68:六柱の思惑
「何故だ!?何故こんな事になっているんだ!?」
玉座の間で、セント=ヌーヴェル国王パトリシオ3世が髪の毛を掻きむしり、怒りを露わにする。その国王の癇癪めいた態度を前に、重臣達は沈痛な顔をして俯くばかりだった。
ロザリアの第4月以降、セント=ヌーヴェルの首都、サンタ・デ・ロマハには、凶報が立て続けに入っていた。ロザリア第4月15日には、カラディナ国境の街アスコーと金鉱山2箇所がカラディナによって占領されたとの急報が入る。しかも、同時期にカラディナより、ヲーの街への侵攻に対する詰問の使者が来ていた。セント=ヌーヴェルにとっては寝耳に水であり濡れ衣だと再三使者に説明をし、アスコーからの撤退を求めたが、使者は全く取り合わず、セント=ヌーヴェルへ釈明を求めるとさっさと引き上げてしまった。
アスコーには8,000ものカラディナ軍が居座っている。セント=ヌーヴェルとしては虎の子の金鉱山であり何としても奪還したいところではあるが、精鋭部隊はパトリシオ3世の気前良い発言でほとんどが北伐へと駆り出されてしまい、カラディナ軍に対抗できる戦力を即座に用意する事ができなかった。それでもセント=ヌーヴェルとしてはここで引くわけにもいかず、首都近郊で兵を募り、何とか8,000の軍を整える。しかし、ここで新たな凶報が飛び込んできた。
セント=ヌーヴェル軍が北伐で大損害を被り、その上でカラディナ国内にて諍いを起こしたというのだ。この情報は、噂やカラディナから齎された情報ではない。先行してセント=ヌーヴェルへ帰還したエルフ達によって齎された情報である。味方から齎された、嘘偽りのない凶報であった。
「カラディナの主要都市で、略奪を働いただとぉ!?」
あまりの衝撃にパトリシオ3世は玉座から立ち上がり、使者を怒鳴りつける。そのあまりの剣幕に、エルフ軍の指揮官であるミゲルから伝言を託されただけの使者は、自分が立ち会ったわけでもない惨劇について、保身のために弁明せざるを得なかった。
「あくまで、ラトン族の指揮官であるミゲル殿からの情報です。彼が申すには、北伐軍はガリエルの地で大量の物資を失い、本国へ直接帰還する術を失いました。そのためカラディナにおいて食料の補給を試みましたが、カラディナ側に拒まれ、自然発火的に暴動が発生したとの事です」
「ルイスは何をやっている!」
事情を知らないパトリシオ3世は、地団駄を踏みながら北伐軍司令官のルイスを罵倒する。彼の怒りには、理解できる一面があった。理由が何であれ、自国の軍が他国に許可なく押し入り略奪を働いたのは、紛れもない事実である。これによってセント=ヌーヴェルの非が公になってしまったのだ。そしてこの事は、何ら相関性がないのにも関わらず、ヲーとアスコーの金鉱山問題においてカラディナの主張に正当性を与えてしまう、失態であった。
「何か、何か妙案はないのか!?」
藁をもすがる思いでパトリシオ3世は重臣達を見やり、献策を求める。しかし、重臣達もお互い顔を見合わせ、俯くばかりであった。その中で、お茶を濁すかのように、重臣の一人が口を開く。
「とにかく、至急各国に使者を出しましょう。此度の騒動は、ルイス・サムエル・デ・メンドーサの独断による暴走であり、我が国は一切関わっていないと。我が国はカラディナに対する害意は一切なく、この度の不幸に対し遺憾の意を表明すると。また、首謀者の処罰についても我が国は全面的に協力すると。そう各国に伝えましょう」
「…わかった。まずはそうしてくれ」
パトリシオ3世は力なく頷き、玉座へ腰を下ろす。国王の指示の下、カラディナ、エーデルシュタイン、教会の3箇所に、それぞれ使者が派遣された。
***
セント=ヌーヴェルからの使者を前に、「六柱」の筆頭であるジェローム・バスチェが、口を開いた。
「此度の貴国の軍の暴虐において、我が国の北部は荒廃してしまった。20を超える村落が踏みにじられ、何の落ち度もない村民達は、収穫を前にした農作物を根こそぎ奪われ、ガリエルの季節を前に路頭に放り出されている。悲願である北伐に我が国も多数の兵を出し、全人族が一致団結してガリエルに対処する、まさにその時にこの様な同胞からの裏切りに会い、我が国民は怒りと悲しみに満ちてしまった。ヲーにおける侵略行為を含め、貴国はこの不始末をどの様に償うつもりだ?」
ジェロームの容赦ない指摘に、使者はしどろもどろになって弁明する。
「北部で発生した悲劇については、全てがルイス・サムエル・デ・メンドーサの独断によるものであり、セント=ヌーヴェル本国は一切関わりがございません。また、ヲーの侵略行為についても我が国の預かり知らぬところであり、何者かが我が国を騙って事に及んだ謀略に違いありません。我が国にとっても此度の悲劇は寝耳に水であり、遺憾であります。我が国としても、ルイス・サムエル・デ・メンドーサが犯した行為について、彼を捕縛して追及する所存です」
「…使者殿。茶番は止めていただこうか」
ジェロームが、使者の退路を塞ぐ。
「ヲーと北部一帯の侵略行為は、あまりにも時期が一致している。これは明らかに貴国の明確な意思の下で行われた、我が国への敵対行為だ。幸いヲーについては、たまたま近隣に居た我が軍の機転により事なきを得たが、何の罪もない市民が犠牲となっている。旗色が悪くなったからと言って手のひらを返し、蜥蜴の尻尾切りを行うのは、中原三国に名を連ねる国として、あまりにも軽薄であり、恥ずべき行為ではないか?」
「し、しかし…」
心理的に壁際へと追い詰められた使者は、なおも抵抗を試みようとするが、そんな彼にジェロームが止めを刺す。
「それに、北部の侵略行為についても、大方決着がついた」
「…それは、どういう意味でしょうか?」
「先ほど報告があった。北部を侵略していた貴国の軍は、復仇に燃える我が軍の攻撃の前に壊乱し、首謀者であるルイス・サムエル・デ・メンドーサは討ち取られたそうだ」
「な…!?」
絶句する使者を前に、ジェロームは薄く口の端を吊り上げ、言葉を続ける。
「これでヲーと北部の2箇所で貴国が仕出かした悪行は、我が国が独力で片付けた事になる。自らの不始末に対し、貴国は我が国にどの様な誠意をもって償うおつもりか、今一度お考えいただいた上で再訪いただこうか。是非ともご深慮願いたい。さもなくば、我が国はもちろん、エーデルシュタイン王国や教会も納得しないだろうからな」
「ジェ、ジェローム様、今しばらくお時間を!」
「使者殿では荷が重過ぎよう。貴殿にできる最善の行動は、一刻も早く本国へ帰り報告する事だ。道中には、くれぐれも気を付けたまえ」
そう締め括るとジェロームは席を立ち、なおも弁明を試みようとして護衛に体を押さえつけられた使者を置いて、部屋を出て行った。
こうして、事態は「六柱」の思惑通りに進む。セント=ヌーヴェルには、アスコーに居座ったカラディナ軍を跳ね返すだけの戦力を用意できず、アスコーの金鉱山はカラディナの手に落ちつつある。カラディナ北部におけるセント=ヌーヴェル北伐軍は、散々セント=ヌーヴェルの悪行を中原世界に謳い上げた上で、あっさりと壊滅した。セント=ヌーヴェルがエーデルシュタインと教会に宛てた使者は、すでにカラディナ側が捕縛し、斬ってある。エーデルシュタインと教会へ伝わるのはカラディナ発の情報だけとなり、両者にはセント=ヌーヴェルが散々悪行を働いた上に弁明もしない無頼漢と映るはずだ。セント=ヌーヴェルには、偽りの悪行と嘘偽りのない悪行に対する責任だけが残り、それを跳ね返す方法はもはやなかった。
こうして、セント=ヌーヴェルの懊悩を余所に、カラディナの首都サン=ブレイユでは、「六柱」がセント=ヌーヴェルへ突き付ける目録の作成に熱中していた。当初、金鉱山の接収だけを目標としており、それも成功率は7割くらいと見ていた「六柱」だったが、蓋を開けてみれば相手の思わぬ失点でお土産まで付いてくることになった。「六柱」はセント=ヌーヴェルの厚意に感謝し、遠慮なくボーナスの上乗せを要求する。
一、アスコー及び金鉱山2箇所の割譲。
二、賠償金、金貨十万枚。
三、北部復興にかかる費用の全額負担。
四、北部及びヲーの犠牲者に対する見舞金の支払い。
これらを主軸とした要求をまとめた「六柱」は、まずは相手の誠意を計るべく、セント=ヌーヴェルからの使者の到着を待つ。そうしているうちに、エーデルシュタイン及び教会からの使者が到着した。
使者の齎した内容は、完全にカラディナの主張が通ったものだった。カラディナに対する疑問や異論はなく、完全にセント=ヌーヴェルを非難し、追及するものだった。「六柱」が仕掛けた策は完全に嵌り、エーデルシュタイン及び教会から「六柱」が期待した以上の回答を得る事ができた。「六柱」は、その期待以上の回答に、戦慄する事になる。
「――― 教会が、セント=ヌーヴェル及びエルフに対する『西誅』を発令しました」
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