Q&Aのコーナー第百一回 「純愛と性欲とのあいだ」
Q.
女性と話すのが苦手で、相手が好きになっても愛とかじゃなく結局 自分の下心(性欲)に過ぎないんじゃないか、と思うとつらいです。こんな私はどうすればいいでしょう?
A.
それでゼンゼン問題ないです。心配しなくてもあなたは正常です。
いきなり言っても、あなたが抱き続けてきてしまった自分の異性への気持ちへのイメージはすぐには治らないかもしれませんが、あきらめないでください。
世間の、自分は上品できれいな愛で異性を愛せていると「思い込んでいる」連中よりも、あなたのほうが百倍謙虚で百倍マシです。
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この問題を議論する時に、気を付けないといけないことがある。筆者と読む者との間で、スタンスの違いがあれば意味がないということである。その違いを認めることができないと、以下の文章を読んでも益にはならない。
筆者が今から書く記事は、次の立場をベースにしている。
①優先順位その1 人間は生物である
②優先順位その2 人間は他生命とは一線を画する。言語を操り、複雑な感情を解する知的生命である
おそらくだが、多数の人は逆である。①と②がひっくりかえるはずだ。特に、自分は頭がいいと思っている人やスピリチュアル(宗教)好きな人もそうだろう。
人間とは知的生命。霊長類という優れた存在だからこそ、愛という概念を解し、高度な知的思索が可能。だから、せっかく人間に生まれたのだから、その恩恵を最大限に使うべきじゃないか? ただ食って寝て、性欲のままヤルなんてそれじゃあただの動物じゃないか?
確かに、それは高尚な考え方だとは言える。でも、動かしがたい事実として我々は肉体を持った生き物である。複雑な思考を持ち言語を解し道具も使うという点を除けば、我々は「動物」となんら変わりはない。
動物であるのに、動物的であることを恥じ、悪いことであるとする向きがある。そこに、下手に上品な生き物になってしまった人間の陥った罠がある。「良識」と呼ばれるものを作り、それを長く不動の位置に据えありがたがることで、人は自らの動物性を過度に攻撃・封印する無理をしてきて、その無理がたたって様々な事件が世に起きている。
キリスト教の最大の間違いは、異性への性的な視線すら悪であるとする潔癖なまでの視点である。右の目罪を犯す時(情欲を動機として異性を見てしまう時)には、えぐって捨てろ。両目が揃ったまま地獄へ行くよりは、片目で天国へ行く方がマシだと聖書には書かれてある。
もし、イエスが本当にこれを言ったのだとしたら、イエスは悟り人どころかとんだ大バカである。だから筆者はイエスを弁護するためにも言うが、聖書のこの記述は実際のイエスの言葉ではないと考える。
さて、人間はそもそもベースが『生き物』である。生き物の基本的な使命とは?
●繁殖し、子孫を増やし種を維持すること。
ならば、そのためには何が必要? 繁殖行為。具体的にはセックス。
ならば、セックスが起きるためには何が必要? お互いに「体をゆるしてもいい」と思える男女のペアが揃うこと。つまりは、出会いから交際への発展。
じゃあその出会いが起きるために何が必要? まずは、社会の変革・そして個人の尊厳や自己肯定への理解の深まりかな?
収入が低いと、結婚しようと思わない。もちろんそれだけではないだろう。収入が低くたって子ども作る人は作るから。
収入をはじめ自分の容姿や社会での立場や成績など、自分に自信がないと異性に向かっていくエネルギーが得られない。だから生きた異性に挑むのが面倒とまでなった者は、結婚はあきらめてもなくなってはくれない性欲を風俗やAVで処理する。最近は女性だってホストクラブというのがあるし、女性視聴向けに作られるAVというのもあるらしい。
高度な文明・法律・宗教および道徳倫理・社会システム。こういうもののおかげで確かに人間世界はいい面もある反面、生物としては実に生きづらくなっている。生物のくせにそもそも繁殖(結婚)できない。いや、それ以前に格差問題であきらめる人もおり、さらにこの世界では価値観が多様化し行動の選択肢(趣味)も増えすぎたことで、「これが楽しめれば子ども(家庭)なくてもいいや」とまで。
ペットがいればいい、という人もいる。人間の子どもだと反抗するし、思い通りにいかないし、ものすごくタイヘン。ペットのほうがよっぽど癒される、と。
●なんか、おかしくないですか? 人間は高い精神性をもつから動物とは違うんだ、って言いながらですよ。そもそも基本は同じ生物なのに実に可哀そうなことになってませんか? これでは、本末転倒ですよ。
筆者は、同性愛というのは問題としない。
働きアリの法則、というのがある。集団を「よく働く・普通・働かない」に分けたとき、働きアリが全体の2割、普通のアリが6割、働かないアリが2割になる、というものである。どんな別個体でやってみても、この割合が保たれるらしい。
ゆえに、同性愛(もっと言えばLGBT)というのは、一定の数人類がいれば、どうしても出てきてしまう個性の違いである。演劇で言うと、誰かは演じる必要のある役割である。だから、劣っているとか間違っているというのは見当外れである。
人類は、その出だしでまずつまづいた。一夫一妻制である。これは、一人の男性に一人の女性、それが永遠に愛し合う、他はあってはいけない、というのがタテマエである。これは宇宙の真理でもなんでもなく、人間が勝手に決めたもの。
キリスト教が、神の権威を勝手に借りてさも神の定めた制度かのように広めてしまった。神父か牧師が結婚式で聞くでしょ? 汝、病めるときも健やかなる時も……って。これまで結婚した者たちのうち、どれだけがあの誓いを破っているとお思いで? 誓う意味があるのか、ってくらいな状況になってますよ! もはや一夫一妻制は人類に絶対良いものであるとは言いにくい。
●これだけ一夫一妻制がうまくいっていないのは、一夫一妻制か人類か、そのどちらかが間違っているからうまくかみ合わないのだ。それとも、どちらとも間違っているか!
地球人類はここまで歴史ゲームを進めてきてしまったので、今更どうにもならない話であるが。
お互い気に入れば、誰とでもヤレる世界にすればよかったんでは?
もちろん、生理的に合う合わないがあるだろうし。そういうのは断っていいが、お互いにそれほどイヤでなければ合意の上で、性交渉が誰とでも自由に可能な世界ができるのがおすすめだった。それだと不倫という言葉がこの世から消える。問題なくなるから。石田純一さんあたりが喜びそうだ。
あと、社会制度の作り方もある。ある星では、若い男女は子どもを産むと、一緒に遊んだり会ったりはするが、基本高齢者の集団(子どもに知識を授け知育するよう専門化されている)に預ける。子どもが高校卒業程度になったら返されるが、その時にはもう子どもは立派に自立している。
そういう世界では、地球のように「シングルマザーがしつけも仕事も全部背負い込んで倒れる」とかいう問題は起きない。
さっきからさんざん一夫一妻制をこき下ろしているが、これ自体が別に悪いわけでも間違っているわけでもない。
チェーンソーは、体を鍛え使い方を熟知した者が持つなら問題は起きないが、使い方をよく分かっていない者・そもそも道具の重みを支えきれない者が持つと危ない。ゆえに、一夫一妻制を貫いてなお幸せになるには、人類は幼すぎたのだ。人類には、過ぎたおもちゃだったのだ。
長々書いたが、質問者のような悩みが出るのは、この世界の悪いところだ。愛というものを過度に祭り上げた結果、真面目な青年男子ほど異性への愛の質に悩むこととなる。結局顔(容姿)なんじゃないか、性的に求めているのを愛だと勘違いしているんじゃないか、とか。
●心配するな! 皆そんなもんです。
いやそうじゃない! とやたら動物と人の違いや、スピリチュアル的な美辞麗句を散りばめて愛を語るやつらこそ、偽善者と呼んでやりましょう。
何度も言うが、我々は人間である以前に生物です。生物の本分は繁殖です。
体も、そのようにできています。年頃になったら、異性(人によっては同性でも。それは働きアリの法則で仕方がありません)に惹かれます。男なら、アソコが反応します。グラビアアイドルの顔に好きな子の顔を当てはめます!(笑)
我々は結局動物なのです。だから、せめて動物として生きる上で破綻しないように考えて、その上で文明とか社会とか制度とか整えたらいいんではないでしょうか。
人間のために社会や制度があるというより、社会や制度を維持すために人間が無理して頑張っている、というのが現状でしょう。
今回の質問者さんのような悩みも、今のような社会を作るに至った地球歴史の積み重ねによる弊害と言えるでしょう。
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