多様性の世界では、逆もまた真

 ネット記事で、「苦労した時代があった大物俳優に学ぶ成功哲学」みたいな記事があった。紹介されていたのは、阿部寛と唐沢寿明と織田裕二。

 面白かったのは、唐沢と織田の対比だ。



 その記事によると、記者は唐沢寿明の成功についてこのように分析する。

 もともと、さわやかな好青年キャラで売っていたが、そればかりだとイメージが固定して次第に芸風が限定され、かえって足かせとなっていった。その状況を打破すべく、唐沢はまったく違うイメージの役柄も断らず何でも積極的に挑戦していった。

 そうした実績を積めば、「この役柄でもあの人ならやってくれる」という期待感と信頼をもってもらえるようになる。「これは自分らしくない」「これは邪道だ」などと自分を型にはめないで、何でもする。

 これを成功哲学の格言っぽくすると——



●「自分の型や常識を決めずに、仕事を受けていく」  



 そんなビジネスモデルとしてのエッセンスが抽出できる。

 また、サービス精神旺盛な唐沢さんのスタンスを評して次のように書かれてある。



●ビジネスマンなら同僚や取引先を笑顔にさせるサービス精神の持ち主に当てはまり、「自分はこうしたい」よりも、「あなたのために何が必要なのか」を考えているのです。  



 なるほど、確かに大事なことだ。

 さて、ここで今度は同じ記者による織田裕二の分析を見てみよう。

 他の二人よりも下積みが少なく、出だしから売れた織田。でも、彼は自身の演技に納得がいっていなかった。

 そんな彼は、自分にも作品にも妥協しないクオリティを求めるようになり、次第に「物言う俳優」になっていった。脚本や演出にも口を出すことで、メディアの中には「わがまま」「扱いにくい」などの批判記事を書かれることも。自分の信念を貫くことで孤独感やプレッシャーは高まるものだが、それでも織田は決してめげなかった。

 俳優として先入観を持たれないようにバラエティーや情報番組の出演を極力控え、メディア露出を減らすなど、「俳優・織田裕二」の立場を守りを貫いてきた。

 さて、これを成功哲学っぽい格言にすると——



●「内外の批判を恐れず、質の高さにフォーカスを絞って仕事をする」  

 「やるべき仕事、やりたい仕事を絞って、幅を広げすぎない」



 そういう時、何でもやるような万能型だと「自分はこれがやりたい」と思った時に、その万能性が災いして「もっとそれをやるようなイメージ」の役者に取られてしまう。八方美人型だと、活動の幅は広がってもここぞという時の争奪戦に弱い。

 織田裕二は、多少の批判はあってもブレず、こだわりを貫いたことで今の活躍がある、というような分析記事だった。



 さて、ここまで読むと気付きませんか?

 言葉の上だと、唐沢と織田がまったく反対の成功法になっていることを。



 唐沢=自分はこう、と決めつけず何でも仕事を受ける。


 織田=自分はこうだ、を貫き批判を受けてもそこはこだわり、仕事も厳選する。



 また、唐沢は「自分はこうしたい」以上に「どうしたら皆が喜んでくれるか」を考える人であり、織田は周囲の顔色や機嫌(反応)をうかがうより、どこまでも自分を信じ納得のいくものをつくること、つまり「自分はこうしたい」にこだわった。



●結局、固定化した成功哲学などないのである。

 人が違えば、成功のアプローチは全然違ったりするのだ。

 対比する人によっては、まったく反対のアドバイスになったりするのだ。



 唐沢のように、とりあえず自分はこうだと決めつけず、何でも挑んでいく中で深みや可能性の幅が広がるという円熟の仕方が似合っている人もいるので、そういう人は彼を参考にしたらいい。

 逆に、人によっては性格的に何でもかんでも手を出すことがプラスにならないタイプもいる。つまり、厳選された興味を「掘り下げる」タイプ、少ない範囲でもとことん「質」を追いかけるタイプ。そういう人種が成功するには、唐沢アプローチより織田アプローチになる。

 そういう人種は集中力はすごいが、色々な要望や外野の声に耳を傾けすぎると、唐沢タイプと違い逆に持ち味が薄くなる。だからそういうタイプの人が売れないうちは、色々悪く言われる。筆者個人はどちらかというとこっちだ。他が何を言おうとこだわりは貫く。

 だからといってこだわりたいわ、でも皆にも好かれたいわ……という甘えん坊ではない。こだわりを貫くからには、たとえ誰からも相手にされなくても構わない覚悟はある。その上で私は好き勝手書いている。イヤなら見るな、である。



 結局、すべての人に当てはまる絶対的な成功法などないということだ。

 皆、「ベストセラー1位」とか、「~氏(有名人)絶賛」とかいう言葉に弱い。

 猫も杓子も、何かにすがり飛びつきたい。幸せになりたい、成功したい。

 ならば、「寄らば大樹の陰」である。

 皆が支持するものにしとけば、まぁハズレはないだろう。ランキング1位とかベストセラー1位なら、まずハズレはないだろう。そんな感じで、大事なことを検証するのを忘れる。



 参考にするのに、それがどれだけ売れていて、有名な成功本かよりも——

「自分に合っているか」

「相性(フィーリング)がぴったりか」

 そこがまず重要であろう。

 その成功者が、あなたと違うタイプだったら必ずしもうまくいかない。自分が果たして、唐沢タイプなのか織田タイプなのか、みたいなことだ。

 そこの自己洞察なくして、単に誰かが成功したそのエッセンスをなぞっても、あなたに合わない場合残念ながら成功に結びつかない場合がある。

 まずは、慌てて他人の成功体験に飛びつくことではなく、己を知ることである。

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