131:リヒャルト解放

 ロザリアの第4月。近侍とともに丸太小屋から出てきたリヒャルトに対し、警備のエルフが、親指を立てながら話しかけてきた。


「リヒャルト殿、嬉しい知らせだ。あんた達の解放が、ロザリアの第6月に決まったそうだ」

「え!?本当か!?」

「ああ。良かったな、リヒャルト殿」

「ああ。君達には、本当に色々と世話になった。ありがとう」

「おいおい。まだ早いよ、その言葉は」


 待ちに待った情報に、リヒャルトは思わず吉報を齎したエルフと固い握手を交わし、相手はリヒャルトの揚げ足を取って苦笑する。半年にも及ぶ抑留生活を経て、リヒャルト達はコネロのエルフと打ち解け、リヒャルトでさえも市井の言葉で気さくに会話を交わす様になっていた。


 柊也はリヒャルト達をエーデルシュタイン中枢から切り離すために抑留したが、その事はグラシアノとリコ、ミゲル以外のエルフには一切伝えず、両種族の融和を前面に打ち出していた。そして結局、リヒャルト達は真の目的に気づかず、結果、両種族の融和という成果は十分に果たされる事になった。しかし、これは決して無駄な事ではない。これで仮にリヒャルトが王位に就いたとしても、大草原とエーデルシュタインは良好な関係を維持する事ができる。


「解放場所は、大草原の出口になるだろう。コネロは一番奥だから、かなり前にここを出立する事になるぞ。リヒャルト殿、サンタ・デ・ロマハに迎えの連絡を入れておいてくれ」

「わかった。手配しておくよ」




 ***


 リヒャルト解放の報は、約1ヶ月かけて、サンタ・デ・ロマハに駐留するドミニクの許へと届いた。




「殿下の解放は、ロザリアの第6月15日、場所はサンタ・デ・ロマハとモノの中間地点か…」

「はい」


 リヒャルトからの手紙に目を通しながらドミニクが呟き、向かいに座るバルトルトが頷く。やがてドミニクは顔を上げ、手紙をテーブルの上に放り投げると、バルトルトに問い掛けた。


「さて、どうやって捕まえる?」


 ドミニクの問いかけにバルトルトが頷き、口を開く。


「サンタ・デ・ロマハには未だ少数ながら王太子派が残留し、機会を窺っている模様です。残念ながら彼らを特定する事ができませんでしたので、リヒャルト達がサンタ・デ・ロマハに到着する前に決着をつける必要があります。ただ、殺すわけにはいきません。リヒャルトは未だ王太子である以上、殺してしまうと我々の責任問題に発展します。そのため、解放地点で捕縛し、そのまま隔離すべきかと存じます」

「そうだな…」


 バルトルトの答えを得て、ドミニクは大きく息をつき、ソファに深く腰掛ける。バルトルトの説明が続く。


「閣下。王太子派が策を講じないよう、駐留軍にリヒャルト帰還の報を伝えないで下さい。解放当日は私が直接兵を率い、リヒャルト達が逃走できないよう周囲を抑えます。閣下は解放地点までリヒャルト達を出迎え、油断を誘って下さい。直後に私が包囲し、リヒャルト達を捕縛します」

「…わかった、その策で殿下を取り押さえよう」


 バルトルトの説明にドミニクは頷き、体を起こすとバルトルトの酒杯に蒸留酒を注ぐ。そして、二人は軽く酒杯を掲げ、一気に喉へと流し込んでいった。




 ***


 ロザリアの第5月、リヒャルト達12名は、コネロのエルフ300名の護衛の下、コネロの森を出発した。


 リヒャルト達は半年の間世話になったコネロの族長と固い握手を交わして礼を述べ、今後のエルフとの友誼を誓うと、馬に乗り、コネロのエルフに先導されて南へと向かう。一行は、途中にあるサーリアの社を迂回する形で幾分歪曲しながら南下し、ひたすらサンタ・デ・ロマハへと向かって進んだ。


 途中、モノの森の近くに差し掛かると、リヒャルトはエルフの護衛隊長を呼び止め、一行は大草原の真ん中で停止する。リヒャルト達は全員馬を降りると、地平の彼方に生い茂るモノの森の方を向いて、一斉に黙祷した。それは、自分達の齎した結果に対し、反省し詫びたのではない。ただ、自分達の決断によって天に召された者達の、鎮魂を願ったのである。エーデルシュタインもカラディナも、エルフも関係なく、天に召された者達全ての鎮魂を願っていた。


 リヒャルトは、自らの決断が齎した結果に対し、詫びたのではなかった。失敗を検証し、再発防止に役立てはするが、詫びはしなかった。王の決断によって兵や民衆が犠牲になる事は当然の事であり、王はその犠牲を否定するのではなく、その犠牲を如何に効率的、効果的に役立てるか、それが重要であった。




 ***


 ロザリアの第6月15日。ドミニクとバルトルトが率いる駐留軍3,000名は、サンタ・デ・ロマハとモノの中間地点で、リヒャルト達の帰着を待っていた。


 ドミニクは100名ほどの兵を率いて陣幕を張り、その中央で椅子に座り、じっと北方を眺めている。バルトルトは残りの兵を率い、リヒャルト達に警戒感を与えないように、ドミニクから少し下がったところで待機していた。




 やがて、ドミニクが眺める大草原の彼方に小さな黒い点が現れ、長い時間をかけて少しずつ大きくなる。その点が人と馬を形作るようになる頃、ドミニクは椅子から立ち上がり、愛想笑いの準備を始めた。


 12頭の人馬はドミニクの陣幕の前に到着すると、次々に馬を降り、ドミニクの許へと歩いてくる。先頭を歩くリヒャルトの姿を認めたドミニクは、精一杯の笑みを浮かべ、両手を広げて歓迎の意を表した。


「リヒャルト殿下、ご無事で何よりでございます。このドミニク・ミュレー、殿下が無事にご帰還されました事、心よりお慶び申し上げます。長い間の抑留生活で、さぞお疲れでありましょう。まずはゆっくりとお休みになられ、体を労わって下さい」

「ドミニク、長い間留守にしてすまなかった。その間、サンタ・デ・ロマハ駐留軍を纏めてもらい、感謝している。何、この程度の事で、私はへこたれんよ。サンタ・デ・ロマハに戻り次第、すぐに行動に移そう」

「素晴らしい心意気です。殿下の不屈の精神には、全くもって感心いたしますぞ」


 ドミニクは長い抑留生活を経てもへこたれないリヒャルトに呆れ、その感想を粉飾して口上すると、リヒャルトと固い握手を交わす。その後ドミニクはギュンター、ダニエルとも次々に握手を交わし、半年に渡る苦労を労った。ドミニクとリヒャルト達が融和ムードに沸く中、ドミニクの部下が陣幕から外に出ると、後ろに控えるバルトルトへ合図を送る。合図を見たバルトルトが兵を動かし、3,000の兵が静かに、ドミニクとリヒャルト達を包囲して行く。




「…」


 ドミニクの陣幕に一陣の風が吹いて幕がはためき、ドミニクと再会を喜ぶリヒャルト達の後ろで控えていた近侍の一人が外の動きに気付いた。彼はすぐ前に立つ幕僚に耳打ちし、話を聞いた幕僚は、ドミニクとの会話が一段落していたリヒャルトへと耳打ちする。


 幕僚の報告を聞いたリヒャルトは表情を引き締め、外の空気を吸いに陣幕の外へと向かう。そして、陣幕の入口を開けたところで、動かなくなった。ダニエルと会話していたドミニクが、ダニエルの体越しに、リヒャルトに尋ねた。


「…殿下、いかがされましたか?」

「…ドミニク、一体どういうつもりだ?」


 リヒャルトは陣幕の入口に手をかけたまま、ドミニクへと振り返る。その表情は冷徹で、ドミニクを追及する様子が窺えた。そのリヒャルトの冷たい視線を受けてもドミニクは笑顔を絶やさず、丁寧に返答した。


「ああ、殿下、お気になさらず。実はサンタ・デ・ロマハで、殿下を担ぎ上げようという不穏な動きがありましてな。その様な輩に殿下を奪われてはなるまいと、周囲を固めているのです」

「…その割には、外側より内側を警戒していないか?」

「敵が何処にいるかわかりませんからな、どちらにも対応できるように警戒しているだけです」


 ドミニクは、リヒャルトの向こう、陣幕の外から歩み寄って来る兵の壁を眺めながら、笑みを浮かべる。ギュンターやダニエル、幕僚達が剣に手をかけるのを見て、ドミニクは自分の兵の後ろへと下がる。


「殿下。不穏分子が殿下に害を及ぼさないよう、ヴェルツブルグに到着するまでの間、我々が身辺警護をさせていただきます。ヴェルツブルグまで我々が責任もって殿下の身の安全をお守りしますので、その間、殿下はゆっくりとおくつろぎ下さい」

「ドミニク、貴様…」


 表情を険しくするリヒャルトに代わり、ダニエルがドミニクに追及する。その鋭い眼光を受けても、ドミニクは怯まず、ダニエルへと宣言する。


「それとダニエル殿、あなたは拘禁させていただく。大草原における敗北と、多くの兵を損ねた責任が、あなたにはお在りだ。本国へと帰還した後、政府の裁決に従ってもらおう」

「貴様」


 ダニエルが歯を剥き、口を歪めるが、その場を動こうとしない。すでに陣幕のすぐ外側には兵の壁が幾重にも重なって迫っており、脱出は不可能と言えた。兵の壁はすでにドミニクとリヒャルト達を何重にも包囲し、鼠一匹逃げる余地はない。


 やがて陣幕が外から捲り上がり、兵がなだれ込んできた。リヒャルト達は押し寄せる兵達に阻まれ、ドミニクから次第に見えなくなる。ドミニクは右手を払い、リヒャルト達に群がる兵に対し、宣言した。


「兵士達よ、王太子リヒャルト、ギュンター・フォン・クルーグハルト、ダニエル・ラチエール、その他抑留者全員を拘禁せよ。本国へ護送し、西誅における敗北の責を償っていただく」


 兵士達はドミニクの宣言を背にしてリヒャルト達を完全に取り囲み、ドミニクからリヒャルト達が完全に見えなくなった。そして、兵士達は動きを止めると、一斉にドミニクへと振り返る。




 こうして、ドミニク率いる100名の兵は、完全に包囲された。

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