【2-2】入城
エドワードの操縦技術はなかなかの腕前で、馬車は大きく揺れたり急に止まったりすることなく、無事に王城前に到着した。見目麗しいフットマンはニコニコと気持ちのいい笑顔で扉を開け、降車するキリエへ手を貸してくれる。リアムは反対側の扉からさっさと降りて、二人の傍へ素早く回ってきた。
「ありがとうございます、エドワードさん」
「エドでいいっすよぉ! キリエ様は王子様っすからねー! 愛称で気安く呼び捨ててくださいっす!」
「はい、じゃあ、エド。お疲れなのにここまでお付き合いいただいて、ありがとうございます。あと、先程は自己紹介を出来ていなかったのですが、僕はキリエといいます。今後またお世話になる機会もあると思いますが、よろしくお願いいたします」
王子という括りに抵抗があり、自分だけが相手を呼び捨てるということにも違和感があるのだが、これからそういう場面が増えていくのだと、王都への道中でリアムから何度も言い聞かされている。己の中のモヤモヤする気持ちを抑え改めて名乗り一礼するキリエを、エドワードは口をぽかんと開けて見ていたが、次第に何故か瞳を潤ませ始めた。
「こちらこそ! よろしくお願いしまっす! ……リアム様ぁ、キリエ様めっちゃ良い子じゃないっすかー! いや、ほんと、めっっちゃ良い子っす!」
「うるさいぞ、エド。王城の前なんだから、普段の十倍くらいは声量に気をつけておとなしくしろ」
「はーい! じゃあ、オレ、あっちに馬車を停めて待ってますんで。キリエ様、リアム様、また後ほど!」
エドワードはぶんぶんと両腕を振り、御者台まで駆けてゆく。相変わらず、やけに速い。馬車が移動してゆくのを見送ってから、キリエは目の前に聳え立つ城へ視線を移し、まじまじと眺めた。つい先日まで働いていた果物屋に王城を描いた絵画が飾られていたが、そこから想像していたよりも、もっとずっと大きい。全体的に白と金の色合いで構成された、豪華な造りだ。
「うわぁ……、見上げていると首が痛くなってきますね」
「キリエ様、参りましょうか」
「あ、はい」
リアムに促され、彼の後を付いて行くようにして城の入り口を目指し歩く。段々と不安を感じ始めたキリエの気持ちを察知したのか、夜霧の騎士は途中で振り返り、力強く頷いてくれた。
◆◆◆
王城の門番を務めていた王国騎士たちは、夜霧の騎士が姿を現すなり姿勢を正して敬礼し、次に隣に立つキリエを見てハッとした面持ちになり深く頭を下げた。
これまでのリアムの口ぶりから、彼は騎士団の中でも嫌な目に遭っているのではないかと心配していたキリエだが、少なくとも部下に当たる騎士たちはあからさまにリアムへ侮蔑の目を向けたりはしていないようである。上官に対する緊張感が透けて見える程度のものだ。
「次期国王候補様方の命により、同じく次期国王候補であらせられるキリエ様をお連れした。どこへご案内すればよろしいか、確認してもらえるか?」
「はっ! ただちに確認して参ります」
騎士の一人が駆け去って行くのを見届けると、リアムはキリエを促しながら城内へ足を踏み入れ、入口近くに設置されているソファーへと案内する。どうぞ、と促されるままキリエが腰を下ろすと、まだ新兵と思われる幼い顔立ちの騎士が恐る恐る近寄ってきた。
「失礼いたします。あ、あの、ここは風が吹き抜けて冷えますので、お待ちの間はこちらをお召しください」
「ご親切にお気遣いいただき、ありがとうございます」
「ひぇっ、い、いえ、そんな、恐れ入ります」
差し出された起毛のストールを受け取りながらキリエが礼を言うと、新米騎士は恥ずかしそうに一礼してから早足で持ち場へ戻ってゆく。
キリエがストールを広げようとすると、リアムの手がさりげなく阻み、彼が広げて肩へと掛けてくれた。なるほど、こういったことも自分で行うのではなく、目下の者にやらせるのが上流階級の習わしなのだろう。そう理解したキリエは、早々にうんざりし始めていた。こういった主従のやり取りに慣れるまでは、時間が掛かりそうである。
キリエの衣服は素材も良いものではないため、見た目以上に生地が薄い。肌寒さを感じていた身体に、ストールの温かさはありがたかった。
騎士たち、そして此処を出入りしている者たちは、興味深そうな視線をキリエへと向けてきている。隣に真顔で佇む夜霧の騎士がいるからか、あまりにも不躾な目線は無いものの、チラリチラリと何度も見られているのは感じた。とはいえ、あからさまに馬鹿にしているような悪意をもったものではなく、物珍しさから興味を引かれているという類のものだ。
そして、かれこれ十分ほど待っただろうか。確認に行っていた騎士が戻ってきて、敬礼をしながら結果を伝えてくる。
「お待たせいたしました! 皆様は三階の大広間にてお待ちになられるとのことですので、御二方にもそちらへ向かっていただきたいとのことでありました」
「ご苦労だった。すぐに向かっても差し支えはなさそうだろうか?」
「はっ! 今すぐに向かっていただいても問題はないかと存じます」
「分かった。ありがとう。……ああ、あと、このストールをバーソロミューに返しておいてくれるか。キリエ様が大層お喜びだったと伝えておいてほしい」
「はっ! かしこまりました」
キリエの肩から外したストールを、リアムは部下に手渡した。もう一度ストールの礼を言いたいと思っていたキリエの心情を汲んでくれたと思われるリアムの配慮が嬉しい。思わず口元を綻ばせたキリエへ、リアムもこっそり笑い返してくれた。
「それでは、キリエ様。皆様がいらっしゃる大広間へご案内いたします」
「はい、よろしくお願いします」
キリエが立ち上がると、その場にいた騎士たちが一斉に敬礼してくる。それに驚いていると、リアムが「こちらへ」と再度促してきたので、その背を追ってキリエも歩き出した。
行き交う人々はやはりキリエの銀髪や銀眼が気になるのか、皆は立ち止まって一礼しつつ控えめながらも視線を向けてくる。キリエはキリエで、使用人と思われる者たちの制服でさえ、現在の自身の出で立ちよりも格段に高級感があることにたじろいでいた。リアムがキリエを着替えさせることにこだわっていた理由が、ここにきて現実的な感覚とともに分かったような気がする。
そして、城の中は非常に広大だ。高さもあるが、敷地の広さも相当なもので、城内を移動するだけでもかなりの時間を取られてしまうだろう。あまりキョロキョロしないように自制しつつも、どうしても周囲が気になるキリエは視線を走らせ、時折、見知らぬ誰かと目が合ってしまい肩を震わせたりしていた。
「……キリエ様。こちらが、三階大広間の前でございます」
目的地に到着し、リアムが振り向いて一礼する。大広間の扉前に控えていた二人の騎士も、同じように一礼してきた。キリエも緊張感を噛みしめながら、会釈を返す。
「キリエ様をお連れした。中へお通ししても大丈夫だろうか?」
「はい。他の次期国王候補様方も既にお待ちでいらっしゃいます。──キリエ様がご到着されました! 中へお通しいたします!」
中へ声を掛けた上で、二人の騎士が大きく重い扉をそれぞれに開き始めた。目を丸くしているキリエの耳元へ、リアムが囁きを落としてくる。
「まずはお前が先に入ってくれ。その後に、俺も続く。……大丈夫だ。お前らしく、素直に受け答えをすればいい」
友人として掛けてくれた言葉にしっかりと頷き返し、キリエは扉の先へと一歩踏み入った。
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