うん」

 ユキがお尻を腰掛から浮かせると、その尾てい骨付近からにゅるんとしっぽが現れた。先端が黒毛の銀色だ。これは猫のしっぽである。

 これ確か前に一度に見たな――。

 ようやく落ち着いたツクシは、

「ユキ、お前は何族になるんだ?」

「――半獣人ルー・ガルー

 ユキがしっぽを左右に振った。

「――ルーガ?」

 ツクシは眉根を寄せてユキのしっぽを見つめた。

「半分だけ猫人族のこと」

 ユキがツクシへ背中越しに横顔を見せた。

「ああ、お前はヒト族と猫人族のハーフってわけだな――」

 ツクシが呟いた。

 よくよく見ると、ユキの瞳はヒト族のそれと違う。

 猫の目だなこれ――。

 頷いたツクシはユキの背中をスポンジでゴシゴシ擦った。使うのは目が粗くて硬いスポンジである。ヘチマのような植物を乾燥させたものらしい。

「ツクシ、いっ、痛い痛い!」

 ユキのしっぽが激しく振れた。

「なんだ、痛がりだな。強くしたほうが気持ちいいだろ?」

 ツクシはいったがユキの背を赤く色がついている。

 ちょっと、やりすぎたか――。

 ツクシは手をゆるめてユキの背を洗いながら、

「ユキはその猫耳と猫のしっぽを隠していたのか?」

 少し間を置いてユキが頷いた。

 他の客が取り落とした手桶が「カコーン」と床で鳴る。

「――何でだ?」

 ツクシはあえて訊いた。

「ヒト族と違うから」

 ユキが小さな声で応えた。

 まあ、そうなるよなあ――。

 ツクシの目に複雑な色が浮かんだ。

 背を向けているユキにツクシの顔は見えない。

「王都にはユキの他にも、たくさんしっぽの生えたのがいるだろ。俺はたくさん見たぜ」

「うん」

 頷いたユキが両方の猫耳をぺたんと伏せた。

 ツクシが手で石鹸を泡立てながら、

「気にすることはない。エイダなんか猪みたいな牙が生えてる。鬼の面に比べれば猫耳なんて気にするほどのことでもないだろ。ほら、ユキ、こっちを向けよ」

「えっ、やだ。もうおふろから出る、出る!」

 ユキのしっぽがぴったんぴったんと濡れた床を跳ねた。

「ああ、面倒だなあ、お前は――」

 ツクシはユキの顔を後ろから洗った。

「あぶぁっ、やぶっえぇ。あぁっ、目が、目があ!」

 ユキが悲鳴を上げた。

 浴槽で湯に浸かるつるっぱげの親父が格闘するツクシとユキを見て笑っている。

「ああ、石鹸が目に入ったか。すまんすまん――」

 ツクシがまたユキの頭から湯をばしゃんとかけた。

「ぶっ! んびゃあぁ、も、もうおわり、これでおわり!」

 ぶるぶる頭と猫耳を振りながら、風呂場の腰掛からユキが腰を浮かせると、ムッ、と表情を険しくしたツクシが、腕を掴んで強引に腰掛ごとユキを自分のほうへ振り向かせた。

「あのなあ、ユキ。女将さんもラウさんもいってただろ。身体をちゃんと綺麗に――」

 説得するツクシを丸くて短い眉を下げたユキが見上げている。

「ほおう、お前はものすごい美形なんだな――」

 ツクシは声に出して感心した。

 目尻がキュっと吊った琥珀色の大きな瞳を、影を作るほど長い睫が柔らかく飾っていた。滑らかな曲線を持つ小さな鼻である。その下にある唇の形はちょっと猫っぽい。ユキは濡れた銀髪を頬にかかった頬を真っ赤に染めて瞳を伏せた。ツクシの視線もユキに視線に釣られて落ちていった。あばら骨がうっすらと浮いたユキの肉体は全体的に華奢だった。ユキの脚も細い。膝をつけても細い太腿の間に空間があった。ツクシは、その空間に視線を移すと、そこはつるっとしている。二度見してもその部分はつるっとしていた。

 顔を引きつらせたツクシはギクシャクとユキにスポンジを渡して、

「お、おう! ユキ、あとは自分でやれ。できるな?」

「――うん。できる」

 ユキは下を向いたまま消え入るような声で返事をした。

 浴槽に向かったツクシは肩まで湯に浸かって石壁を睨む。

「畜生、これは参った――」

 風呂の熱さと反省でツクシの顔が赤く染まった。

 銀色の猫耳と長いしっぽを持つ半獣人ルー・ガルーのユキは女の子なのだ。

 男子の扮装をのろのろ洗い流したユキが浴槽へやってきた。周囲の客はユキを注目していない。男親が自分の子供を性別問わず銭湯へつれ込むのはさほど珍しい光景でもない。だが、ユキは手と手ぬぐいを使って胸と股間を隠しつつ、内股歩きでへろへろ浴槽へ移動している。足元が怪しい風呂の床で不自然な体勢だ。ユキはすっ転びそうだった。実際、「あひゃあ!」と、悲鳴を上げてユキは転び石床におしりを打ち付けた。涙目で白いつま先を浴槽へつけるユキを横目で眺めながら、少なくとも上は隠すものがないだろ、とツクシは思った。

 ツクシが歪んだ顔を赤くして風呂から上がると、

「ツクシの旦那、ユキはまだ風呂ですかい、慣れない風呂で湯あたりでもしやしたかね」

 番台からラウが声をかけてきた。

「ああ、ラウさん、ユキなら俺の後ろにいる筈だぜ――」

 ツクシは視線を落とした。

「えっ、その子がユキですかい。またまた、ツクシの旦那、冗談はよし子さんでやんすよ、ウヒヒ!」

 ラウは笑った。

 脱衣所で衣服をさっと着込んだユキが振り向いて、

「――ラウ。わたし、ユキだよ」

 番台から身を乗り出したラウが、

「確かに、声はユキでやんすが――ああ、こいつ、ユキだ。おっ、お前、猫人の女だったのか!」

 ツクシはそのユキと一緒にゴルゴダ酒場宿へ帰還した。

 その道程の一分間。

 ツクシもユキもお互いにうつむいたまま一言も言葉を交わさなかった。


 §


 ゴルゴダ酒場宿である。

「ツクシ、まさか、その猫人の女の子、ユキなのかい!」

 激しく動揺した様子のエイダは、運んでいる途中だった盆の料理を、どうにか床へ落とさなかった。

「ああ、女将さん、洗ったらこうなったよ」

 ツクシが平坦な声で告げた。

「うん、女将さん、ユキだよ」

 頷いたユキである。エイダはそのまま絶句して、猫の美幼女に変貌したユキを見つめた。申し訳なさそうに猫耳を伏せたユキは、上目遣いにエイダを見つめていた。

 深刻そうな声音だ。

「まあ、アンタら、とにかく座ってメシにしな。ああ、ツクシ。アンタとはあとでゆっくり話をしようかねえ――」

 エイダは厨房へ消えた。ゴルゴダ酒場宿の丸テーブル席は、冒険者や隊商、それにネスト・ポーターの男たちが陣取って酒盛りを始めていた。カウンター席の右端あたりの二席が空いている。

 ツクシとユキがカウンター席に並んで座ると、

「――確か、お前の名を、ツクシといったな」

 一番右端のカウンター席から声がかかった。

「あんたは、アルさんの団の――カルロさん、だったな?」

「ああ、そうだ。よろしくな、ツクシ」

 カルロが頷いた。ツクシの横の席――カウンター席の一番右端で、アルバトロス曲馬団のカルロが酒を飲んでいた。絵で描いたような綺麗な白い顔の男である。カルロは二十代前半の若い容姿であるが声も態度も貫禄がある。

 ツクシとカルロの会話は二言三言で終わった。

 カウンター席に座るとユキの足は床につかない。ツクシの左に座ったユキは猫のしっぽ同様に、その足もぷらんぷらんさせている。ユキを眺めていたツクシの横顔に、カウンター越しに身を乗り出したミュカレが人外の美貌を寄せた。

 ミュカレはじっとツクシの横顔を見つめている。

 ツクシは色気ではなく、冷気を発するミュカレの瞳を横目で眺めながら、

「どうした、何だ、ミュカレ?」

「ツクシは小さい女の子が大好きなのね?」

 ミュカレは凍えた視線をユキへ送った。

「ミュカレ、あのなあ――」

 ツクシは顔を歪めた。

 どちらかというと、ツクシは熟女のほうが好みである。

「それで、この愛らしくて小さい女の子を、ツクシはいくらで買ったの?」

 ミュカレが訊いた。

 人外の美貌が真剣そのものだ。

 その瞳がぺたんと平たくなっている。

 恐怖したツクシがミュカレから視線を外すと、

「銀貨三枚でかってくれたよ、ミュカレ」

 ユキがシレっと応えた。

「おい、ユキ、お前――」

 ツクシはユキを厳しく睨んだ。

 視線を返したユキの猫っぽい唇が波打っている。

 楽しそうである。

「へえ、そう、ツクシは銀貨三枚で、こんなに若くて小さい女の子を買ったのね――女と社会の敵よね。そういう行動をする男のひとって。今すぐに死ねばいいのに。あー、あー、もしもし、聞こえてる、ツクシさん?」

 ミュカレはロリコンが大嫌いらしい。

「ミュカレ、こいつはユキだ。ネストの仕事を手伝ってもらった。銀貨三枚はその報酬だぞ」

 納得してもらえるだろうか――。

 半信半疑ながらツクシが強い調子でいった。

 声がいつもより甲高い。

「これがユキですって? ツクシさん、それは苦しい言い訳よね。マジで、溺れ死んでもらおうかしら――あっ、これ本当にユキだわ! あらぁ、すごく可愛いじゃない。男の子にしては線が細いなと思ってたのだけれど女の子だったのね。驚いたわぁ、もう。これからユキはツクシにご馳走してもらうの? 羨ましい――じゃ、ツクシ、ユキ、ご注文を伺います」

 乱れた髪を手で整えながら、身体を起こしたミュカレはにっこりと微笑んだ。

 このエルフの女、悠里がいう通り、ちょっとおっかねェな――。

 ツクシはミュカレを警戒しながら、

「――じゃ、ユキ。好きなものを注文しろ」

 酒のツマミになれば何でもいい。ツクシの食べ物の好みはそのていどだ。

「カニ」

 ユキは即答した。

「――カニかよ」

 ツクシの返答は少し遅れた。

「エビでもいい」

 ユキである。

「ユキは魚介類が好きなのか?」

 ツクシが訊くと、

「うん、大好き。貝でも魚でもいいよ?」

 ユキが瞳を細くした。

 ユキの好きなものを食わせてやりたかったが、カニとかエビはないかもな――。

 口角を苦く歪めたツクシがミュカレへ目を向けると、

「うーん、ユキ、残念だけれど、カニはないわ。予約をすれば何でも調達できるのだけれど。ほら、今って夏場でしょ。保存が利かない生の魚介類は常備するのが難しいのよねえ――」

 こんな返答である。

「ま、適当に魚をみつくろってくれよ。あと、そうだな――米のめし――ライスはあるか?」

「お米も前もって伝えてくれれば用意できるわ」

 タラリオンでは栽培されていないが輸入物の米なら調達できるらしい。まあ、今はないということなので、ツクシはパンを注文した。飲み物はツクシがエール、ユキはミルクを頼む。

 ミュカレが厨房へ消えたあと、ツクシがユキに訊いた。

「ユキは銭湯で釜炊きを仕事にしているのか?」

「うん、毎日じゃないけど。モグラとアリバもいるから、わたしはひまにしてるときが多い」

「仕事は、いつからやってる?」

「わたしのママンが死んだときから」

「――そうか。ユキにはママの他の家族がいないのか?」

「いるよ、ゴルゴダ・ギャングスタのメンバー」

「ああ――」

餓鬼集団レギオンのメンバーは、みんな家族ファミリーだから」

「ギャング・ファミリーってやつか――」

「うん、そう。ファミリーがひとりぼっちになったわたしを助けてくれた。ツクシ。わたしのママンは、なかよくなった男のひとから、おかねをもらう仕事してたの――」

 ユキが語りだした。

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