その信念は貫いて本当に大丈夫?
角田光代の小説 『紙の月』(宮沢りえ主演で映画化もしている)の一場面。
ある家庭がある。
母親は、徹底した節約家である。スーパーの広告をチェックしては、少しでも安い食材を求めて駆け回る。
交通機関も、ひと駅、ふた駅分くらいなら自転車。ひと駅分なら歩くことも。小学生の娘には、小遣いはほとんどあげないケチぶり。
そうまでするのは、本当に貧乏で家計が火の車だからではない。むしろ、夫の収入は中流以上と言えた。
彼女にそうさせるのは、過去の生い立ち、経験からである。親や兄弟、出会う色々な人々を見てきて強く感じたこと。それは——
●『幸せは、お金ではない』。
だから、お金なんかかけなくても、家族は幸せになれる。
娘にも、そういう価値観を持ってほしかった。あれが欲しい、これが欲しい。でも買えない、それこそが不幸なんだ、という人生観を持ってほしくなかった。
お金がすべてではなく、もっと大事なものがある。欲しいものが買えなくても、そんなことに依らない幸せもある——。
そうすることで余ったお金は、ここぞという本当に大事なことに使える。教育的効果も実際的な得もあり、一石二鳥だ。
母親は「自分の信念は間違っていない」と自分に言い聞かせ、日々を節約に明け暮れた。
そんなある日、事件は起こった。
母親に、ある店からかかってきた一本の電話。
「娘さんが万引きをしました」 というものだった。
そんな子に育てた覚えはないのに。幸せはお金ではない、それが伝わるように私も頑張ってきたのに……!
店長からお説教を食らって店を出た後。思わず、我が子に平手打ちをしてしまう。
娘は反抗的な目で母親をにらみ、こう言う。
「だって、これみんな持ってるんだよ? みんなその話題で盛り上がってるし、ないと話題に付いて行けない。お母さんは、私が学校で仲間外れにされてもいい、っていうの!?」
自分の意図が伝わっていなかった。努力の結果が、娘の万引きだった。母親はあまりにショックで、夜それを帰宅した夫に伝える。
娘もその場にいた。母親は、自分の決めた家計の方針を認めてくれた夫なら、一緒に娘を叱ってくれると思っていた。しかし夫は「もう寝ておいで」 とやさしく娘の頭をなでで部屋に帰しただけだった。叱るどころか、夫は娘に同情すらしていた。
「なぁ。もう、やめないか」
「何よ、娘もあなたも! 私が意地悪してる、っていうの? 私は家族のためを思って——」
「……その思っての結果が、今回だろ? もちろん、節約そのものが悪いっていることじゃない。お前のは『度が過ぎている』んだ。一体、お前の何がそこまで駆り立てるんだ?」
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あなたはきっと、自分の経験してきたこと、学んだこと感じたことを総合して、そこから抽出したあなたなりに割り出した『最善』を人生の指針として採用していることだろう。
それに基づいてあなたなりの信念をもって、「よかれ」と思ってすべての行動をしていることだろう。でも、こういうことはないだろうか?
よかれ、と思ってやっているはずなのに、それほど幸せな結果がでない。やっていることは間違っているはずないのに、何か心が虚しい——。
●あなたの信念を疑え。
立派なポリシーという、一見素晴らしく見える仮面の陰に、いったいどんな「感情的こだわり」や「過去の心の傷から来る囚われ」があるのか、考えてみてもいい。
よかれ、と思ってやっていることが空回りしているように感じる場合。
その「よかれ」自体が本当に良いのか、を疑ってみる必要がある。または、良いものであっても「度が過ぎている」という場合もある。度が過ぎる、ということが起こるのはあなたの中の感情問題であることが多い。
こういう問題では「自分の非を認めたくない」あまりに、まともに見る勇気が出ないばかりに、行き着くところまで行ってしまう場合も多い。
だから、違和感を感じたらすぐに立ち止まれる柔軟さが欲しい。
まだ、引き返せる。まだ、変えられる。ガンの早期発見、みたいなものだ。
この世界はあらゆる可能性の混在する世界なので、あなたのポリシーは間違ってなく、ただこの世ゲーム独特の『障害や困難』にぶち当たっているからしんどいだけ、というケースもある。
だから、一度疑ってみて「やっぱり私は間違ってない」「これが私のやりたいことなんだ」と確認できれば、引き続きそれでいったらいい。
工場出荷時の商品の抜き打ち検査と同じで、調べてもほとんどのケースで「問題なし」となるだろう。でも、ほんのたまに「欠陥商品」が見つかることがある。その時には全部放棄して、出回ってしまったものにはリコールをかけるだろう。
だから今回の筆者の提案は、めったにないだろうが、まれに見られる「信念の間違い(間違いというよりは、あなたに合っていない)」と「感情問題から度が過ぎている」という二点をもしかしたら発見できるかもしれないので、検査してみれば? ということである。
ノープロブレム! の場合が多いこととは思う。でも、面倒がらずにやってほしい。そうしたらポツリポツリ、何かが心に引っかかる人もいるだろう。
今回の記事は、問題がない大勢のための記事ではない。思い当たる少数の人の気付きのための、メッセージである。
たった一人でも、奈落の底へのだいぶ前で引き返せる人が出れば、それでいい。
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