納豆王

 本書よく読んでくださったり、動画配信など私の語りを聞いてくれている方なら、「賢者テラ」と聞くといくつか連想されるキーワードが浮かぶと思う。

 よく言われるのが、『知らん!』 笑)。ええっ、そんなに言ってますかね?

 世の中でも、実際の数は少ないのに「それが代表的な立場を勝ち取ってしまう」ことがある。

 巨人の星で、星一徹がちゃぶ台をひっくり返したのは、たったの一度。

 機動戦士ガンダムでアムロが「アムロ、ガンダム、行きま~す!」と言って出撃したのも、やっぱり一度だけ。

 どちらも、キャラのトレードマークみたいに言われている内容なのに、一回だけとは……知ってみてビックリな内容である。

 ホント人というものは「見たいように見る」だけではなく、「見たいところを見る」もんですな。



 まぁ、それは置いておいて。

 二番目に、私の名を聞いて連想しやすいのが『宇宙の王(主人公)』という言葉。確かに、活動開始当初から文章でも動画でもよく使っている言葉である。

 でもこの言葉、非常に誤解されやすい言葉でもある。その誤解の実例のひとつが、次のような質問である。



●宇宙の王って言うけれど、起きることは決まっているんでしょ?

 で、筆者さんは「意識の力や在り方で不可能なことはない」を否定されてるでしょ? どうしたってやってやれないこともあるって。

 それって何か不自由ですよね。宇宙の王、っていうイメージからは遠いように思うんですけど?



 言葉上の問題がある。

「王」という言葉のもつイメージだ。

 カネと権力で好き放題、何だってできるというイメージがあるんだろう。

 その何となくのイメージを修正しないまま私の言葉を聞くと、何だってできるはずの王、という前提と私の言う「思い通りにならない」「できないこともある」「起こることは決まっている」というハンパない「不自由感」とが釣り合わないから、違和感を感じるのだろう。そこで今回は、宇宙の王という言葉のオススメな捉え方を、あるたとえ話で説明してみよう。



 あなたは、ある宇宙人にUFOで拉致された。

 激しく抵抗するあなただったが、宇宙人から「我が母星の王になってください」と言われる。

 王になれるのか! それも悪くない、と思ったあなたは、とりあえず抵抗をやめてある星に到着。戴冠式が盛大に執り行われ、あなたは王に即位する。



 でも、来る日も来る日もな~んにもさせてくれない。

 政治も経済も軍事も、他の者がやって王はノータッチ。

 ヒマでヒマですることがない上に、ご飯は毎日3食『納豆ごはん』。

 来る日も来る日も、納豆ごはん。

 あなたは我慢の限界が来て、自分をこの星に連れてきた宇宙人に文句を言う。

「王にしてくれるって言うから、ついてきたのに! やることもなくてヒマでしょうがないよ! でさ、食事が毎回、しかもずっと納豆ごはんなんてイヤだよ! たまには他のものも食べさせてよ!」

 すると、こういう返事が返ってきた。



●王様。

 この星では、「何もしなくていい」ことが最高の贅沢なのでございます。

 だから王は、何もしなくてよい、という最大の特権に与る《あずかる》ことができるのです。

 また、納豆ごはんはこの星における最高級料理です。それを毎回食せるというのは、この星の住人の夢なのですよ!

 夢は夢のままで終わり、で死んでいく者も多いというのに。最高の待遇を得ておきながら、王様は何とばちあたりなことを申されるのですか!



 今のお話のキモは何か。

「あなたと宇宙人との、価値観の違い」である。

 あなたは、王とは権力を使えて、普通できないことをするものだと思っている。で、実際に王になれたら当然、そうできることを期待するにちがいない。

 しかし、宇宙人側では価値観が違って「何もしないでいい事が最高の特権」という感覚。ここに、「王」というものに抱く「期待」の顕著な違いがある。

 あなたは、納豆ごはんなど庶民の食べ物で、松坂牛ステーキとか高級フレンチとか一流懐石とかが、王や特権階級にふさわしい食べ物だと連想するかもしれない。しかし、文化の全く違う別の星では、納豆ごはんがそのステーキやフレンチに該当するのだ。

 そんなズレが、悲劇を生んだお話であった。



 それが、筆者が使う「宇宙の王」という言葉にも当てはまるのだ。

 このゲームを開始しようとした何某かと、ゲーム内にいるキャラである我々とでは、先ほどのお話のように「王がもつ特権」に関して認識の違いがあるのだ。

 私たちは、何だって夢が叶ったり、できないことはない、というのが特権に思える。その裏には、「普段思うようにいかない」という事実背景がある。

 でも、あちらは真逆。あちらは、背景として「完全」ということがある。それが「当たり前」。だから、「不自由」「思い通りに行かない」「やってもできない体験」が貴重すぎる。

 あちら次元にしたら、我々が思うステーキヤフレンチ(なんだってできる)は、全然安っぽい食べ物なのだ。こちらが考える納豆ごはん(思うようにかない、というありふれた、当たり前の現象)こそが、あちらでは滅多にお目にかかれない高級料理なのだ。

 ゆえに、あちらの視点では我々はまさに「宇宙の王」。

 思い通りに行かないという要素のない世界で、思い通りにいかないことを夢見た。だから、その最高の目的を達成し味わえるのが、王の特権。

 ゆえに、我々はある意味ちゃんと王としての特権を享受している。

 ……ただし、あちら側の価値観で、だけど!



 ゲーム画面の中にいるこちらは、毎日納豆ご飯を食べさせられるかのように、うんざりする。それは、価値観が真逆だからだ。

 そこに関しては、分かったところでどうにもならない。だから今日指し示した内容も、「ふぅんそう」ってなくらいで、それ以上には役に立たない。

 ま、真理ってそういうもんである。知ったからって役に立たない。

 だって、幻想世界の現実に即しない(支えている原則が違う) から。日本にいて、南アフリカ共和国の法律を勉強するようなものである。

(で、そこには生きている間行く機会はまずない、という……)



 ここまで読んだあなたは、もう宇宙の王がこちらの価値観のものではないという残念さを忘れて、これからは楽しく生きなさい。意識の内側ばかりではなく、目の前のことにも意識を十分に割きなさい。

 いくら正しくても、考えて楽しくないことに大した価値はない。

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