居場所はどこかにある
筆者の父は定年になって、ずいぶん経つ。
「超」がつく真面目な人であり、それが翻って「頑固者」という特性を生んでいる。
私の父だけあって、口達者。父は決して社交的な人間ではないが、彼が求められて口を開くと、その語る内容や洞察は結構面白く、その時だけは父も生き生きしていて、彼が普段カタブツで頑固者だということを忘れさせてくれる。
体は結構頑丈で、定年なんかで辞めなくても今でも働けるはずなくらい元気である。でも、朝から晩まで時間のある広大な日々が幕開けてしまった。
今の父は、本当に『無趣味』な人である。
父がまだ現役の時は、釣りという趣味があった。まだ夜が明けないうちに車で出て行き、夜帰って来た。
腕がいいのか、釣る場所が良いのかは分からないが、必ず何かをある程度釣ってきた。子どもの頃の記憶では、父が「今日は釣れなかった」と言って帰って来た記憶がない。
サザエさんのネタように、近くの魚屋で買ってきたものを「釣れた」と誤魔化す手は使えない。ちょっとした知識があれば、今日釣ってきた魚か魚屋で買ってきたものかは区別がつく。母の目を欺くことはできない。
先ほど、父は定年後の今でも元気だと言ったが、厳密に現役時代と同じではない。
父の変化のひとつに、その「釣りに行かなくなった」ことがある。
釣りに行くような気力体力はなくなったが、家にいる分には元気を持て余す、という面倒な状況になったのだ。父から釣りを取ってしまうと、何もなくなった。
私ほどではないにせよ父も少しは映画好きなので見ることはあるが、さすがに朝から晩までそれ、というわけにもいかない。
そこで、父は何をするようになったかというと……「1パチ」。
略さずきちっと言うと、玉一個が1円に相当するパチンコである。
結構、時間を持て余して1パチに時間を潰しに来る高齢者は多い。
1玉4円なら、当たれば配当は大きいが負け続ければ短時間でどんどんお金が吸い込まれていく。でも1円パチンコなら、少ないお金で比較的長い時間を遊んでいられる。年金生活者が分相応に時間を潰すには、もってこいの遊びではある。
ただし勝って数箱ほど玉を出したとしても、たった数千円にしかならないので、ロマンと興奮に欠けると言ってしまえばその通りであるが。
うちの父のような高齢者が決して少なくないのは、なぜだろう。
パチンコではなくても、ラウンドワンとかイオンのゲームコーナーなどにある「コインゲーム」に、高齢者が長時間遊んでいる場合もある。これなども、パチンコが単にコインゲームにすり替わっているだけのことであり、問題の構造は同じだろう。
子どもとの関係、があるだろう。
同居か。近所か。それとも遠くにいて、盆や正月しか連絡を取らないか——
また、子どもがいても「孫の有無 でも変わってくる。さらには、子どもと「仲が良いか」「不仲か」も重要になってくる。
しっかりしていないと一番辛いのは、「子どもがいない」老人であろう。
趣味に興じる、ということは、少なくとも「生き続けることに希望を失っていない」という前提が要る。生きる理由があって、同じ生きてないといけないのなら折角だから何かするか、になる。
その柱となるものがないと、いつかパチンコでは誤魔化しきれなくなる。
例えばの話、「孫の成長を見るのが生きがい」という老人がいたとする。
同居していれば、毎日でも見ていられる。ちびまる子ちゃんのおじいちゃん「友蔵」みたく、あんな理想的なポジションに皆収まることができればよいが、人生模様は皆複雑で全然違う。
それで幸せな人はいいが、一方で「孫疲れ」という言葉もあるように、孫はかわいいけど毎日はキツいな……という贅沢な悩みもあるかもしれない。
かわいい孫がいても遠方でそうそう会えないなら、会えない間何かして生きつながないといけない。そうして、補助的趣味としてパチンコを利用することがあってもいい。しかしパチンコが 「それだけが生きる楽しみ」というのは、やはり健全ではない。本人も周囲の人間や社会も、共に考えていくべき問題である。
うちの父の場合、問題はさらにややこしく。
頑固者だったので、老後も関係の続く友人がいないようである。
定年後、父が友人と思われる人物と付き合ってどこかに行く、というのを見たことがない。母以外、普段は誰も父の相手をする者はいない。
しかし母は父と真逆な社交的な人なので、しょっちゅう女友達と飛び回っている。必然、父はその間ひとり家でゴロゴロするか、1円パチンコをするかしかなくなる。
寂しかろうと思って「老人会」やそれに類するサークル活動を勧めたら、怒られた。父は頑固なだけでなく「ムダにプライドが高い ので、あんなもんに出かけてまで友達など欲しいとは思わん! なんか、こっちまでジジくさくなるわ! とのたまう。ま、分からなくもないが。
(認めないけど、自分だってちゃんとジジくさいぞ。父よ)
●皆が皆、自分が思ってるほど「高齢者(老人)」じゃないんだよ。
逆に、今の社会のシステムがマイナスな意味での「老人」を作っているような気がする。
みんな、何かさせたら結構できるんだよね。実際、役に立つ。
得意分野を、生かせるんだよね。70歳以降でも、内容によっては仕事が可能だ。
なんとか、皆に役にたってもらえる道を模索できないか?
居場所さえあれば、結構高齢者の可能性の世界は広がる。
社会(システム)は、高齢者がそれぞれに輝く道を模索する面倒が嫌らしい。
孫がいて、生活も保障され、生きがいのある老後。孫がいない、あるいはそもそも子どもがいない、パチンコやテレビになんとなく時間を使う老後。喜びを共有する相手もなく、笑いかけようとしても横には誰もおらず、大きなエネルギーを使ってみる気力も湧かない。
先日、会いに行った父がいつもより元気だった。
かつての勤務先の会社から、非常勤で出てきてくれ、と声をかけられたらしい。
「ブランクかなりになりますけど、役に立ちますか? って言ったら『極端な話、座ってそこにいていただけるだけでもいいんです。来てくださるだけでありがたいんです』だってよ。こりゃ、行ってやらねぇわけにはいかないやな」
言葉上はしょうがない行ってやるか、な感じだが、まんざらでもなさそう。こういう父を見ると、定年ってなんだろう、と思う。
同じように働かせることは難しいとしても、元気の有り余っている者を何かに使えないか。シルバー人材センターなるものが地域ごとにあることは知っている。それなりに精一杯機能していることにも、感謝している。ただ、やはり十分にカバーしきれていない感は否めない。
実際に父が登録してみたが、登録者と地域の要求のマッチングがあまりうまくいかない。必要とされる特技(能力)にどうしても偏りがあり、忙しい人は忙しいがお声がかからない人も少なくない。父はほんの少しだけ駅前の自転車駐輪場での受付業務を得たが、それもほどなく契約切れとなり、その後はまったく使われていない。
1円パチンコに群がる高齢者たち、というニュースの特集記事があった。
それに読者の意見が寄せられるのだが、多数派の意見として「パチンコじゃなくても、探せばもっと良い趣味あるだろ」 というのがあった。もっときついのは、「この世界からパチンコを無くしてしまえ」というのがあった。
後者は論外として、前者の意見はどうか?
●筆者が身をもって知ったのは、「理屈(正論)と実際は全然一致しない」ということである。現場にしか、答えがないということである。
「ごはんがないなら、お菓子を食べればいいのに」と同じである。
1円パチンコをやっているその高齢者の人生を、いちから聞いてみ?
で、パチンコなんかよりやることあるやろ、って最後に言ってみ?
……言えないから。
うちの父もそうだ。友達がいないなら、今から作ればいい。パチンコ以外の趣味を持てばいい——
でも、私は見て知っている。その正論だけではどうにもならないことを。
それを、幸せな高い気楽な位置から「やればできる」「むりだ、できないと思っているからできないんだ」は、残酷な正論である。むしろ、そんなやつはスピリチュアルな発信をするには向いていない。
一人ひとりの人生を知るほどに、相手に対して「なぜやらない」「なぜこんなことに甘んじているんだ」とは簡単には言えない。言葉は引っ込み、ただ涙を浮かべて手を握るだけになる。
アプローチの最初から、「1パチは良くない。もっと素敵な老後ために良い趣味を」はダメ。いきなり正論をぶつけちゃ、おしめぇよ!
手を汚さないで、現場で戦闘しないで、対岸から言うだけでは正論はゴミと化す。
まずは何とか、互いの人生に興味を持ち、気にかけ合える状況を作る必要がある。その上で得意を探し出し、パズルのピースがどこにはまるか、知恵を出し合うこと。
高齢者が「パチンコ以外の趣味を探したくても簡単にそうできない」事情をまずはつかんでからでないと、次の一手(じゃあ何かいい知恵は?)には行けない。
幸い筆者は実家がそれほど遠くないので、まめに孫の顔を両親に見せてやれる。
先日ぼそっと、父はこう言った。
「この子(小学生の娘)がちゃんと嫁にいくのを見届けるまでは、くたばるわけにはいかんなぁ」
私は、これだと思った。
別に子どもでなくたっていい。趣味における何かの目標とか行為でもいいし、配偶者や特定の友人でもいい。こう言える何かを、高齢者の方々にそれぞれ、オリジナルをもっていただきたい。
それを、内容は違えど一人でも多くが持てる社会こそ、いいか悪いかで言えば「いい社会」と言える。今こそ、それぞれが自分の身の周りにいる年老いた親や知り合いの高齢者のことを思い浮かべ、ちょっとでも「素敵なお節介」ができるならしていただきたい。
切に、そう願う。
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