111:資格

「これから話す事は、正直に言って、俺の推測が多分に含まれている。それと、あなた方エルフに馴染まない考え方も出るかも知れないが、それは勘弁してくれ」


 合議場に戻った一行は、車座になって柊也の話を聞き、揃って頷く。柊也が最も上座に着いてしまったが、話の流れ上、仕方のない事だった。柊也の両脇にはシモンとセレーネが座り、その三人を取り囲むように、グラシアノとナディア、四氏族の族長達とその供回りが座っている。シルフは相変わらず柊也の肩に座り、足をばたつかせていた。


 柊也が一同を見渡し、口を開く。


「先ほどの2つの他に、明確な事が一つある。サーリアは、あなた方エルフの言い伝えの通り、眠っているという考え方で、概ね合っている」

「本当か!トウヤ殿」


 グラシアノの勢いある声に、柊也は頷く。


「サーリアは『スリープ・モード』と言っていたが、これによりサーリアの能力の9割以上が停止している。それにより無駄な消費を抑えているわけで、…まあ、眠っているという表現がしっくり来るだろうな」

「そうか、…サーリア様が…良かった…」


 柊也の説明に、エルフ達は互いの顔を見合わせ、笑みを浮かべる。永い間エルフの伝承として伝えられていたとは言え、人族に伝わる伝承と異なっている点に、エルフ達は一抹の不安を抱えていた。その不安がついに払拭され、族長達は胸を撫で下ろした。柊也が言葉を続ける。


「次に、サーリアは自力で目覚める事ができない。目覚めるためには、別の者からの指示がいるんだ。そして、此処の社にある御神柱は、サーリアを起こせる者を見つけ出すための検査機だ」

「何だと!?」


 族長達は驚愕の面持ちで、柊也へと向く。これは、エルフ達にとってあまりにもショッキングな事実だった。何故なら…


「…つまり…我々は、これまで誰一人、サーリア様を目覚めさせるに相応しい者がいなかったと言う事か…」


 がっくりと下を向いたグラシアノが、悄然として、小さな声で呟く。皆一様に下を向き、何人かの者達は腕を上げて涙を拭いている。周りが一気にお通夜の雰囲気となり、柊也は慌てて言い繕った。


「すまない、言葉が足りなかった。これは決して、あなた方の人間性を否定しているわけではない。あなた方エルフは、皆、素晴らしい方だ。ただ、これも、あなた方にとって非常に悲しい事実だろうが、サーリアを起こす資格は、種族で決められていると推測される。そして残念な事に、その種族にエルフは含まれていなかったのであろうと言うのが、俺の考えだ」

「何てことだ…」


 柊也の説明はむしろ駄目押しとなり、お通夜の雰囲気はますます深くなる。個々の人間性であればまだしも、種族全体が見放されていたという事実に、彼らは打ちひしがれていた。


 良かれと思った追加説明が彼らを絶望の縁に追いやる結果となり、柊也は大いに慌てる。見かねたシモンが、助け舟を出す。


「それではトウヤ、どの種族であれば、資格があると言うのだ?私も駄目だったから、狼獣人は駄目だ。他の獣人か?それとも、まさか、人族か?」

「まさか!?」


 下を向いていたエルフ達が、皆一斉に顔を上げる。つい先日、自分達を滅ぼす勢いで襲ってきた人族に、ロザリアの御旗を掲げる人族に、サーリアを目覚めさせる資格があるという事は、エルフにとって到底受け入れられるものでない。しかし、目の前に座るトウヤ殿は、人族だ。…まさか、まさか!?


 一同の鬼気迫る視線を一身に受けた柊也は、首を横に振る。


「いや、そうではない。グラシアノ殿、先ほど参拝の意思を持つ者であればサーリアは門戸を開くと言っていたが、であれば過去に人族の参拝者もいたのではないか?」


 柊也に問いかけられたグラシアノは、勢い良く首肯した。


「ああ!その通りだ。私も過去に何度か、人族の参拝者を見た事がある」


 グラシアノの回答に柊也は頷き、一同を見渡す。


「という事だ。人族にも資格はないのだろう」


 柊也の発言を聞き、一同は胸を撫で下ろした。そんな彼らの許に柊也の言葉が続く。


「結論から言おう。この世界には、サーリアを起こせる者が、誰一人いないという事だ」




「…トウヤ殿、それはどういう…」


 静まり返った合議場の中で、一人の族長が恐る恐る声を上げる。柊也が言った言葉が、シモンとセレーネを除き、誰も理解できなかった。誰一人いないと言ったが、先ほどトウヤ殿の前で、サーリア様が目覚めたではないか。…いや、しかし、先ほどトウヤ殿は、人族は資格がないと言っていた。それでは、トウヤ殿は何者だ?


 一同が注目する中で、柊也は大きな息をつき、口を開く。


「俺は、この世界で生まれた人族ではない。ロザリア教が行った召喚によって別世界から連れてこられた、異世界人なんだ」

「…」


 沈黙したままの一同に対し、柊也の説明が続く。


「この世界には、かつて俺と同じ血を引く種族がいたのだろう。サーリアは、その種族の者達によって作り出された存在、というわけだ」




「…サーリアが言うには、俺がサーリアを目覚めさせる事ができる様になっても、目覚めるべきではないと言っていた。サーリアが目覚めると、この地の寒冷化が進むというのだ」

「…」


 誰も破る事ができなくなった沈黙の中を、柊也の声だけが響き渡る。


「ただ、目覚めさせないにしても、サーリアからの依頼は受け、サーリアとの誼を結んでくるべきだと俺は考えている。そのため、俺はこれから、サーリアの許へと向かう。サーリアは、ここから4,500キルドも先だ。帰りがいつになるかわからないが、俺が戻って来るまで、皆待っていてくれ」

「そんな!」


 柊也の言葉を聞いたエルフ達は皆弾き上がり、柊也に詰め寄った。


「まさかトウヤ殿、お一人で向かわれるおつもりか!?」

「一人ではない。シモンも一緒だ」


 柊也の言葉を聞いたシモンは目を瞑り、嬉しそうに頷く。一方、エルフ達の顔には、焦燥がありありと浮かんでいた。


「そんな!?是非、我々エルフもお連れ下さい!それこそ何十人でも何百人でも、トウヤ殿、いや、トウヤ様が望むのであれば一氏族、あるいは全氏族でも喜んでついて参ります!道中、我々が常に御身を守り、魔物一匹寄せ付けません。それこそ、全エルフがトウヤ様に従い、あなたの手足となって働く所存です!ですから、何卒!我々エルフも、お連れ下さい!」


 再び、柊也の目の前にエルフ達が並び、皆一堂に平伏する。その姿を見た柊也は、頭痛に見舞われたように顔を顰め、こめかみに手を当てながら答えた。


「駄目だ」

「何故ですか!?トウヤ様!」


 エルフ達を代表して、グラシアノが声を張り上げる。至近距離からの音響攻撃を受けた柊也は、左手指を耳の穴に差し込みながら答えた。


「サーリアまでの距離は、4,500キルドもある。そんな大人数で行って、その間の食料はどうするんだ?俺には特殊能力があって、2~3人であれば食料はどうにかなる。ただ、それ以上は無理なんだ」

「そんな事!我々エルフは、サーリア様の御許に赴けるのであれば、それに勝る喜びはございません!それこそ何人でも何十人でも、例え氏族ことごとく餓えに倒れようとも、サーリア様の許に赴けるのであれば、本望です!」

「グラシアノ殿、頼む。頼むから、そんな破滅的な事を言わないでくれ…」

「何卒!何卒!」

「お願いでございます!トウヤ様!」

「お願いします!トウヤ様!」


 再びグラシアノが平伏し、誰もが平伏したまま動かなくなったのを見て、柊也は黙り込んだ。やがて、大きな溜息をつくと、根負けした様に口を開く。


「…わかった。一人だけ、一人だけ連れて行こう」

「本当ですか!?」

「ああ。よくよく考えれば、これはあなた方の問題だ。本来、俺が出しゃばるべきではないからな」

「あ、ありがとうございます!」


 柊也の答えを聞いて一度頭を上げたグラシアノが、再び勢いよく頭を下げ、それに見習って再びエルフ達が平伏する。その光景を見ながら「一体どこの上様だ?」と内心で思う柊也の視線が右隅へと動き、一番手前で平伏する小柄な女性で止まった。


「セレーネ」


 名前を呼ばれたセレーネは頭を跳ね上げ、両手を床に着いたまま口を開く。


「はい、トウヤさん…、いえ…トウヤ…様」


 セレーネの返事を聞いた柊也は苦笑する。


「セレーネ、君まで様呼ばわりしないでくれ。これまで通りでいいから。…セレーネ、君について来て欲しい。君には、すでに俺の特殊能力も知られているし、サーリアの誓いで秘匿もできている。ましてや、今や君はシモンの姉だ。君がいてくれると、シモンも喜ぶ」

「ちょっと。私をダシにしないでくれるかい?」


 柊也の言葉に、シモンが顔を赤らめて抗議する。そんな二人を見たまま呆然とするセレーネに、隣に並ぶグラシアノが声をかけた。


「セレーネ。行ってきなさい」

「お父さん…」


 横を向いたセレーネにグラシアノは体を向けると、正座をして居住まいを正す。セレーネも居住まいを正してグラシアノに向き直るのを見届けると、族長の威厳を纏い、口を開く。


「セレーネ。ティグリ族 族長グラシアノが命じる。トウヤ様につき従い、トウヤ様の手足となって働き、サーリア様の許へ無事にお連れしろ。この命令は、他のいかなる命令よりも優先する。お前の身命を賭けて、遂行せよ」

「…承りました、族長。私、グラシアノの娘 セレーネは、トウヤ様の手足となり、この身に代えてでもサーリア様の許にトウヤ様をお連れいたします」


 四氏族の族長も居住まいを正し、セレーネと相対していた。


 セレーネの口上を聞き終えたグラシアノは両手を伸ばし、セレーネの両肩に手を置く。そして、一転して父親としての顔を向け、言葉を続けた。


「セレーネ。お前に全エルフの想いを託す。我々エルフを代表して、サーリア様に拝謁し、聖言を拝聴してきてくれ。頼んだぞ、セレーネ」

「はい。はい、わかりました、お父さん…ふぇぇぇぇぇ」


 自分に託された想いを胸にしてセレーネは思わず涙ぐみ、グラシアノも感無量の面持ちでセレーネを抱きしめる。ナディアも二人に近寄ると、目に涙を浮かべながらセレーネに覆い被さる。


 そのまま動きを止めた三人の前で、柊也は上座に座って胡坐をかいたまま、「一体どこのお奉行だ?」と内心でツッコミを入れていた。

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