政治家の選び方
現岸田政権の考えることや意思決定が、一般国民のもの(現状)とはズレているという批判が少なくない。子育て支援に関することでも、「子育てを実際にしたことのない者が考えたのではないか」と揶揄される有様。
一体、なんでこんなことになるのだろうか。
今朝テレビをつけたら、ヤングケアラー(若くして親の介護を日常的にしなけれならない子ども)の問題を扱う情報番組がやっていた。その当時者たちが口を揃えて言うには「今の社会にはこういう若者を救う法制度や仕組みが十分にない」ということだった。
ならばそういうものを生み出す力をもつはずの政治家に期待するしかないのだが、皆さんが日々ご覧の有様である。NHKの国会中継なんか見てみなさい、本当にうんざりするから。これが、今日明日の日本を作る最高決定がなされる場だと思うと、悲しいものがある。
たとえば一般企業や学校は、採用する(入学させる)のに『試験』というものを行って、選別する。それは、入ってもらう人間には「こうであってほしい」という一律の基準があり、それを満たす者だけを入れるためだ。必然的に、そうして集められた合格者は、ある面「似たような傾向の者ばかりになる」。
いち企業や学校ならば、それでよいのかもしれない。企業も学校もある意味閉じた世界であり、その中でうまくやれれば(その中で役に立てば)やっていけてしまうのである。でも、政治というのは確かに場所も人も永田町という限られたエリアかもしれないが、相手にするのは日本全土・全国民である。そして社会におけるすべての事象を扱うことになる。
●だから政治家は、「選挙」という一面的な試験を通るだけでは、それに強いという傾向を持つ人間が集まるだけで、本当の意味で優秀かどうかは分からない。
あらゆるジャンル・あらゆる傾向をもつ人間をまんべんなく網羅することのほうに注力したほうがいい。
ここで、いろんな分野から分かりやすい「ナンバーワン」をただ見つけてくるのは賢くない。もっと賢くないのは、人気投票である。
人から好かれる、支持を得るのはその分野での知識や実力と関係ないものが長けているだけの場合があるからだ。ひとつに対人能力。人たらし、あるいは人心把握術に長けていて人気を集めることに成功した者である。ふたつに、裏でカネと権力を使える者。相手が金銭的な利益よりも正しい生き様を(自分と自分の家族がたいへんなことになるのを承知で)貫くタイプでもない限り、思い通りにできる。
この世界で、何かのナンバーワンとして認められるためには、口のうまさが必須である。あとできたらそこにそこそこの容姿があればなおいい。
この日本であれだけの政治家がいながら「ヤングケアラー対策がぜんぜんダメ」「少子化対策・子育て支援ぜんぜん現場を分かっていない」状況なのは、彼らを選ぶやり方に問題がある。選ばれて夢抱いて政治家になったはいいが、そこが伏魔殿のような場所であったという問題までは論じたらきりがないので、ここでは割愛する。
つまりは、ヤングケアラー当事者を誰か国政の決定の場に参加させるのだ。これも、人気俳優や有名人の子どもなどをコネで選んでいてはだめで、アットランダムでそのような立場のその辺の誰かに白羽を立てればよい。
生活困窮者。障がい者。(これも乙武のようなマスコミ慣れしたヤツではだめで、本当に一般人)ヤングケアラー。業務がハードと言われる現役教師。電気水道ガスそれぞれの分野の現場のエキスパート、飲食店の正社員とそのアルバイト。奨学金の返済に苦しむ人。すべての問題に、一般の当事者に発言権を与えて国政に参加させる。裁判だって裁判員制度ができたんだから、こっちもやればできるだろ。
もちろん呼ぶ人には足代、道中の飲食代と謝礼も忘れずに。
今の社会では、優秀な者を試験で選ぶ。政治家なら選挙で選ぶ。
うすうす感じているとは思うが、純度100%不正や裏工作なしで行われているなんてことはまずない。気付かせなければ勝ちなのだ。
そんなことで弱肉強食のデスマッチを勝ち上がった者(それはもう本職とは関係のないスキルによるものである)が、表向き「誰よりも国のこと・社会のことが分かった頭のいい人間」として君臨し、私たちのためにどれひとついいことを決めてやろうか、ってなもので、大変偉そうである。実は、何も分かっちゃいない。
人の集団というものは、太古の昔からその中のリーダーを必然的に求め、作り上げるものである。その際にどうしても、余計な条件を色々つけてしまう。自分が屈服して従う対象なのだから、それなりの人間でないと納得できない。で、それをはかる基準が「カリスマ的オーラや雰囲気といった、醸す空気」「ある程度気持ちよく見ていられる容姿」「人を圧倒する、納得させる口のうまさ(話術)」といったもので、これを加味すると宇宙の神からしたらナンバーワンは10位くらいになり、ナンバー10が人間世界ではトップと信じられたりする。
あと、人に知られるための宣伝能力(プレゼン能力)もないとお話にならない。
そうした、世に出るためにはその実力や才能以前に「人に取り入る能力、自分をよく見せ宣伝する能力」がないと使ってももらえない、という社会は変えたほうがいい。そのような人材発掘方法だと、ものすごい数の才能を埋もれさせることとなり、社会の損失である。
私たちは目立ったものばかりを見せられ、それがあたかもその分野での最高峰のように有難がっているが、それは世の中の多くのしがらみや利害関係をうまくかいくぐったものだけを見せられているのであり、探せばもっと惹かれるものがあるかもしれないのである。
とにかく、ヤングケアラーや低収入で子育てを奮闘する人たちのことを身をもって分かる人間が一人くらい国の中枢にいないものか。確かに内閣には~担当大臣などという名前の者がいて、その問題の解決に当たってはいるが、筆者の眼にはまず「その問題解決にふさわしい人材ナンバーワン」ではない。大概は、その力とは別次元の能力を発動させて勝った者だろうからである。
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